バケモノ少女の影魔ちゃん   作:稲嫁とーかちゃん

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第70話 バケモノ少女と暁

 夜にも関わらず陽の光の射し込む窓の外には、青々とした木々が繁っていた。また、蒼い光を放つランタンや、蒼い龍の絵画など絢爛な装飾の施された広大な部屋の中心には、水色の円卓があった。

 

 それを囲むのは、ニズヘルム大陸にある諸国を治める十数人の王たちだった。

 

「まさか……余の代でここを使う事になろうとは……何か、何か策はないのか?!」

 

 ちょび髭に贅肉で丸い体型の男――アルマンド国の国王、ダルナロンドはひどく怯えた様子でそう言った。

 

「それを考える為にこの部屋へ集まったんだろうが、ダルナロンドのおっさんよ?」

 

 青色の髪を掻き上げそう不躾に申すのは、水色の角と尾を持つ水龍人の大男……魔国ネマルキスを治める〝大海の魔王〟イルマセク。

 

「……時間が無い。さっさと本題に入るのじゃ、ニズヘルム大陸の王達(みなのもの)よ」

 

 長い顎髭をたくわえた細身の老人、トゥーラムルの国王……トゥーラが二人を制した。

 

「確か〝財団〟からの報告で、狂信国を更地にした特S級の魔物が凄い速さでこっちに向かって来ているって話だったよね?」

 

 そう本題を切り出したのは、黒い狼の耳と尻尾を備える獣人の少女……豊穣国バルアゼルの女王にして〝豊穣の魔王〟である、ガラナラであった。

 

「そっ、そうである! いかにしてヤツを止めるのか考えるのだっ!!」

 

「なんで偉そうなんだこのおっさん……。まあとにかくだ、北方連合国の皆さんにも例の魔物の情報は行き渡っているな?」

 

 魔王イルマセクは、その他の小国の王達に確認を取る。

 

 幼い少女のような見た目をした魔物が、単独でかつ無詠唱で広域雷魔撃(メガフラッシュ)やその他強力な魔法を発動させ、狂信国をたった1時間未満で滅ぼした。

 

 推定強度階域は第8域(デストロイ)

 

 小国の王たちやダルナロンドは改めてその脅威を耳にし、恐怖で背筋が震える感覚を味わった。

 

「なんでお主らはそう平然としていられるのだっ!?

 そうだ豊穣の! お主の国は国土の大半が女神の体内(・・・・・)にあるのだろうっ!? ならば余の国の民もそこへ避難させてはくれないかっ!?」

 

「うーん、無理かな。うちの女神様はグルメだから、国民以外は特別に認められないと出入りできないのー。緊急時でも多分女神様の意思は変わらないと思うから、期待はしないでほしいなー」

 

「チッ……所詮は獣か……」

 

「とりあえず落ち着きなされダルナロンド殿。魔物の上陸まであと1時間ほどしかないのじゃ、ここは避難させつつも迎え撃つのが得策じゃろう」

 

 興奮するダルナロンドを宥め、トゥーラ王は逸れた話の路線を戻しにいく。

 

 

 ――特級の魔物を迎え撃つ。

 並大抵の魔物を討伐するどころの話ではない。国家どころか大陸の危機であり、手を取り合わねば星の数ほどの人々が犠牲になるだろう。

 

「どうやら例のお嬢さんはより人々が多く居る方向に向かっているみたいだな。探知能力でもあるんだか。これではウチの嫉妬の蟒蛇(ハイドラ)とぶつける前に大勢死ぬな」

 

「ふむ、それなら誘導ができるのう。大陸に長く跨がる形の内陸の国……ダルナロンド殿の協力も必要になるが、アルマンドの特定の地域に人々を集中させれば……。問題はどこに誘導するかじゃが」

 

「それならアタシの出番だね。うちの国の民はみんなすぐ女神様のお腹に避難させられるから、無人になった広大な体外地域で戦えるよー! 嫉妬の蟒蛇(ハイドラ)とぶつけるまでの時間を稼ぐくらいはできるんじゃない?」

 

「ぐぬぬ……野蛮な魔人や獣人を我が国に入れるのは気が引けるが、こうなれば仕方あるまい……後で覚えておれ……」

 

 ひとまずの方針が決まり、王たちはそれぞれの役割を成す為に〝転移陣〟と呼ばれる指輪の魔道具で屋敷から元の国へと転移し帰っていった。

 

 

 

 が、しかし。

 

 その直後に更なる報告が財団より各王へ告げられる事となる。

 

 突如として出現した特S級討伐指定モンスターを相手に、正体不明の何かが互角以上に戦っていると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒死姫の視界がぐらりと回る。

 頭上を黒い海と緋色の光を纏う少女が廻ってゆく。

 

 黒死姫の首が落ち、決着は一瞬でついた――かに見えた。

 

 

 

 

 ガキィンッッッ!!!!

 

 

 

 紅い火花が闇夜に迸る。

 

「ふん……その程度か?」

 

『……』

 

 緋色の髪をなびかせて、ルミレインは黒死姫の魔剣による一撃を普通の鉄剣で受け止めた。

 

 首を失っても(・・・・・・)なお黒死姫の体は戦いをやめず、ルミレインへ猛攻を仕掛けてゆく。

 

(首が落ちても活動ができるとは……なるほど首無死姫(デュラハン)の特性か)

 

 まともな人間が喰らえば骨の欠片すら残らないパワーの攻撃の数々を、ルミレインは涼しい顔でいなしてゆく。

 

『……ッッッ!!!!』

 

 声も出さないまま黒死姫の体が放つ攻撃は更に威力を増してゆき、同時に剣を闇の魔力が包み込む。

 

 

 パキィン――っ!

 

 

「むっ……!」

 

『……』

 

 濃密な魔力の圧力に耐えきれず、ルミレインの持っていた鉄製の剣が砕けてしまった。

 黒死姫の体はその隙をめがけて思い切り大振りの一撃を食らわせる――ッ!!

 

 

「……無駄だ」

 

 

 ルミレインは片手で持った欠けた剣でその一撃をいとも簡単に受け止めた。

 ギリギリと赤黒い火花が散ってゆく。

 

 

 

 そこへ――

 

 

 

『〝広域雷魔撃(メガフラッシュ)〟』

 

 

 

 突如、ルミレインの背後から紅い稲妻が激しく波状に放たれた。

 

 その正体は、宙に浮かぶ黒死姫の頭部(くび)。それの口の中から放たれた雷は、自らの胴体ごとルミレインを雷に巻き込もうとしたのだ。

 

 

 

「ふん、狙いは悪くない。……ボクには通用しないけど」

 

 

 

 ぱしっ

 

 

 

 ルミレインは剣を持っていない方の手首で、迫り来る稲妻を軽く上へ弾いた。

 頭部だけで威力が半減しているとはいえ、あまりにもあっけなく防がれてしまったのだ。

 

 だが、その一瞬の合間に黒死姫の胴体は自らの頭部と接合する事に成功する。

 あるいはルミレインがあえて妨害しなかっただけかもしれないが。

 

 

 

「……打ち合いは終わり?」

 

 

『……縺昴≧繧�』

 

 

 

 ルミレインと距離を取った黒死姫は、剣では分が悪いと学習した。

 

 ならば魔法だ。

 

 

 

 

『……〝凍闇徹甲砲弾幕(クロスエクスカノン)〟』

 

 

 黒死姫の目一杯広げた3対のステンドグラスのような翼から、闇の魔力が凝縮された無数の氷の弾幕が放たれる。

 

 1発でも炸裂すれば街一帯ごと大きな穴を開けるほどの弾が、その七色の翼から無尽蔵に沸き出してゆく。

 

 

「魔法戦に持ち込むつもりか。なら……」

 

 無数の闇の弾丸をくぐり抜けながら、ルミレインは右拳の親指を立てて人差し指を前に伸ばし、いわゆる鉄砲の形を作った。

 

 そしてその銃口から放たれるは――

 

 

 

 

「〝高位光魔弾(エスティン)〟」

 

 

 

 

 パリイィンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 ――回避不可能。それはあまりの速さに目で追う事も不可能であった。

 

 黒死姫の視界で、刹那に満たない時の中に大きな何かが光り迸った。

 

 

『が……!?』

 

 

 

 何かがおかしい。

 さっき首を撥ねられた時もそうだ。いつの間にか、気がついた時には攻撃を食らっていた。

 その正体は恐ろしいまでの速さ。故に防御をする暇が無い……!!

 

 

 

 7色の翼を3対6枚全て、光の弾に砕き焼き尽くされた。

 しかも、体のあちこちに風穴を空けられている。

 

 どの傷も再生は容易ではあるが、黒死姫がどれだけ考えても攻撃への対処を導き出す事はできなかった。

 

 

 

 

「まだ……やるの?」

 

 

『ア……ア……アア……アァァッッッ!!!!』

 

 

 

 目の前にいる存在は、餌でも玩具でもない。

 ただただ理不尽な力を持って自分の邪魔をする、敵だ。

 

 怒りに震える黒死姫はルミレインを自身の天敵と認識し、ついに全力を出す事にした。

 

『谿コ縺励※縺ゅ£繧�!! 谿コ縺励※縺ゅ£繧�っ!!!!』

 

 

(やはり、これがカナンの本当の姿(・・・・)で間違いない。

 ……カナンは本来、自分の体に流れる魔力を全て魔霊(オーエン)に与えていた事で、魔人でありながら人間と代わりない肉体となっていた。

 しかしこの状況は、魔霊が自身の魔力を全てカナンに明け渡し同一化した事による、覚醒状態……。この姿こそが、真の不死鬼魔人(レヴァナント)・カナン……!)

 

 

 

 空気がパチパチと細かく裂けている。

 

 黒死姫の耳まで裂けた口の中に、黒い雷の力が集まってゆく。

 ひとたび放たれれば、海域の環境を変えかねないレベルの力であった。

 

 

「いいだろう。……来い」

 

 挑発するルミレインに、黒死姫はすべての魔力を使って究極の魔法を解き放つ。

 

 

『〝黒死雷〟っ!!!』

 

 

 紅く黒い雷が、一本の線となって黒死姫の口から放たれる。

 

 彼女は、〝黒死雷〟の広範囲にエネルギーを拡散させずピンポイントに細く集束させた。

 つまり範囲は狭まるが破壊力は何百倍にも増す、黒死姫にとって一対一において最強の攻撃である。

 

 

「……」

 

 

 それを、ルミレインは手を翳して弾こうとする。

 

 しかし――

 

 

「む……!」

 

 

 ルミレインへと迫るそれは、1本だけではなかった。

 

 

 ――全方位。

 ルミレインが黒死姫の口から放たれた雷撃を弾く寸前、周囲の空間に突如無数の魔方陣が展開され、そこから集束された同様の〝黒死雷〟がいくつも放たれる……!

 

 

『〝黒死雷霆〟!』

 

 

 全ての魔力を燃やし尽くし、黒死姫はルミレインを確実に仕留める魔法を解き放ったのだ。

 

 たった一体の敵に、それはあまりにも――

 

 

 

 

 黒死姫の一撃によって産み出された、Aランクに匹敵する魔物たちの住む海の黒い穴。

 そこに満ちるは、闇を孕む濃密な魔素。それは海流に乗ってこの一帯の海域の魔物を大きく凶悪化させた。

 

 そこへ近づいた船はみな消息を絶ち、暗い暗い深海へと引きずり込まれてゆく……。

 

 

 

 ここに口を開ける地獄の穴が、後に黒死姫の名前を人々の記憶にいつまでも刻まれ続ける理由のひとつとなるのであった。

 

 

 

 

 ――

 

 

 

 

『……』

 

 

 

 海底に小国がまるごと収まる程巨大な穴が開いた。

 一旦は弾かれた海水が穴へと流れ込み、やがてここは風景の一部になるだろう。

 生命維持に必要な分以外の魔力を全て放出し、疲弊した黒死姫はゆっくりと目標の大陸へと飛んで行く。

 

 敵は滅ぼした。

 

 そこに達成感を感じる事はなく、ただ収まる事の無い怒りと満たされない飢えが求めるままに動き続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクが痛みを感じたのは何百年ぶりか……」

 

『!!』

 

 倒したはずの敵が生きている?

 

 黒死姫は声のする方を振り返った。

 

「やれやれ、結構お気に入りの服だったのに……。しかし、キミをこのまま放置すれば世界の危機(・・・・・)になりそうだ」

 

 

 黒死姫は、彼女のその姿を観た。観てしまった。

 

 

 

 すらりと白い太ももを覗かせるミニスカートに、胸や腹などの露出が多くも神秘の力の籠ったその紅く輝く衣を。

 

 背中から広がる茜色をした大いなる3対の光の翼を。

 

 その背面に浮かぶ巨大な星形の輪を。

 

 そして、彼女の緋色の瞳の中に在る、小さな五芒星を。

 

 

「〝世界の危機〟が相手なら、ボクは役目を果たさねば」

 

 

 空間が歪むほどに途方もなく圧倒的な力。それだけの言葉では言い表せないほど、それは次元の違う存在であった。

 

 

『谿コ縺励※縺ゅ£繧�!!!!』

 

 ルミレインは、魔力が尽きてもなお狂い続ける黒死姫へ神の裁きを降す。

 

 

 

 

「〝空亡(そらなき)〟」

 

 

 

 

 ほんの一瞬、ルミレインの背中の光翼が大きく開いて一帯を眩く包み込んだ。

 

 それのあまりの眩しさと暖かさに、黒死姫は、いや、カナンは――

 

 

 

 

 

 そして世界は、暁の淡光に満たされた。

 

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