バケモノ少女の影魔ちゃん   作:稲嫁とーかちゃん

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第85話 オレニシタガエ

 黒っぽい雲が出てきた。もうすぐ雨が降りそうな独特の匂いが、色彩豊かな花畑を包み込む。

 

「どうせカナンちゃんのおこぼれ目当てで側にいるのでしょう? その強者に媚びる技術は認めてあげてもいいでしょうが」

 

 相も変わらずオレへの侮辱と挑発を続けるオイカワ。ただでさえ細いその目が更に薄くなり、口からは喋るごとに唾が撒き散らされる。汚いな。色々な意味で。

 

 というか別にオレ自身はそこまで傷ついちゃいない。だって実際カナンとの関係はそんな薄っぺらいものじゃないし。

 

 しかし、カナンはそうはいかないようだ。オイカワが口を開く度に、カナンの中からピキピキと良からぬ音が聞こえてくる。

 

「……で、私に何の用よ? 聞くだけ聞いてやるわ」

 

「おぉ! 興味を持ってくれましたか! いいですよ、教えます!

 ワタシのパーティは運と人材に恵まれなくてですねぇ、馬鹿と無能しか入ってこないのですよ。なので使えないゴミはさっさと追い出す事にしているのですが、おかげで常に人手不足でしてね。

 そこで先日トゥーラムル王国の方からそこそこ強い少女の冒険者がやって来たとの噂を聞きつけまして」

 

「要は私を仲間にしたいって訳ね?」

 

 いちいち話が長い。うんざりしたカナンが話を遮り要点を聞く。

 

「そうですそうです! 是非ともワタシのパーティで活躍していただきたい! 貴女ならベルナの次くらいにはなれるはずですから!」

 

「今ならオイカワ様の二番目の側近になれるぜカナン! 1番目の俺の下で冒険者としての在り方をたっぷり教えてやるぜ」

 

「……それで、おーちゃんはどうなるのよ?」

 

 改めてカナンがオイカワにオレをどうするのか聞く。

 また目を細めて、オイカワは丸い鼻でフンと笑うと口角を上げながら口を開いた。

 

「ふっ。魔人なら森の中でも生きていけるんじゃないですか? 魔人も魔物の一種なんですし、その辺で放っておけば勝手に自然に帰る(・・・・・)でしょうし。

 では改めて、ワタシのパーティーへようこそ! そんな野蛮な魔人は放っておいて、ワタシと共に行きましょう!」

 

 あー、何を勘違いしてるんだか。ただただカナンを怒らせているだけなのに、うつ向いて黙っている様子を揺らいでいると本気で思ってるようだ。なんで気づかないんだ?

 

 

 しかしさっきから何だ?

【魔性の瞳】で魔力の流れを見てみると、オイカワが言葉を話すごとに周囲の魔力がカナンの方へ向いて流れてくる。それらはカナンに触れる直前で霧散するんだけど、魔法か何かを使っているのか?

 

 こういう時こそ【明哲者】で視てみよう。

 

 

 

 

 《対象を検索鑑定中……。異質(ユニーク)能力(アビリティ)名声下名(オレニシタガエ)】の権能によるものです》

 

 

 

 

 

 なるほど、こいつもラクリスと同じく異質(ユニーク)能力(アビリティ)持ちか。

 けれど見た感じぶっちゃけそこまで強くない。

 

名声下名(オレニシタガエ)】……言葉を媒体に対象の精神に干渉し、自分の言葉を信じ込ませて操る事ができる能力(アビリティ)。多少の矛盾や嘘さえも、違和感なく信じ込ませる事ができる……と。

 

 これを使ってカナンを操ろうとしてるのか。

 格下になら絶大な効果がありそうだが、圧倒的に格上なカナンには全く通用していないらしい。

 

 もっとも本人はそれに気づいていないようだが。

 

「さあ来なさい、ワタシなら貴女の力をもっと有用に使ってあげられますから」

 

 カナンはオイカワどもの言葉を聞いて、一層オレを強く抱き締めた。

 

『おーちゃん……なんかあいつが喋る毎にすごくイライラするわ。話の内容もムカつくけど、なんか変な感じがするのよね』

 

『それは多分アイツの能力(アビリティ)のせいだな』

 

【念話】で、カナンに分かった事を説明する。

 効いてないとはいえ、異質(ユニーク)である以上油断はできない。だが、その言葉を受け入れるつもりもない。

 

「さあ! これからはワタシの為だけに働くのです!」

 

 両手を広げてカナンをさも歓迎すると態度で見せるオイカワ。

 だがどうせ仲間になった所で、逆らえないのを良い事にこき使うのは目に見えている。何よりこちらにメリットが無い。自分と冒険者をやれるという事が利点だと思っているなら、ずいぶんおめでたい頭をしてんだな。

 

「――断るわ」

 

 無論、答えはひとつだった。

 

「どうもよろしくおね……えっ? す、すみませんよく聞こえませんでした。もう一度言ってもらえますか?」

 

 予想外の返答に豆鉄砲でも食らったような顔をして、オイカワはカナンに聞き返す。

 

「耳が悪いのかしら? 断るって言ってんのよ」

 

「な、なぜ!? どうしてっ!? このワタシの誘いを断るなんて! そ、そうですか、よそとパーティを組んだら困る問題があるのですね!? 安心しなさい、ワタシと組めばそんな事は気にならなく――」

 

「はー、アンタが不快だって言ってるのが分からないの?」

 

「なっ……!? このワタシが不快……? へ、変な冗談はやめてくれませんかね……!」

 

 ここまで言って、まだ信じられない様子だ。よほど自分の魅力と能力に自信があったのだろう。

 

「ほんと冗談じゃないわ。せっかくおーちゃんとデートを楽しんでいたのに、アンタみたいな奴に絡まれるなんて最悪よ」

 

「し、失礼にも程があるぞガキが! ワタシが優しいからって言いたい放題しやがって!!」

 

 お、化けの皮が剥がれたな。言葉使いが一気に小物っぽくなった。

 

「フーフー……少し立場というものを解らせてやる必要がありそうですね? こうなれば力ずくで連れていって、強制誓約で従わせてやります!! 今ならまだ泣いて土下座すれば許してあげますよっ!!?」

 

「ふうん? それがアンタの本性ね。力ずくでできるならやってみせなさいよ?」

 

「ぐぎぎ……ベルナ! 痛めつけてしまいなさい!!」

 

 って、お前じゃなくてベルナにやらせるのかい!

 こちらへ剣を抜いたベルナが花を散らしながら突進してくる。

 

「ひゃははははははっ! 死ねカナンんんん!!!!」

 

 ん、前よりなんか動きが速くなってね?

 オイカワの能力の影響か? 命令された事を遂行する為に身体能力が上がってるとか。

 

 まあ、この程度じゃカナンの相手にもならないが。

 

「ぐべっ!?」

 

 オレを片腕に抱えたまま、カナンはベルナの腹にかるーくパンチ。【竜鎧】を纏ってはいるが、カナンの全く本気でもない一撃でベルナはオイカワのすぐ側に再起不能な体勢で吹っ飛ばされた。

 

「は、はぇっ!?」

 

「力ずくで連れていってくれるのよね? はやくやってみせてよ?」

 

「な、なぜ!? それだけの強さがあれば、ワタシが名を上げられるのに、なぜっ!?」

 

 地面にへたりこみ、怯えとも驚きともつかない表情を浮かべるオイカワ。

 

「何故って、主様(ますたー)にお前の【名声下名(オレニシタガエ)】が効かないって意味か?」

 

「ど、どうしてそれをっ!?!?」

 

「オレが荷物持ちだけで主様(ますたー)の側にいるとでも?」

 

「く……鑑定能力持ちとは少し珍しいですが、貴女くらいの人材探せばゴロゴロいますよ!

 考え直してみなさいカナンさん! 生意気な口を聞いて食料を食い潰すだけの孤児と、このSランク冒険者オイカワ様のどちらがいいか――」

 

 この期に及んでまだカナンの地雷であるオレを侮辱するか。

 

 ずっと我慢していたようだけど、カナンはもう限界そうだ。

 

「……おーちゃんはね、この世で最も尊い存在なのよ。何をしてもかわいい。何があってもかわいい。おーちゃんさえいれば、私は地獄だろうと喜んで飛び込むわ。

 ……だから私はね、おーちゃんを尊ばないゴミとは仲良くするつもりはないの。さっさと失せてくれる?」

 

 ……

 

 ち、ちょっと主様(ますたー)? なにそれ、怖いんですけど。

 いやオレをそこまで大切に想ってくれているのは嬉しいんだけどさ、真顔で言いきっちゃう所に若干の狂気を感じるんだが。

 

「わ、わかった。ならばオーチャン、お前もワタシのパーティに入るといい。二人とも歓迎してやろう! それなら問題ないでしょうっ!?」

 

「あ?」

 

 こいつ、カナンがオレに固執していると知って手のひらを返してきやがった。今さら過ぎる。

 

 しかもだ。

 

 今の言葉、【名声下名(オレニシタガエ)】を使ってオレを操ろうとしてた。

 

 一応はオレも格上だからなのか何なのか、特に効いてはいないようだが。

 

 

 キンッ!

 

 

「ぐぎゃっ!?」

 

 

 赤い飛沫がオイカワの頭から舞った。

 オイカワは左耳の辺りを押さえ、溢れだす血液を見て悲鳴をあげる。

 

 その足元には、体から切り離された左の耳たぶが落ちていた。

 

「……ねぇ、ふざけてんの? 今、おーちゃんにまでその下らない能力(アビリティ)を使って操ろうとしたわよね? 殺すわよ?」

 

「い……よ、よくもこのワタシに手を出しましたねえ!? もう許しませんよ、泣いて土下座しても遅いですからね!!」

 

 今のは絶対切断(ザンテツケン)か? 直接触れずに発動ができるなんて、いつの間にそんな事を……。

 

「御託はいいからさっさと失せなさい? ……次は耳だけじゃ済まないわよ?」

 

 鋭く冷たく切り裂くような目線を向けて、カナンはその言葉が比喩や冗談の類でない事をオイカワに訴えかける。

 

「それはどういうつも――」

 

「次はその頭をひねり潰すって言ってるの」

 

「ひぃっ!? ……み、見てなさい! ワタシはSランク冒険者なんですよっ! 必ず後悔させてやりますからねぇっ!!」

 

 そう捨てセリフを吐いて、オイカワは欠けた耳たぶとベルナを抱えて逃げるように去っていった。

 

 やれやれ、とんだ災難だったな。わざわざここまで来てカナンをスカウトしようとしてたって事は、最初から追けてきてたのかな。

 

 まあ今さらどうでもいいか。それよりも、それよりも……

 

「なあ主様(ますたー)……」

 

「なあにおーちゃん?」

 

「……その、あれ……さっきの、続きを……」

 

 

 

 ゴロゴロゴロゴロドシャーン!!

 

 

 

「あら」

 

「ひゃうっ!?」

 

 和太鼓を打ち鳴らすような音と共に、湖をひっくり返したように水が降ってきた。

 

 突然の雷鳴。突然の豪雨。

 

「傘なんて持って無かったわね。よし、そろそろ夕方だし最速で帰るわよ!」

 

「えうっ!? そんなぁ……」

 

 がばっと何度目かのお姫さまだっこをして、カナンはまだ濡れきっていない森の中を駆けてゆく。

 

 オレ達はじめてのデートは、こうして終わりを迎えてしまったのであった。

 

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