バケモノ少女の影魔ちゃん   作:稲嫁とーかちゃん

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第65話 光る星は消える

 窓から優しい日の光が射し込んで、本棚の間を舞い散る無数の埃を幻想的に輝かせている。

 

 あれからシオちゃんは、定期的に私と図書室に行っては〝シオノネちゃんオススメセレクションブック〟なるものを渡してくるようになった。

 ……要は自分の好きな本って事ね。それを読んだ私の感想が知りたいみたいだった。

 

 ので、色々な本を読んで私が感想を言う度に「そこをそう見るかァッ!」「ククク……ここが後々の伏線になっていたのですわ!」「良い着眼点ですわ!」等と、一喜一憂して楽しんでいた。

 

 やがて私もシオちゃんに〝カナンちゃんオススメセレクションブック〟を読ませてみたりもした。

 それを読んだシオちゃんったらしょっちゅう感動して号泣していたわね。

 

 相変わらずいじめは受けていたけれど、シオちゃんのおかげで耐える事ができた。

 

 そんな風に過ごしていたある日、他に誰もいない静かな図書室でシオちゃんが不思議な事を私に聞いてきた。

 

 

「カナンちゃんって、ここを出てからの夢はありますの?」

 

「え、夢? 私はそんなこと考えた事もなかったわね。シオちゃんこそ、夢ってあるの?」

 

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれましたわね!?」

 

 ……最初から自分の夢を語りたかっただけじゃないの? というツッコミは置いといて、シオちゃんの話は私に大きな影響を与えるものだった。

 

「ワタシの夢は、世界を見て廻る事ですわ。本に書かれていたものを、実際にこの目で見てみたいのですわ!」

 

「世界を? シオちゃんは凄いわ、私にはそんなの――」

 

「そう言うと思って! じゃじゃーん! 〝シオノネちゃんスペシャルセレクションブック〟!!!」

 

「これ、はっ!?」

 

 シオちゃんが懐から取り出したのは、〝異教〟について書かれている本だった。

 

「〝明星の勇者 ソフィア〟の自伝? ……これってあっちゃいけない邪教の本なんじゃ……?」

 

「バレなきゃ平気ですわ! それより、面白いですから読んでみてほしいですわ!!」

 

 シオちゃんに言われるがまま、好奇心の赴くまま、私はその本を読み進めた。

 

 

 ――数百年前の当時。魔人や魔物を率いていた〝深淵の魔王〟を打倒すべく、ソフィアという人間の女の子は『勇者』を名乗り立ち上がった。

 

 数々の戦いの最中でソフィアはやがて人間の限界を超越し、魔石を有する種族へ進化する。

 

 それを見ていた〝明星の女神(ステラデウス)〟は、彼女の信念や活躍を認めて神の加護を授けた。これによりソフィアは真の勇者となり、〝深淵の女神(アビスデウス)〟の加護を授かりし魔王と対等となる。

 

 しかし彼女は、魔王に戦いを挑まなかった。

 

 勇者が人間の正義や希望を体現する存在ならば、魔王も魔の正義と希望を背負っているのだろう。

 

 その時魔王もまた、同じ事を考えていた。

 両者は和解し、人と魔が互いに共存できる世を作ろうと誓う。

 

 ソフィアは明星の女神(ステラデウス)に願った。

 

 人と魔が共に手を取り合える国……新たな国を創れる土地がほしいと。

 ソフィアは明星の女神(ステラデウス)と全身全霊で戦い、力を認めさせ願いを叶えた。

 

 人と魔が共存する人魔大国(アトランティア)は、女神の力で海上に創られたものなのだ――

 

 

「カナンちゃん、異教の神様も捨てたもんじゃないのですわ!」

 

「ここを出たら私……明星の女神さまに会いにいく! こんな私でも、できるって証明したい!」

 

「良いですわ! それじゃあここを出たら、一緒に女神様に会いに行くって、約束しましょう!」

 

 お星さまのようにキラキラと希望に満ちたシオちゃんの笑顔は、私に『夢』の素晴しさを教えてくれた。

 

「うん、約束するわ。私は約束(カナン)だもん」

 

 私は、シオちゃんのおかげで夢を知る事ができた。きっとこの気持ちは、私の心を一生照らしつづけるものになるんだろう。

 

「ねえ、カナンちゃん」

 

「なあにシオちゃん?」

 

「この先、辛いこともいっぱいあると思いますわ。辛くてもどうしても進まなければいけない時、そんな時こそ、笑うといいですわ。笑顔は辛さを乗り越える、素敵なおまじないなのですわ」

 

 笑う……?

 ――あぁ、そんな事も教わっていたわね。どうして忘れてしまっていたのかしら。

 

「これも約束、ですわよ。笑顔を忘れないこと――」

 

 シオちゃんは、そう言って寂しそうに微笑んだ。

 

 もしもいつの日かこの国を出る事があれば、一緒に旅をしてみたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、それが叶う事は永遠に無い。

 

 

 

 シオちゃんが10歳の誕生日を迎えたあの朝は、とても寒かった。空気が乾燥していて、風が吹いていた。

 そして前の日の夜、図書室の方でぼや騒ぎがあった事を覚えている。

 

「シオノネさんは昨日〝新しい両親〟が見つかったので、お別れになりました」

 

「えっ……?」

 

 孤児院の職員さんがそっけなく言うそれは、あまりにも唐突なお別れだった。

 前の日も一緒に好きな本について語り合っていたのに、何のお別れの言葉も無しにいなくなっちゃった。

 

 薄々、勘づいている。新しい両親が見つかっただなんて、嘘だって。本当はもう……

 

「そん、な……」

 

「あぁ、ようやく目障りなヤツが消えてくれた。いっつも口うるさくって、うんざりしていたんだ。清々したよ。キミもそう思うよねぇ? 17番(おちこぼれ)

 

「だまりなさい……」

 

「いいねその顔、最高にみじめなその顔! 仲良しだったもんなあ? けどシオノネちゃんもほんとは17番(おちこぼれ)から離れられて清々してるよきっと」

 

「あんたなんかが、シオちゃんを語るなっ!!」

 

 泣いて泣いて、涙が涸れるまでずっと喚き散らした。

 

 ラクちゃんは、いつも通り私の髪を掴んで振り回してくる。いつも通り叩いて詰って、私をひどくする。

 

 いつもなら我慢できるのに、今日だけは涙が止まらなかった。泣きながら、笑顔を作りつづけた。

 

 そんな私を慰めてくれるひとは、もういない。先生も、できそこないの私を助けたりなんてしない。むしろ、なにもしてないのにお仕置き部屋へ閉じ込める事だってあった。

 

 それでも私は、約束を守りたい。

 どんなに辛くても、絶対に諦めないから。いつかここから出られたら――

 

 

 

 

『新しい両親』が見つかっていなくなる子が増えてきた。

 

 初めは半年に一人くらいだったのが、だんだんと月に一人、週に一人。

 そして、『新しい両親』が見つかるたびに孤児院のどこかでぼやが起こる。

 

 いなくなったみんながどうなったのか、勘づかないほど鈍くはなかった。

 

 そして40人いたみんなも、とうとう私とラクちゃんの2人だけになってしまった。

 

「はぁ、なんでオマエが最後まで……。勘違いするなよこの17番(ゴミクズ)。俺が特別なんだ、お前はそうじゃない」

 

 ラクちゃんからの日常的な暴力は続いていた。むしろ、前よりひどくなってさえいる。

 

 痛い目にあわせてくるのはもちろんだけど、この頃になると暗い物置小屋に私を連れ込むと、無理やり押し倒して馬乗りになったり服を破いてきたりしてきた。

 

 そして抵抗さえ諦めた私を前に何かをやろうとして、途中でやめる。ラクちゃんが何をしようとしていたのか、この時の私は知らなかった。

 

 そんな事を頻繁にしてくるようになった時期の、ある日の朝こと。

 

 

「はは、ははははっ! やっとだ、やっと発現した!!」

 

 やたら嬉しそうにお庭で叫ぶラクちゃんがいた。

 その手にはなぜか金色の剣が握られている。

 それを見た先生たちも、珍しく嬉しそうにラクちゃんを囲んで喜んでいた。

 

「よくやった! 38体潰してやっと成功例が……!」

 

 何の話かしら?

 

 私が不思議に思っていると、先生の一人が嬉しそうなまま私へ近づいてきた。

 

「あぁ、貴女にも良い話をしましょう。17番、貴女に〝新しい両親〟が見つかりました」

 

 そう言うと、先生は私の手を引いてどこかへと連れていく。

 

 新しい両親だなんて、きな臭さしかない。私はこれからどうなっちゃうのか、想像もできやしない。

 

 馬車で運ばれて、見知らぬ白い建物の中へと案内される。

 こんな無機質な所に両親とやらが待っているのかしら。

 

 どう見ても新しいお家ではない。

 

「ここは、何をする所なの?」

 

「……」

 

 先生は答えないまま、私の頭と体を押さえつけて無理やり施設の奥へと連れていかれる。

 

 通路沿いには何やら番号の刻まれた部屋の扉があり、小窓から中が見えたりした。

 

 〝実験体標本 6番〟

 

 〝実験体標本 5番〟

 

 〝実験体標本 8番〟

 

 小窓の中には、ビンの中で液体に漬け込まれた何かがたくさん、棚に並べられている様子が見える。

 

 どの部屋も、同じようだった。

 ビンの中身は、木の根っこみたいなものや管状のもの、ボール大の毛が生えた何かだったり。暗くてよくは見えない。

 

 いろんな番号の扉の中には、〝実験体標本 9番〟というものもあり……

 

 蒼い髪の毛のような何かが見え、そこで咄嗟に目を閉じた。

 

「うっ、あう……!?」

 

 髪を引っ張られ、痛いと言っても気にしない。やがて私は鉄格子の薄暗い部屋へ押し込められてしまう。

 

「やっとお別れだ、失敗作。せめて最期に役にたてるだけありがたいと思え」

 

「どういう意味……?」

 

 失敗作?

 私には何を言ってるのか、意味がわからない。

 

 先生は鉄格子のお部屋から何も言わずにそのまま立ち去ってしまった。

 それと入れ替わるように、白衣の男の人たちがやってくる。

 

「うむ、この個体からは芳しい結果は得られなかったが、まだ有用性はある。予定通りに行うぞ!」

 

「やめて、離してっ!」

 

 いきなり見ず知らずの人に腕を引っ張られ、抵抗する。けれど力に差がありすぎてあっさりと組伏せられてしまう。

 

「おい、麻酔だ」

 

「う、うぅ……」

 

 首筋にちくっと何かが刺さって、それから体に力が入らなくなって……。

 

 体に力は入らない。なのに、感覚だけはハッキリしていて。

 殺風景な灰色のお部屋に運ばれて、台の上に寝かせられる。

 

 着ていた服も剥がされて、上から白衣の人たちが覗きこんでくる。表情は逆光で見えない。

 

 やがてお腹に冷たいものが走ると、紅いものが飛び出して――

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 光る星は消える。

 

 私って、何の為に生まれたの?

 大事なものを何回失えばいいのよ。

 

 果てしなく広がる闇の中に、私はひとりぽつんと立っていた。

 

 ――もう、疲れた。全て何もかも投げ出して、楽になりたい。

 

 ダメよ、ここで諦めたら、いいように使われただけになっちゃうわ。

 

 ――だったらまだまだ苦しまなきゃいけないの? そんなのもううんざりよ。私にはもう何も……

 

 暗闇の中で、私と私が互いに言い争っている。どちらも私。どちらも本心。どっち付かずで曖昧な自分にまで嫌気が差してきた、その時の事だった。

 

 突然、空が開いた。

 

 暗闇を切り裂いて、乱反射する星々が彩雲のように輝き私の世界に流れ込む。

 そして、切り裂かれた空から――

 

『……おーちゃん!?』

 

 いつものゴスロリメイド服を着たカワイイ姿のおーちゃんが、水に沈むようにゆっくりと落ちてきた。

 

 星屑と共に降りてくるおーちゃんは、とても幻想的で美しかった。

 それを見た私は、葛藤していた事を忘れて咄嗟に両手でおーちゃんを受け止める。

 

『おーちゃん……私が……私が弱いばっかりに……』

 

『……』

 

 よく見るとおーちゃんは、全身傷だらけでぐったりとしている。一言も声を発さず、けれど寂しそうな瞳で私を見つめていた。

 

『ごめんねおーちゃん……』

 

『……』

 

 私の言葉におーちゃんは無言で首を横に振った。そして震える手で私の顔に触れ、にっと笑みを浮かべる。

 

『分かったわ……おーちゃん。私に絶望なんか似合わない』

 

 

 

 《能力(アビリティ):【超再生】の獲得を観測しました。対象:カナン》

 

 

 

 私の中に芽生えたこの不思議な想いが、新たな力を産み出していく。今は悲しんでいる場合じゃない。ここで私が折れてしまえば、おーちゃんを守れない。

 

 

 

 《能力(アビリティ):【竜鎧】の獲得を観測しました。対象:カナン》

 

 

 

『こんな私のわがままに、おーちゃんは最期まで付き合ってくれる?』

 

『……!』

 

 声には出せずとも、おーちゃんの意思は伝わった。私がいつか死ぬその時まで、おーちゃんは寄り添い遂げてくれるつもりなのだ。

 

 

 

 

 《ザー……警告……禁忌能力(メルシナアビリティ):【影葬(ナキモノ)】の獲得を観測しました。対象:カナン オーエン》

 

 

 

 私が死ぬのはすぐかもしれない。寿命だって半分おーちゃんにあげてしまったし、ここを生き延びても長くはないだろう。

 

 それでも運命を共にしてくれるというなら、応えなくちゃね。

 それに最期まで夢を求めて真っ直ぐ生きなきゃ、シオちゃんとコルちゃんに逢わせる顔がない。悲しみも後悔も、今じゃない。

 

 諦めない。この憎しみを、怒りを、力に変えてでも。

 

 たとえ、どんなに邪悪な力を使ってでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖教国ザイオン。

 

 デミウルゴス教を信仰する、人口90万人ほどの非公式の小さな島国である。

 その国民の全てが魔人であり、また他国の重鎮にもデミウルゴス教の信仰者があるためその影響力は計り知れない。

 

 この日、この国の唯一神ティマイオスは新たな肉体を手に入れた事を祝う神事をすべく、国中に御触れを出した。

 

 中央都市アトラス――そこで、国民にその御姿を見せ権威を示すつもりなのだ。

 

 そして、国民のほとんどが中央都市へ詰め掛けた。

 狂信的な魔人たちは、信望する神をどうか一目見ようと都市の更に中央にある神殿へ駆け込んだ。

 

 儀式が行われるのは半日後。それでも既に中央都市アトラスは魔人でいっぱいになっていた。

 

 神事と同時に、裏切りものの処刑をするという情報も全ての魔人に行き渡っていた。

 魔人の癖に人間の味方をし、港街を壊滅させた邪悪なるもの。

 

 誰もがその処刑を待ち望んでいた。

 

 しかし彼らは知らない。

 悪夢の始まりは、もうすぐそこなのだと。

 

 ティマイオスは知らなかった。

 

 あの下等生物(カナン)の正体が、やがて神をも屠る化け物であるという事に。

 

 世界を震撼させる大災害が、間近に迫っていた。

 

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