バケモノ少女の影魔ちゃん   作:稲嫁とーかちゃん

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第7話 少女が望んだ影の形

 街の明かりが大きくなって、眼下の木々もまばらになる。ようやく森から抜けられたようだ。

  

『ここで降りるぞ。下手に街に近づいて人に見られる訳にはいかないしな』

 

 ばっさばさと下降してフライトを終えたオレは、そのままカナンの中へ戻される。

 

「カナちゃん、その血まみれの格好で街に入ったら目立って大変だよ。わたしが人のいない裏道を案内するね」

 

「助かるわ。ありがとコルちゃん」

 

 石造りの壁が見える。正門の大扉から少し外れた所に、小さな穴のような入り口があった。二人はそこから街に入りこみ、中世を思わせるレンガの建物が並ぶ路地裏をなぞるように進んでゆく。

 

「壁に囲まれた変わった街でしょう? 何かから街を守ってるらしいです」

 

 建物を挟んだ向こう側で人の声が聞こえるものの、実際に人間に遭遇する事は見事に無かった。

 カナンの手を握って先導するコルダータちゃんの背中が、ちょっぴり頼もしく思えたのだった。

 

 

 

 

 

「ここがわたしのお(うち)です」

 

 この辺りでは珍しい、庭つきの民家にたどり着く。

 というのは、今夜はわたしのお家に泊まりませんか? というコルダータちゃんの提案に甘える事にしたからだ。

 窓から漏れる明かりが暖かく、心を落ち着かせてくれる。がちゃりと、コルダータちゃんが玄関を開けた。

 

「おかーさんただいまー」

 

「おかえりコルー、ずいぶんと遅かったじゃない。心配したんだよ?」

 

「ごめんごめん、凄い数の魔物に囲まれちゃってね。その時にこの子が助けてくれたんだけど――」

 

 カナンがひょっこり玄関を覗きこむ。

 すると、小柄な黒髪の女性と目が合った。

 

「うわあぁぁぁぁ!?!? キミ血が、なんか凄い事になってるよ!? 大丈夫かい!?」

 

「これ全部返り血だわ」

 

「えぇっ!?」

 

 騒がしい人だなぁ。

 この人がコルダータちゃんのお母さんらしい。あまり似ていない気がするが、父親似なのかも。

 

 コルダータちゃんが事情を説明して落ち着かせると、お母さんは家の中に快く招き入れてくれた。

 

「なーんも無いウチでごめんねぇ。アタシはメルトっていうのさ、よろしくね。

 あと、血で汚れたまんまじゃさすがに泊められないからね、ちょうど風呂が沸いてるから先に入りな」

 

 確かに家具の少ない家ではある。むしろその方が落ち着くがな。

 それにしても、お風呂か。全身血でベトベトで臭うし、カナンも女の子なんだからさっぱりしたいだろうな。

 

 あれ……お風呂?

 

 

 

 

 

「あぁ~お湯で体を洗うなんて、何ヵ月ぶりかしら。しかも木製の湯船まであるなんて、至れり尽くせりだわ……」

 

 中世ヨーロッパ風な街並みに、和風な浴室。異世界ならではな光景かもしれない。浴槽から桶でお湯を汲み、石鹸で体をごしごし擦って肌についた血を落としてゆく。肌の感触が柔らかくてすべすべで……

 おっとダメだ、何も考えるな。

 

 あったかい、きもちい。わーい。

 

「おーちゃんどうしたの?」

 

『話しかけないでくれ……心を無にしてるんだ……』

 

「んー? もしかしておーちゃん、私の裸に照れてるのぉ? かわい~い~」

 

 カナンは体のあちこち様々なトコロを両手で巡り廻る。中にいるオレに、そのリアルな感触を教えこむかのように……

 嫁入り前の女の子がこんな……やめろ、オレの貞操がワケわからん事になる。

 

「カナちゃーん! 背中を流しっこしませんかー?」

 

「あ、コルちゃん!」

 

 コルダータちゃんっ?!

 何で裸でこっち来るの? おや、胸に傷痕があるな。ってどこ見てるんだオレ!? あぁぁぁ!!!!!

 

 

「カナちゃんのお肌、すごい柔らかいですね」

 

「んもうコルちゃんったら、どこ触ってるのよ! お返ししちゃうわっ!」

 

「あははっ! くすぐったいです!!」

 

 

 少女二人の楽しげな声が、立ちこめる湯煙の中で踊る。

 オレは百合に挟まりたい願望なんて無いんだ……そうだったハズだったんだ……

 

(ふふふ、おーちゃんカワイイ♡)

 

『……もしかしてオレが困る様子を楽しんでます?』

 

(ご名答。まーだまだ困らせてあげるわ、夜は長いもの!)

 

 もう勘弁してくれ……。

 湯船に入ってなお続く逃げ場の無い理不尽かっこはーとかっことじは、二人がのぼせるまで続けられたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここはどこだ……?

 気がつくと、円柱形で全面ステンドグラスの張られた塔としか形容できない建物の内側にオレはいた。幻想的という言葉が当てはまる光景だ。

 

 中心には螺旋階段があり、円柱の中に円柱があるような構造にしている。

 

 あれから確か、ご飯を食べてから、コルダータちゃんのものの隣にあるもうひとつのベッドで眠りについてたような……

 

『……登ってみるか』

 

 オレはとりあえず螺旋階段を登り始めた。

 

 ステンドグラスには螺旋階段を取り囲むように8体の天使が象られており、登るごとにそれぞれの全体像が見えてくる。

 

 

 本を持った天使。

 

 手足が魚のヒレのようになっている天使。

 

 野菜や果物といった食材を両腕に抱えた天使。

 

 小石を積み上げたものに祈っている天使。

 

 翼が足元の影から伸びている黒い天使。

 

 青い三日月に腰かけた、白と黒ツートンカラーの天使。

 

 瞳の中に五芒星のある緋色の天使。

 

 

 そして螺旋階段の頂上である丸い足場まで登りつめた時、8体目の天使の姿が正面に現れた。

 

 ――黒い紐で首を吊っている、虹色の翼を持つ天使。

 

 なぜか彼女だけがこちらに背中を向けている。

 ここはこんなにも美しく神秘的なのに、虹の天使の背中を見ていると、なぜか言いようも無く切なくなるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チュンチュンと、スズメのような声がする。

 感覚があるって事は、カナンはもう目覚めているのだろう。

 

 ……

 

 あれれれれ? 何かがおかしいな。

 オレは恐る恐る、眼を開けてみた(・・・・・・・)。窓から朝日が射し込んでいる様子が窺える。

 

 いや待て、体を……動かせただと?

 まさかカナンが寝言でオレを召喚してしまったんじゃないか。

 

 初めはそう思った。

 しかし、明らかに違う。

 オレはすやすやと寝息を立てるカナンの腕の中にいた。そう、カナンよりも小さくなっていたのだ!

 

 カナンを起こさないようするりと腕から抜けて、家具の少ない部屋にあった鏡に姿を映す。そうして、オレは事の異常性に戦慄した。

 

「誰これ……これオレ?」

 

 そこには、黒髪の幼女が一糸纏わぬ姿で立っていた。当然ムスコは生えておらず、ツルツルである。

 そして目の前のものは間違いなく鏡。

 それが意味する事はつまり……まさか、このカワイイ幼女がオレですと? 嘘やろ?

 なんだかデジャブを感じるぞ。

 

「うーん……むにゃ?」

 

 あっ、ヤバい。カナンにこの姿を見られたら一体ナニをされる事か……

 とりあえずどこか身を隠さないと、オレの貞操が危ぶまれる。

 

 

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