バケモノ少女の影魔ちゃん   作:稲嫁とーかちゃん

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第35話 至れり尽くせり

『なかなか小娘やりおるのう』

 

 巨熊の前足がこちらを叩き潰そうと襲いかかるが、カナンは逆に接近してそれを回避し、懐に入るとすかさず熊の胸部に剣を何度も突き刺した。

 

『すごいのう、そのメガロベアーは強度階域ならば第4域(マグナ)……ランク換算にしてAは下らぬというのに』

 

 ……なんなんだこの声は。さっきから凄い気だるそうに話しかけてくるんだけど、こちらの質問には全然答えてくれない。声の主は暇なのか? いや暇って言ってたな。そうか。

 

 「おーちゃんさっきから誰と話してるのよ?」

 

『いやなに、なんか管理者とか名乗る声が聞こえてきてな』

 

 どうやら〝管理者〟の声はカナンに聞こえていないらしい。オレに聞いてくるカナンの声には少し鬱陶しさが混じっていた。

 

 「ふうん、こいつ倒したら詳しく教えてね」

 

 あまり興味もなさそう。熊相手に苦戦という程でもなさそうだし、とりあえず〝管理者〟の声は無視しとこ。

 

 

 

 *

 

 

 

 「ははっ! なかなか楽しめたわ!」

 

 「グ……ヴァ……」

 

 四肢の腱を切り裂かれ、眼球も潰され、這いずる事しか身動きの取れないメガロベアー。その背に立ち、カナンは恍惚としながら喉元に切っ先を立てる。

 

 「うふふっ……楽にしてあげる♡」

 

 そう言って、カナンは嬉しそうに熊の頚を切り裂いたのだった。

 ごろりと大きな熊の生首が転がり、断面から鮮血が花のように噴き出す。カナンはそれを少し手で受け止め、口へ運んで啜り飲む。

 

 「悪くないけど……むぐっ、ごくん。血より魂の方が美味しいわね。死体の回収お願いおーちゃん。〝オウカ〟」

 

 「――おーけー。ギルドへ持って行ったら高く売れそうだな」

 

 外界へと召喚されたオレは、メガロベアーの死体を【次元収納】で取り込んだ。

 とりあえず、やっとこれでコルダータちゃんの所に帰れそうだ。

 

 

 

 

 「あっ! 二人ともおかえりです!」

 

 「ただいまコルちゃん」

 

 「ただいま。凄いなこれ」

 

 壁に空いた穴の中からコルダータちゃんがひょっこり顔を出した。

 コルダータちゃんが何をしていたかというと、地操作魔法を利用して壁の中に三人で一晩過ごせる空間を作ったのだ。

 入り口と小窓だけが青い壁に開いている。

 オレは明光石を手に取って魔力を込め、部屋の中心に置いた。白い光が壁の中を照らし出す。

 

 「……コルちゃんったら天才ね。住もうと思えばずっと住めそうよ?」

 

 内部は想像以上に広く、中心にテーブルまで設置してある。壁端には大きい家具とか色々置けちゃいそうなくらいのスペースがあるし、一晩身を隠す場所というにはちょっと広過ぎるレベルだ。

 更に

 

 「奥にお風呂場とおトイレも作っておきました! 浴槽のお湯はおーちゃんにお任せますね」

 

 なんという事でしょう、迷宮でまさかここまで快適に過ごせるなんて。

 まぁ、ある程度は想定して『準備』してきたんだけどね。

 

 「お腹空いたわね」

 

 「晩ごはんですね」

 

 二人してオレを凝視すんなって。言われなくてもこれがオレの役割だからやるってば。

 

 「はいはいおまちどーさま」

 

 「わぁ!」

 

 次元収納にしまってあるお皿やフォークをテーブルに3つ出現(・・)させ、その上に焼きたてのステーキとパン、それから果物を同じく盛り付ける。この間わずか3秒。3秒クッキング。

 

 次元収納内ではどうやら時間の進みがほぼ止まってるらしい。ので、焼いてすぐ格納すれば次に取り出した時焼きたてのまま取り出せる。ホントに便利だなこの能力(アビリティ)

 

 

 「はぁ~、まんぞくだわ~」

 

 「お腹いっぱいです~」

 

 子供にしてはけっこうな量を食べ、すっかりくつろいでいる二人。ついついここが迷宮の中だという事を忘れてしまいそうになる。

 

『至れり尽くせりじゃな……他の冒険者どもは今ごろ、魔物の襲撃に備えて見張りと睡眠を定期的に交代したりしておるというのに』

 

 〝管理者〟がまたオレに干渉してきた。

 どこから見てるんだこののじゃロリは。

 

『妾はな、迷宮内ならどこでも千里眼みたいに見れるのじゃぞ? どれ、試しにお主の今日のパンツの色を言い当ててくれようか?』

 

『いらんわ! というか管理者っていうらなさ、色々手助けしてくれたりはしないのか?』

 

『手助け? 嫌じゃ、妾は働いたら負けじゃと思うてる』

 

 なんだよこいつ……。まるで引きこもりの言い分じゃないか。

 

 「――おーちゃんボーッとしてどうしたの?」

 

 「……お? いや何でもない」

 

 なんか管理者の事を伝えるのめんどくさくなってきたな。こっちまで怠惰が伝染してくるみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「どうですか? わたしの自信作です!!」

 

 コルダータちゃんが胸を張ってどや顔をする。

 もうひとつの部屋には、床を変形・突出させて作ったシンプルな浴槽があった。

 

「凄いわ。コルちゃん天才よ」

 

 上位魔法に加えてここまで造り出せてしまうなんて、やはりコルダータちゃんは天才かも。

 

 「あとはオレがお湯を注いで完成って訳か」

 

 次元収納からじょぼじょぼと浴槽へお湯を入れてゆく。何もない空中からお湯が流れてるみたいに見えるなこれ。

 

 しかしこのままだとしゃぶしゃぶ作れるくらい熱いので氷結魔法で作った氷を浮かべて冷ます。あとついでに風呂桶も3つ出して床に置いた。

 

 「おっふろー♪」

 

 ちなみにここの入り口や小窓はコルダータちゃんが塞いであるので、リビングで裸になっても万一覗かれる心配は無いのだ。

 

 ……〝管理者〟を除いてな。まあ、声聞く限り女の子らしいし、さほど問題ではなさそうだけど。

 

 

 

 それからしばらく。

 二人ともオレの目の前で服を脱ぎ去ってゆく――

 あ、別に今さら照れてる訳じゃないぞ? ただ、なんとなく視線を反らしたくなっただけだから。他意はないから。

 ほら、オレももう慣れてるし、自分で脱げるもん。

 

 「良い湯加減ね」

 

 カナンがお湯に手先を入れ言う。

 

 「迷宮でお風呂に入れるなんて、他の冒険者が聞いたら怒りそうですね」

 

 「贅沢ここに極まれり、だな」

 

 湯船からお湯を桶で汲み取り、石鹸を泡立てて体を洗う。一応お水の節約も必要だし、桶に汲み取るお湯は二杯までって事にしている。

 

 三人並んで1日の疲れを洗い流していると――

 

 

 

 「うっ……!?」

 

 「ん? どした主様(ますたー)?」

 

 急にカナンの様子が変わった。胸と口を抑え、興奮しているのか頬は熟れたリンゴのように紅く染まってゆく。

 

 「いきなり来たわ……吸血衝動」

 

 「……マジか」

 

 前回は3日くらい前だったっけ。オレはカナンに半ば無理矢理に襲われて、貧血で気絶するほど血を吸われたんだった。

 

 「うぐ……ぐるる……」

 

 カナンの金色の瞳が緋色く濁る。

 口を抑える手は、よだれが溢れないようにしているのだろう。獣のように唸り、床にうずくまってしまった。

 

 「主様(ますたー)、オレを――」

 

 「待ってくださいよ? 次また血を吸いたくなったら、わたしにするって約束したじゃないですか?」

 

 そういえばそういう約束だった事を思い出す。やむなくオレはコルダータちゃんに任せる事にした。

 

 「カナちゃん、ほらどう――」

 

 「コル……ちゃ……コルちゃんっ゛!」

 

 「きゃっ!?」

 

 

 ぱちゃんっ

 

 

 コルダータちゃんの首筋めがけてカナンが飛びかかった。

 二人は床に押し倒れ、そしてコルダータちゃんの無防備な首筋へ、カナンの鋭く伸びた牙が食い込む。

 

 「ちょ、カナちゃ……ぁんっ……!」

 

 「ふうぅぅ……ふじゅるぅぅぅ……」

 

 上から裸体を重ね、カナンはコルダータちゃんの柔らかい肌に牙を挿し込み生き血を啜る。

 理性が薄れたその姿は、本能のままに獲物を貪る肉食動物のようであった。

 

『ちょっと目を離したら……なんじゃこの尊そうな状況は。もしやアレか? ユリってやつか?』

 

『……多分そうだな』

 

『おや? どうしたお主、機嫌悪そうじゃのう?』

 

 悪くねえし。

 ただ、なんでか無性に胸がモヤモヤするんだ。たぶん、主様(ますたー)がコルダータちゃんを吸血している……という状況にどこか納得できないオレがいるらしい。なんで?

 

『ほうほうほうほうほう? これは観察のしがいがありそうな案件じゃな♡』

 

『んだよ観察すな!』

 

 思念ではそう言うが、心の中ではただただ疑問符がぐるぐる回る。

 少なくとも、この感情が怒りではない事はわかる。なんだろう? なんなんだろう?

 

 「あうぅ……」

 

 ああ、思わずお湯に口を沈めてブクブクさせてしまう。

 このモヤモヤの正体が『嫉妬』であるとオレが気づくには、ずいぶんと時間がかかるのであった。

 

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