バケモノ少女の影魔ちゃん   作:稲嫁とーかちゃん

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第67話 かがみよかがみ

『なん……で?』

 

 澄みきった夜空に星々が河のように流れている。ああ、とっても美しいです。

 

『なぜ……あり得ない……!?』

 

 胸がひどく痛む。すると宙に浮いてるわたしの体は、苦しそうに胸を押さえて思念の言葉を紡ぎ出した。

 

『こ……応えなさい……何故未だにあなたに意識が……』

 

「わ……わた……わた、しの、体なんですから、好きには、させません」

 

『馬鹿な……あなたの魂は確かに破壊されていたはず……』

 

 他人が操るわたしの左半身が、顔に手を触れて信じられなさそうにしています。

 

 ――確かに、あの時頭を撃ち抜かれた時に、脳だけじゃない大事な部分が壊れる感じがしました。わたしという存在が、バラバラに碎け冷たくなって消えていく……そんな恐ろしい感覚でした。

 

 けれどわたしの意識はまだここにしっかりあります。

 よくわからないですけれど、完全には消えていなかったみたいです。

 

『……だが、肉体の主導権はじきに……』

 

「で……しょう……ね」

 

 きっとここまで意識がハッキリと取り戻せたのは一時的な事なのでしょう。だから、今の内にわたしは全てをカナちゃんとおーちゃんに託す事にします。

 神だか何だか知りませんけれど、あなたの好きにはさせません。ですがその前に――

 

「カナ……ちゃん……いたいのいたいの……とん、でけ……」

 

 わたしは後ろに浮いてるそれに向き直る。

 金色の鎖が絡み付き、半分ほど割れ欠けた卵の殻みたいなものの中で、眠っているカナちゃんの顔が見えます。それにわたしは治癒魔法をかけてあげました。

 カナちゃんの欠けていた体が、みるみる内に再生してゆきます。

 

 さて、後はアレをやるだけです。

 

 本能とも違う何かが、それしか方法は無いとわたしに言うのです。

 

 ですが……いえ、やるしかないです。

 

 

 ごめんなさい、お母さん。

 

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 

 カナちゃん、おーちゃん、わたしはいつだって側にいますからね。

 

「あ、あ、あああああああああっっ!!!」

 

『何をっ!? や、やめなさい!!』

 

 

 

 

 ブシュッ

 

 

 

 血飛沫が宙に吹き出し、赤い霧を作り出した。

 

 

 わたしは突き刺した。わたしの胸に、わたしの右手を。

 

 ティマイオスさんのおかげで自分の体を貫くくらいの膂力はあったようです。

 

 不思議な事に、痛みはありません。痛覚が消えてしまったというよりは、ティマイオスさんが代わりに全て受けていると言ったほうが正確でしょうか。

 

 

 グシュッ……ブチブチ……

 

 

 そうこうしている内に、わたしは自らの体内に硬いものを見つけました。

 

 

『やめっ……なさいっ! そんな事をしたら……』

 

 関係ないです。わたしは既に死んでいるのですから。だったらいっそ、ティマイオスさんも道連れです。

 

 わたしは胸の中にある硬いものを、思い切りぶちりと引き抜きました。

 

『ぎぃやあああああああああああああああああああああっっっ!!!!』

 

 ティマイオスさんが悲鳴をあげています。

 

 それにしても、赤くてハートの形をして光ってますね……こんなに綺麗だったんですね……わたしの魔石は。

 

 カナちゃん。わたしの魔石と魂をあげます。だから代わりに、二人の旅の続きをわたしに見せてください。

 

 わたしは魔石を、眠ったままのカナちゃんの口の中に押し込んで――

 

 

 

 ゴクリ

 

 

 

 ――飲み込ませました。

 

 すると途端に、世界が真っ暗になりました。ロウソクが急に消えたみたいに。

 

 カナちゃんが食べた魂はどこへゆくのでしょうか……。意識も、一切無くなってしまうのでしょうか。

 

 けれどそれで構いません。

 ティマイオスの操り人形になるくらいなら、わたしはカナちゃんに食べられる事を望みます。

 

 悔いは……無いと言ったら嘘になりますね。嗚呼、もっとプリンをお腹いっぱい食べたかったなぁ……

 

 けれど、これでいいのです。

 

 わたしは、これからも二人とずっと一緒にいられるですから。

 

 ずっとずっと、大好きです……―――

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《アクセス権限能力(アビリティ):【聖哲者】の獲得を観測しました。対象:繧ウ繝ォ繝€繝シ繧ソ

 尚、同系統の能力(アビリティ)【明哲者】があるため、一部権能を統合・連動させます》

 

 カナンの脳内に無機質に響く、明哲者の声。

 それが精神世界にいたカナンの意識を現実へと引き戻した。

 

 と同時にカナンを封緘していた結界が砕け散り、コルダータのものだった肉体(ぬけがら)と共に宙に落下を始めた。

 

 

「て、ティマイオスさまをお救いしろ!」

 

「何が起こっているんだっ!?」

 

 地上ではデミウルゴス教団の幹部たちが慌ただしく騒いでいた。

 

 いくら神であろうと、この高さから結界も意識も無いただの子供の肉体が地面に叩きつけられれば、待っているのは確実な死。

 

 それを阻止すべく、ラクリスが動き出した。

 

「ティマイオス様っ! っと、掴まえた。急に一体どうしたんで……なっ?!」

 

 翼は用いず飛翔して、落下するするティマイオスをラクリスは空中で受け止めた。

 

(胸に穴……? 心臓を抉られたのか? いや、魔石を奪われている! 一体誰が? まさか17番? それはあり得ない。だって17番は――)

 

 

 誰に受け止められる訳でもなく落下してゆくカナンを目で追っていたラクリスは、一瞬何か恐ろしい予感めいたものを感じた。

 

 

 ――ここでラクリスが周囲への被害を考えず全力で攻撃していれば、後の惨劇は起こらなかった。しかしそれは所詮『もしも』の話である。

 

 

〝Зеркало,о зеркало〟」

 

 

 カナンは唱えた。禁忌を発動させる呪文(トリガー)を。

 

 落下するカナンの体中から無数の黒い鎖が溢れだして、その体を繭のように包み込む。

 

 

 ――憎い。

 

 

 カナンは禁忌に望んだ。この国の全てを殺し尽くせと。

 

 繭は歪に形を変えてゆき、地面に落下した時には角張った形状となっていた。

 

 自らを神と自称する者の野望が、巡り廻ってやがて神をも屠る化け物を産み出そうとしていた――

 

 

 

 

(何が起こった? ティマイオス様が17番の攻撃を受けたのか? あり得ない、封緘は魔王すら止める力だというぞ? いや、それよりあれは――)

 

 

 そこまで熟慮した所で、ラクリスは思考より本能が発する声を優先した。

 

「おいドラヴァン! 今からティマイオス様を教団の別の支部へ〝転移〟させる! お前はティマイオス様と共に向こうへ行ってくれ!」

 

「む、貴様の指図は癪に触るが仕方がない。我輩に任せよ」

 

 ラクリスにティマイオスの体を渡された赤い竜人のドラヴァンは、途端に金色の光に包まれて消えた。

 別の場所へ転移したのである。

 

 

 

「……(ひつぎ)?」

 

 

 

 誰かが言った。

 落下したカナンを包んでいた繭は、黒漆桶のような色をした棺の形となっていた。

 

 

 そして柩の蓋が、静かに開く――

 

 

 

 

 

 

 キンッ

 

 

 

 

 

 鋭い小さな金属音。それが聞こえた瞬間から、永い永い悪夢は始まった。

 

 

「あ……え? どうしたのお兄……ちゃん?」

 

 金髪のエルフの幼い少年は、手を繋いでいた兄の様子がおかしい事に気づいた。それから兄を見上げて、言葉を失くした。

 

「あ……え……あぁ……」

 

 最愛の兄の首から上が、そこには無かったのだから。

 

 いや、彼の兄だけではない。柩が開くと同時に、半径10メートル以内にいた者全ての首が気づく間もなく切断されていた。

 

「逃げてっ!!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 血飛沫舞い散る中、人々は悲鳴をあげて逃げ惑った。

 

 が、しかし。

 

 柩の中から飛び出した真っ黒な何かは1人たりとも逃しはしなかった。

 人々は次々と首を切り裂かれ息絶えていった。

 それは黒いもやを纏い、更にはあまりにも速く動いていた。

 それ故誰もその姿を認識できないまま死んでいったのである。

 

「うああああ!!!? お母さんっ!? お母さん!!!」

 

「お願い……子供だけは……子供だけは見逃し――」

 

 

 ブチッ

 

 グシャッ

 

 クッチャグッチャ……

 

 大人も子供も男女も関係ない。ソレは何もかも等しく平等に引き裂き、死を与えてゆく。

 

「お願いします……命だけは……」

 

 頭を垂れて命乞いをする者もいたが、そんなものが通用する存在ではない。

 

 ソレは餓えていた。腹が減って仕方がなかった。理性は無く、食慾と怒りという獣と同等の行動理念しか持ち合わせていない。

 だから、怒りが誘うままに目につくあらゆる命をその鎌のような爪で刈り取って、魂ごと貪り喰らった。

 

 

「くっ……せめて、我々が時間を稼げば……空刃狼(ウイングウルフ)!!」

 

「腐毒魔術・蠅縄! 死にたくないっスよぉ……」

 

「ぬかすな! 命をかけて民を守るのが我々の仕事だ! 食らえっ、鬼炎!」

 

 金色の鎧を纏った魔人騎士たちが、ソレへ一斉に魔法を発動させる。

 

 ソレは考えた。魔法を使えば一度により沢山の魂を喰らえるのではないかと。

 

 

『イ……高位雷撃魔弾(イナズイン)

 

 

 ソレの鋭い指先から、赤く大きな大きな雷の弾が放たれた。

 

 雷は迫り来る魔法の群れを一瞬で打ち砕き、その先にいた騎士や人々を一帯の建物ごと蒸発させる。

 

 炸裂した先にあった時計台のような神殿は、根本からぽっきりと折れ、ゆっくりと倒れて下にいた人々を押し潰した。

 

 数多の人々の恐怖と悲鳴が暗い暗い空気に満ちていた。

 

 ソレの【魂喰】はもはや、魂を口から取り込む必要はない。背中から伸びる鎖そのものから魂を吸収できるのだ。

 

 だが、あえてその味を楽しむ為に咀嚼を行う事もあった。

 

 

 

 ……足りない。

 腹はまだまだ満たされない。

 

 もっと、もっと。欲望は留まる所を知らず、更なる惨劇を呼ぶ。

 

 

広域雷魔撃(メガフラッシュ)

 

 

 ソレは大きな翼をはためかせ飛び立った。

 上空に飛び立ったソレの口内から、都市を山のように広く赤い稲妻が放射状に放たれる。

 数字に換算するなら直径1000m程だろう。一瞬で何もかも跡形もなく焼き尽くされた。

 

 〝広域雷魔撃(メガフラッシュ)〟――それは本来、高名な魔術師が千人数時間もの詠唱の末に発動させる戦略兵器として編み出された術式である。

 生前のカナンは魔力が無かった。故にあらゆる本を貪り尽くし、少ない魔力で魔法を発動させる魔術についての造詣に関しては尋常ならない深さがあった。

 

 

 範囲内にいた上位魔人含む数千もの人々は、痛みすら認識できずに消滅し、その魂は彼女に貪り喰われてしまった。

 

「嫌だ……死にたくないっ……」

 

「うええぇぇぇん……おかあさあぁぁぁん……!」

 

 辛うじて範囲外に逃げ延びた者も、ソレの爪と鋭い牙でバラバラに引き裂かれてしまう。

 

 まさしく災禍と呼ぶべきソレが通った後には何も残らない。

 その爪で逃げ惑う人々を八つ裂きにし、赤き雷は全てを焼き尽くした。

 

 

 ――ソレは考える。

 

 高位魔弾よりは威力の劣る術式ではあるものの、それでも一帯を跡形もなく蒸発させる程度の威力がある。

 また、それで喰らった魂により消費した魔力の補填ができる。

 

 獣並みの理性が餌を喰らうためにのみ発揮される知性が、悪夢を魅せる。

 

高位氷結魔弾(クリロイン)

高位闇魔弾(ロストイン)

 

 闇を纏った氷の大魔法が、遠くの港町へ放たれる。

 たったそれだけで、その港町は船も建物も人々も全て黒い塵となって崩壊した。

 

 

 

 まだ足りない。

 

 

 

 するとソレの前に、1人の少年が立ち塞がった。

 

「とうとう人としての誇りも捨てたようだね、17番(できそこない)? これ以上は俺が殺させないよ」

 

 飄々としながら、白髪白衣の少年――ラクリスが金色の剣を構えて現れた。

 

 人々を転移により避難させていたラクリスだったが、もはやこれでは間に合わないと悟った。

 ならばいっその事と、辺りへの被害を考えずにソレを倒す事にしたのだ。

 

 

 

 

 

 憎い。

 

「い……」

 

 憎い憎い憎い憎い憎い!!!

 

「い あぁぁぁァァァァぁぁ ァぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 目の前に突然現れた存在へ、ソレは僅かに残された心に激しい憎悪を抱く。

 

 友の命を奪ったあいつが、憎い。

 

 けれど――おいしそう

 

 

 

 

 

 ラクリスは、かつて〝カナン〟と呼ばれていたソレの姿を目にした。

 

『證励>證励>螟「繧定ヲ九◆縲ょ�縺ヲ縺梧カ医∴繧�¥螟「繧定ヲ九◆縲�』

 

 黒漆桶にあるような色のスカートから、蠍を思わせる尻尾が揺れる。

 一見黒いコートとゴシックドレスを足したような服装を着た少女――に見えるソレは、あらゆる部位が人間とはかけ離れた特徴を持っていた。

 

「言語まで失ったようだね」

 

 両手は黒いガンレットに包まれ、命を刈り取る鎌のような鋭い爪を備えている。

 

『縺薙�遘√�蠢�&縺域ョコ縺励※縺励∪縺」縺ヲ』

 

 ――意味不明な呻き声を出すは、耳まで裂けた口。

 また、闇のように黒く長く靡く髪の合間から2対の角が後方へ伸びている。

 

『縺昴@縺ヲ隱ー繧ゅ>縺ェ縺上↑繧�』

 

 そしてソレの背中から伸びる3対の翼は、まるでステンドグラス(・・・・・・)のように七色に透き通っていた。

 

 

 

 

 

 天災のごとく破滅と死を振り撒く漆黒の化け物。

 ――彼女は後に『〝黒死姫〟』と呼称されることとなる。

 

 夜明けはまだ遠い。

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