欲しがりの鬼   作:靉靆 

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兄妹邂逅

 

 

 

 ──あれから、一年近くの時が経った。

 

 私はこの呪い溢れる龍戦虎争、合従連衡の混沌にて刹那的衝動に身を任せて生きている。

 

 呪力の核心。

 貪り喰らった精霊としての規格。

 そして、呪術総監部から例外的に与えられた術師としての等級。

 

 空っぽだった私が多くのモノを得て来たことに、歓喜が湧き上がる。

 

 だけど、まだ足りない。

 欲しい、欲しい。全部奪いたい。

 珍しいもの、綺麗なもの、不思議なもの。

 

 全てを私の所有物(モノ)にしたいと無慙無愧な本性が囁いてくる。

 

『いやだ いやだ』

「くひっ、あまり無様な姿を見せないでよ。もっと捩じ伏せたくなる」

 

 奪い、嬲り、嗤い、祓う。

 心地良い。私に全てを奪われる瞬間の絶望に満ちた顔を魅せる呪詛師や呪霊の断末魔に愉悦を感じながら、私は彼らの全てを簒奪する。

 

 私は五条菫。()()()()()()だ。

 

 

「──相変わらずだね、キミは」

 

 鏖殺に次ぐ鏖殺。

 等級に換算すれば二級にも満たない雑魚呪霊の群れを、まるで蟻の大群を潰すようにして丁寧に祓うと、私の背後から声がした。

 

 振り返ると其処には妙齢の美女。

 私とは少し毛色の違う白髪を靡かせたその人。いつも私の引率を引き受けてくれる一級術師の冥冥さんが、身の丈ほどの斧を一振りに呪霊を祓いながら妖美に微笑む。

 

「そうだよ()()()。私は相も変わらずこの世界を愉しんでるの」

「やれやれ。キミの収集癖については共感できるが、その敵を甚振る悪癖だけは理解できないね。金にならない労力なんて無意味だろう?」

 

 いつものような金勘定が根本にある独特な価値観を語る冥さん、私はこの人を気に入ってる。

 

 産土神を嬲り祓ってからの一年弱。

 

 こうやって肉体的には未成熟な私に対して対等な素振りで接してくれるのもそうだし、冥さんがいるからこそ私はこうして呪霊狩りに行くことへの許可が出されているのだから本当に頭が上がらない。

 

 それに人の潜在的価値を何よりも重視し、拝金主義的なモノではなく“金”と言う自分にとっての欲を満たそうとする彼女の在り方は見ていて面白い。

 

「報酬はいつものように冥さんの口座に振り込ませるとして、呪霊の討伐報酬も全額そっちの受け取りでいいよ。お金には興味がないから」

「ふふ、やっぱりキミとの雇用関係はストレスがなくて良い」

「こっちこそ、私を侮辱(ナメ)ずに接してくれる大人といるのは快適よ。媚を売られるのも内心で見下されるのも不快でしかないもの」

 

 あらかたの呪霊を屠りきった廃ビルにて、私は会話を切り上げ視線をずらした。

 弱りきった消失仕掛けの呪霊を踏み躙り、完全に祓うと共に()()()()()()()

 

「全く、末恐ろしいものだ」

 

 任務完了。降ろした帳を引き上げ廃ビルから出ようとお気に入りの着物にこびりついた砂塵と汚れを軽く叩く。

 

「反転術式に領域の習得。そして澱みない呪力の流れ、私が見てない内に黒閃も経験したろう?」

「御名答。今は反転術式のアウトプットを練習中……けどこればっかりは時間がかかりそうね。才能に依る部分が大きすぎる」

 

 反転術式と領域展開。上層部にも伝えていない私の手札を知る数少ない人物である冥さんがまた、微笑みをこぼす。

 

 やはり呪いとは奥深く素晴らしいものだ。

 この一年で深めた呪いへの理解と呪力操作の感覚がまた深淵なる黒い可能性を知覚し、更に私の知識()を刺激していく。

 

 ──本当に、有意義な一年だった。

 

 呪霊から奪い、呪詛師から奪い、物珍しい呪具を集め、呪物を集め、呪術を極める。

 

 底なしの欲望もっと埋めようと呪術の厄物を求めて、私もその本能に従いながら魂の純度を高める。

 

 あぁ、私は呪術(未知)を愛している。

 

「つくづく、天才と言うべきか。キミのお兄さんだってまだその段階(ステージ)には至れていないよ」

「お兄さまにはまだ()()()()がないだけよ。伝え聞く噂から判断する限り、もし覚醒でもすればあの人は紛れもない“最強”になれるだけのポテンシャルがある。会ったことないけど」

 

 実の兄ながら一度も会ったことのない今は呪術高専に通う一年生の五条悟ではあるが、六眼と無下限呪術の抱き合わせであるあの人はおそらく、いつかは反転術式や領域の習得も可能とするだろうと言う根拠のない確信があった。

 

 誕生により世界の均衡を崩したと呪詛師どもに言わしめるほどに圧倒的な異端に、それが出来ないはずがない──私はただ、“死”と言う濃密な経験があったからこそあの人の一歩先を進んでいるに過ぎないのかもしれないのだから。

 

「──お兄さま」

 

 呪力の流れを見通し、原子レベルの精密な操作を可能とする六眼(りくがん)

 五条家相伝の術式。無限を現実に具現する無下限呪術。

 そして、それらを抱き合わせて生まれた現代の異能。五条悟。

 

 気になる(欲しい)気になる(欲しい)気になる(欲しい)

 

「嗚呼、会いたい(奪いたい)なぁ」

 

 カチリと牙を鳴らしながら、私は欲望の欠片をそっと溢した。

 

 

 

 

 █

 

 

 

 

 呪力を練る。

 いつものように私は縁側での鍛錬を初めた。

 極限まで積み重ねた集中の果てに丹田より湧き上がる負の力を制御し、操作する。

 

 先ずは単純な呪力による肉体の強化。

 全身を覆うように呪力の膜を張り、一部の隙も見せない呪力操作を心がけてそれを成す。

 

 次に、反転術式の精度。

 懐から小ぶりの刃物を取り出し、手を切りつける。

 流れる血に、裂けた肉。怪我の部位をしっかりと認識しながら負の力である呪力に更なる負の力を掛け合わせ、正のエネルギー生成する。

 

 一秒もせずに治癒する傷。もはや痕すら残っていない……うん、完璧ね。アウトプットの習得に関しては時間がかかるだろうけど、自分の負傷なら多分欠損しても完治できる。

 

「さて、次は……」

 

 そして、最後にもう一つ。これはまだ実践しておらず頭の中だけで考えた技術だが、今の私なら初めて領域を展開したあの時のようにできると言う確信があった。

 

 想像する、自分の内側に存在する生得領域(せかい)を。

 必中必殺の奥義としての『檻』ではなく、まるで流れ出る『水』のように変幻自在な領域の応用技術。

 

「領域展──」

「気持ち(ワリ)ぃ」

 

 鍛錬のために研ぎ澄ました集中が、途切れる。

 辛辣な意味を孕んだ言葉に眉を顰め、私は声のした庭園の方に視線を巡らす。

 

 其処にはお気に入りの枯山水の石庭に立つ、一人の男がいた。

 

 私と同じ白髪、目元を隠すようにかけられたサングラスに柄の悪い出立ち──そして、身を包む制服の襟元で煌めく呪術高専生のバッジ。

 

「ったく。相変わらず辛気くせえ屋敷だな、此処は」

 

 誰だろう……なんて疑問を抱く余地はなく私は直ぐに理解した。

 

 一目で異質と分かる、魂の格。

 呪詛師どもがあれだけの畏れを抱く理由(ワケ)を、否応もなく理解させられる。

 

 この人こそが五条家次期当主。私の兄である五条悟だ。

 

「──初めまして、お会いしたかったです。お兄さま」

「そうかよ。こっちは妹がいたなんてすっかり忘れてたけどな」

 

 傲岸不遜。まさにそう称するべき高慢っぷりでお兄さまは、私が職人に手入れを欠かさぬよう注文してきた石庭の模様を踏み荒らしながらこちらに近づく。

 

「てかお前の呪力どうなってんの? 見てるだけで酔うんだけど。本当に人間(ヒト)か?」

「人ですよ。お兄さまと同じ父の種と母の胎から生まれた正真正銘の人間(ヒト)──今年で六歳になります」

 

 此方の事情や不快など知ったことかと言わんばかりに矢継ぎ早に問いを投げかけるお兄さま。

 

 なるほど、確かに()()()()。これが六眼の持つ力の一端なのでしょう。

 

 私の(なか)にある()()()を今は明確でなくとも視認するその権能に舌を巻く。

 私の術式の副次効果的な魂の認識とは違う、呪術の全てを暴く全能の瞳。これは想像以上です。

 

 欲しい

 

「今日はどういったご用件でしょうか、お兄さま。何分あなた様が来られるとは把握しておらず……茶の一杯も用意できておりませんよ」

「いらねえよ。家の奴らがお前のことで五月蝿えから様子見に来ただけだ──やっぱお前、()()()()()()

 

 五条悟が、ため息を吐きサングラスを外す。

 私に似たその顔の美しさを、蒼い瞳が引き立たせる。

 

 全能の瞳、蒼穹の魔眼。全智へと至る開闢の眼。

 この世界でも有数の異端が、私を射抜く。

 

 欲しい

 

「術式は略奪、か。呪霊……いや違うな。精霊、神仏? てか今も変貌し続けてんじゃねえか。なに喰ったらこうなんだ?」

 

 欲しい

 

 欲望が流れ出る。

 強欲の咎がこの身を刺激し続け、今まで感じてきた以上の“渇き”に身体が疼く。

 

「……欲しい」

「あ?」

 

 ぽつりと、独り言のように願望を溢す。

 我慢ができない、我慢ができない、我慢ができないっ!

 その瞳と魂を見つめると、まるで心臓を締め付けられたかのように息が詰まる。

 

 欲しい。欲しい。欲しい。

 

 あの産土神から簒奪した時よりも、物珍しい特級呪物を収集した時よりも、強力な特級呪具を手に入れた時より、私の拍動は興奮により加速している。

 

「綺麗なおめめ。不思議な術式。強くて偉いお兄さま。全部、全部欲しい」

 

 だから、全部ちょうだい。大好きなお兄さま。

 

 迸る呪力を制御し、毘沙門天の掌印を結ぶ。

 

──領域展開

「……マジかよ」

 

 さぁ、お兄さま。思う存分に呪い合いましょう? 

 

 

「戴天寇掠」

 

 

 其処に顕現するのは、朽ちた城門。

 屍山を模した骨の群れに血河が流れ出る地獄の風景。

 この胸に宿る底なしの欲望を顕現させた、生得領域の具現化。

 

 ──ようこそお兄さま、私の領域(せかい)へ。

 

 

 

 

 






 兄との初対面で領域展開する妹。これは呪術師として100点満点不可避のイカれ具合。

 
 
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