バケモノ少女の影魔ちゃん   作:稲嫁とーかちゃん

89 / 115
第86話 霊峰へ

 雷鳴と豪雨は温泉宿場町に戻ってきても続いていた。

 曇っているのもあるけれど、辺りはすっかり日が落ちて暗くなっていた。

 

 カナンはオレをだっこしたまま街中を駆け抜けて、宿場町の袋小路に僅かに開いた細道を抜けて巨大な寺のような宿へと戻ってきた。『星屑の海』という温泉宿だ。

 

 せめてお姫さまだっこは恥ずかしいからやめてほしかったな……。めちゃくちゃ見られちゃった。

 

「ヒッヒッヒ、びしょびしょだねぇ」

 

「ただいまラントお婆ちゃん」

 

 天井から下がる四角い提灯の照らす入り口で、番台に座る不気味なお婆ちゃん。

 不気味だけど悪い人ではないと思う。ルミレインと知り合いみたいだし。

 

「上がる前にそこで搾りな。濡れたままだと滑ってあぶないからねぇ。いま浴衣を持ってくるよ」

 

「ありがとうそうさせてもらうわ。汚したら悪いもの」

 

 白いワンピースのスカートをぎゅっと搾る。カナンと向かい合って見てみると、なんか色気がヤバいな……。色々透けて見えてるもん。

 

 オレもこんな状態でお姫さまだっこをされて……?

 逆にされてたおかげで恥ずかしくならずに済んだって事になるのか?

 

 ある程度水気が抜けたら、お婆ちゃんが持ってきてくれた白い浴衣に着替えた。びしょびしょのワンピースは一旦収納に入れて後で乾かすとしよう。

 

「ありがとうお婆ちゃん」

 

「ヒッヒッヒ、いいんだよお嬢ちゃん」

 

 お礼を言ったら、オレ達はそのまま『星の間』の部屋へと向かった。

 

 

「すごい雨ね……」

 

「だな」

 

 窓の外ではざあざあと大粒の雨粒が叩き付けるように降り注いでいる。

 その激しさは砂利でも降っているのかと勘違いしそうなレベルだ。

 

 せっかくの露天風呂もこれじゃ入れなさそうだし……。ん?

 

「これは……結界かしら?」

 

 よく見ると、露天風呂の範囲だけ雨が降っていないようだ。上を見れば、雨粒の軌道が不自然に逸れてお風呂場から外れていっていた。

 

 すごいなこりゃ、これなら今からお風呂に入れそうだ。

 

「お風呂入る?」

 

「入ろっか。雨で体が冷えちゃったしね」

 

 ごはんにはまだ早いし、オレは下着の替えを収納から用意すると浴衣を脱いだ。

 

 ……

 

「どうしたのおーちゃん?」

 

「え、いやなんでもない……」

 

 なんだろう、浴衣を脱ぐカナンの姿が妙に色っぽいというか。さっきから意識しっぱなしだ。

 

 それもこれもあの花園であんな事をしたせいだ。結局、あと少しの所で邪魔が入っちゃったけど。

 

「背中を流してあげるわー!」

 

「あうぁっ?! あ、ありがとう……」

 

 湯船に浸かる前に体を洗っていたら、後ろからカナンにいきなり背中をぬるぬるされた。変な声出ちゃったよ。

 

「ひゃっ?!」

 

「うふふふ……」

 

 後ろから背中だけじゃなくて体の前もぬるぬると。やがてその手が下の方へと……

 

「うぅ……そ、そこは自分でやるから!!」

 

「あらそうなの?」

 

 全く油断も隙もない。気を抜いたら何をされるか……。というかオレ自身の理性がそろそろ危うくなってきた。あぁ、もうオレダメかも……。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 おふとんの上に寝かせられ、うちわでぱたぱた煽られるオレ。

 

「ねえおーちゃん大丈夫?」

 

「あうぅ……あんまり……」

 

 まずい、のぼせ過ぎたかも……。

 長時間入った訳じゃないけど、それはもう色々とな。

 見慣れてるはずなのに妙に意識しちゃうのだ。あーもー、それもこれもぜんぶカナンのせいだ。

 

「あぁ、でもそんなおーちゃんも可愛いわ……」

 

 あお向けのまま動けないオレを、カナンは微笑ましそうになでなで。

 ……嬉しいけど、物足りない。あれがほしい。花園での続きがしたいのっ!

 

「あぅあぅ……その、しゃっきの……ちゅづきを……うぅ、主様(ましゅたぁ)っ……!」

 

 そんな気持ちを言葉にしようにも、なぜだか呂律が回らない。

 

「よしよし……ぎゅーっ」

 

「うぅ……」

 

 カナンはぎゅっとオレの顔を抱擁する。

 違う、違うんだ。もっと、主様(ますたー)と繋がりたいんだ。もっと……

 

 

 

「ただいま……これどういう状況?」

 

「あら、ルミちゃんおかえり」

 

 くっ、くそう。

 どうしてカナンはオレにあの時の続きをしてくれないんだ? もしかして嫌いになっちゃった? そんなの嫌だよぅ……

 

「おーちゃんがのぼせちゃってね。気持ちが不安になっちゃったみたいだからよしよししてたの」

 

「あぁ、うん……。ところで2人に大切な話があるけど、いい?」

 

 大切な話?

 例の学園都市に入る為の許可証がどうのって話か?

 違っててもちょっと真面目な話っぽいので、氷結魔法で氷の塊を作っておでこに乗せておく。少しは火照った体が治まるだろう。

 

「何の話よ?」

 

「明日……急遽キミ達に会ってほしい人物がいる」

 

「誰よ?」

 

 今日ルミレインが単独行動していたのはその人と会っていたからなのだろうか。交友関係狭そうなルミレインが会わせたいって、一体誰なんだか。

 

「この魔国ネマルキスを統べる王にして〝大海の魔王〟……イルマセクとだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 少し早いが布団から出てから支度を済ませ、開いた時間に再び温泉に入る。

 

 朝一の露天風呂もなかなか気持ちの良いものだ。

 雨も収まりすっかり青くなった空の向こうに霞のかかった幾重もの山脈と、陸が途絶えて蒼い大海が広がっていた。良い景色だなぁ……。

 

 海といえば、今日はルミレインに連れられて〝大海の魔王〟とやらに会いに行く予定だ。

 

「はぁ~。昨日は災難だったけど、今日は良いことありそうね」

 

「良い事なんだろうけどさ、どうも魔王と会うなんてめちゃくちゃ緊張するというか……」

 

「イルマセクはかなり不躾な魔王だが、良き王でもある。そこは保証する」

 

 オレ達3人は温泉で少しの間寛いでから完全に身支度を済ませ、一息ついた所で机に朝食が用意されている事に気づいた。

 

 ……親切なんだけどやっぱ不気味だわ。

 

「何かしらこの黒いの?」

 

「それは米だ。ネマルキスの特産品」

 

「え、これ米なの!?」

 

 茶碗に盛り付けられた、真っ黒な粒々の山。よく見れば黒いお米だとわかったが、なんだろう。見た目が凄いなこれ。所謂黒米と違って中まで全部黒い。

 

 お味は……美味しい!?

 

 待って、めちゃくちゃ美味しいんだけど。この豊かな香りと噛む度に出てくる甘味が他のおかずの味を引き立てる。

 

 今までお米の代わりに麦飯が出てたけど、オレ的にはこっちの方が好みだ。日本の米とは少し違うけど、懐かしい気持ちになってくる。

 

「ネマルキスの魔沃な土壌で作られた米だ。魔力を豊富に含むとこういう色になる」

 

「そうなのか。うんまぁいっ!」

 

 もはや色とか些末な問題でしかない。

 朝から美味しいものを食べれて大満足なオレなのであった。

 

 

 

「――行ってくるねお婆ちゃん!」

 

「元気だねぇ。行ってらっしゃい」

 

 相変わらず番台に座っているラントお婆ちゃんに一声かけて、オレ達は宿を出る。

 カナンはいつもの紺色ジャケットに赤いスカートだが、オレは昨日と同じ白いワンピースと帽子だ。通行人と目を合わせたら大変だもの。

 

「行ってくる」

 

「あんまりその子達を困らせるんじゃないよルミちゃん」

 

「……善処する」

 

 ルミレインがお婆ちゃんにルミちゃんって呼ばれてる……。なんかちょっとウケる。

 

 そんなこんなで宿を出たオレ達は、ルミレインを先頭に街の中心辺り――時計塔のある所へやってきた。冒険者だけじゃなく、シルクハットを被ったスーツの人や和風な服装だったり色々な姿の人が行き交っている。

 

 そんな人々の足音の向こうから、ガタンゴトンとレールを鳴らす音が聴こえてきた。

 

「ここから、列車」

 

「ヤダ!!」

 

 即答かよ。

 前にめちゃくちゃ酔ったのがまだトラウマになってるらしい。

 

【三半規管強化】があるから酔うはずはないんだがな……。

 

「オレは乗りたいなぁ。乗ってくれたら今度オレが何でもしてあげようかと思ってたのになぁー?」

 

「……言ったわね? なんでもさせてあげるわ?」

 

「えっ、え?」

 

 しまった、罠だ!?

 狙ってたのかは知らないけどなんか嵌められた感がすごい。

 

 ともあれ何とかカナンを列車に乗せる事には成功したというか……。

 

 

 

 

 

 ――駅に来た。

 

 石やレンガを基本とした駅舎の中は、幅も天井もとても広く、列車に乗るためだけでなく道としても機能しているようだった。そこの左側にきっぷ売り場と改札らしき何かがあった。

 

 壁に埋め込まれた少しレトロチックな機械は、お金を入れてボタンで行きたい駅を入力するとそれに応じてきっぷが発行されるらしい。なかなかハイテクだな。

 そこはともかく、この改札? 地球で見たものと全然違う。

 

 青い柱が数本床から天井に立っており、その合間に半透明な青い結界が張られている。

 どうやらきっぷを持っていないと通過できない仕組みのようだ。

 

 ルミレインはオレとカナンにきっぷを渡すと、一緒に駅構内へと入った。

 

『間もなく、2番ホームに霊峰麓町行きの列車が参りマース』

 

 わお、アナウンスまで流れるのか。トゥーラムルよりも本格的でちょっと感動。

 感慨深さに浸っていると、ついに線路をがたごと鳴らして列車が来た。

 

 蒸気機関車に似た見た目の列車だ。先頭車両の頭には細い煙突が取り付けてあり、白い煙がそこから少しだけ立ち登っていた。火力を使わないで走っているのだろう。

 

「てかでかっ!?」

 

 しかし大きい。普通の列車の1.5倍の幅と高さはある。より人がたくさん乗れそうだと思ったが、色々な種族のいるこの世界。体の大きな亜人に配慮しての事なのかも。引き戸が勝手に開いた。

 

 今はけっこう空いてるね。

 

「おーちゃんおーちゃん! 座席が相席になってるわ!」

 

「ほんとだ。窓の外を見やすそうだな」

 

 中は床から天井までオーク作りの空間となっていた。木の香りと色合いが、どこか高級感を醸し出す。

 それからふかふかの赤い相席に座った。オレとカナンが隣り合い、ルミレインが向こう側だ。

 

『2番ホーム霊峰麓町行き、間もなく発車しマース』

 

 おぉ、またしても引き戸が自動で閉まった! 感動!

 それから列車はゆっくりと動き出して、駅を出た。

 

『次は学園都市前ー学園都市前ー。到着時刻は約一時間後の10時頃を見込んでおりマース』

 

 車内アナウンスが流れた。

 さすがに時刻までは正確じゃないらしいが、あれは日本が凄いだけらしいな。

 

「良い景色ねー」

 

 ふと窓の外を見たら、美しい湖のほとりを走っているようだった。

 小島がたくさん浮かんでいるのが見てとれる。

 

 この景色も、女神同士の喧嘩で産み出されたのだろうか。

 そういえばちょっと気になってる事があったんだった。

 

「なあなあルミレイン。オレ達がこれから会う魔王って、〝大海の〟ってついてるよな。〝大海の女神(アクアデウス)〟と何か関係あったりするのか?」

 

 前にも〝明星の勇者〟とか〝深淵の魔王〟とかそういうのを聞いた事がある。女神と何か関係ありそうだ。

 

「大いに関係ある。

 七女神(セブンデウス)は、古来より一柱に二人だけに特別な加護を授ける。それを授かった者は勇者と魔王となる。世界に魔王は常に6人。勇者も常に6人いる。世界の均衡を保つためと言われてる」

 

「6人? 7人ずつじゃないのか?」

 

「6人だ。七女神(セブンデウス)の中でも二柱、明星の女神(ステラデウス)深淵の女神(アビスデウス)は特別。明星(ステラ)は常に勇者だけ。深淵(アビス)は常に魔王だけしか擁立しない」

 

「ルミちゃん物知りね。6人ずつだなんて私知らなかったわ」

 

 そんな話があったとは。

 大海の女神の加護を授かりし魔王……。なかなか大物じゃないか。

 

 

 

 

「……キミ達もいずれ、魔王になるかもね」

 

 ふっと微笑んで、小さな小さな声でぽつり。

 

 湖のほとりを見つめるルミレインが意味深にぼそりと呟いた言葉は、オレとカナンには聞こえていなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。