欲しがりの鬼   作:靉靆 

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 SPECIALZの中毒性がヤバすぎる今日この頃。ずっと聴いてられる




我田引水

 

 

 

 2006年 都内某所

 

 

「──星漿体(せいしょうたい)の護衛と抹消、ねぇ」

 

 炭酸飲料の清涼感で渇いた喉を潤しながら、五条悟が気怠い様子を隠す気も見せず自分たち『最強』に課せられた依頼内容を反芻する。

 

「呪詛師集団『Q』は分かんだけどさ、盤星教の方はなんでガキンチョ殺してえのよ?」

「彼らが信仰してるのは純粋な天元様だからね。星漿体と言う不純物が混ざるのが許せないんだろう」

 

 星漿体──不死の術式を持つ術師、天元の進化を初期化(リセット)し存在を維持するため同化の適性を有した生きた人間。

 呪術界の基盤とも言える結界の維持のため生贄として身を捧げる少女の護衛を、五条悟と夏油傑は託されていた。

 

「勘弁しろよ。ガキの相手は()()()で懲り懲りだっての」

 

 未成熟な少女と聞き五条が想起するのは、自身の妹。

 貪婪な魔物が爪牙を唸らせ今も自分の魂を己のものにせんと舌舐めずりする()()()()()での出来事を脳裏に駆け巡らせながらまた、うんざりだと言った様子でため息を吐く。

 

 縛りにより直接的な危害を禁止されてもなお、欲望を蠢かす下卑た視線を向けながら己に殺意(アイ)を囁く幼子の存在が精神衛生上よろしいはずもなく、最近の五条悟は本気で妹を暫く再起不能にしようか迷っている程であった。

 

「悟、偶には菫ちゃんとも遊んであげなよ。あの年頃の娘は総じて娯楽に飢えてるものさ」

「ヤだよ。そんなに気になるならお前が構ってやりゃ良いだろ、傑」

「パス。私だって手持ちの呪霊を悪戯に減らしたくないんだ」

 

 戯れ用に貸し与えた呪霊をその都度存在ごと規格を奪われるのはもう勘弁願いたいと、流石の夏油傑も吐露した。

 

 敗北と言う名の挫折を知り枷を掛けられた欲しがりの鬼。しかし強欲の咎人は口枷から涎を垂らしながら、今も厄災の蛹としての胎動を続けていた。

 

 そんな異常者たる実妹が己に向ける歪な愛情を想起しながら、五条悟はまた溜息を吐く。

 

「とにかく、盤星教の方は非術師の集団だから特段問題はない。警戒すべきはやはり呪詛師集団『Q』か」

 

 学生二人に対してと考えるには重荷とも言える任務内容。

 天元の安定による呪術界の平穏維持。弱者生存の大義を胸の抱きながら夏油傑は、担任である夜蛾から聞かされた星漿体を護衛する上での敵対者の情報を反芻する。

 

「まっ、問題ないっしょ──だって俺ら『最強』だし」

 

 若さ故の傲慢。最強故の自信に満ち溢れた宣誓と、その傲岸不遜な在り方に裏打ちされた絶対の権能である『無限』を纏いながら、五条悟は青い春を駆ける。

 

 

 懐玉──呪術界の未来を左右し、最強の片割れが真なる最強へと至る前日譚が此処に開幕した。

 

 

 

 

 █

 

 

 

 

「お兄さま」

 

 呼びかける。愛しい兄へと。

 私に初めての挫折を教えてくれたお兄さま。

 奪いたい。奪いたい。奪いたい。

 

 込み入る欲望を言葉に込めて呼びかける。

 

「お兄さま」

 

 私と同じ真っ白な髪。私と真逆の蒼い瞳。

 美しい顔立ちが、苦悶に歪むあの瞬間の記憶が駆け巡った。

 捩じ伏せたい。傅かせたい。穢したい。

 

 傲慢の極致である貴方が地に伏す情景に酔いしれながら、私は愉悦に溺れたいのです。

 

「──お兄さま」

 

 じっとりと独占欲を滲ませながらまた、愛しい宿敵()を想い虚空へと呼びかける。

 

 あぁ、私は貴方の全て奪い尽くしたい。

 

 

「……いや怖えよ」

 

 欲望を溢し、敬愛する兄への想いに微睡めばお兄さまの友人──家入硝子さんが辟易とした態度を隠さずに辛辣な言葉を吐く。

 

「あっ、申し訳ありません硝子さん。ついお兄さま不足の禁断症状が……」

「ブラコンじゃん」

 

 二日もお兄さまと会っていないのですから無理からぬことでしょう。

 それに宿敵(お兄さま)を愛するのは妹として当然のことでしょうに……はて、おかしなことを仰いますね。

 

 即ちこの悶々とした今も荒れる情動もまた仕方なし。

 任務故にといえども血を分けた愛しい怨敵()との別離は、それほどまでに辛く苦しいのですから。

 

「てか妹ちゃんが此処に居んのも当たり前になってきちゃったなー」

「これでも五条家の令嬢ですので。最初の不法侵入以降はなんとか家の力も使って我儘を通させて頂きました」

「相変わらずイカれてんね」

 

 懐かしい。硝子さんとの会話の中で、少しばかり()()をして呪術高専の敷地内に侵入した在りし日の思い出を想起する。

 

 五条家の書庫で呪術高専の所在地を予め知っていたと言えども、あの時は天元様の結界を掻い潜るのに随分と苦労しましたね。

 

「──で、調子はどう妹ちゃん。()()()()?」

 

 硝子さんが、視線を遣し問い掛ける。

 私の手元にあるのは怪我を()()()実験用のラット。致命傷ではなくとも裂けた皮膚から痛々しく流れる血が机上を鮮血色に染めた。

 

「やはり難しいですね。効果としては私の術式反転──“宵”と似てますが……いかんせん通常の反転術式とは勝手が違いすぎます」

 

 今、私が硝子さんの見守る中で試しているのは反転術式のアウトプット。自身の治癒を目的として正のエネルギーの循環ではなくその放出、或いは付与。

 お兄さまとの邂逅から一年経った今でも習熟が進まないその技術に少しばかりの苛立ちが積もってしまう。

 

「なにかコツでもあるのでしょうか?」

「だから『ひゅーんひょい』だよ。ひゅーんよい……分かんない? 才能ねー」

「もう少しキチンと言語化してくれないかしら?」

 

 思わず苛ついて素が出てしまった。

 私が言うのもあれだけど、感覚派すぎて人に教えるのに向いてないわねこの人……お兄さまと同じタイプだわ。

 

 反転術式のアウトプットに苦戦しながら、呪力の流れを精密に操作する──その最中、集中を切らすように電子音が教室に鳴り響いた。

 

 どうやら硝子さんの携帯宛に連絡が入ったようで、煙草をふかしながら慣れた手つきで文明の利器を細々と弄っている……というか貴女まだ未成年ですよね?

 

「ははっ、ウケる。何やってんだよアイツら」

「どうかなさったのですか?」

 

 くつくつと笑みを浮かべる様子が気になり問い掛けると、硝子さんは携帯の画面をこちらに向けて見せてきた。

 

「沖縄だってよ、沖縄。何やってんだか」

 

 其処に写っていたのは、煌びやかな海辺で戯れるお兄さまの写真。

 

 スラリとしていながらも筋肉質な身体。

 病的な程に白い髪色と健康的な肉体の不均衡さもまた、神秘的なまでの美しさを表している。

 そして何よりもばさりと開けられたシャツから垣間見える腹筋、胸筋。しなやかな二の腕までもがあまりにも眼福で……あっ、まずい鼻血が。

 

「ふへ。綺麗なお兄さま──奪いたい

「うん。とりあえず鼻血拭こうか妹ちゃん」

 

 奪いたい奪いたい奪いたい奪いたい──!

 

 綺麗な蒼い瞳をくり抜いてずっとずっと見つめ合いたい。

 その高潔な魂を喰らって永劫手元で愛でていたい。

 呪力を貪って、術式を踏み躙って、その命脈をこの手で断ちたい。

 

 貴方に教えられた初めての敗北と挫折を、今度は私がお兄さまに刻みたいと心底思う。

 

「──あ?」

 

 敬愛すべき宿敵の肉体美に見惚れる最中、あらゆる負の感情を呑み込んだかのような呻きが漏れた。

 お兄さまから硝子さん宛に送られてきた幾つもの写真。思わぬ供給に微睡む私の視界に、やがて処理しきれない情報が映る。

 

「……誰よ、この女

 

 お兄さまと共に映る、水着の少女の姿。

 波打ち際で砂を踏み締め海の飛沫に肢体を濡らす美しい少女が、お兄さまと仲睦まじい様子で戯れていた。

 

「星漿体じゃね? 護衛がどうとか言ってたし」

 

 硝子さんが、その少女の素性を語る。

 星漿体……あぁ、天元様の進化を押し留めるための生贄のことですか。

 

 不死の術式を持つ術師と同化する適性を持つというその個体の特異性に私の“欲しがり”としての(さが)が惹かれて疼くが、それでも一枚の写真に映る現実が許容できず呪力がグラスから溢れる水のように荒ぶる。

 

 私には一度も見せてくれたことのない満面の笑みで少女と戯れる、お兄さまの姿。その事実に脳がぐちゃぐちゃになったかのような錯覚を覚えた。

 

 羨ましい。羨ましい。羨ましい。

 燃えるような嫉妬心が胸中に渦巻くのが、理解できた。

 

 心筋を直に撫でられた時よりも身体がむず痒い。

 心臓を抉られた時よりも胸がきゅっと苦しくなる。

 顔面に黒閃をキメられた時よりも脳が揺さぶられる。

 

「──もう縛りのペナルティ関係なしに襲おうかしら」

「……流石の私でもアイツに同情するわ」

 

 酷いわ、お兄さま。私はこんなにも()()していると言うのに、貴方は私のことを見てくれない。

 一年前の死闘から停滞したままである兄との関係性がもどかしくて仕方がなかった。

 

 それと同時に自分に対しての不甲斐なさも満ち満ちる。

 反転術式のアウトプットを習得できていないこともそうだし、あれから私の呪術師として成長曲線は以前とは比べものにならないほど()()()になっているのを感じた。

 

 初めての死を経験したあの瞬間。

 産土神を喰らったあの時。

 お兄さまと死闘を演じたあの頃──確かな土壌はあるはずなのに、かつて感じた退屈が裏返るような劇的な()()()()がない。

 

 強欲の咎に溺れた私が、呪いに対しての欲を満たしきれないことに目眩がした。

 

 強くなる。私は強くならなくちゃいけない。

 お兄さまが殺さなくてはならないと危機感を抱く程に、いつか来るであろう()()()にお兄さまを殺し切れる程、強く。

 

「あぁ──早く帰ってこないかしら、お兄さま」

 

 心中で愛しい怨敵への未練を溢しながらまた、私は呪力を練った。

 

 

 






 ちなみに妹ちゃんは五条が覚醒した場合歓喜と同時に兄が手の届かない“最強”になったという事実にめちゃくちゃ曇ります。ひとりぼっちでゲロ雑巾集めてる夏油並に曇ります。

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