肌が焼き刺されるように熱い。息を吸うだけでも、胸の中が熱くなるほどだ。
眼前に、直視できないほどに白く眩く全てを焼き尽くす炎の化身が、迫りつつあった。
あとほんの少しでも近づかれたら、オレは焼き幼女にされてしまうだろう。
それでも、いや、逆にこんな状況だからこそ〝できる〟のだ。
「心象顕現!! 〝
ふっと、辺りに夜のとばりが訪れる。
暗く黒く、星も瞬かない常闇に世界は包まれた。
「し、心象だとっ!?」
「……ははっ! やってみるもんだな!」
闇の中で、カナンとオレとドレナスの姿だけが明るくくっきり浮かんでいる。
どうやらオレの〝心象〟は、ドレナスの〝秘奥〟を強制解除させる事に成功したらしい。
まさか、勢いでやってみたら成功するなんてな……。
「……ならば、心象の主を叩き潰せばよいだけの事!!」
げっ、臆する様子もなく突っ込んでくるな。さすが、場馴れしてるな。
だが
「……!?」
そんなドレナスの肩を、後ろから何かが
それは――
「おーちゃんが……もう一人!?」
竜の頭骨に黒装束、そして2対の翼。
それは、魔霊形態のオレそのものだった。
「うおおお!!!」
ドレナスが爪を振るうと、ソレは黒い塵のようなものを残して消滅した。
しかし
ソレは、一体だけじゃなかった。
「なんだと!?」
一体、二体、三体と、常闇の中からどんどん増え続ける。
オレの形をしたいくつもの
あるものは魔法を放ち、あるものは直接攻撃を仕掛け、あるものは自らの魔力を暴発させドレナスを巻き込み自爆する。
しかしそれでもせいぜい動きを止めるくらいで、ドレナスを仕留めるには至らなかった。
「おーちゃんっ!」
「うおっ、
いきなり後ろから抱きつかれてびっくりしたなもー。
心配してくれたみたいでちょっと嬉しいけどな。
と、カナンに触れた途端、ただひたすらに暗かった心象の風景が更に変わった。
「これって……」
それは、淡光を放つステンドグラスのようなものだった。
黒い大鎌を持ちローブを羽織った死神らしき何か。それの腕の中に抱き締められるのは、金髪で朱瞳の天使――
闇の中に、そんな装飾を施された円形の薄い床が現れる。
カナンと一緒にそこへ降りると、ちゃんと足場として実体があるようだった。
「不思議な装飾ね。とりあえず、これであいつを倒せるのかしら?」
「いや……たぶん倒せない。だから、
実はオレの魔力はもうほとんど底を尽きかけている。こうして心象の発動と維持をするだけで、カツカツなのだ。
魔力にもう少し余裕があれば、押し通せたかもしれないが……。
だが、カナンと力を合わせれば解決できるかもしれない。
「それじゃ、行くわよ?」
「……おう!」
カナンと一緒に飛び上がり、無数のオレの分身に動きを封じられるドレナスを見下ろす。
一体、また一体と、ドレナスの爪に切り裂かれてはまた闇の中から現れる。なかなか厄介そうだな。
……それにしても、魔霊形態のオレってなんか勝手に男らしい体格してると思ってたけど、けっこう細身で中性的な見た目なんだな。
っと、そんな事は今はどうでもいい。
「いくわよ!」
大きく開いたカナンの口の中に、バチバチと赤き雷の
オレの今の魔力量じゃもう大きめの魔法を使えない。
だから、カナンの力も借りるのだ。
しかし、
オレはカナンの背中側に回り込み、心象結界内での緻密な魔力の調整と操作を行う。
カナンの術式に被せるように、残り少ない魔力を全て使って雷の威力の強化と〝闇〟属性を混ぜこむ――
そして解き放たれるは
「〝黒死雷〟!!」
赤い雷に黒色が混ざり、放射状に広がる稲妻が黒い光を放つ。
禍々しく、それはまるで空間に亀裂が根を張るような光景だった。
「グ……オオオオォッ!!!」
無数のオレの分身たちが紅い巨竜の身体を押さえ込み、黒き稲妻はそれらもろとも飲み込んだ。
ピシッ――
それと同時に、〝心象〟の空間がひび割れ砕け散った。オレの魔力が枯渇し、維持をできなくなったのだ。
「勝っ……あぇ……?」
あれ、なんだか世界がぐるぐる回って……
「おーちゃん!!」
あぁ、魔力が無くなって【浮遊】の効果も切れて、逆さまに落っこちてたのか。
すぐにカナンがオレを受け止めてくれたからなんともないけれど。
……お姫さま抱っこじゃん。
「お疲れ様、おーちゃん」
「はふぅ……お、おつかれ。あぅ、う、うご、動けにゃい……」
幼女形態で魔力を使い果たすと、ひどい脱力感でほとんど体を動かせなくなってしまう。
「よしよし、おーちゃんのおかげで勝てたから、ごほうびのぎゅーっ♡」
「んあうっ……?! ま、まってましゅっ……んにゃっ!?」
オレが動けない事をいいことに、抱きしめられながらむにむに頬擦りされまくりゅ……。うりゅりゅ。
まぁ、嫌じゃないけど……。
「んむむ……それよりさ。迷宮のもうひとつの核って、どこにあるんだ?」
「んー? 確かにね。竜王ちゃんに聞いておけば良かったかしら?」
カナンの【広域探知】に反応せず、オレの【魔性の瞳】でも判別がわからない。【明哲者】じゃ認識できる範囲内でしか解析できないし、しらみ潰しに探してみるか?
でも、無数のワイバーンの群れと戦っているリナエリクラッドの3人と合流しなきゃだし。
「一旦合流した方がよさそうね」
「そうだな……」
ひとまず、地に堕ちた竜王の身体に収納しようと近づく。
さすがにあれを食らって生きてはいないだろうな……と、思ったら。
「ワタシは……負けた、のか……」
キエエェェェシャベッタアァァァ!?!?
これでまだ生きてんのかよ!!
「しぶといわね。まだ続けるつもり?」
「否……魔力も底を尽き、身体はほとんど動かせない。完全にワタシの負けだ。楽しい戦い、だった……」
辛うじて息がある、というレベルのようだ。角も翼も折れ、肉体の再生も発動していない。
その金色の瞳にはもう、敵意は無かった。
「カナンとその従者……いや、〝強き者たち〟よ。ワタシに……とどめを刺すといい。迷宮のもう一つの核とは、このワタシの魔石なのだ。ワタシの命が尽きれば、迷宮も眷属たちも共に尽き果てるだろう」
こいつの魔石が迷宮の核?
迷宮とはそういう形態の魔物だっていうが、この迷宮そのものがドレナスの一部だったって事なのか?
「ずいぶんと潔いわね」
「ふっ。敗者には死がふさわしいまでよ。勝者が絶対で、敗者に居場所など無かろう? 強き者に屠られるならば本望……」
「あっそう。それなら遠慮なく」
カナンは片手で刀を抜くと、ドレナスの頸に切っ先を向ける。
【
けど……。本当に殺していいのだろうか? いや、殺すべきなんだろうけどさ。なんだか、もやもやするんだよな……。
「どうしたのおーちゃん?」
「別に……」
「そう」
そしてカナンは、ドレナスの首に刃を振り下ろした。
――が。
「……なんの、つもりだ?」
しかし、ドレナスの首はまだ繋がっていた。
カナンは刀を鞘に納めると、腕を組んでドレナスの頭に腰掛けた。オレはカナンの隣でもたれる形でそっと置かれた。
「やーめたっ。気が変わったわ」
「何? なぜだ!?」
「ただの気まぐれよ。なんだかあんたを殺しても気持ちよくなれなさそうだもの」
こりゃまた珍しいな、カナンが1度殺そうとした相手を手にかけないなんて。
「ワタシは……この国を滅ぼそうとしたのだぞ!? あの人間たちも焼き殺そうとした! それなのに何故だ! 勝者たる貴様には、ワタシを殺める権利があるというのに!!」
「私はあんたを殺さない。だからあんたは、眷属のワイバーンどもを退かせなさい」
カナンは強情だ。こうなれば何を言っても聞かないだろうな。
「理解できない! 勝者こそ絶対なのに、なぜ生かす!? 敗者には死がふさわしいのに――」
「黙りなさい。そもそも勝者が全てなら、私の言う事を聞き入れなさいよ?」
「しかしっ……いや、分かった。言う通りにしよう」
言い返せず、やむなく折れたドレナスさん。
根は真面目そうだが、何だろうこの苦労人感は。
「――強者と弱者。勝者と敗者。世の中そんな二元論で成り立つほど単純明快じゃないのよ」
「それが外界の真理か……。イルマはその世界の素晴らしさに気がついたのであろうな。嗚呼、ワタシはどこで間違ってしまったのか……」
「そんなの知らないわ。けど私だって、もしおーちゃんがいなかったらあんたみたいになってたかもしれないしね」
「んあう?」
急にオレの話になり、ちょっとびっくり。隙あらばなでなでされるけど、嫌じゃない。
するとドレナスは、今度はオレに話を振ってきた。
「……
「オレは
オレは
「……おーちゃん!!!」
正直に答えたら、めちゃくちゃ嬉しそうなカナンにまたぎゅーっとされてしまった。
「……良き主を持ったのだな」
まんざらでもないけど、なんでそんな冷めた目で見てくるのさドレナスさん。
「あと、多分イルマちゃんはいろんな大切なものができたから〝魔王〟として戦ったんじゃないかしら?」
「……そう、かもな。ワタシは何か、勘違いしていたのかもしれん。初めから勝てるはずがなかったのだ。お前たち二人にも、魔王となったイルマにも……」
どこか遠くを見つめ、何かを悟った様子だ。
そこにはもう、敵意や憎しみは感じ取れなかった。
「さて、私たちはもう行くわ」
「ま、待ってくれ!!」
ぴょんと降り立ちオレを抱えながらその場を後にしようとするカナンは、慌てた様子のドレナス呼び止められる。
「何よ?」
「烏滸がましい事は承知で頼みがある!!」
すると、ドレナスの巨大な竜の身体が赤い光に包まれた。
その光が収まると、そこには赤いチャイナドレスを身につけた赤髪の女性が跪いていた。
最初に見た、人化形態のドレナスだ。角は折れ、翼は破け、竜形態のダメージは人化形態にも反映されている様子だ。
「何よ畏まっちゃって。その頼みって何?」
なんだなんだ頼みって。イルマのおっさんに会わせろとかか?
「ワタシは……カナン、貴女の配下として仕えたい」
……うん、うん?
は?
へ?
「えっと、それってどういう……意味???」
「ワタシにとっての〝王〟は、たった今から貴女になった、という意味だ」
「?????????」
え、え、ええぇぇ!?!?
そう言うドレナスの瞳は、キラキラ煌めく希望に満ち溢れていた。