ハリーポッターとまどろみの逆行 作:ユフィ
どうしても気になったハリーは夜にこっそり透明マントを着て外に出た。
一日に二度も押しかけたらスネイプは嫌な顔をするのは分かっていたが、それ以上にドラコの様子を聞きたかった。
ハリーはスネイプの部屋への道を急いで歩いた。
その途中でピチャピチャと足音が鳴った。ひどい水漏れがしていた。
ハリーは嫌な感じがしつつも、そっと抜き足差し足で歩いた。
しかし、ふと月明かりに照らされた壁を見て、ハッと息を吞んだ。
「秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気をつけよ」
どうして。
ハリーはじっと動けなくなった。
ルーモスで灯した杖先で探せば、ミセス・ノリスが石になっていた。
「あれー、透明になってもピーブズには分かるぞ。誰かがそこにいる。生徒が抜け出しているぞ!」
ピーブズが大声で騒ぎだした。見つかるとハリーにとって大変なことになる。
ハリーは慌てて逃げようとしたが、足元が滑って転んでしまった。
カボチャジュースの匂いが鼻先いっぱいに広がった。
その匂いで、そこが朝ハリーがジュースをこぼした場所だと思い出した。
最悪なことに、転んだ拍子に透明マントが脱げ、ピーブズに姿を見られてしまった。
「ポッターポッターポッティーちゃん♪猫を殺して逃げ出すぞ♪」
ハリーは慌ててピーブズを黙らせようとしたが、それよりも早くバタバタと足音が聞こえた。
「ポッター!」
スネイプが怒りをにじませて歩いて来た。
ハリーはどれだけ叱られてもいいから早くこの場を去りたかった。
「先生、バジリスクが、秘密の部屋が開かれました」
「は?」
スネイプがハリーの指さした壁を見て、固まった。
「お願い、フィルチが来る前に逃がして。僕、殺されちゃう」
事態を把握したスネイプはすぐさまピーブズを黙らせて、ハリーを立ちあがらせた。
だがもう遅かった。
「生徒が抜け出した!罰則だ!そこにいるのは誰だ?おい、どけ小僧! ミセス・ノリス! 私の猫が、私の猫が!」
石になったミセス・ノリスを見つけたフィルチが大声で泣き出した。
その泣き声につられて寮にいた生徒がわらわらと集まってきた。
みんなが掲げる杖先の灯りのせいで、ハリーは眩しいくらいだった。
「継承者の敵よ、気をつけよ!次はおまえたちの番だ!穢れた血め!」
マルフォイの自信たっぷりの声が聞こえた。
ハリーはまたしても、ヒソヒソ声のシャワーを浴びる生活になった。
ハーマイオニーが「魔法史」のビンズ先生から上手に「秘密の部屋」のことを聞き出したため、今や学校中がその話で持ち切りだった。
そして、誰もがハリーをスリザリンの継承者だと考えた。
そう考えるに至る証拠はいくらでもあった。
スネイプとやけに仲良くなったこと、マルフォイと名前を呼ぶ仲であること、などハリーはグリフィンドールにしてはスリザリンにあまりに近かったからだ。
ハリーがやれることは決まっていた。今すぐバジリスクを止めに行くことだ。
ハリーは誰も立ち入りたがらない女子トイレへ行った。
マートルが大喜びしながら出て来た。
「あらあ、いらっしゃい。あなたは新入りね」
「ちょっとお邪魔するよ」
ハリーは蛇口に向き合い、入り口を開けようとした。
しかし、タイミングが悪いことに「そこで何をしている」と声をかけられた。
振り向くと、マルフォイがいた。
「ちょっと、一人になりたかっただけだよ。ドラコは?」
「まあ、同じような理由だ」
マートルはイケメンに弱いのか、嬉しそうにマルフォイに手を振っていた。
ハリーはこのままでは入り口を開けないため、外に出て話をすることにした。
「なあドラコ。どうしてあの時あんなひどい事を言ったんだ?」
「なんのことだ」
「壁に書かれた文字を見つけた時だよ。次はお前の番だぞ、穢れた血めって言ったじゃないか」
「ああ……その日のことか。さあな。僕にもそういう事を言いたいときはあるのさ」
更にタイミングが悪いことに、廊下で話していた二人をフィルチが見つけ、追い回してきた。
ハリーがいくら話していただけだと言っても、フィルチは聞かなかった。
ハリーが逃げている間にマルフォイもいなくなってしまった。
ダンブルドアは直ちに生徒全員に鏡を持たせた。バジリスクがいる間は余計な外出を控えさせるために授業を全て停止して、寮から出ることを禁じた。
ハリーは何度も隙を見て秘密の部屋の入り口を開けようとしたが、なぜか蛇口は開かなかった。
「バジリスクが守り神となって君の侵入を防いでいるのかもしれない」
その話を聞いたダンブルドアは深刻そうに言った。
「生徒が死ぬ可能性もあるのならば、ホグワーツ急行の手配を考えた方がよいな」
壁に血塗られた文字が見つかってからたった一週間で、ホグワーツは休校の事態に追い込まれた。
それでも、ミセス・ノリス以外が石になったり死ぬことに比べればましだ。
「セブルスはルシウスの所へ交渉に行っておる。こんなバカげたことを今すぐやめさせるために、誰が日記を持ったのか言わせねばならん」
「校長!」
マクゴナガルが顔を真っ青にしながら来た。ハリーが校長室にいることも気にならないくらい動揺しているようだった。
「生徒に被害者が!」
ハリーもダンブルドアもすぐに医務室へ向かった。
被害者はコリン・クリービーとハーマイオニーだった。それぞれの手にはカメラと鏡が握られていた。
ハリーはあまりの衝撃に体が震えた。二人とも石になってしまった。こうなる未来を知っていた。知っていたのに防げなかった。
ようやくハリーに気づいたマクゴナガルが厳しく言った。
「なぜあなたがここにいるのです。ポッター」
「ハリーにはミセス・ノリスを見つけた時のことをわしが聞いていたのじゃ、ミネルバ。それよりもこれからのことを考えた方が良かろう」
「ホグワーツが休校になるなんて」
「いやあ、私がその場にいれば石になった二人を元に戻せたのに残念ですな!」
マクゴナガルが場違いなロックハートを思いっきり睨んだ。
「ロックハート先生、ポッターを寮まで送ってください。くれぐれも生徒をお守りくださいね」
「ええ、勿論。さあ、ハリー。行くよ」
ハリーは医務室にいたかったが、マクゴナガルや他の先生の目がある手前、従うしかなかった。
グリフィンドールの寮でハリーを迎えたのはジニーだった。その顔にいつものような血の気は全くなかった。
「ハリー…あなたがいないことに気づいて、コリンが外に出ちゃったの。私、止めたかったし追いかけたかったのに、ハーマイオニーが代わりに行っちゃって。ねえ、二人に会わなかった?」
「二人とも石になった」
ジニーはハッと息を飲んで泣き出した。ハリーはますます後悔した。
コリンとハーマイオニーはハリーを追ってああなってしまったんだ。
「君がやったのか?ハリー」
ロンが呟いた。ハリーを見る表情が恐怖で染まっていた。
瞬間、ハリーの頭に血が上った。
「そんなこと、僕がするわけないだろ。君なら分かっているじゃないか! ハーマイオニーは僕の親友だしコリンだって僕を親しんでくれていたんだ」
「でも、でも、君ってやけにスリザリンの肩を持つじゃないか。本当に君はスリザリンの継承者なんじゃないのか?」
今や談話室にはほとんどのグリフィンドール生が集まって注目していた。
「ロン、君もそのバカげた噂を信じているのか。僕らは親友じゃなかったのか?」
「親友だよ! でも、何が起こっているのか本当に分からないんだ。ねえ、どうしてスネイプと仲良くなったの?どうしてマルフォイと仲がいいの?」
「それは……グリフィンドールとかスリザリンの垣根を超えた付き合いをしたいと考えたから」
「それはハーマイオニーより大切なのか?あいつらは純血主義者だ」
ハリーはとてつもない孤独感で息ができなくなりそうだった。ジニーが勇気づけるようにハリーの袖をきゅっと握った。
「ちょっとロン。ハリーは誰とでも仲良くなる博愛主義者なのよ! スリザリンだろうがなんだろうが関係ないのよ! 一年間一緒にいてそんなことも分からないの?」
ジニーがきっぱりと言った。
ハリーはこの年のジニーがこんなにはきはきと話しているのを見たことがないので驚いた。
それはロンも、グリフィンドール生も同様だった。
全員の注目を浴びていてもジニーは赤面しないで続けた。涙はもう引いていた。
「仲の良い人たちがこんなことになって、誰よりもハリーが辛いに決まっているじゃない! それなのに、どうしてハリーを信じてあげないの?」
幼いジニーはかつての妻のように勇敢だった。
ハリーは今すぐにジニーに抱きつきたくなった。しかしそうはいかなかった。
双子がハリーにさっと近づいて声を張り上げた。
「そうだ! ハリーは勇猛果敢! 騎士道精神! グリフィンドール!」
「もうなんだっていいから担ごうぜ、お前ら!」
訳が分からなかった。
とりあえずジメジメした空気に飽きていた双子は騒ぎたかったみたいだ。
わいわい騒ぎに巻き込まれて、ハリーとロンはいつの間にか胴上げをされていた。
それからしばらく胴上げは続いた。
騒ぎを聞きつけたマクゴナガルが怒鳴りに来たが、胴上げされているのがハリーとロンであるのに気づいた途端に目を潤ませた。
そして、双子に「よくぞ友を元気づけてあげましたね」と五点ずつ加点して去って行った。
これにはさすがの双子も「おったまげー」と声を揃えた。
ダンブルドアの素早い対応も意味がなく、ホグワーツは休校にならなかった。
というのも、ハーマイオニーたちが石になり休校が決まった日に、「継承者はホグワーツの閉鎖を望まない」と書かれた文字が壁に現れたからだ。
全員がどんよりとした気持ちで授業が再開された。
授業間の移動は先生が付き、生徒は鏡を持っていた。
さらに、ダンブルドアは廊下の床は全て鏡のように反射させた。
そうすれば、足元を見ていれば直接バジリスクを見なくて済むからだ。
授業が再開された日の夜、ハリーは校長室にいた。
いつでも透明マントをかぶれるように握りながらソファに座っていた。
そして、ダンブルドアのそばにはスネイプもいた。
「日記が盗まれた?」
「ルシウスは盗まれたふりをして生徒に渡したのだろう」
「でも、ジニーではありません」
「他に顔色が悪い生徒はいないか」
「今はもうみんな顔色悪いですよ」
スネイプは不快感をあらわにした。
「あやつは、あろうことか吾輩が日記を盗んだと言いがかりをつけてきたのだ」
「先生、まさか盗みました?」
「そんなわけないだろう!」
あまりの怒鳴り声にハリーはピクッと肩を上げた。
「ルシウスのくだらない妄想がいまや生徒にも広がっている。こんなことあってはならないのだ」
「そうじゃ。我々はこうなることを予測できたのに手を打つことができなかった。完全にわしの責任じゃ」
ダンブルドアは気落ちしていた。
ルシウスから無理やりにでも日記を奪う事を提案していたハリーとしては、それを止めたダンブルドアを責めたいとも思っていた。
けれど、一番未来が分かっているのに何もできていないのはハリーだった。
「トム・リドルの狙いは僕でした。今回もそうだとしたら、リドルは僕と対決する時を待っているはずです。僕はいつでも相手できると思わせましょう」
「世界が巡っても、ハリー。我々は君に頼る事しかできない。なんて無力な大人なのじゃ」
「お忘れでしょうが、僕はもう大人です」
ハリーはほほ笑んだ。子どもの体に慣れすぎたのか、最近では自分でも忘れそうになっていたことだった。
どれだけ生徒も先生も気落ちしようと、ロックハートだけは意気揚々としていた。
決闘クラブを開催し、まんまとスネイプを助手にしていた。
「さあ、ハリー!君には模範をやってもらおうかな」
生徒たちにひとしきり決闘という名の殴り合いをさせた後、ロックハートはハリーを壇上に引き上げた。
ロックハートがハリーの相手を探している間、ハリーは周囲を見回しながら大声で言った。
「これから少し変なことを言うけれど、もしも、僕を殺したい人がいるのなら、僕はいつでも相手になる。これ以上被害を増やさないでくれ」
ハリーの突然の言葉にロックハートは度肝を抜かれたのか、注目を浴びたハリーに嫉妬をしたのか、ハリーを壇上から追い出してしまった。
目的を果たせたため、ハリーはさっさと寮へ戻ろうと出口へ向かった。
その時、マルフォイにぶつかった。
「ああ、ごめんよドラコ」
「ハリー、君はなんてことを言うんだ」
「どうやら僕は誰かに命を狙われているらしくてね。それじゃ」
マルフォイはあまりにもびっくりしたのか、真っ青な顔をしていた。
だが、ハリーはこれ以上注目を集めたくなかったためすぐに出て行った。
ハリーとロンが朝食をとっているとき、フレッドとジョージが話しかけて来た。
「なあ、聞いたか?」
「何が」
「今、ルシウス・マルフォイが校長室に来ているらしいぜ」
「なんだって!?」
「ほら、あいつホグワーツの理事だろ。だからこの騒ぎを収束できないダンブルドアを解任しようと迫ってるらしい」
ハリーは大慌てで校長室へ向かった。そして、常備していた透明マントを着て中へ入った。
入り口に立っているだけで、ルシウスの声はよく聞こえた。
「ダンブルドア、あなたはハリー・ポッターと手を組んでこの学園を混乱に陥れている」
「なぜハリーの名が出てくるのじゃ」
「しらばっくれるな!セブルスに日記を盗ませて、ここで使っているのだろう。こんな危険な場所に息子を置いておくことなんてできない」
「のう、ルシウス。日記は本当に盗まれたのか?何か心当たりはなかろうか?」
「あなたたちが盗んだのにまだ言うんですか?」
ハリーたちにとって謂れのないことだった。ハリーは怒りで腹の底が熱くなったがルシウスの前に姿を現すわけにはいかなかった。
すると、廊下を大慌てで走る音が聞こえた。このまま入り口に立っているとその足音の主とぶつかってしまう。ハリーは部屋の隅に移動した。
そのおかげで、勢いよく校長室へ駆け込んだマクゴナガルとぶつからずに済んだ。
「校長! 生徒が秘密の部屋に連れていかれました! ドラコ・マルフォイです!」
ルシウスの悲痛の叫びがハリーを貫いた。
ハリーは透明マントで隠れている間にこっそりとかすめ取った組み分け帽子を片手に秘密の部屋へ一直線に向かった。
とにかく急いでいた。マントを被ってコソコソなんてしている暇がないくらいに。
そのせいか、途中でロックハートに見つかってしまった。
「ハリー、君どこに行くんだい」
「用事があるだけです」
「そうか、まあ僕のこれから成す用事に比べればなんてことのないことだろう。君、この僕が一体これから何をしようとしているか知って」
「ドラコが今、危険なんです!失礼します!」
長々と話し出しそうだったロックハートを置いて、ハリーは走り出した。
しかし、なぜかロックハートもあとを追いかけた。
「先生、ついて来ないでください」
「いやいや、ハリー。この非常事態に教師が生徒一人で出歩きなんてさせないよ。君はまた何か目立つことを一人でやろうとしているね?」
ひっつき虫のように離れないロックハートを引きはがす時間が惜しい。
ハリーは女子トイレへ急いだ。そんな二人をマートルが出迎えた。
「あらぁ、ハリー。私に会いに来てくれたの?」
「マートル、金髪の子がさっきここに来たよね」
「あのイケメン君ね。来ていたのはさっきだけじゃないわ。今学期が始まってから頻繁に来てたわよ。でも、あの子来るたびに『できない、できない、うまくいかない』って泣いてたの。あたし何度も助けてあげるって言ったのに」
ハリーは今まで何も気づけなかった自分に腹が立った。
記憶があったって何もできやしない自分がひどく無力だった。
「ねえ、ハリー。もしもあの子が死んだらあたし、一緒にこのトイレで住めたら素敵だなって思うの」
「ドラコは死なない!」
そう怒鳴ったハリーは蛇口へ向かい、秘密の部屋の入り口を開けた。
今回はハリーが来る事を部屋の主が待っていたようですんなり開いた。
ロックハートは急に開いた入り口に仰天していた。
「先生、この先は本当に危険ですから来ないでください。秘密の部屋の場所が分かっただけでも先生としては十分でしょう?」
「ああ、ハリー。やっぱり君も私を臆病者で無能だと思っているのかい? いいとも、私が一番に入ろう」
信じられないことにロックハートはハリーが止めるのも聞かないで入ってしまった。
前の世界では常に逃げようとしていたのにどういった心境の変化だろう。
ハリーはため息をついて後に続いた。
秘密の部屋へ通じる道は相変わらず不気味だった。
杖先の灯りに照らされたネズミの頭蓋骨、バジリスクの抜け殻を見てロックハートは腰を抜かした。
「先生、もう戻ってください」
「君は進むのだろう、ハリー。この先にドラコ君がいるのなら、私が助けないといけない」
「はっきり言いますが、先生にはできません。もし手柄が欲しいなら差し上げますからここで待っていてください。僕の邪魔をしないでください」
「君は今なんて言った?」
「ドラコを助けた手柄なんて要りません。今欲しいのは時間です」
「いや、騙されないぞ」
「
もうこれ以上ロックハートに割く時間は無い。
ハリーはあとで元に戻すと伝えて先を急いだ。