バケモノ少女の影魔ちゃん   作:稲嫁とーかちゃん

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第4話 主様

 金ぴかに装飾された窓から、黄昏の淡光が射し込む。その外ではカナカナとヒグラシに似たもの悲しい虫の合唱が響き渡っていた。

 

「クソっ!! あの忌々しい領主め……このわしを底辺まで貶めおって……」

 

 その窓の側で、でっぷりと腫れぼったい男が爪を噛みながら机をバンバン叩く。

 

 この男の名はブルデ。平民への横暴や横領、権力を笠に着て悪事を働き、ついに見かねた公爵により貴族の座から零落された身なのだ。完全に逆恨みである。

 

「ぶふぅぅ。明日街へ行くついでに、娼婦でも抱きに行こうかのう」

 

 ふかふかのソファーにどかっと腰を落とし、葉巻を吸いながら独り呟く。

 豚のようなため息と煙が共に吐き出され、腹の贅肉が膨らんでは縮む。

 

 ――B(ランク)魔物(モンスター)人面獅子(マンティコア)は、巣に宝石(ひかりもの)を集める習性がある。長く生きた個体の巣には一生暮らせると言われるほどの量の宝物があるともっぱらの噂だ。

 また、知能も高く、交渉に応じれば宝の一部を分けてくれる事もあるという。

 

 ブルデは月に1度好物の若い娘を餌として与え、その礼として手に入れた宝石を冒険者ギルドに売り付ける事で下級貴族が劣化した程度の生活を送っている訳である。

 

 そして今日もまた、マンティコアの餌場に幼い娘を置いてきた。

 

「また来月分の奴隷(エサ)を闇市場から買わないとのぅ。あぁ、めんどうぢゃ……よくもこんな屈辱をこのわしに!」

 

 再び領主の顔を思い出しては、怒りを覚えるブルデ。捧げてきた奴隷への罪悪感は皆無である。

 

 そのためブルデは、気持ちを落ち着かせようと喉に酒を流し込んだ。

 

 だが、その時事態は急変する。

 

 

『ギエエエエエエエエエ!!!!』

 

 

 屋敷の外、森の奥から、獣のような聞き慣れない鳴き声が聞こえてきた。

 

「ごふっ!? ゲホゲホ、あっつぁ!? 何ぢゃこれは!?」

 

 思わず飲んでいた蒸留酒を噎せ返る。

 その時、テーブルの上に置いていた〝契約書〟が突如、青く燃えだし焼失してしまった。

 この出来事に強い胸騒ぎを覚えたブルデは、剣と灯りを持って屋敷から飛び出したのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 ガチャガチャン!

 

 と音を立てて開く、首と手足の枷。

 

「何もしてないのに開いたね」

 

 金髪金瞳で粗末なぼろを身に纏う幼女は一人呟く。

 彼女の名前はカナン。その魂の内側にもうひとつの魂――オレを宿しているのだ。故に、独り言に見えてきっちりオレと会話しているのである。

 

『鍵の魔法とかが解けたのかもな』

 

「鍵の魔法なんてあるの? おーちゃん物知りだね」

 

『いや、鍵の魔法は適当に言っただけだ、実際あるのかは知らないな。

 ……てか「おーちゃん」呼びはやめろって言ったじゃんか』

 

「ごめんね。けど、契約上名前を呼ぶ事が召喚のトリガーになってるのよ?

 それで上位悪魔(あなた)が街中で出てきたりでもしたら、大変な騒ぎになるわ」

 

 なるほど、うっかり〝オウカ〟と言ったりしたらあのバケモノの姿が顕現されてしまう訳か。

 

 それなら最初から愛称を決めておいた方がいい……のか?

 それでもおーちゃんはなんか……

 

「おねがい、おーちゃんって呼ばせて?」

 

『むぅ……ええい、わかったわかった! これからはおーちゃんと呼んでいい!!』

 

「やったあ、ありがとうおーちゃん! これからよろしくね、おーちゃん!」

 

 ……うぅ、まあいいや。そのうち慣れるだろうしな。

 

『んで、今後はどうするんだ? ひとまず冒険者になるつってたが、簡単になれるものなのか?』

 

「なる事自体は簡単ね。ギルドが出す試験に合格すれば、最下級ランクの冒険者になれるらしいよ。そこから活躍すれば徐々にランクが上がってより強い敵と戦えるって」

 

 ふーむ。活躍ってやっぱり魔物の退治かね。戦闘ならオレの出番だ。

 

『さて、問題はギルドのある街までの道のりだな……何処へ向かえば良いのかわからんが』

 

「あのデブが暮らしているんだもの、きっと町への道くらいあるはずよ」

 

『それもそうだな。奴隷とかどこから買ってきてるんだって話だし。……そういや、元奴隷でも冒険者になれるのか?』

 

 気になってオレが聞くと、不敵に笑って無問題だと胸を張るカナン。

 

「そもそもね、この国で奴隷は違法よ。だから言わなければ関係ないと思う」

 

 ふーむ。奴隷制度のある酷い世界と思ったが、一応禁止されてるなら良かった。つまりあんの憎きデブは、違法な奴隷を魔物に食わせていたと。

 

「それに、冒険者になれる年齢制限も10歳以上だから、11歳の私は問題無いわ。

 あっ! そうだ、人前では私の事を〝主様(マスター)〟って呼んでくれる?」

 

『ま、マスター? いきなりなんでだ??』

 

 思い出したかのようにカナンが提案する。これにも何か理由があるのだろうか。

 

「私とおーちゃんの関係って、珍しいものだと思うのよ。魔霊と一心同体で契約しているなんて、良い研究の材料だわ。それで連れ去られて解剖されるのなんて嫌だもん。

 だから、おーちゃんは私の使役してる悪魔って事にしておいてくれない? それなら珍しいけどいない訳じゃないの」

 

『よくわからんが……建前上だけだぞ、主様(マスター)

 

「うん! これからは不自然が無いように、私の命令に絶対服従でおねがいね、おーちゃん!」

 

 えぇ……

 

『……善処する』

 

 いくら可愛い金髪少女だからって、自由意思を捨ててまで従うつもりは無いからな。……多分。色々とカナンに主導権握られてる気がするけど、気のせいだ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 飛んで火に入るなんとやら。

 

「な、なぜ生きているんぢゃ!?」

 

 わざわざ、夜の森のオレ達の所にやってきた贅肉男(デブ)。手にはランプ、腰には剣を携えている。

 

「おーちゃんが守ってくれたからよ。マンティコアなんてワンパン……ワンキックだったかしら?」

 

『おいおい、いきなりオレの事を話すのかよ』

 

(どうせ冒険者になったら知られる事になるんだし、いいじゃん!)

 

 いいのか……いいのか?

 

「あり得ない! あのマンティコアが、並大抵の冒険者ごとき一捻りのマンティコアが負けるなど…… ええぃ、〝ひれ伏せ〟!!」

 

 並大抵の冒険者に勝てるマンティコアをほぼ一方的に屠ってますけど、もしやオレってTUEEE? いや、調子に乗ってはいけないな。そのうち痛い目を見るのがお約束だ。

 

「なぜぢゃ……? 〝奴隷契約〟が破棄されたとでもいうのか?!」

 

「半分正解。私はあんたなんかより遥かに上位の存在と〝主従契約〟を結んだの。

 あんたの契約は弱すぎて塗り潰されのよ」

 

 にっこりと笑みを浮かべて語るカナン。対する贅肉男は、顔を真っ青にして冷や汗を流している。

 

「主従契約……ぢゃと? 奴隷契約を一方的に破棄できるとは、貴様! 一体どんな化け物の配下になったんぢゃ!? 魔力も支払える物も持たない貴様が一体どうやって……」

 

 む、バケモノなんてちょっと傷つくぞ。

 男の言葉にカナンの口角が上がり、高鳴る胸の感覚がオレにも伝わってくる。

 

()よ。私が(マスター)なの」

 

「ぶっ! ぶふふははははは!!! やはりハッタリぢゃな! 馬鹿ぢゃな、嘘をつくならもっとマシなものをつくべきだったなぁ! 貴様ごときが何者かの主になれる訳が無い! わしだって冒険者のはしくれぢゃ、そんな嘘すぐに分かる!」

 

 

 げたげた笑い、剣を構えてカナンへ近づいてくる。剣先が青い月光を反射し、少し不気味に思えた。

 そんな贅肉男に、カナンは笑いを抑えられなくなる。

 

「ふふ…… あははははっ!!」

 

「なんぢゃ、ついにおかしくなったか? 怖くて逃げることもできないかぁ? ぶっひひひひ、 貴様が従える存在とやらに助けてもらうんぢゃなぁ! それが実在するならな!!!! お別れぢゃ!〝炎斬(ファイアスラッシュ)〟!」

 

 ブルデの剣が動かぬカナンへ振りかざされると同時に、剣が炎を纏う。

 しかし、カナンは逃げるどころか、避ける素振りすらもない。

 

 否、する必要がないのだ。

 

「ふっ。〝オウカ〟」

 

『承知したぜ、〝主様(マスター)〟』

 

 

 ガキィン!!

 

 

 鋭い金属音が森中に響き渡る。

 剣が捉えたのはカナンではなく、甲殻に包まれたオレの手の甲だった。当然のように剣すら簡単に弾いたな。

 

「ひっ……!? ば、馬鹿な……こんなのと……ほほ、本当に契やっ……!?」

 

 オレはすかさず男を掴まえてやった。手の中で逃げようともがくが、圧倒的な力量差の前には無意味である。

 

『おいお前。よくもオレの主様(マスター)に酷ぇ事を散々してくれてたな? このまま握り潰してやろうか?』

 

「ダメよ。そのまま捕まえておいて」

 

 心なしかカナンがイキイキしてる気がする。舌なめずりをして、ニヤリと笑う。

 

「わ、わしはブルデさまぢゃぞ?! 偉いんぢゃぞ!!? わしを殺したら――」

 

 命ごいをする贅肉男。ブルデという名前らしいが、覚えるつもりはない。

 そんなブルデを俯瞰し、カナンは冷たい目線を向けて短く一言。

 

「うっさい」

 

 そう言って、カナンは身動きの取れないブルデの股間を蹴り上げた。カランと音を立ててブルデの持つ剣とランプが地面に落ちる。

 

「おぶぁっ!!!? こんな事を……して、許され……」

 

 カナンはブルデの股間を蹴り上げた。

 

「おぶぁっ!!! い、今ならまだ……わしの部下にしてやらんでも……」

 

 カナンは有無を言わさずブルデの股間を蹴り上げた。

 

「おぶあぁっ!!!!!」

 

 

 なんか可哀想になってくる気がしなくもないが、こいつのしてきた事を考えるとこれでもまだ足りないだろうな……。けどな、見てて痛いもんは痛いんだよ…… 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……ぅ……ゆる……ひて……」

 

 ブルデはオレの手の中で、穴という穴から汁を流して白目向いて痙攣してる。

 そこら中に散らばる骨を見る限り、こいつは今まで何人の奴隷をマンティコアに食わせてきたのか。てかマンティコアの死体が見えないのかコイツ。まぁ、暗いしな。

 

「誰が喋っていいって言った?」

 

 カナンはブルデの股間を蹴り上げた。

 

「おぶぁっ……」

 

 とはいえ、執拗に玉を蹴り続けられるというのには少し同情してしまう。オレまでヒュンヒュンして気持ち悪い。

 

 ……あれ? こいつ漏らしてね? うわきったねぇ。

 

『なあカナ……じゃなかった、主様(マスター)。いつまでこれ続けるんだ?』

 

「もういいかな。だいぶスッキリしたし!」

 

 とても清々しく応えるカナンにはきっと、ドS女王様の素質があると確信した。カナンを怒らせてはダメだな……今日は大切な事を学んだぞ。

 

『じゃあこいつはその辺に捨てておくわ』

 

 オレはビクビク脈打つ脂肪の塊を、マンティコアの生首の側に添えておいた。

 

「行こっか! 『戻れ』」

 

 オレの視界がまたカナンのものに戻る。

 ブルデが落とした剣とランプを拾い、カナンは森の中へ通じる細道をたどり始めた。

 

 目指すは真っ当な人の住む街。オレたちの冒険は、こうして始まったのであった。

 

 

 

 ……ちなみにブルデは後々悪事がバレて更に破滅する事になるのだが、オレ達には関係のない事である。

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