バケモノ少女の影魔ちゃん   作:稲嫁とーかちゃん

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第25話 おーちゃんはおいしい

 ぴちょんと水滴が滴り落ちる音が、薄暗い和風な浴室に響く。

 窓から射し込む蒼い月明かりに照らされ、ぎゅっとオレに抱きつくカナン。

 

 「ふーっ……ふー……」

 

 耳元に、密着するカナンの鼻息が直に当たる。その喉からは、ごきゅごきゅと水気を含む嚥下音(飲み込む音)が絶え間なく続く。

 そこでオレは、首筋に牙を立てて必死に血を啜るカナンの背中をそっと撫で下ろした。

 

 

 ――なぜこうなったのか。

【吸血姫】のせいではない。あれはそんな衝動に駆られるシロモノじゃなかったハズだ。

 多分、カナンには元々血を吸いたい欲求があったのではないか?

 まあ、後で本人に聞くとしよう。

 

 「ん……ぷはっ」

 

 「お、満足した?」

 

 オレの首から口を外すと、牙にまとわりついた赤い粘液が糸状に傷口から引いてゆく。それから、息継ぎをするように深く息を吸い込んだ。

 

 「まだ……ごめん……」

 

 今度はいきなりオレを仰向けに押し倒し、そのまま馬乗りになってきた。床に残る水気が背中をじっとりと冷たく濡らす。

 抵抗するつもりはないが、凄く強い力で押さえつけられる。

 

 「はァーっ……ハァーッ……」

 

 「大丈夫。逃げないって」

 

 そしてまた、涎の滴る口でオレの首筋にカプリと噛みついた。さっきよりも深く、遠慮なしに、カナンの牙が入ってくる。よほど美味しいのか、すっかり夢中だ。

 

 

 ゴクン……

 

 ゴクン……

 

 ゴクンッ……

 

 

 このまま、血を飲み干されるんじゃないかと思うくらい凄い吸い付きだった。

 噛みついたまま、カナンは言葉を発する。

 

 「おーちゃん……おいしい……」

 

 「はは、主様(ますたー)ったら可愛いな。気がすむまで、ずっと……こうして――」

 

 夜が更け、月明かりが射し込まなくなっても、カナンはずっと暗闇でオレの血を飲み続けた。ずっと、ずっと――

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 ん……? いつもの小鳥がさえずってる。

 いつの間に寝ちゃってたんだろう。

 

 「おーちゃん……おーちゃん!」

 

 「ふわあ……コルダータちゃん? おはよう」

 

 目を開けると、ベッドに寝かせられたオレを心配そうに見つめるコルダータちゃんの顔があった。

 あれからオレは、カナンに血を吸われ続けて……どうしてた?

 

 「おはようじゃないですよ! 二人とも、昨晩何があったのか説明してください!!」

 

 

 

 

 

 ――コルダータちゃんの言い分をまとめるとこうだ。

 

 明け方頃、カナンが意識の無いオレを部屋に運んできたという。

 意識は無く、顔も青白い。首筋には歯形がついていて、尋常な事態ではないと悟ったのだそう。

 慌てて治癒魔法をかけて、たった今ようやく目を覚ましたのだとか。

 

 「ごめんおーちゃん……飲み過ぎたわ」

 

 「あー、そういう事か」

 

 貧血で気絶してた感じか。

 申し訳なさそうにしょんぼりするカナンの姿は、意外とレアかもしれない。

 

 「わ、わたしにも説明してください! カナちゃんとおーちゃんは一体、何をしていたんですか!!」

 

 「おーちゃん……言ってもいい?」

 

 「……オレは言うべきだと思う」

 

 こんなにも怒って心配してくれるコルダータちゃんに、なんの説明も無しで過ごす訳にはいかないな。

 コルダータちゃんなら受け入れてくれると、オレは信じる事にした。

 

 「私ね……昔から血を飲みたいっていう衝動があったの。

 始めは、スルーできるくらい弱い欲求だったんだけど、おーちゃんが目覚めた時から日に日に強くなっていって……昨晩、抑えきれなくなっちゃった。……ごめん」

 

 「それであんな獣みたいに……」

 

 なるほど、予想通りだった。

 吸血衝動を必死に隠して取り繕って、オレにもバレないようにずっと……

 

 「怖いよね……」

 

 「……わたし、そういうの全然へっちゃらです!」

 

 「へ、なんで? 怖くないの?」

 

 「怖くないですよ。だってカナちゃんだもの! なんならわたしの血だって吸っていいですよ! カナちゃんにだったら魂を食べられたって構いません!」

 

 ほらやっぱり、コルダータちゃんなら受け入れてくれた。最後のはちょっと言い過ぎだけど……

 

 「あ、ありがとうコルちゃん……」

 

 「いいんですよ。もしまた血を吸いたくなったら、わたしにも言ってくださいね? 困難は分け合うものですから!」

 

 コルダータちゃんは、目を潤ませるカナンを抱きしめて言った。

 さすがに今日程の量を毎回吸われたらオレの身が持たないので、その申し出はありがたい。死んでも蘇生できるとはいえ、苦しいものは苦しいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 

 今日もいたっていつも通り。血を吸いまくっていたけれど、朝食も問題なく食べられていた。衝動は鳴りを潜め、穏やかな気持ちで過ごせているみたいだ。

 

 「今日こそEランクに上がってやるわ~!」

 

 木製の扉を押し開けると、カランカランと軽い音がギルド内に響いた。

 

 「カナンさん、コルダータさんおはようございます! それとオーエンちゃんも!」

 

 受付嬢さんは、オレ達がギルドに入るや否や、そう出迎えてくれた。昨日と違って今日はそんなに忙しくなさそうな様子。

 

 「さて、今日はどんな依頼が……」

 

 「あ、3人ともちょっとついて来てもらえますか? おね……ギルドマスターがお呼びなのです」

 

 「いいけど、何の用かしら?」

 

 受付嬢さんが冒険者でないオレも含めて、バックヤードへと案内する。他の冒険者達が何やら驚いた様子でこちらを見ているけれど、なんかヤバい予感……

 

 

 「いらっしゃい。キミ達がワイバーンの群れを鏖殺した噂の三人娘だね? ポテチ食べる?」

 

 バックヤードにある階段を登った先には書類の散乱する部屋があり、金髪の若い女性が袋菓子をボリボリ食べながら礼儀悪く机に腰かけていた。

 

 「それで間違いないわ。ポテチはいらない。どうかしたのかしら?」

 

 「どうかしたから呼んだのさ。率直に言うと、2つほど頼みがある」

 

 「あっそう。まずは名乗るのが礼儀なんじゃないかしら?」

 

 「おっとこりゃ失敬。私はエルム。元Aランク冒険者にして、ここのギルドマスターさ」

 

 ギルドマスターとは、おそらく店長みたいな立場の人だろう。コルダータちゃんが驚いて喋れなくなるくらいには大物っぽい。

 その割にはずいぶん礼儀がなってないけど。

 

 「そのエルムさんが私達に何の頼みがあるの?」

 

 「冷たいなぁ。まずは、カナンとコルダータ、たった今からDランクにアップね。これが一つめ。おめでとう」

 

 ……

 

 ……は?

 今なんて言った? Dランク……? カナンって今Fだったよな。一気に二段階上がったって? え?

 

 「……え、待ってください! わたしがDランク!?」

 

 「そうだよ。ワイバーンを倒せるくらいの人材はさっさと高ランクに上げてしまおうと思ってね。だからキミ達二人には今度の迷宮攻略に参加してほしい。当日の朝、とりあえずここに来てくれればいいから」

 

 「はわわわわ……か、カナちゃん……どうしよう……」

 

 「まさか同時にDランクになれるなんてね。一緒に頑張ろコルちゃん!」

 

 コルダータちゃんも驚いてるが、オレもびっくりだ。案外カナンは順応してるけど。

 迷宮探索の日までギリギリ間に合うかという公算だったのに、飛び級しちゃったよ。

 

 「それで、もうひとつのお願いって何よ?」

 

 「あぁ、それはね……」

 

 と、エルムが言いかけた所で、執務室の扉がバァンと弾けるように開かれガタイの良い大男が飛び込むように入ってきた。

 

 「Aランクの俺様が迷宮探索に参加できねえって、辺境ギルドの分際でどういう了見だゴラァ!!!」

 

 「ああもう、お姉ちゃん後は頼みますっ!!」

 

 受付嬢が扉の外まで男を追って止めようとしていたらしいが、もう諦めたようですごすごと階段を下っていった。てかお姉ちゃんって?

 

 「てめえ、女の分際で調子に乗んなよ? 俺様は今この街で一番強いんだからな?」

 

 エルムを睨みつけ、威圧する男。

 てか、ここで一番強いって? お前ごときがルミレインより強いとでも?

 エルムは、そんな男の乱入に戸惑うどころかむしろ笑みを浮かべて、カナンとオレ達に伝えてきた。

 

 「カナンさん、この男を他の冒険者達の前で完膚無きまでにぶっ飛ばして(・・・・・・)もらえますか?」

 

 「へぇ……いいわ。美味しそうね」

 

 そう言って、カナンは舌なめずりをして、男を見定める。

 それはまるで、獲物を前にした捕食者のような眼差しだった。

 

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