欲しがりの鬼   作:靉靆 

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怒髪衝天

 

 

 

 私は漸く、本当の自分を見つけることができた。

 今までの生きながらに死んだような人生とはまるで違う、世界の全てが煌めいて見える。

 

 呪力が迸り、魂の形が歓喜により震え、呪いへの理解がより深まる。

 

 呪詛師の襲来。一度目の死以降、私にはより濃密な呪術の教育が施されることとなった。

 

 教育係曰く、私は天才というものらしい。

 

 一を聞き十を知り百を成す鬼才。

 生まれながらの総合的な“才能”では劣るが、こと単純な呪力操作や呪いへの理解に関しては五条悟(お兄さま)以上の天稟だと褒められた。

 

「█████」

「……思ったより矮小なのね。ちょっとがっかり」

 

 そしてそんな私、五条菫は現在木々の生い茂る山林にて実際に呪いと相対してる。

 

「菫様。これが呪霊でございます。等級は四級未満の蠅頭といったところでしょう」

 

 隣には私に対して呪いの蘊蓄を垂れる教育係。五条家の分家筋の者であるという特別一級術師が蠅頭を指差していた。

 

 側付きが言うには今日、私がこうして辺鄙な田舎の山奥に赴いた理由は呪霊という存在を直に知り、祓うためらしい。

 

 平安貴族が鷹狩に興じるかの如き娯楽としての一面を併せた戯れなのだろう。教育係曰く、万が一のことを考え人の負の感情が渦巻く都心ではなくこのような田舎に湧く低級呪霊を相手に経験を積めるようにとのことだ。

 

 呪力を手のひらに纏い、蠅頭を祓う。

 

「お見事です、菫様」

「……こっちは期待外れよ、時雨(しぐれ)。もっと血沸くような死闘が待ち受けているかと胸を躍らせていたのに」

「お戯れを仰らないでください。早熟な神童といえども、あなた様はまだ四歳の幼子なのですよ」

 

 教育係の促しに応じ呪霊を祓った私に向かって、生まれた時から世話係として尽くしてくれている女中の時雨(しぐれ)が戒めるように言う。

 

 ……あぁ、つまらない。

 

 思わず、ため息が出かけた。

 私自身の根源。この身体に刻まれた『術式』の如き底なしの欲望を自覚してからと言うもの、虚無感に咽ぶ日々は終わりを告げたが、今度はこのぬるま湯のような環境に渇きを感じる自分がいた。

 

「お兄さま……五条悟は私と同じ年の頃には億の懸賞金を懸けられながらも呪詛師を退けたのでしょう? 羨ましいわ、楽しそうで」

「それは呪詛師どもが勝手に鳴りを顰めたのです。次期当主様はそれほどの別格ですゆえ」

「ははは、菫様は少々お戯れが過ぎますな」

 

 注意を促す側付と駄々を捏ねる子供をあやすように笑う教育係の小言を聞き流しながら呪力を練り上げ、捏ねくり私は不平を口にする。

 

 あの“死”という深淵なる芸術的な刺激(インスピレーション)を感じて以来、私は呪いという存在にどうしようもなく心奪われていた。

 

 ()()()()()()もっと(のろい)の根源的な部分を暴けるという確信を胸に抱いた今、自分の呪術(ちから)を試したいという衝動に駆られるのも仕方のないことだろう。

 

「ささ、菫様。今度はもっと奥へと足を踏み入れましょう」

「獣道ですので足元にお気をつけてください、菫様」

 

 教育係の術師が媚びた姿勢でそう言い、舗装されていない山道を時雨の手を借りながら私もそれに続くようにして更に山奥へと足を踏み入れる。

 

 ──その瞬間、世界が流転した。

 

「……は?」

 

 教育係が、呆然とした様子で立ち尽くす。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 男の狼狽が異端な“世界”に木霊する。

 私もそうだ。表情に出さないように努めてはいるけれど、周囲の景観のあまりの変貌ぶりに内心驚愕している。

 

 先程まで生い茂っていた木々や林はどこにもなく、ただ其処に広がるのは朽ちた情景。

 枯れ色の平野が広がり、丸太で作られたまるで磔のようなオブジェがポツンと存在していた。

 

だれ█

 

 声が、聞こえた。

 荒ぶる呪力の波が、肌を突き刺すような威圧感を発している。

 

 ずどん、と重厚な存在感と共に巨体が降り立った。

 

 不安定な()()に顕現したのは、先程祓った木端呪霊と比べるのも烏滸がましいほどに強大な大型の呪霊。

 

 ギョロリと動く二つの瞳が、私たちを捉えて離さない。

 

我が██に足を踏み██る愚█者めがァあァ

「ひっ」

「──へぇ」

 

 呪霊が、人語を話した。

 本来なら人間の負の感情より生まれし呪霊は()()()()()コミュニケーションを取ることが不可能であり、総じて人間を憑き殺すことのみが存在理由であるはずだ。

 

 しかし目の前のこの呪霊の話す言葉は、低級呪霊の反芻作業的な音の羅列とは訳が違う。言語というものを理解し、行使している。

 

 つまりそれほど己という“個”を確立した別格の存在。

 術式の有無にもよるけれど恐らく等級は一級……いえ、この呪力量を鑑みるにもしかすると──。

 

『█████ッ!』

「ま、まさか特級──ぎ、」

 

 教育係が私と同じ結論に達し言葉を紡ぎきる前に、呪霊がおどろおどろしい雄叫びを上げながら男を叩き潰した。

 

 びちゃりと、血と臓物と肉片の混ざった愉快な物体が呪霊の掌から地面に零れ落ちる。

 

捧██!

「──菫様!」

「くひっ、あはっ」

 

 時雨が私の名を呼ぶ。

 呪霊が私に狙いを定める。

 そして私は、狂笑を溢す。

 

 楽しい、面白い。

 愉快だ。この地獄絵図的状況を私は愉快と思わずにいられない。

 退屈が裏返り、渇きが潤う予感がした。

 

 血沸き肉躍る闘争の幕開けに酔いしれながら、先ほどの男のように私を叩き潰そうとその巨大な腕を掲げる呪霊に対して、私も術式を起動し迎撃しようと呪力を肉体に流す。

 

「術式順転──っ!?」

 

 術式の順転。呪力により強化した略奪の業を発動しようとしたその瞬間、私の体が真後ろへと強く押し出される。

 

 ──視界の端に、覚悟を決めたような時雨の表情が垣間見えた。

 

「──お逃げくだ」

 

 びちゃり。

 

 水の入った風船が、割れたような音がした。

 唐突な衝撃により尻もちをつくと同時に、私は時雨に突き飛ばされたのだと自覚する。

 

「……時雨?」

 

 名前を呼ぶ。当然返事はない。

 今まで私の側にいてくれたあの子は、今しがた潰された教育係の男と同じように原型を留めぬ肉塊と化したのだから。

 

 愉悦の熱が冷めていく。

 どうでも良い教育係が死んだ時とは違う、私の所有物(モノ)である時雨がその生涯に呆気なく幕を下ろしたという目の前の現実に、言葉を失った。

 

「……馬鹿ね、時雨。貴女如きが私を庇おうとしてどうするのよ」

 

 数秒の沈黙の後に、言葉を発する。

 

 時雨のしたことは結局、ただの余計なお世話でしかない。

 あの程度の攻撃で私が死ぬとあの子は思ったのだろうか、あぁ思ったのだろう。

 

 彼女の言っていた通り私の見た目は未だ親元を縁とする齢四の稚児、呪霊に捻り潰されると本気でそう思って時雨は私を庇ったんだ。

 

 術式の順転を停止し、着物についた土の汚れを払いながら立ち上がる。

 

──捧█よ! 捧げ█! 我に捧げよ!

「産土神かしら?」

 

 耳を劈く呪霊の雄叫びに不快感を感じながら、記憶を辿り己の得てきた知識の中から呪霊の正体を推察する。

 

「教育係の……名前、なんだっけ。まあ良いいわ、兎にも角にも下調べが杜撰だったわね」

 

 産土神──それは神道に於いて、人が生まれ落ちた地の守護神として崇められる一種の神格。

 古くからの伝承にその存在が残っており、人の想いから生まれ出るという点から見てもその土地神の本質が変貌し呪霊と成ることも珍しくはない。

 

我を畏れよ! 我を崇めよ! 我に捧げよ!

「地図にも載ってないような小村で祀り上げられた土地神が、村が廃れた後に転墜したと言った所かしら」

 

 それにこの呪力量と歪な生得領域からして、通常の土地神とは別格の個体であると分かる。村に生贄の風習でもあったのかしら?

 

「別に私は時雨が死んだことが悲しいわけでも、殺されたことに憤ってるわけでもないの」

 

 呪霊の正体を推察し、その存在の観測を終えた私は独り言ちる。

 時雨が死んだ。ずっと私に尽くしてくれた彼女は最後までその献身を怠ることなく、私を庇いその身を潰された。

 

 けれど彼女の死に対して溢す涙は、一滴もありはしなかった。

 

 悲哀を紡ぐほどの思い入れもなければ、憎悪を抱くほどの義理もない。

 

「だけど、あれは私の側付(モノ)

 

 故にこの溢れんばかりの憤慨は、私のたった一つの地雷を踏み抜かれたからに他ならない。

 

「分かる? 分からない? 分かれよ塵屑」

 

 怒りが満ち、増幅する負の感情により呪力が荒ぶる。

 

「呪霊風情が、私の所有物(モノ)を奪う?」

 

 ──私の、根源。

 

 この身に刻まれた術式の自覚と同時に私にとって最も優先すべきものとなった揺るぎない存在証明。

 

 奪い、嬲り、貶める。

 

 他者の尊厳を踏み躙ることに愉悦を感じる。

 己の知識欲や物欲を満たすのが心地良い。

 即ち、無慙無愧なる強欲魔。それこそ私の本質であり悍ましい本性に他ならない。

 

「赦せない。赦せるはずがない。私から奪うな。私から奪うな。私から奪うなァ!」

 

 私は今、長年連れ添った側付きの時雨を殺されたことではなく、どんなものよりも大切な矜持を傷つけられたという事実にのみ怒りを抱き振り撒いている。

 

 赦さない。赦さない。赦さない。

 祓う(ころす)祓う(ころす)祓う(ころす)

 あれは今、この世で最も犯してはならない禁忌を犯したのだ。

 

簒奪(それ)は、私の特権」

 

 私の所有物が、奪われた。

 気持ちが悪い、吐き気がする。

 顔面に唾を吐き付けられたかのような屈辱に、殺意が漲る。

 

「ならもう、呪い合うしかないわよね?」

 

 相手が私を侮辱(ナメ)て、私が侮辱(ナメ)られたと感じた──殺しあう理由なんて、それで十分。

 

貴様は、なんだ?

 

 問いを投げかける呪霊に、私は微笑みを以てその解を出す。

 

「私は、あなたの“全て”を奪う者よ」

 

 集中しろ、呪力を練ったそばから押し出して行け。

 

 具体的な結界構造(アウトライン)は既に想像できた。術式の付与されていない不完全といえども、呪霊の生得領域(お手本)の中にこうして居るのならそれを解析、逆算してより高度な極致へと昇華しろ。

 

 呪力を練り、結界術と生得術式の両立を構想し──()()()()()

 

 

「──領域展開

 

 

 嗚呼──私は今、生きている。

 

 

 

 █

 

 █

 

 █

 

 

 

 結末は、常に呆気のないもの。

 

「──私の術式は私自身が知覚し、認識した相手のモノを『奪う』ことができる」

 

 私の逆鱗に触れた塵屑を()()()()()()()、術式を開示する。

 

 略奪の業。奈落にて狂い哭く悪鬼の描いた羅刹魔譚。それこそが私の術式でありこの身に刻まれた欲望という名の根源。

 

「術式対象は文字通り相手の“全て”。それが呪力や生命力。五感、式神との主従契約と言った形のないもの──例え“魂”であろうとも私が触れればそれを奪う事が可能」

お……おぉ、ォ

 

 呪詛師の飼い慣らした呪霊に殺された瞬間に感じた劇的な死。

 

 私という存在の消失と再構築、思い出すだけで絶頂してしまいそうな体験を思い巡らし愉悦に耽っていたけれど、呪霊が呻き声を上げながら芋虫のようにもぞもぞと動く様を見て眉を顰める。

 

「……ちゃんと聞きなさい」

あ、ガぁ……っ

 

 不機嫌を隠しもせず、地に伏した呪霊の後頭部を踏みつけた。

 

「せっかく貴方の存在が消えない程度に加減してあげたのよ? ほら、哭いて喜びながら傾聴なさい」

 

 もしも時雨が生きていたなら顔を真っ赤に染めて怒り出しそうな言葉遣いとはしたない仕草で呪霊のあるかも分からない尊厳を踏み躙る。

 

 実に滑稽だ。今や四級以下の格へと堕ちた呪霊の痴態に込み上げる笑いを堪えながら私は術式の開示を続ける。

 

「私はね、この術式のおかげで“魂の形”を認識できるの。こねくり回して形を変えるなんて器用なことはできないけど、他人の本質を見抜いたり、自分の魂を()()して肉体の強度を上げたりと……まあ、色々とできるわ」

 

 この目に映る、魂の本質。

 呪力で構成された人ならざる呪霊といえども、魂がある限りその対象から外れることはない。

 

「あなたやっぱり、普通の呪霊とは違うのね。私の知識にある仮想怨霊や通常の畏れから発生する呪霊、術師から転じたものとも恐らくは異なる……不思議。産土神であることが関係してるのかしら?」

 

 特級呪霊。あえて呼称するなら転墜・産土神の()()には呪力とは違う力の流れを感じた。

 

 どろどろと負に塗れた呪力とは違う、きらきらと光る星のような核。

 

 私の本能と好奇心を、それは刺激して止まない。

 

「気になるわ。貴方の奥底に宿る、その呪力とも違う力の源がなんなのか」

あ、あァ……

 

 呪霊の怖じた呻き声が聞こえる。どうでも良い。

 

 私は、その力の正体を知らない。

 ならばどう暴こうか。どう奪い尽くそうか──あぁ、簡単なこと。

 

 この呪霊を、貪れば良い。

 

「──()()()()()()

『█████ッ!』

 

 かぷり。

 

 生え揃った乳歯で、呪霊の身体(にく)を喰む。

 

「……不味い」

やめろ……やめろォおぉッ!

 

 かぷり。

 

 呪霊の身体(にく)、呪力の塊が舌を伝わる感触は最悪だった。

 まるで吐瀉物に浸した麩を噛み締めているかのような、不快感。

 

「不味い、不味い、不味い──ふふっ、あはっ、アハハハハ!」

たすけ……助けて

 

 生きながらに喰われるという想像を絶する痛みと絶望に挫けた呪霊が命乞いをする。あぁ、どうでも良いどうでも良いどうでも良い──()()に比べれば全ては些事よ。

 

「腐って堕ちても“神”と言うわけね。あぁ、満たされる──この()()()

 

 喰らう。貪る。喰らう。貪る。

 喰らい、喰らい、喰らい尽くす。

 

 ようやく、この呪霊の全てを見定めることができた。

 

 一種の精霊。呪いと言う負に汚染されているが、この産土神の本質はあくまでもそちらなのだ。

 

 人間に崇め奉られていた頃の信仰心の名残、不味い呪霊の呪力(にく)の中で唯一、それだけはするりと喉を通り──そして、その根源を私の魂に定着させる。

 

「ありがとう、堕ちた土地神。あなたが大切にしていた在りし日の残滓は、私がしっかりと有効活用してあげる」

やめて……や、めてぇェえエ──

 

 最後に、細やかな抵抗をする産土神()()()呪霊を踏み潰す。

 

 何度も、何度も、何度も。

 名もなき呪霊、形なき呪いは、これで完全に祓われた。

 

 呪力の残穢があたりに満ち、私の心もまた満ち満ちる。

 

「──さて、どうやって帰ろうかしら」

 

 私の領域によって()()()()()()()を見渡しながら、首を傾げこれからについて考える。

 

 ……近くに人里でもあればいいのだけど。

 

 

 

 

 記録 2004年 8月 ██県██市(旧██村跡地)

 

 任務概要

  五条家令嬢、五条菫及び同伴の特別一級術師一名と使用人一名の救助。

 

 ・担当者(冥冥一級術師)派遣から2日後、五条菫の救出を完了。

 ・周囲に特級呪霊相当の呪力残穢を確認、産土神信仰の土地神が村の風俗的な生贄儀式により規格が肥大化したものと推測。

 

 ・追加報告。冥冥一級術師が特級呪霊産土神の消失を断定。周囲の残穢をより詳しく見識した結果、五条菫により祓われたと推測。

 

 

 

 

  ──五条家より呪術総監部ヘの提議を確認。術師等級査定実施の結果、五条菫を特別一級術師と認定する。






 五条悟似の銀髪赤目ドS強欲幼女とか言う劇物

 ちなみに菫ちゃんは五条先生と10歳差の1999年生まれです。



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