バケモノ少女の影魔ちゃん   作:稲嫁とーかちゃん

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第90話 明日にそなえてくつろごう

 すっかり暗くなった空の下、灯りが照らす街は独特な雰囲気に包まれていた。

 オレたちはその中を歩み帰路につく。

 

 ギルドでの手続きが終わったのは、結局二時間ほどしてからだった。

 その間には色々重要な話を聞かされた。

 

 まず、獣王討伐の報酬は10回に分けて支払われるとのこと。

 一億ゴルドという金額を一度に用意するのは難しいのと、三分の一の金額と引き換えに色々な道具や武具を金の代わりに取り寄せて受けとる手筈でもある。

 

 今日の所は1000万ゴルド……既に一般人の年収をゆうに越える金額を貰っているが、カナンはあまり驚いた様子ではない。なにせ、もともと懐に5000万ゴルド持ってたからね。10年は遊んで暮らせなくもない額だ。

 

 ちなみにだが、このゴルドという通貨はこの大陸の大国であるネマルキスとトゥーラムルの間で共通で使われているらしい。

 元々ネマルキスはトゥーラムル王国から独立して生まれた比較的新しい国だそうだ。トゥーラムルの傘下だった事もあり、今も同じ通貨が使われているのだとか。

 

 あまり意識してなかったけど、これから他国に渡る時には両替をしないとな。めんどくさそうだなぁ。

 

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 

 

「明日から少し宿を離れる事になりそうね……。ルミちゃんもついてくればいいのに」

 

「ボクは別に用事があるから、二人だけで参加してきて」

 

 それは依頼(クエスト)だ。ここから北西の人の寄り付かない山脈で、魔物を討伐するという内容だ。ちなみに数日かかる予定だとか。

 

 そしてこの依頼が、カナンがSランクになって初めて受けるものとなる。

 

 

 なお、イセナランダ学園の編入試験は毎年今日からちょうど一月後に行われるらしい。

 

 なのにそんな悠長に依頼を受けてもいいのかと思うだろうが、カナンいわくこの依頼が終わったら没頭するつもりだそうだ。既に参考書をいくつか購入している。

 

「おーちゃんを摂取しながらのお勉強……素敵ね」

 

「摂取て……」

 

 どうやら勉強中でもオレへのいちゃいちゃを止めるつもりはないらしい。

 そろそろオレの貞操が怪しくなってきたぞ……。

 でも、もしもカナンに襲われたとしても、素直に受け入れそうな自分がいる気がする。

 

 そうなれば全力でおーちゃんを遂行するしかないけれど、絶対受けだよなオレ……。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「今日のおーちゃんも可愛かったね~♪」

 

「あうぅ……」

 

 どうしていつもこうなるんだ……。

 お外から帰ってきたら手洗いうがいとはいうが、カナンの場合それに加えて『おーちゃんをぎゅーっとする』という工程が入ってくるのだ。もはや習慣である。

 

「……ふっ」

 

 あ、今ルミレインがほくそ笑んでたぞ。なんだよ、もしかしてうらやましいのか?

 

 とまあ冗談はさておき、くつろぎながらもオレたちは明日の予定を立てる。

 

「私とおーちゃんが明日からこなすのは、現状Bランクの討伐依頼ね。下級飛竜(レッサーワイバーン)の群れの討伐、と」

 

「依頼じゃないけど前にもやったよな。あの時は下級(レッサー)じゃなかったが」

 

 この依頼、上位個体が何体か確認されたから危険度が跳ね上がったらしい。状況によってはAランクに達する可能性もあると。なかなか楽しそうねと、カナンはくすりと笑った。

 

 

「で、ルミレインは明日また別行動するんだよな。どこに行くつもりなんだ?」

 

「……イセナランダ学園に行ってくる。二人の保護者として、学長と話をしてこなきゃいけないから」

 

 ほ、保護者ぁ?

 いやまあ立場的にはそうなるのか? 一応オレたちの師匠だし。あまり教えるの上手くないけど。

 

 

 

 

 カチャン

 

 

 

 

「ん、食事の用意ができたようだ」

 

 微かな物音に気がついたルミレインが、振り返り言った。

 つられて机の上を見ると、いつの間にか夕食が用意されていた。

 

 茶碗に山盛りのほかほか黒米飯に、白えびのお味噌汁。胡瓜や茄子といった季節の野菜の漬け物と、それに加えてなんと豪華な魚介の造りが出てきたではないか。

 

 まず目を引くのは、黒い鯛のような魚の造りだ。その大きな顔はまだ口をぱくぱくさせている。

 そして透き通る白い身は、薄く食べやすく刺身にされていた。

 

 他にも、ぷりぷりの生牡蠣や真っ赤な蟹など、それはもう豪華絢爛な海鮮尽くしとなっていた。

 

「……ラント婆さん、今日はずいぶんと奮発してる。良い事でもあったの?」

 

「……まさか全部あのお婆ちゃんが作ってるのか?」

 

「……想像に任せる」

 

 ここ、お婆ちゃん以外に従業員らしき人を見かけた事無いんだよな。食事も目を離した隙に机の上に配膳されてるし。

 後者は転移か何かを使って用意してるのかなとは思うけど、まじで他に従業員いないのか? おまけにオレたちの他に、お客さんもいないみたいだし。

 

「わぁ、美味しそう! さっそく食べようおーちゃん!!」

 

「あー、そうだな」

 

 ……カナンの嬉しそうな顔を見てたらなんかどうでもよくなってきたな。

 至れり尽くせりな内は、深く考えないでおこう。

 

「いただきまーす!」

 

 まず手をつけたのは黒鯛のお刺身からだ。ぱっと見、鯛の身にそっくりだがお味はいかほどか。

 お醤油を垂らして口に入れてみる。

 

 もぐもぐ。

 

 こ、これは……!?

 

 食感と風味はやはり鯛に近い。が、弾力が倍くらいあって、噛めば噛むほど旨味が溢れ出てくる。小骨も取り除かれていて食べやすい。

 

 なんだこれ、お刺身だよな……?

 

 あまりの美味しさに、一旦お味噌汁を飲んで舌を落ち着けようとする。

 

 が、お味噌汁もこれまた絶品だった。

 心地よい凪を浴びているような錯覚を見せる、体に深く染み込む濃くも繊細な馨り。

 

「おーちゃんたら、がっつき過ぎよ」

 

 まずい、美味すぎて止まらない!!

 漬け物のあっさりとした塩気も最高! うぅ、お米が足りないよう!

 

 と、空になった茶碗を机に置いた次の瞬間、なんと山盛りの黒いごはんがよそわれていたではないか。なんだよ最高か?

 しかもごはんだけではない。もっと食べたいと思った料理は、瞬きする間におかわりが用意されているのだ。すごいなこれ。

 

「美味しいねえ、おーちゃん!」

 

 味がわからなくなっていたカナンだが、オレの手で食べさせてあげれば味覚が機能するらしい。なので美味しいごはんに夢中でもカナンにあーんする事を忘れない。

 

 ルミレインも黙々と料理を口に運んでいるが、どこか綻げな表情だ。やはり美味しいと思っているのだろう。甘いものを食べてる時のような豹変っぷりはないけれど、満更でもなさそうだ。

 

 

 

 

 

「ひぃひぃふぅ……う、うごけぬ……」

 

 さすがに食べすぎた……。今のオレは9~10歳くらいの幼女の体なのだ。男の頃の感覚で食べたら、そりゃあこうなるよな……。うぅ、お腹がはち切れそう……。

 

「食べすぎよおーちゃん。大丈夫?」

 

「へ、へーき。しばらく寝てれば、収まるハズ……」

 

 膨れたオレのお腹をなでなでしながら、カナンは微笑む。

 カナンだってオレと同じくらいか、それ以上の量を食べてたハズなんだけどな。カナンの胃袋はまだ余裕を残していそうだった。

 

「ごちそうさま」

 

 そんなオレたちを横目にルミレインも完食したようだ。

 それなりの量のおかわりはしていたようだけれど、オレやカナンほどは食べていなさそう。

 

 甘いもの以外は並なんだな。

 

 ほんの少し目を離せば、空の食器類が片付いている。

 カナンの膝枕の上で、オレはお腹の圧迫感が収まるまで休むのであった。

 

 

 それからしばらくして楽になってきたら、オレはゆっくり立ち上がる。

 

 夕食後にする事といえば、素晴らしき温泉……の前に、今別の事がしたくなってきた。

 

「どこ行くのおーちゃん?」

 

「……おといれ」

 

 入力したら出力もしなければならない。人体とはそういうものなのだ。

 

 ふぅ、と洋式便器に腰かける。

 箱形の提灯がオレンジ色の光で個室を包む。この宿は和風と中華風の混じった印象だけど、便座は洋式なんだよな。

 

 快適に用を足して、壁にかかった四角い箱から紙を一枚引っ張り出す。

 これがいわゆるトイレットペーパーだ。ロール式じゃなく1枚1枚取り出す方式らしい。

 

 しかもこれ、水に流せるのだ。

 これのどこが凄いかって、他の所では紙をそのまま流せない所が多かったのだ。

 便器ではなくその横に置かれてる黒い大きな箱に、拭いた紙を捨てる……。この箱を開けるとかなり臭うし、何より汚い。生理用品のものだけならまだしもだ。

 

 メルトさん家では流せたけど、旅路でよったおトイレの多くがああいう方式だった。

 なので日本って良い所だったんだなとしみじみ思うと同時に、この宿の快適さが身に染みる。

 

「んぅ……」

 

 念入りに拭いたら、パンツを上げて立ち上がる。

 便器に水を貯めるタンクは無い。代わりに壁に描かれた魔方陣に触れると、魔力で水が中に生成されて流れていく仕組みだ。

 

 

 

 

 そういえば、ルミレインがおトイレに行っているところを今まで一度も見た事が無いな。

 

 ……って、そんな事考えるなんてまるで変態じゃねーか。

 一瞬そんな事が浮かんで消えて、個室の扉を開けた。

 

 

 

 

 

「ごくらくごくらく~……」

 

 あぁ癒されるぅ……。温泉ってほんと最高だぜ。

 お部屋と露天風呂が直に併設されてるなんて、贅沢極まってるぜ全く。

 

「今さらだけど、夜の景色も綺麗ね」

 

 オレは隣でぷかぷか浮かぶカナンと温泉から見える景色を楽しんでいた。

 

 山と山に挟まる形で遠くに海が見える。漁船だろうか、そこにオレンジ色の光がいくつも浮かんでいて、まるで小さな星空のようだ。

 

「……どうしたの主様(ますたー)?」

 

「うぅ、吸血衝動(いつもの)が来たわ……」

 

 マジか。

 いつもだったら『全力でおーちゃんを遂行する!』って受け入れる所だが、今はオレもカナンもまっぱだかなのだ。

 

 この状態で密着されて吸血なんて……あぶない!! まだカナンにそういうのは早いのです!!! 前にコルダータちゃんとやってたけど、それとこれとは違うの! そもそも今はルミレインだっているしね!

 

「せ、せめてお洋服を着てからにできないか?」

 

「そ、それは難しいわね……今にも私、おーちゃんを襲ってしまいそうだから……」

 

 あわわ、そうこうしている内にもカナンの瞳が更に紅くなってゆく。

 牙も伸びてきて、完全に吸血モードに入ってしまった……。

 

 どうしよう、あそれどうしよう!?

 

「……収納を見れば?」

 

「……そ、そうだ!!」

 

 思わぬ場所からの助け船。後ろから無表情で見つめるルミレインが、呆れたように教えてくれた。

 

 そうだそうだ、戦闘中にバフが必要になった時の為に用意していたんだった!!

 

「こ、今回はこれ飲んで我慢して主様(ますたー)!!」

 

「うぅ……」

 

 真っ赤な液体の入ったビンを収納から取り出して、迫ってくるカナンに渡してみる。よし、蓋を開けておぼつかないながらも飲んでくれている。

 

 いざという時の為に血を貯めておいて正解だった。

 

 オレの意図を察してくれたカナンは、理性が完全に消える前に貯めていた血を喉へ流し込む。すると瞳の色が紅から金色に戻り、鋭く伸びてた牙も元に戻った。

 

「ちょっぴり残念……。でも仕方ないわね、ルミちゃんもいるし。また今度のお楽しみね♡」

 

「あぅ?!」

 

 なんとか今回は貞操の危機を脱したけれど、まだまだ危険はたくさんありそうだ。

 

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