新たに星の意思・ハイデリンに見いだされエオルゼアの地に降り立った冒険者デューク・トウゴウ。
蛮神とガレマール帝国の脅威に晒される世界で、今日も彼に裏の世界からの依頼が舞い込む…。
―中央ラノシア リムサ・ロミンサ
「…今回の捜査でも、これといった成果は得られなかった…ということか。」
爽やかな潮風が街中を駆けていく海辺のこの街にあって、まだ日が高いうちから黄色いリネンシャツを羽織る男女が集うこのガレオン船の薄暗い船室は、係留されている街の潮風など関係ないかのように重苦しい空気に包まれていた。
「決まって見つかるのはクァール一匹のみだ。もはやクァールの住処にされてしまったとでも思うべきだろうか?」
ラノシア地方一帯を取り仕切るグランドカンパニー・黒渦団に所属する治安維持部隊「イエロージャケット」が一時的に拠点としている船の一室では、ある案件に対する会議を行っている最中であった。
「だがその割には
責めるでもなく、皮肉でもなく、淡々とありのままの事実を述べる。それが却って各々に響いているのだろう。
イエロージャケット司令―レイナー・ハンスレッドの言葉に、揃いの黄色いリネンシャツを着込んだ面々は面目なさそうに目を伏せる者、流れ出る汗を拭き取る者、瞠目して受けとめる者、じっとレイナーの顔を見て次の言葉を待つ者、それぞれである。
レイナー率いるイエロージャケットは、ある問題を抱えていた。
とある要地の洞窟の周辺で不審人物の目撃情報が相次いでおり、その不審者達が根城としているであろう洞窟に幾度と調査隊を送っているも、そのいずれもが空振り。
結局、洞窟の奥に魔獣"クァール"一匹しか見つけられないという体たらくであった。
不審者のアジト一つ見つけられないイエロージャケット―そのような風評が立つのも時間の問題であり、そのことが会議に参加している面々の口を重くしている。
「あの」
「うん?」
やがて、レイナーの言葉が途切れると、手を挙げて声を出す者がいた。
名をミリララというララフェル族の女性はレイナーに発言の許可を貰うと、立ち上がって発言する。
「現状、たかが浸食洞ひとつですわ。いっそのことイエロージャケット一個中隊でも送り込み、そのまま制圧してしまった方がよろしいのでは?」
「ふむ…」
顎に手を当てて考え込むレイナーに構わず、ミリララはなおも続けた。
「『海蛇の舌』を封じ込めることが出来ればそれでよし、何事もなくとも、あの浸食洞を制圧してしまえば得体の知れないならず者共が出入りすることもなくなり、近隣住民の不安も拭えませんこと?」
「……」
レイナーは考える。
通常なら、ミリララの言う事は正しい。部隊を送って制圧してしまえば、それで終わりだ。
しかし、何度も捜査を空振りしているあの洞窟は、簡単に制圧出来てしまうものだろうか?
「…うん、分かった。」
これ以上語らせれば、自分が部隊を率いて行くと言い出しかねないミリララを制し、今度はレイナーが立ち上がった。
「一旦この件は持ち帰らせて欲しい。今後の指示は追って出す。それまでは各自、担当エリアの警戒を強めるように。特にエールポート周辺は、他の海賊の出入りも激しい。連中に紛れて出し抜かれることの無いように頼む。では解散。」
レイナーの号令で、船室から一斉に黄色いシャツが消えた。
誰もいなくなった船室で一息着くと、船に同乗していた副官に声を掛ける。
「至急、マーケットボードに広告を流してほしいのだが、頼めるだろうか。文面は…」
※※※
会議より三日経過した。
この日、レイナーは下甲板層の外れにて、静かに釣り糸を垂れていた。
しかし、釣り竿に集中している様子はまるで無く、がっしりとした体躯に、カミソリのようだと万人が口にする鋭い双眸。漆黒の髪をオールバックで整え、煙草を吸いながらレイナーの隣に座り、同じく釣り糸を垂れる1人のヒューラン族の冒険者に語り掛けている。
「こんなところに呼び出して済まない、
「……」
トウゴウと呼ばれたその冒険者はレイナーに一瞥もくれないまま、沈黙で返す。
「皮肉なものだな…イエロージャケットの司令として提督に見出された私が、そのイエロージャケットの目を盗んで君と話をすることになるとはな…。」
「無駄話はいい…仕事の話に入ってもらおう…。」
「失礼した…西ラノシア、スカルバレー近くのサスタシャ侵食洞と呼ばれる洞窟を知っているだろうか…?」
「いや……。」
西ラノシア、スカルバレー。イエロージャケット始め、黒渦団が鎬を削る「蛮族」たるサハギン族との係争地の最前線である。
スカルバレー北側に生存域を確保し、産卵地として占拠している彼らからは「ヒレナシ」と呼び蔑まれているリムサ・ロミンサの民との領地争いが絶えない。
その近くに、件のサスタシャ浸食洞がある、というのである。
「ご存知の通り、我々リムサ・ロミンサの民はガレマール帝国、コボルド族、そしてサハギン族と多数の外敵に悩まされている。そのサハギン族との戦闘における最前線たる西ラノシアで、不審な人物の目撃情報が多数寄せられているのだ…それが」
「…サスタシャの近く、ということか…」
「そうだ、あの地域はエールポートのすぐ近く。もし海賊があの洞窟をアジトとして居座るのなら、我々イエロージャケットとしては歓迎出来る事態ではない。君にはその海賊の掃討を依頼したいのだ。」
「リムサ・ロミンサの海賊は、全てガレマール帝国に対して私掠許可を持っていると聞いている…言わば黒渦団の取引相手に近いはずだ…何故海賊の居座りがイエロージャケットに都合が悪い?」
男の指摘に、レイナーは吐き捨てるように続ける。
「都合が悪いどころではないのだ。位置的にあの侵食洞に居座ろうとする海賊は、『海蛇の舌』以外にないからだ。」
「海蛇の舌…?」
「蛮神リヴァイアサンに忠誠を誓った海賊達だ。つまり、リヴァイアサンを神と崇めるサハギン族とは協力関係にある。規模が大きく一斉摘発は難航しているが…サスタシャに居座っているのならその一味だろう。まともな海賊ならサハギン族との衝突を恐れてあんな場所を拠点に選んだりしないからな。先日スウィフトパーチを襲ったのと同様の連中とみて間違いない。」
「そこまでわかっていて何故自分でやらない…?司令のあんたが号令を掛ければ海賊のアジトなど苦も無く制圧できる程度の兵力は持っているだろう。」
レイナーがバツが悪そうな表情を浮かべても、男は事細かに事情を聴くのをやめなかった。
”何故と問うなかれ”と言わんばかりに事情を聴かずに依頼だけをやり遂げる冒険者もいるが、彼のポリシーはそうではない。
いや、ポリシーどころか「ルール」である。それが不名誉であっても恥であっても、事情・理由、嘘偽りなく話し、納得できるものでなければ依頼は受けられない。
彼のルールを知っているだけに、レイナーは素直に口を開いた。
「…我々は、3度捜査隊を送っているが、その全てが空振りに終わってる。これについては実力不足は認めよう。相応の兵力を動かして強引に制圧する方法だって取れるだろう。あえてそれをせず君に依頼する理由は…
「リヴァイアサンの…か。」
「そうだ、水神のエーテルを浴びた者は身も心も水神に捧げる信徒となってしまう。捜査の失敗も、これに関係していると私は見ているのだ。」
「テンパードによる内通者…。」
「海蛇の舌は一般市民を攫ってはテンパードを増やし続けている。そしてテンパード化した市民を内通者として仕立て上げて元の生活に戻し、それによって我々の動きをキャッチしている。」
「そしてそれはイエロージャケットも例外ではない、ということか…。」
「故に私は自宅や執務室ではなく、イエロージャケットの目の届きにくいこの場所を選んだのだ。私の部下に成りすましたテンパードに聞かれることになっては困るからな。これが冒険者たる君に依頼する理由だ。」
「…依頼の期限は?」
「出来るだけ早く始末して欲しい。スウィフトパーチ入植地を襲撃という行動にまで出た以上、連中がさらなる大規模な行動に出るのも時間の問題だろう。悠長に調査を繰り返している余裕はないのだ。頼む、引き受けると言ってくれ、トウゴウ!」
「………。」
冒険者は逡巡の思案の後、紫煙を吐き出しながらゆっくりと答える。
「…万一…サスタシャを占拠しているのが『海蛇の舌』ではなかった場合も含め…”処理”はこちらの仕事という解釈で良いのだな?」
「…その通りだ。あそこにサハギン族に与する者が居座るのは勿論看過できない。
そうでなくともあの場所に誰かが居座る、ということ自体がサハギン族を刺激する格好の材料となってしまう。その場合の”処理”も含めて…
「……わかった、やってみよう。」
「おおっ!あ、ありがとうゴル…いや、Mr.デューク・トウゴウ!」
「……。」
大量のギルの詰まった袋を受け取ると、釣竿をしまって冒険者はその場を後にする。
後姿をレイナーはじっと見つめ、彼の成功を祈っていた。
※※※
―西ラノシア エールポート
エールポートはリムサ・ロミンサによる貿易の一極集中を解消するために、貿易拠点として築かれた街である。
その名の通りエール酒が名産となり、航海には欠かせない酒であることからも多数の船乗りや海賊が集まる街となっていた。
それだけに日常からトラブルも頻発しており、サハギン族との争いも相まってラノシア地域においての火薬庫といっても過言ではない。
故に常駐するイエロージャケットの規模はそれなりに大きかった。
「デ・ページャさん?リムサ・ロミンサから書簡が届いてるよ…。」
「あぁ、ありがとう。」
帽子を目深に被った大柄な配達人から書簡を受け取り、戦斧を背負ったデ・ページャと呼ばれたミコッテ族の女性は封蝋を確認する。
確かに、レイナー・ハンスレッドが用いるイエロージャケット用の封蝋がされていた。
エールポートに駐留し、レイナーの命令通りサスタシャ周辺を警戒するイエロージャケット第四陸戦隊所属の斧術士、デ・ページャは駆け足で街を出て北へ向かう。
今しがたリムサ・ロミンサから届いたレイナーからの命令書を持って、その目的地はサスタシャ浸食洞前。
「司令からの命令書が届いた。『浸食洞の調査に冒険者を派遣。機工士トーゴ・ロドリゲスが到着の際には事情説明の上彼の調査に全面的に協力すべし』……とのことだ。」
あまりに簡潔な命令書の文面を読み上げ、その場にいたイエロージャケットの警備兵達はあからさまに怪訝な表情を浮かべる。
「会議で結論を保留した挙句、打った手が冒険者への依頼だって?何の冗談だ?」
「畜生、第四陸戦隊の調査より冒険者を信用するっていうのか!クァールしか見つけられなかった俺達を切り捨てるってことじゃないか!」
「待て、そうじゃない。スカルバレーのサハギン族や、先日のスウィフトパーチ襲撃の件もある…。きっと司令は正規の兵力をこれ以上調査に割きたくないのだ。」
「同じことだ!俺達では結果を出せないと言っているのだ!」
命令を伝えられ喧々囂々と言い争いが始まる。
仮にもエオルゼア三大国家のリムサ・ロミンサに所属する正規の治安維持部隊イエロージャケットの陸戦隊が、一介の冒険者の指揮下に入るようにと言われているに等しい命令に、納得できない者がいるのも無理からぬ話であった。
ひとしきり吐き出したところで場がしん、と静まり返る。
その中でデ・ページャがゆっくり口を開いた。
「…それで、どうする?どっちにしろこのトーゴ・ロドリゲスという冒険者への支援準備はしなければならないだろう?」
「あ、あぁ、今まで集めた浸食洞の見取り図や魔獣のレポートはあるが…。」
デ・ページャの一声で、警備兵達は渋々といった体で物資から羊皮紙のレポートを数枚取り出して、見比べる。
「その冒険者の到着はいつなんだろうな?」
「わからない…が、我々のほうではいつでも支援できる形にしておかないと、この程度のお使いすらできない第四陸戦隊と後ろ指を差されかねんぞ。」
ドォォー…ン
ドゴォー…ン
ぶつくさと文句を言いながら準備を進めていると、突如エールポートの方面より爆発音がする。
それも、一つや二つではなく、どうやら幾つもの爆発物が炸裂しているような音だった。
「な、なんだ!?」
「ご、ゴブリン族だ!エールポートの商人に商品を持ち逃げされたとかで、暴れているぞ!」
「な、なんだって!?くそ、こんな時に!」
ゴブリン族は商売という点で与しやすいのか、基本的にリムサ・ロミンサの民のみならず、友好的な態度を取るものも多い。
しかし、彼らの信用を損なうと安易な武力報復に出ることも多く、エールポート近辺では度々商人や海賊達とトラブルが発生していた。
その鎮圧もイエロージャケットの任務の一つである。
「ゴブリン共!今度は一体なんだってんだ!」
サスタシャ前から駆け付けた警備兵が暴れているゴブリン一味の一人に声を掛けた。
憤慨した様子のゴブリンは、デ・ペーシャに向かって声を荒げる。
「コシュ……コシュ……、ゴブ達がいっしょ~けんめ~作った、銃弾!買いたいって言うから渡したら持ち逃げされた~の!人間の商人、うそつき~よ!!」
「銃弾…?」
「あなたた~ち、警備隊で~しょ?ゴブ達を騙した商人、捕まえ~て!」
「何だ、詐欺師に騙されたって話か?そいつはいったいどんなヤツだったんだ?」
表情はマスクの下に隠れ、全く読み取れないが、動作からかなり憤慨しているのがわかる。
「黒い髪のヒューラン族~!カミソリみたいな目つきの、大柄な男だった~よ!」
「ふむ…。」
「あの…。」
どうしたものかとデ・ページャが考えあぐねていると、エールポートの門から一人の女性が恐る恐る歩いてきた。
身なりを見るに彼女も商人のようであり、武器は携帯していない。
「あんたは?」
「たぶん…ですが、そのゴブリン族と取引したと思われる男の人から、これを預かってまして…。なんでも、急用で離れなければならなくなったから、ゴブリン族が代金の支払いを要求しにきたら、渡して欲しい、と…。」
そう言って彼女がゴブリン達に渡したのは、ギルの詰まった皮袋。一匹のゴブリンが中身を改めたところで、ほかのゴブリン達も途端に大人しくなった。
「コシュ……コシュ……、ゴブ達は、おかね払ってもらえれば文句ない~よ?」
「…そうかい、そりゃよかった。…じゃ、次はあんたらの番だ。街の近くで暴れたんだから、調書くらいは取らせてもらうよ。」
結局すぐに解決した暴動事件からサスタシャ前に戻るころには、既に辺りは薄暗くなっていた。
特に変わった様子もなく、デ・ページャはいつか来るであろう、顔も知らない冒険者に渡すための資料を纏める作業に戻る。
※※※
―サスタシャ浸食洞
「………。」
『現地のイエロージャケット第四陸戦隊には、君に調査の依頼をしたことだけ伝えておく。本来なら支援部隊を結成して君のサポートに当たらせたいのだが、誰がテンパードかわからない状況では表立った支援も難しい。すまないが…』
サスタシャの洞窟は波に削られ、文字通り浸食されて出来た洞窟である。
海から流れ込んだ色とりどりの珊瑚が岩に張り付いて増殖し、空洞の中に生え揃う光景は幻想的ですらあった。
デューク・トウゴウは洞窟の中でコウモリや巨大なヤドカリをあしらいながらレイナーとのやり取りを思い返す。
公的な機関からの依頼でありながら、支援は一切ないどころか、味方であるはずの者に襲われかねないという、極めて危険な任務となることを改めて自らに言い聞かせていた。
警戒しながら愛用のカービンを構え、クァールの目撃された最奥部までたどり着いた。
周囲に並ぶ色とりどりの珊瑚を注意深く観察していくと、珊瑚の陰にスイッチらしきものがあるのを見つける。
「!!」
「ガァオッ!!」
ゆっくりと手を伸ばし、そのスイッチを入れると同時にクァールが寝ぐらに帰ってきたようで、一目散に襲い掛かってきた。
間一髪で鋭い爪を躱したのも束の間、獲物を見据えて唸ると、その周囲に雷のエーテルが集まり始める。
「グルルル…!」
(雷の魔獣…か…!)
クァールは雷のエーテルを溜め、放出する事で攻撃することが出来る魔獣である。
その雷による攻撃を受けてしまうと一時的ではあるが、身体が痺れてしまう。
致命的な一撃でもなく、麻痺も後遺症が残るものではない。しかし、肉食獣のクァールにとっては獲物を絶命させ、捕食するためには十分すぎる時間であった。
その時間を与えぬよう、冷静にカービンを構え、照準は正確にクァールの眉間を捉える。
ズキュゥーン!
引き金を引くと同時にクァールの額に穴が空く。
額を撃ち抜かれたクァールは、そのまま眠るように倒れた。
(スイッチの近くに居たということは…番犬代わり…か…。)
改めて珊瑚に隠されたスイッチを押し、壁面に出てきた出っぱりを押し込むと、大きな一枚岩が動き出し、奥への通路が現れた。
(初歩的な隠し扉…3度も来てイエロージャケットが気付かなかったとは考えにくい……クァールが放置されていた事と良い…イエロージャケットにテンパードが紛れているのは確実のようだな…。)
情報も全くない、相手の規模もわからない海賊の根城に、慎重に足を踏み入れた。
浸食洞の奥は一本道となっており、先ほどの景色とは打って変わってところどころ人の手が入っているのが確認できる。
物陰に隠れながら進んでいくと、数名の海賊らしき男女が警戒するように巡回しているのが見えた。
(…先ほどのクァールを倒したことで侵入者の存在に気付いた…か…?)
その割には、侵入者の突入経路である隠し扉に向かおうという気配は感じられない。
ただ、その場を守っているだけのようにも見える。
(…俺の存在には気付いていない…なのに警戒態勢…ということはやはり…。)
イエロージャケットから、冒険者が派遣されるということだけ、まさにレイナーが現地の部隊に伝えておくと行っていたことだけ漏れているのだろう。
それもレイナーの命令を直接受けた第四陸戦隊-そこからの情報漏れが濃厚になってきた。
つまり敵となりうるイエロージャケットはすぐ外にいて、侵入を気取られれば挟み撃ちにされる危険がある、ということになる。
もたもたしている時間は無くなった。
依頼は、内部の掃討。外の敵が気付いていないうちに、一気に片を付けるしかない。
そう結論付けると、カービンを構え、突入する。
「!!」
「き、きたっ!」
銃弾の飛び交う音、弓の風切り音が狭い洞窟内に響く。
その中で数名を視界に捉えるや否や、瞬時に、正確に、その体や頭を撃ち抜いていく。
抵抗する間もなく海賊達は物言わぬ死体となった。
「マ、マディソン船長!情報通り来やがった!!凄腕の機工士だ!いつの間にか
「な、なんだって!?第四陸戦隊は何してやがったんだ!?」
「連中からは何も聞いてねえ、仲間も、も、もう何人も殺られてる!」
海賊のアジトの奥の奥。余った船の材木で住居を整えた船長室で、報告を受けた『海蛇の舌』の船長の一人であるマディソンは激昂する。
今までそうしてきたように、マディソンはイエロージャケットに潜り込ませている
今回ばかりは、そのイエロージャケットからの情報のみを頼りにしていたのが裏目に出てしまっていた。
「お、俺はこのままデェンの旦那のところに行ってくる!殺しても構わねぇ、何としても止めろ!!」
「わ、分かった!」
マディソンの命令を受けた団員は、他の健在な団員を連れて迎撃に向かう。
それを見送ったマディソンは、船長室から飛び出すと一目散に奥のほうに駆け出して行った。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
浸食洞の奥には、海へと繋がる桟橋がある。
スカルバレーの険しい崖下にあるので、一目二目では気付かれないが、イエロージャケットや黒渦団が船で捜索していたらあっさりと見つかってしまっていただろう。
ここもテンパードの内部工作と、サハギン族を刺激しないよう安易に船を使わなかったというイエロージャケットの選択に助けられていた。
マディソンが桟橋の奥に行くと、井戸から1匹のサハギン族が姿を現す。
「…!ボス!デェンの旦那!」
「フシュー……ヒレナシのマディソン…この騒ぎは何だ?」
ボスと呼ばれたサハギン族は、鯱牙のデェンといった。
尋常ではない雰囲気に、辺りを見回しながら、息も絶え絶えで駆け抜けてきたであろうマディソンに問いかける。
「ハンスレッドの野郎の刺客だ!イエロージャケットに情報が回らないよう、外部の冒険者に依頼しやがったんだ!」
「フシュー……ならば、全力で仕留めればよかろう…。」
「俺達だってそうしている!いつもみたいに捕まえられればそれでいいが、殺しても後が面倒だ。遣いに出した冒険者が戻らなければ、ハンスレッドは本腰入れてくるに決まっている!そうなったらどっちにしろこのアジトは終わりだ!」
「……ならばどうする…。」
「…生け捕りにできなかったら、ここを引き払う準備をしないといけねぇ…。」
なんとも弱気なマディソンの言葉に、デェンは傍目から見てもわかるほど不機嫌そうにため息をついた。
「…無能が…。」
「何とでも言ってくれ、俺は……」
「ご苦労だったな…船長。」
「!!…て、テメェは…!」
ズキュゥーン!
「い、イエロージャケットが言ってた……」
背後から聞こえた低い声に振り返り、襲撃者の姿を見た瞬間マディソンの胸が銃弾で撃ち抜かれた。
「…トーゴ・ロドリゲスってのは…テメェだったのか…ゴルゴ…13…!」
崩れ落ちるマディソンの死体の奥から、デェンの視界にたった一人で洞窟を抜けてきた冒険者の姿が映る。
「フ、フスィー……き、貴様……マディソンの後を付けて…あの人数を一人で皆殺しにしてきたというのか!貴様、ただのヒレナシではないな!?何者だ…!?」
「……。」
デェンの問いには答えず、代わりに銃弾がデェンの喉元を撃ち抜いていた。
潮の匂いは血の匂いへと塗り替わっていく。
もはや、浸食洞の中で生きている者は彼と、海蛇の舌に囲われていた娼婦達のみとなっていた。
ララフェル、ミコッテ、と色とりどりの種族の娼婦がこそこそとアジトから姿を現す。
「た、助かったのね、私……。」
「……。」
男の狙いが海賊とわかり、安堵とも恐怖とも取れる表情を浮かべる娼婦達を、そのカミソリのような目で見つめる。
「わ、私はおカネで買われただけよ!奴らの仲間なんかじゃあないわ!!」
「……。」
数秒の沈黙の後、娼婦達に向かって銃を向けた。
レイナーの依頼は"全ての掃討"。そもそも非合法な手段すら使ってテンパードを増やそうとしている『海蛇の舌』が、身銭を切って買い、アジトまで付いてきている娼婦達をテンパードにしていないはずがない。
彼女達がテンパードである証拠はないが、逆にテンパードではないという保証も全くないのである。
「!!な、何を!……あ、ああ、や、やめてーっ!!」
ズキューゥゥン…
ガウゥゥーン…
※※※
―リムサ・ロミンサ イエロージャケット司令執務室
「入り給え。」
ドアをノックする声に、書類から目も背けずレイナーが声を返す。
声に従って入ってきたのは、彼の副官のルガディン族の男だった。
「司令、第四陸戦隊からの報告です。『機工士トーゴ・ロドリゲス到着せず……当部隊で独自の調査を行ったところ、浸食洞の奥にて海蛇の舌と思しき多数の遺体とサハギン族・鯱牙のデェンの死体を発見せり……調査のため至急増援求む……』。」
「……そうか…やはり奥があったのか。」
「しかし…一体何があったんでしょうな?海賊共どころか、娼婦まで皆殺しなんて…。」
「さてね、それを調べにいくのだろう?…大方、お宝でも巡って揉めたんじゃあないのかな。」
唯一その真相を知っているレイナーは、安堵の深いため息をついて天を仰いだ。
「しかし…こう言ってはなんだが、生き残りがいなくてよかった。テンパードの可能性が極めて高い生存者なぞ、到底扱いきれるもんじゃあない。」
「………。」
「だが…ここからが大変だぞ…我々は…。」
第七星暦現在、テンパード化した者の治療方法は見つかっていない。存在するだけで蛮神の力を高めてしまうテンパードは、法の範疇を超え、秘密裏に処分するほかなかった……。
―エールポート
「あっ、旦那!」
「!」
リムサ・ロミンサ行きの船に乗ろうとしたところを呼び止めたのは、ゴブリン族に金貨袋を渡したあの女性商人だった。
「何か用か…。」
「いえね、旦那がいないときにゴブリン族が来たもんだから、私が言われた通りにしたことを知らないだろうし…報告しておこうと思って。私もリムサ行きの船に乗るところだったから、会えてよかった。」
「不要だ…俺がここにいるという事実があんたが契約を守ったことを意味している…。」
そっけなく言い放ち、そのまま背を向ける。
商人は不思議な顔を浮かべるが、それ以上追及することはしなかった。
船の中で、サスタシャの侵入方法について振り返る。
本来であればレイナーの命令を受け取ったイエロージャケットに話を通して正面から入るのが良いのだろうが、万一接触する第四陸戦隊の中に一人でもテンパードがいれば、致命的なことになりかねない。
そのためゴブリン族の暴動を利用して第四陸戦隊の注意を惹き、その隙に洞窟に入り込むことを選択したのだった。
結果は知っての通りである。
「しかし、旦那も人がいいですね。大体私が旦那の言いつけを守らず、あの迷惑料込の金貨袋をちょろまかしていたらどうするつもりだったんです?」
「その時は…買い込んだ銃弾が一発、あんたの頭の中に埋まっただけのことだ…。」
「!!…旦那、あなた、一体……?」
後にハイデリンの裏社会で知らぬ者はいなくなる、ゴルゴ13と呼ばれる冒険者は、船の中に消えていく……。
END