ランキングに名前があって心臓バクバクです……ヒエ ミナサマアリガトウゴザイマス
「──はぁ? 五条家から俺に
「そうだ。呪術総監部を通してお前宛に式神から言伝を預かっている」
呪術高専一年生。五条悟は、気怠げな態度を隠そうともせず頬杖を突きながら担任である夜蛾からの報告に不満を吐露する。
事の始まりは、五条悟の生家より届いた言伝であった。
呪術高専に入学して以来関わりがなく、将来的には自分が当主になると言う朧げながらも確定した未来が存在する実家。血と力に固執する御三家の一角、それが五条悟にとっての五条家である。
そんな実家から送られてきた、次期当主である己を一呪術師として扱うような依頼。その前提として聞かされた内容は、自分と十も歳の違う妹についてこの一年弱での来歴であった。
曰く、呪術の極致を垣間見た鬼才。
曰く、特級呪霊を単独で屠る怪物。
曰く、底知れぬ本能を飼い慣らす異端。
おおよそ五歳児に用いるべきではない大袈裟な表現の数々と共に伝えられた実績の数々に、やがて五条悟も興味を抱き始めたのか込み入る文句を噛み殺し耳を傾ける。
「5歳で特別一級ってどんだけ飛び級してんだよ」
「と言うか、私は君に妹がいたこと自体初耳だよ」
「私もー」
続々と掘り出される過大評価の数々を鼻で笑う五条に、彼の同学年である夏油傑と家入硝子が反応を示す。
「どーでもいい。てか今思い出したわ、俺に妹がいんの」
「悟……それはあんまりじゃないか?」
「だって一度も会ったことねえもん」
仮にも血の繋がった家族を蔑ろにするような言葉を吐く五条悟に、彼の親友である夏油傑は眉を顰め戒めるように言う。
極致の才を持つが故に比較的良識を施され甘やかされながらも御三家として血の因習が蔓延る環境で育った五条と、非術師の家系である一般的な家族の温もりの中で育まれてきた夏油とでは両者の間に“家族”と言う言葉で意味が食い違うのも当然のことであった。
「で、肝心の依頼って何よ先生」
相も変わらず敬いの姿勢を欠片も見せずに、五条悟が問い掛ける。
「依頼内容は術式の詳細な調査と、五条菫についてのお前の個人的な見解が聞きたいとのことだ」
「んだよそれ。前者はともかく後者に関してはアバウト過ぎない?」
理解はできないが、しかし納得はできた。
呪いと言う存在を見通す万能の瞳。術式すらも判別する六眼を保有する五条悟に対して前者の依頼内容はまさに適任と言える。
問題は後者。五条菫に対しての個人的見解という部分が引っ掛かる。
まるでその少女には、五条悟に直接合わせねばならぬようななにかしらの危惧すべき点があるかのようなもの言いであった。
「面倒くせえ……」
「行って来なよ悟。幸いにも今は初夏過ぎで呪いの繁忙期も落ち着いてる──それに、血を分けた妹に一度も会わないのも健全とは言い難い」
「うわ、出たよ正論……ったく、分かったよ。行きゃ良いんだろ」
斯くして親友であり『最強』の片割れでもある夏油傑の説得もあり、五条悟は久々の帰省をすることとなった。
荘厳な屋敷。呪術御三家の一角である五条家。
久方ぶりの実家に足を踏み入れた五条悟は、あらかじめ使用人たちから妹であると言う少女がいつも微睡む石庭のことを聞きつけ、其処へと向かった。
──アイツが俺の妹、か……。
枯山水の美しい模様を踏みしめながら、五条悟は少女の姿を視認する。
真っ白な着物に身を包んだ、自分に似た顔立ちの長い白髪の少女。
性別も年齢も異なるはずなのに、まるで鏡を見ているかのような錯覚を覚えるほど、その両者は魂までもが似通っていた。
──この呪力……。
しかしそんな既視感を阻害するのは、少女の真っ赤な瞳ともう一つの要因。その呪力の性質であった。
おどろおどろしく、それでいて潔白で、故に悍ましい。
まるで目についた絵の具を適当に
一言でその荒巻く呪力の流れを表現するならば──
「気持ち
幼き白銀が、吐露した罵声に反応し此方を見る。
鮮血のように赫い瞳と、蒼穹の如き蒼い瞳の視線が交差する。
現代の異能が、もう一人の異端を認識した。
█
そして、異端児は本能に咽ぶ。
「綺麗なおめめ。不思議な術式。強くて偉いお兄さま。全部、全部欲しい」
「は?」
結ばれる、掌印。
毘沙門天印より漲る、呪力の波。
それは、呪術の最奥。
必中必殺の理を内包せし触れ得ぬ至高の
死の淵すら生ぬるい。死そのものの虚無へと一度転墜した菫の魂は──既に呪いの核心を掴み切っていた。
「──領域展開」
「……マジかよ」
瞬間、五条悟の六眼へと逆流する情報量の嵐。
見誤った。六眼と無下限術式の抱き合わせにして『最強』の片割れであり、挫折を知らぬ天衣無縫。
五条家の麒麟児は、戦局を左右するほどに重要な初手にて致命的な後手を踏むこととなる。
地獄が、顕現する。
朽ちた城門、地獄の風景。
五条菫の胸の内に宿る心の情景である生得領域が閉じた結界として具現化した。
──領域……だと?
一瞬の、唖然。
無下限の防御膜を発動した状態ではあるが、そんなものは必中の領域内では無意味と化す。
それでも、五条悟は目の前の光景に驚きを隠せずにいた。
呪術の極致。
現代の異能である五条悟でさえも
それに辿り着いたのがあろうことか五歳の幼子であると言う事実に、思考が止まった。
「奪い、嬲り、貶めろ」
「がっ……ッ!?」
そんな未知の領域への唖然により生まれた刹那の無防備を、略奪の業が必中必殺の名の下に暴虐を尽くす。
無下限の防御を打ち破る必中の御業。
略奪の術式を付与されし必殺の陣が、たった一瞬で五条悟の呪力の悉くを奪い去った。
「チッ──初対面で早々兄妹喧嘩かよ!」
それでも飄々とした余裕のある態度を保ちながら、五条悟は反射の域で幼少の頃より伝授されし領域対策の秘伝を行使する。
秘伝 落花の情
御三家に伝わりし領域対策の妙技。
必中の術式に対して呪力を瞬間的に解放し身を守る絶技を用い、五条悟はこの領域内での生存を策略する。
「それは、悪手」
「っ」
しかしその足掻きを、五条菫は嗤った。
──
領域の環境効果、更に術式として練り込まれた略奪の業にその道理は通用せず、再び領域の必中効果は五条悟の身に纏った呪力のみならずその根本から全てを吸いつくさんと牙を剥いた。
「ちょうだい! ちょうだい! 全部ちょうだい!」
「ハッ。不意打ち決めた程度で調子に乗ってんじゃねえよクソガキ!」
──なら、正解は
シン・陰流 簡易領域
身を低く屈めた抜刀の構え。
平安の時代、呪術最盛期にてシン・陰流開祖の蘆屋貞綱が考案せし弱者のための領域。強者の喉笛へと喰らいつく門外不出の逆襲の術。
反転術式も領域も未だ未習得とはいえ、流石は現代の異能。
状況判断を即座に済ませ、無下限による防御を切り上げ呪力を
気怠さが消えた。未だ呪力は枯渇寸前であり肉体は疲弊し切っているが、五条悟は必中必殺の領域を繰り出す怪物を相手になんとか刹那の生存権を獲得したのだ。
ならば次は、逆襲の火蓋を切る攻勢の一撃。
「恨むんじゃねえぞ。後で硝子に治させる──術式順転『蒼』」
「ぎ……っぃ」
無限が収束する。
五条菫の伸ばした右腕を基点に原始レベルの呪力操作がなされ、幼子の身にはあまりにも暴力的な権能──無下限呪術が発動された。
ひしゃげた右腕。飛び散る鮮血。
骨が皮膚を突き破り、神経が裏返り、肉が抉れる。
──いたい。いたい、痛い。
「くひっ、けひっ、あはははははっ!!」
激痛が電気信号として脳髄を疾る。
発狂してしまいそうな程にこの身を抉る“痛み”に、それでも五条菫は笑みを絶やさず破顔しながら
「あはっ。酷いよぉ、お兄さま」
「やっぱ使えたかよ、クソガキ」
──反転術式……しかも無駄に洗練されてやがる。
領域と反転術式、二つの高等技術をまるで息をするかのように繰り出す幼き強欲の権化に舌を巻きながらも、五条悟は思考を枯らさない。
──初手で出遅れたのはマズったな。あれのせいで呪力が想像以上に持ってかれてやがる。
着実に近づく、呪力の底。
そして最初に邂逅した時よりも目に見えて呪力量が増加している妹の姿に、五条悟は致命的な後手を踏んだことを一瞬悔いる。
呪力切れ──それは本来なら、五条悟にとってあり得ない現象。
呪力効率の極みとも言える六眼を所有する己が人生で初めて感じる呪力が底をつく感覚に、五条悟は朦朧とする意識をなんとか持ち堪えながら思考を回し続け逆襲の術を模索し続ける。
──無下限はこの呪力量じゃ決め手に欠ける。簡易領域ももう限界か。なら……!
「嗚呼、やってやるよ!」
自分と相手の手札を整理し、絶望的状況下に於いて諦めを踏破し、五条悟は
──残った
“縛り”が、結ばれる。
簡易領域が剥がれ切ったその瞬間、必中の略奪に身を晒しながら五条悟は駆けた。
術式の効果対象。その
そして雀の涙ほどの呪力を死守する為に結んだ即席の“縛り”。
その代償を、五条悟はその身を以て支払うこととなる。
「……最後は捨て身の特攻、か。つまらない締め括りね」
「ぐっ、がァ……っ!」
必中必殺の理が“生命力”を奪った。
脚はガクガクと震え、臓器は活動の殆どを停止し、血液すらも枯らさんと術式が体内器官を巡る液体の尽くを奪い去り、拍動が停りかけ死の前段階へと指を掛けた。
一歩踏み出す事に魂がその欠落を訴えかけ、五条悟という存在がこの世界から確実に消失していく。
必中必殺の理が“五感”を奪った。
先ず最初に視力、目の前の情景は暗い漆黒へと染まる。
次に聴覚、嗅覚、味覚に触覚。何も感じず、何も理解できない。
全知全能の最強へと至る未来を確約された男が、白痴に侵される。
──あぁ、良かったよ。
世界のあらゆる情報と遮断されてもなお、五条悟は怪物のもとへの疾駆を緩めない。
消え失せた視力、しかしそれは六眼の権能の消失を意味していないのだから。
視えずとも感じる、悍ましい悪鬼の放つ呪力の流れが。
漫然と認識できるそれのみを脳に叩き込み、怪物との距離を詰める。
「……なんで動けるの?」
五条菫が疑問を吐露する。
無理もない。呪力の殆どを奪い、五感を奪い、生命活動を支える力の尽くを奪い、そして思考能力すらも奪おうと領域はその術式効果の最終段階へと突入しているのだから。
例え六眼により此方の位置を把握していようとも、それは五条悟が倒れぬ理由にはならない筈なのだ。
──それなのに、なんで……!
「これでも俺、お前の兄貴みてえだからさ」
その脚を動かす理由は、ただ一つ。
この一連の死闘にて五条悟の胸の内に芽生えた、
血を分けた兄妹に負けてたまるものかと、ただそれだけがその瀕死の肉体を突き動かす原動力となっていた。
「──カッコつけさせてもらうぜ、クソガキ」
六眼をフルに稼働させ、呪力の搾りかすを最適効率で運用する。
一撃。たったの一撃。五条悟がこの領域内にて身を切り刻むような思いで死守した呪力量は、六眼を用いようともそれ以上の攻撃を望めぬ程に微々たるものであった。
もはや無下限呪術を発動できぬほどの窮地にて、五条悟は極限まで
──大丈夫。相手は死に体、呪力も殆ど空……全て問題なし。
──駆け引きはもう要らねえ。一撃で、決める。
一と零の狭間。刹那の刻に散る黒い閃光。
那由多の彼方に近い偶然を手繰り寄せるほどの運命が、五条悟の背を後押す。
──っ、まさか!?
既視感と、既知感。
獲物を追いつめた狩人が、獣の断末魔に己の窮地を予感する。
覚悟を決めた五条悟の姿に垣間見たのは、自分も偶然体験したあの壮絶な一撃。
怪物の間合いにて、最強が拳を強く握りしめる。
二本の脚で大地を踏みしめ、その身を駆け巡る呪力の流れをたった一撃のために制御し、発露する。
打撃との誤差0.000001秒──空間は歪み、呪力は黒く光る。
「──黒閃ッ!」
「がっ──!?」
百万分の一秒先にて爆ぜし、絢爛な花火。
五条菫の美麗な顔面を、閃光が殴り抜く。
漆黒が、五条悟に微笑んだ。
「ぁ、ぁぁぁっ」
最強の拳骨が、
そして己の心象を模った強欲の箱庭がまるで
「──ぁ、きれい」
壊れゆく幻想の世界と共に己の敗北と絶対的な勝者の姿を朧げな意識で認識し、五条菫はその視界を暗転させる。
──自分が生まれて初めて奪えなかった
鼓動をざわめかせる(殺意と独占欲をごちゃ混ぜに拗らせた名状し難い感情)
・
五条菫の底なしの欲望を具現化した領域。
略奪の術式が必中必殺として付与されており、並の術師なら領域に入った瞬間に呪力が枯渇し、生命力、五感。果てには思考能力を奪い尽くされて生きた屍と化す。
五条悟の『無量空処』が相手に