バケモノ少女の影魔ちゃん   作:稲嫁とーかちゃん

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第47話 ケテルベアー戦 その4

 魔霊のオレには、嗅覚がない。

 

 いや、厳密に言えばあるのかもしれないが、頭部は甲冑みたいな甲殻に包まれているし、そもそも呼吸する必要がない。

 

 ……としても、いまこの場に凄まじい腐臭が充満している事は、カナンのしかめる顔を見ればすぐに分かる。

 

 そしてその臭いの元とは、血の気が抜けきり、所々腐って骨が露出している、かつて命だった物体。それが無数に積み重なった、所謂腐乱死体の山である。

 

 黄土色の液体が死体の山からたらたらと滲み出し、カナンの足元まで流れて来る。

 

「くっさいわねもう、何よー?」

 

 鼻を摘みながら液体を避けるカナンを横目に、床に倒れながらケテルベアーは何かぶつぶつと唱えている。

 

 今までの「くまぁ」とはまた違う、意味は分からないが明確な言語として発している気がする。

 

『嫌な予感がする。さっさとコイツにとどめを――』

 

 しかし、オレの判断は遅かった。

 ヤツが狙うそれ(・・)の発動を、許してしまったのだ。

 

「――モルスァ」

 

 

 やられた。

 

 山のように積み上げられた、既に魂も抜けている腐乱死体が、まるでそれぞれ意思を持っているかのように蠢き、硬直した手足を駆使して1ヶ所に集まってゆく。

 そうして死体が動く度に、赤茶色や黄土色の汁が滴り落ちる。

 

 カナンやオレには目もくれず、そこへ集まる死体同士、まるで油粘土のように融け合い――

 

 

 

 

 そして――

 

 なんて大きな……不死者(アンデッド)なんだ。それは(シルエット)だけは熊のものをしている、歪な肉塊だった。

 

「オルオォォォ……」

 

 無数の死体を寄り合わせて生み出されたツギハギ不死者(アンデッド)は、凄まじい腐臭と液体を撒き散らしながら、歪な手足でぐちゃぐちゃとオレ達とは反対方向へと進んで行った。

 

 あっちは……冒険者たちやコルダータちゃんがいる方向じゃねえか!?

 いや、コルダータちゃんがいるなら多分何とかなる。それよりも、だ。

 

「ぐ……ぐまぁっはっはぁ!!」

 

『くそ、この状況でこいつ、回復してんじゃねーか?!』

 

 むくりと起き上がるケテルベアー。嬉しそうにけらけら笑ってこちらを見つめてやがる。振り出しに戻されてしまったのか?

 

「よく見ておーちゃん。回復してるみたいだけど、完全ではないみたいよ」

 

『ん、本当だ』

 

 一瞬焦ったが、ケテルベアーの傷が全て塞がった訳ではないようだ。

 致命傷こそ急ごしらえで塞いだものの、ダメージはしっかり残っている。また、傷の回復に体力をかなり使ったようだ。

 

 立ち上がってこれ見よがしに笑っているのは、虚勢だろう。

 

 ……問題はケテルベアーよりも、オレの方だ。

 さっき光線で片腕を削られた際、咄嗟にカナンが魔力回復薬(マナポーション)を飲んでくれたおかげで肉体の欠損を回復できた。それと同時に、オレの顕現可能時間も伸びた。

 

 が、今はそれもあと僅か。

 また、再び魔力回復薬(マナポーション)を飲ませるのは憚られる。短時間に何度も飲むと、副作用をきたす恐れがあるとか。エナジードリンクっぽいな。

 

 ――ま、やれる所までやるか。

 

主様(マスター)、【部分召喚】に切り替えてやるぞ』

 

「了解よ、おーちゃん」

 

 そしてオレの体は消え、カナンの肉体に吸収される。

 だが、これが時間切れではないのは言うまでもあるまい。

 

 それから再び〝オウカ〟と名を呼ばれ、体の一部だけを世界に顕現させる事ができるようになった。

 

「ぐまっ!」

 

『させるかっ!』

 

 オレという盾が消えた(ように見えるだけ)のを見計らい、ケテルベアーがカナンに飛びかかってきた。ので、その顔面にパンチをおみまいしてやる。

 

「ま゛っ!?」

 

 空中に突如出現したオレの拳が、ケテルベアーの顔面にミシミシとめり込んでゆく。

 

 ケテルベアーが、オレが、世界が、思考加速も使っていないのにひどくゆっくり動いているように見えた。

 

 

 

 *

 

 

 

 

「あれはまずい……全員退け! 逃げろ!!」

 

 経験豊富なAランク冒険者であるクラッドさんがそう言っているのだから、きっとあの不死者(アンデッド)は余程強力に違いない。

 それにしてもこの人たち、全然役に立ちませんね。カナちゃんとおーちゃんがいなかったら、とっくに全滅していたのではないでしょうか。

 

 ……もしかして、カナちゃんやおーちゃんって世間的にもかなり強いのでしょうか? ずっと二人のそばに居すぎて、わたしの感覚が少し麻痺してきてるみたいですね。

 

 そして多分、わたし自身も何かがおかしい。

 

 わたしは本当にただのダークエルフなんでしょうか?

 

 ――本で読んだ事があります。

 その昔、ダークエルフはとある島に国を築いていたそうです。エルフと並び魔人の中でも特に魔力の多い種族だそうですけど、それでも〝高位級〟の魔法を扱えるひとは稀だったらしいです。

 

 じゃあそれを扱えてしまうわたしは一体何なんでしょうか。

 うーん、考えていたら胸の奥が熱く疼いてきました。

 

 

「風穴斬!!」

 

 

 バシュウンッ!!

 

 

 少し考え事をしていたら、すぐ近くまでアンデッドが迫ってきていました。すると、わたしの後ろから三日月型をした斬撃が飛んでゆき、アンデッドの頭部へと炸裂しました。

 

 

「今のうちに逃げるんだ!!」

 

「え? ああ、わたしなら大丈夫です」

 

 今の〝飛ぶ斬撃〟は、クラッドさんの攻撃だったみたいです。さすがAランクというだけあり、アンデッドの頭部を縦に真っ二つに斬り裂くほどの威力があるようです。

 

 しかし、相手は不死者(アンデッド)

 多少の傷はすぐに塞がってしまいます。

 

 「くっ……文字通り不死身という訳か……美しくない……」

 

 「仕方ないですね。わたしが何とかしましょう」

 

 誰にでも、相性というものがあります。アレが相手でなければ、本来ならクラッドさんはかなり強いのでしょう。だから今回は、相性の有利なわたしが処理するべきなのです。二人もそれを意図してわたしにアレを任せたのでしょうから。

 

 「下がっててください。巻き込まれますよ」

 

 クラッドさんにそう指示をして、わたしはアンデッドの前に立ち塞がる。訝しみつつも、無言で従ってくれて助かりますね。

 

 さて、相手は動きの鈍い特大の不死者。わたしからすれば、ただの大きな的ですね。

 いい機会なので、考えていた技を試してみましょうか。

 

「ロォォ……」

 

 たくさんの声が合わさったような、不気味な鳴き声です。

 わたしは、地面に触れて魔力の根を遠く伸ばして、特大アンデッドの足元を凹ませ落とし穴を作りました。

 

 見事にはまってくれたアンデッドは、腐りきった体からグチグチュと嫌な音を出しています。

 ひとまず動きは止めたので、後は……

 

「けほっ……く、く、くっさぁいっ!?」

 

 な、なんて凄まじい臭いなんですか……? 数年間、回収もスライムによる分解もせず放置し続けた肥溜めみたいな臭いがします……。

 

「ォ……オロロロロッ!!」

 

 アンデッドの頭部……に開いた口……正確には、顔全体に空いた大きな穴から、どちゃどちゃと泥のような何かを吐き出しました。それが何なのか、わたしには想像もできません。というかしたくありませ――

 

「くっさぁ!?」

 

 これもまたひどい臭いです……うわこっちにまで飛沫が飛んできました。うう、少し顔にかかって……あ、これ攻撃なんですかね。飛沫がかかった部分がチクチクと痛みます。多分、酸か何かを飛ばしてくる攻撃なのでしょう。

 

 でも、治癒魔法の使えるわたしには効きません。臭いからさっさと片付けてしまいましょう。

 

「ロォっ……」

 

 落とし穴の中から這い出ようとするアンデッドの真上に、わたしはまた地操作魔法で突起物を生み出します。

 その先端に、繋いだ魔力の根を利用して、別の魔法(・・・・)を発動します。

 

 ――そう、シャワーノズルと治癒魔法のシャワーです。

 

 わたしの【高位治癒魔法】は、アンデッドに対して特攻性があります。

 生命力を活性化させる治癒魔法は、命を持たないアンデッドには逆に猛毒となるのです。

 

「ロォォォ……ルォォォ……」

 

 

 

 シュウゥゥゥ――

 

 

 

 光のシャワーを浴びるアンデッドは、白い煙を発しながらどんどんと小さくなってゆきます。

 小さくというより、溶けていると言った方が正確ですね。ナメクジに塩をかけた時のような……いえ、ちょっと例えが違いますね。

 

 えーっと、そうですね……

 

『カナちゃんの胃袋に入った食べ物みたいとろけてゆく』 これですね。この比喩が一番近いです。うへへ……

 

 

 ――おっと、そうこうしている内に、特大アンデッドを完全に消化してしまいました。ごちそうさまです。

 

 そして、溶けてぐずぐずになった残骸が落とし穴に溜まってますね。後処理もついでにしちゃいましょう。

 

 泥色の水溜まりを床が呑みこみ蓋をして、そこには初めから何もなかったようにただ通路が広がるだけになりました。

 これでわたしに課せられたお仕事は完了です。

 

 

 ――さて、カナちゃんとおーちゃんの方も決着がついたようですね。

 

 さすがは、わたしの大好きな二人です。

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