バケモノ少女の影魔ちゃん   作:稲嫁とーかちゃん

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第73話 再出発のために

 日が登っては沈み、また日が登った明くる朝。

 

「あふぅん……」

 

「ぷはぁっ、今日もおーちゃんありがと!」

 

 オレの首に刺さった牙が抜かれ、覆い被さっていたカナンが立ち上がった。

 うう、首筋にちくっとした感覚が残ってる。

 

 明け方頃に突然やってきたカナンの吸血衝動のせいで、オレは朝から貧血気味なのだ。

 けど別に嫌な気はしない。貧血くらいならポーションで回復するし、主様(ますたー)の欲を満たせたなら嬉しいことこの上ない。

 

「けふっ、なんだか今日は調子が良さそうだな?」

 

 オレは回復薬(ポーション)を一気に喉へと流し込むと、ご機嫌なカナンにそう聞いてみた。

 

「そうなのよ、なんだかとっても清々しい気分なの。今日は久しぶりにお外に出てみようと思うわ」

 

「外か。久しぶりにギルドで依頼を受けてみるとかどうだ? リハビリがてらにな」

 

 一週間、カナンはずっとぼんやり家に引きこもっていたのだ。今日こそは外に出ていつもの調子を取り戻すべきであろう。

 

「それがいいわね! おっそと~~っ!!」

 

 

 妙にテンションの高いカナンは髪を結ぶと、朝食と支度を済ませて久々のギルドへと向かっていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナンが木製のモダンな扉を開けると、中にいた人たちが一斉にこちらへ視線を向けてきた。

 

 それもそうだろう、紺の半袖ジャケットに赤いスカートという格好の少女が大人しかいないはずのギルドに1人(・・)で入ってきたのだから。

 

 いつものギルドのいつもの匂いが、どこか懐かしさを感じさせる。

 

「なんだぁ? 子供……?」

 

「あの子は……お前知らんのか、カナンちゃんだよ」

 

「カナン……?」

 

 そんな冒険者たちの横を通りすぎながらふんと鼻を鳴らし、カナンは受付へと近づいてゆく。

 

「久しぶりねニーレちゃん」

 

「お久しぶりですカナンさん。ルミレインさんに聞きましたよ、直前に高熱で寝込んでしまい(・・・・・・・・・・)出発できなかったそうですね。災難です」

 

「うん? あぁ、そうね。その通りよ……」

 

 ルミレインが気を利かせてくれたのだろう。カナンの精神を考えれば、説明しなくて済むのはだいぶ助かる。

 

「リハビリがてら、何か依頼(クエスト)をこなしておきたいわね」

 

「討伐依頼もそうですが、少々難易度の高い採取依頼もありますよ?」

 

「採取って、また草むしりかしら?」

 

「その通り、ラテス草の採取です。ただし今回の依頼はなんとCランク。

 なぜなら、目標の群生地には強力な魔物がたくさん生息しているのです。でも、カナンさんなら簡単ですよね?」

 

 なるほど、これならカナンのリハビリにはぴったりかもしれない。

 討伐依頼ではないが、ほどほどの強さの魔物と戦えるとなれば都合が良い。

 

「他にはどんな依頼があるの?」

 

「そうですね、東の国境付近で魔獣カリダの討伐依頼が一件。Bランクです」

 

 Bランクか。ぶっちゃけカナンなら楽勝だろうし、すぐに終わってしまってはむしろ暇かもしれない。

 

「それなら前者を受ける事にするわ」

 

 考えは同じだったようだ。

 カナンは以前なら嫌々受けていた採取依頼を、自ら受諾したのであった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 湖と呼ぶには小さな水たまりの岸に、蘭のような植物が群生している。

 ここが目的地であるラテス草の群生地だ。魔力が他の場所よりも濃いのを感じる。

 

『……で、そろそろ外に出たいんだがダメか?』

 

「ダメよ。お外は危ないもの」

 

 カナンは、【潜影】で影の中にいるオレにそう返してきた。

 危ないって、オレが外に出て危なくなることなんてそうそう無いと思うが……

 

「いいから大人しくしててほしいわ」

 

『むぅ、仕方ないなぁ』

 

 影の中は暑くも寒くもなく、居心地は存外に良い。

 いつもなら外で一緒に歩いたりしているのに、しかし今日はなんでかずっと影の中にいるように言われている。

 

 召喚を解除するより、影の中に居てもらった方が良いらしい。

 

「さっさと採取を済ませて、美味しいものでも食べたいわ」

 

 

 カナンは群生しているラテス草を根っこごと抜いて、ギルドから支給された収納袋に詰め込んでゆく。

 前に採取したものよりどれも大きそうだ。あまり人が近寄らない場所だからだろう。

 

「おーちゃん、帰ったら美味しいものを買ってあげるわ」

 

『お、楽しみだぜ』

 

 質が下がるから根っこを傷つけないように。

 若い芽は残して、大きく育ったものだけを取る。

 

 それは、以前コルダータちゃんに教わったラテス草採取のコツだ。

 

 それに従ってラテス草を黙々と抜いていた、その時だった。

 

 

 

 

 

「アオーーーーン!!」

 

 

 

 それは、獣の遠吠えだった。

 

 振り向けば、一体十何匹いるのだろう。

 額に一本角を灰色の毛皮から伸ばした狼の群れに、いつの間にか取り囲まれていた。

 

 《検索解析中……角牙狼(ホーンウルフ)。高度な社会性を持ち、集団で狩りを行うCランク相当の魔物。強度階域は第3域(シュタルク)

 

 群れて狩りをする狼を大きくしたような魔物か。

 

「ガウッ!!」

 

 相手はたった1人の華奢な少女。敵ではないと見たのか、一匹がよだれを垂らしながらカナンの背後から飛びかかってきた。

 

 

 だが

 

 

「ギャインッ!?」

 

 

 カナンは後ろから飛びかかる狼の頭を振り返りもせず掴まえて、そのまま地面へ思い切り叩きつけた。

 

 ぐしゃりと嫌な音と共に頭蓋が潰れ、赤い汁が勢いよく飛び散った。

 

 

「……邪魔するなら鏖殺よっ!」

 

 

 

 そしてカナンは、うっすらと不気味な笑みを浮かべて狼の群れへと振り返った。

 

 ちょうどカナンはお腹が空いていた。物質的な食べ物の味は分からなくなってしまったが、魂の味はどうだろうか。

 

「ガゥ……!?」

 

 その後、逃げ惑う狼の群れがどうなったのかは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――なあ主様(マスター)。約束、覚えているか?』

 

「約束? 何の事よ?」

 

 依頼を達成し、街の近くの平原まで戻ってきてふとある事を思い出した。

 

『何って、全てが終わったらオレが……するって、約束しただろ?』

 

「するって何をよ?」

 

『その……ほっぺにだな……うぅ~、ちゅーだよちゅーっ!』

 

「あぁっ! そういえばそういう約束してたわね!!」

 

 完全に忘れていたなこりゃ……。

 狂信国から脱出したら、オレがカナンとコルダータちゃんのほっぺにちゅーをしてやるっていう約束だ。

 

『忘れてたのかよ。オレは本気だったのに……』

 

「ごめんごめんおーちゃん。けれどそうね。その約束、もう少し先にできないかしら?」

 

『先?』

 

 今じゃないって事か。

 カナンはオレが可愛い事を理由もなく先伸ばしにはしない。

 つまり……

 

「決めたわ。私、冒険を続ける。コルちゃんの為にも」

 

『そっか。これからも一緒によろしくな』

 

 コルダータちゃんの為にも、か。

 このまま旅を続けていたら、いつかはコルダータちゃんの肉体を乗っ取ったティマイオスの野郎と戦う事になるのだろうか。

 

 その時、カナンは躊躇せずに戦えるだろうか。

 

 ……もしもの時は、オレがやるしかないな。

 

 

 カナンもオレも覚悟を決めて、再出発への決意を固めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 依頼のラテス草と狼の死体を届ける為に、カナンはギルドへと戻ってきた。

 

『そろそろ外に……』

 

「ダメよ」

 

 ダメか。今日はずっとカナンの影の中に籠りっぱなしだな。

 

「依頼の品と、ついでに魔物の死体も持ってきたわよニーレちゃん」

 

「お疲れ様です。ライセンスカードの読み取りも忘れないでくださいね」

 

「もちろんよ」

 

 受付横にある機械にカナンの冒険者カードを翳す。

 これは、依頼を達成した実績や討伐した魔物の情報が記録される特殊なものだそうだ。

 

「さすがはカナンさんです。こちらは依頼達成の報酬です」

 

「ありがと。さて、今日はおーちゃんに美味しいものでも――」

 

 と、カナンがギルドから出るため扉に手をかけようした時の事だった。

 

 バァンと扉が勢いよく弾かれて、外から傷だらけの冒険者が1人入ってきたのは。

 

「なっ……仲間が大変なんだっ、助けてくれっ!!」

 

「お、お前凄い怪我してんじゃねーか!?」

 

 片腕を欠損し、血まみれで満身創痍にも見える男の冒険者。

 傷は恐らくはポーションを使って塞いだのだろう。しかし、服に染み付いた血はまだ乾いていない。

 問題は、彼の尋常ではない錯乱のしようだった。

 

「とりあえず落ち着け。何があったかゆっくり話すんだ」

 

「お、俺の仲間が……喰われた。魔獣カダスの討伐に東の結界近くまで赴いたんだ……そうしたら、カダスなんて目じゃない……。あり得ないほど強くてデカイ魔獣が現れて、あっという間に……」

 

「魔獣……。あんちゃんのパーティのランクは?」

 

「Aランク、だ。だがヤツはAランクどころかSランクをも越えていると感じた……。俺は昔Sランクモンスターの討伐に参加した事があるから解るんだ! ヤツは、ヤツは間違いない……〝準特級〟だ!」

 

「なんだって?!」

 

 その言葉にギルド内は騒然とした。

 確か、Sランクで国家総動員で討伐に乗り出すレベルだったよな。

 

 それより上って事は、間違いなくこの国の危機だろう。

 なんだか前にも似たような事あった気がするな。

 

『やるか主様(マスター)?』

 

「当然よ」

 

 ま、当たり前か。再出発前の準備運動にちょうどいい。

 

「ここ最近、街の周辺ばかりで強力な魔物の出現が多いな。で、その魔獣ってのは、どんな見た目をしていたんだ?」

 

 血まみれの冒険者はその質問に体を恐怖に震わせてようやく語った。

 

「ありゃあ魔法と人語を操る……特大の人面獅子(マンティコア)だった」

 

 奇遇だ。

 

 再出発の前哨戦が、まさかマンティコアだとは。

 

 

「ねぇ。その魔物、私たちが斃してきていい?」

 

 カナンは幼くも蠱惑的に微笑んで、歯応えのありそうな敵に思いを馳せた。

 

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