ハリーポッターとまどろみの逆行   作:ユフィ

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秘密の部屋にて

 秘密の部屋の先にマルフォイが横たわっているのが見えた。

 

「ドラコ!」

 

 ハリーは慌ててマルフォイに駆け寄った。端麗な顔には生気がない。

 隣にはトム・リドルが立っていた。

 ハリーはもう二度と会いたくなかった相手だった。

 ハリーが来たことに満足しているリドルはそれまでの経緯を得意げに語り出した。

 父親の期待に応えきれないプレッシャー、ハーマイオニーに負けた屈辱、ハリーに並び立ちたい願望を上手に聞き出したリドルはマルフォイの心を支配したようだった。

 それでも、途中までマルフォイは秘密の部屋を開ける事には反対していたらしい。

 だが、クィディッチでハリーに負けたのを引き金にリドルを受け入れるようになったらしい。

 

「人が死ぬかもしれないと分かった途端ピーピー泣き出したよ!『できないよ、僕にはできないよ』って! でも、こいつは誰にも相談しないのは分かっていた。大好きな父上やハリー・ポッターに嫌われるのが怖いようだからな。この泣き虫の腰抜け坊やはね」

 

 ハリーの体中に憎しみが満ち溢れた。

 こいつをとてつもなく苦しめて、痛がらせて、怖がらせて殺してしまいたいと。

 ハリーは組み分け帽子に手を入れてグリフィンドールの剣が現れるのをひそかに待った。

 

 だが、なかなか出てこない。

 苛立ちで舌打ちをした。

 

「はははっ!その凶悪な顔!まさに闇の魔法使いにふさわしい。こいつは意気地なしだったが、君なら素質があるんじゃないのか? ハリー、僕と手を組め。僕に忠実だった君の友人のおかげでもうすぐ実体を得られる。そしたら二人で世界を制することだってできる」

「残念ながら僕もドラコも君に従う気はない。ドラコは君と違って両親からの愛情を一心に受けて育ったから、人を殺すことの恐ろしさをきちんと理解しているんだ。そう、孤児の君と違って!」

「黙れ!」

「僕もそうだ。父は僕と母を守って死に、マグル生まれの母は僕を守って未来のお前を打ち砕いた! 両親以外にも僕のために命をかけてくれた人は沢山いる。それに僕は愛する事も知っている」

 

 ハリーはかつて散った不死鳥の騎士団のメンバーと、今はいない子どもたちの顔を思い浮かべた。

 その時、組み分け帽子がズシリと重くなった。

 リドルはそれに気づいていないようだった。

 ハリーに失望したように冷たい表情になった。

 

「つまり君は一人で偉大なことをできない人間だということだ。それが分かれば十分だ。君はヴォルデモート卿には必要ない」

 

 リドルが蛇語でバジリスクを呼んだ。

 ハリーは右手で杖を構え、左手で剣を持った。マルフォイには保護呪文をかけておいた。

 

「そんな剣で何ができる。お前にはもう守ってくれる両親もいないんだぞ。ハリー・ポッター」

 

 不死鳥が高い鳴き声を上げた。バジリスクの目をつぶして手助けをしに来てくれた。

 

縛れ(インカーセラス)

 

 ハリーはバジリスクを縛り上げ、その頭に深々とグリフィンドールの剣を刺した。あっけない終わりだった。

 あまりの早さにリドルは茫然とした。

 

「もう終わりだ、トム・リドル。お前は本当に哀れだよ。渾身の攻撃も僕程度の子供にあっさり破られる」

「まだやれることはある」

「いや、ない」

 

 ハリーは勢いつけて日記の真ん中を突き刺した。

 トム・リドルは屈辱にまみれた顔をしながら消えた。

 リドルのように自信のある人間にとって、風の前の塵のように一瞬で吹き飛ばされることが一番の苦痛であるのは以前の世界での経験で分かっていた。

 

「ドラコ」

 

 保護呪文を解いたハリーはマルフォイの頬に触れた。少しずつ血の気が戻ってきている。

 

「ハリー……済まなかった」

 

 マルフォイのその一言を聞いた瞬間、ハリーはこみ上げる涙を見せないように手で顔を覆った。

 

 

 

 

 秘密の部屋を出たハリーは、石になっていたロックハートを元に戻した。

 ロックハートは目をぱちくりさせながらマルフォイを見て、そしてハリーを見た。

 

「素晴らしい、ハリー。君は見事マルフォイ君を連れ帰ったんだね。誰もが君を英雄として扱うだろう。皆の注目を君が集めるだろう」

「ですから、先生が連れ帰ったことにしていいですよ。早く戻りましょう」

「そういうわけにもいかない。やらねば……だが…忘れよ(オブリビエイト)!」

プロテゴ(護れ)!」

 

 ロックハートは何か迷っているようだったが、瞬間、とてつもない速さで忘却呪文を唱えた。

 ドラコに肩を貸していたハリーは反応が遅れ、とっさに盾の呪文を張った。

 しかし、そのせいで忘却呪文はロックハートに跳ね返った。

 

「武装解除をするべきだった」

 

 マルフォイは一体何が起こったのかよく分からず戸惑っていたが、ハリーは何も説明する気にはなれなかった。

 そして三人はフォークスの足を掴んで空へ舞った。

 

 

 ハリー、マルフォイ、フォークス、様子のおかしいロックハートを一番に校長室で迎えたのは激昂したルシウス・マルフォイだった。妻のナルシッサ、スネイプ、ダンブルドアも部屋の奥にいた。

 ルシウスは真っ青な顔したドラコを見た瞬間駆け寄ったが、すぐにハリーに詰め寄った。

 

「私の息子に日記を使わせたのはお前だろう! お前が、お前が、ドラコを唆して危険にさらしたんだ! 闇の魔法使いめ! お前は楽には殺さんぞ。私の手で苦しめてから殺す」

 

 ルシウスが杖を振り上げた。

 それを見たスネイプも同じタイミングで杖を振り上げた。

 

「父上っ!」

 

 だが、誰よりも早くドラコが大声を出した。そのせいでただでさえ生気の薄い顔が更に青白くなった。

 

「ハリーじゃない。僕が自分でやった。秘密の部屋を開いたのも、みんなを石にしたのも僕だ」

「ドラコ……何を…」

 

 ルシウスは唖然として息子の顔を見つめた。

 だがドラコは父の方を向かず、下を向いたまま堰を切ったように話し出した。

 

「父上とスネイプ先生が話しているのが聞こえてきた。ハリーがスネイプ先生とダンブルドアを従えているって。それで、ハリーが日記を欲しがっているって。だから、ちょっと覗いてやろうと思って日記を盗んだ。もっと早く日記を渡そうと思っていたんだ。けど、スネイプ先生はハリーと親しげだから、もし日記を渡したら僕や家族に何をするのか怖くて…できなかった……ハリーは何もしないって分かっていたのに……それに、スリザリンの継承者の力をくれるって日記が言って……僕、気分がよかった。でも、あんなことになるなんて知らなかった!」

 

 ドラコを見つめるダンブルドアの瞳は慈しみに満ちていた。

 

「どうしてスリザリンの継承者の力を欲しがったのじゃ」

「父上はハリーが偉大な闇の魔法使いになると考えていた。それなら僕も並び立たないといけないと思った。けど、成績はグレンジャーに負けて、クィディッチはハリーに勝てない!何をしても一番になれない。僕には僕を誇れるものが何もないんだ。だから、なんだっていいから、特別な力が欲しかった」

「ドラコ…そんなことを、そんなことを思っていたのか」

 

 ルシウスが愕然と呟いた。

 ダンブルドアはロックハートとルシウスの両方を見た。

 

「どうやら自らの剣に貫かれたものが二人おるようじゃ」

 

 わっと泣き出したルシウスはドラコを強く抱きしめた。ナルシッサも加わった。

 抱きしめ合う親子三人を見てハリーは胸がチクリと痛んだ。

 ダンブルドアが厳しい口調でキビキビと言った。

 

「親子の話し合いは後でいくらでもできるぞ、ルシウス。今すぐドラコ少年を保健室へ連れて行くのじゃ。彼はすでに身に余る試練を受けた。よって処罰はなし」

 

 そしてダンブルドアはキラキラ輝く瞳で優しく三人を見下ろした。

 

「マダム・ポンフリーがバジリスクの犠牲者たちにマンドレイクのジュースを飲ませている。仕入れたものがやっと届いたのじゃ。じきにみな目が覚めるだろう」

「よかった…よかった……」

 

 ドラコが震える声で言った。

 しかし、医務室へ行くことを逡巡するように立ち止まった。

 ルシウスが促しても動こうとしない。

 そんなドラコにダンブルドアが静かに語りかけた。

 

「もし君が自分の犯した罪に苛まれることがあるなら、その気持ちをあるがままに語るがよい。人は許しを請うものには寛容になる」

「僕…そうします」

「お前一人にはさせない。子のしたことは親の責任だ。私がいるとも、ドラコ」

「私もあなたの味方ですからね、ドラコ」

 

 親子三人は寄り添い合って再び歩き出した。

 スネイプはさっと扉に寄って、三人のために開けてあげた。

 ルシウスは小さくお礼を言いながら息子を抱きかかえて出て行った。

 ハリーはその様子をぼんやりと見つめていた。ひどく感傷的な視線をしていた。

 

「ハリー、ご両親のことを思い出したかの?」

「四十を超えて寂しく思うなんて変ですよね。僕、自分の子供もいるのに」

「子供では埋められない穴も確かに存在する。いくつになろうと」

 

 扉のそばにいたスネイプが気まずげに身体を揺らした。

 自分がハリーの両親を奪った原因であることを自覚していたからだ。

 ダンブルドアはスネイプを一瞥したものの、それに関しては何も言わなかった。

 

「ハリー、時間はかかったが、今こそ君の名付け親を取り戻そうぞ。これからはルシウスの力を借りられるであろう」

 

 ハリーは頷いた。シリウスにもうすぐ会えると思うと胸の内側が温かくなった。

 ダンブルドアは黙りっぱなしのロックハートに向き合った。

 

「さて、ギルデロイ。気分はどうかの?」

「分かりません。けど、ハリーの方がよっぽどひどい顔をしている」

「僕のことが分かるんですか?」

 

 盾の呪文で跳ね返った強力な忘却術を受けたはずのロックハートがハリーの事を覚えているようだった。

 それに今までで一番まともな、つまり常人っぽい表情をしていた。

 

「君の一瞬の躊躇いが君自身を救ったとは、なんとも素晴らしいことよ、ギルデロイ」

 

 ダンブルドアはクスクス笑っていた。ハリーもスネイプも訳が分からなかった。

 

「校長。なぜこの痴れ者は以前にも増してまともな受け答えができるのですか」

「おや、そこにいるのはスネイプ先生ですか。相変わらず不機嫌そうですね!」

「校長。笑っていないで説明していただけますかな?」

 

 スネイプが唇をプルプルさせながらかろうじて丁寧に聞いた。

 もう少し待てば暴言の一つ二つ出てきそうだとハリーは思った。

 だが、ダンブルドアはスネイプの暴言を聞きたいとは思っていないようですぐに答えた。

 

「それはの、セブルス。ロックハート先生はハリーに忘却術をかける時に手違いを起こしてしまった。全ての記憶を消すのでなく、自分に関する記憶だけを消そうとしたのじゃ」

 

 ハリーはすぐ疑問に思った。

 

「ロックハートは僕の経歴を横取りしようとしたのに、なぜ?」

「君は随分ロックハート先生に慈悲深かったようじゃな。先生は君に忘却術をかける瞬間に、どうやら自分自身を恥じたらしい。その一瞬の感情が術に影響したのじゃ。先生は忘却術を使い続ける自分を恥じて、ハリーにそんな自分を見ないで欲しいと思ったようじゃ。のう?」

 

 ダンブルドアがロックハートに問うた。

 スネイプに怯えきっていたロックハートは戸惑いながらも頷いたが、本当に理解はしていないだろう。

 

「自分自身のことは少しずつ思い出すがよい。なんならこれから新しく作り上げていったて良いのじゃ」

「ええ。でもきっと僕はハリーに悪い事をしたようだから謝るよ」

 

 そう言ってロックハートはハリーを抱きしめた。

 急なことでハリーはびっくりした。

 

「え?」

「だって君、誰かに抱きしめて欲しそうな顔をしていたから。どうやら僕、誰かがしてほしい事を察知するのは得意だったようだね!せっかくだし、サインもあげようか?」

「やっぱりこやつ、大して変わっていないぞ」

 

 スネイプが忌々し気にロックハートを突き飛ばした。

 ダンブルドアは手をたたいて喜び出した。

 

「さあて、ハリー。君の働きはホグワーツ特別功労賞に値するがどうする?」

「僕、要りません。必要以上に担ぎ上げられるのはもうごめんです」

「よかろう。それではセブルス。君がハリーを労っておくれ」

「吾輩が?」

「そうじゃ、今のハリーに必要なのは心からの労いじゃ」

 

 スネイプが、「私がいくらでも労って差し上げましょう!」と騒ぐロックハートの頭を片手で抑えながら、とてつもなく難しい表情をした。

 うっかりスネイプの顔を見てしまったハリーは戦慄した。

 

「いえ、僕、そんな労っていただかなくても…………!」

 

 突然、スネイプは意を決したようにロックハートを放り投げ、ぎこちなくハリーを抱きしめた。

 ハリーは足に根っこが生えたかのように動けなくなった。

 

「君の父親じゃなくて悪かったな」

「いえ、嬉しいです」

 

 ハリーは昔ウィーズリーおばさんに抱きしめられた時、母に抱きしめられるってこういう感じなのかなと思ったことがあった。

 同じようにスネイプは父の温もりのように感じられた。ダンブルドアは自分で言いだしたことのくせに感動しているのか、おいおいと泣いていた。

 

 

 

 ハリーがバジリスクを討った事をホグワーツ中に広めたのはロックハートだった。

 しかも、驚くべき気遣いを見せた彼はドラコが日記の持ち主だったことは言わず、あくまでハリーのことだけを吹聴した。

 そのため、スリザリンの継承者だと噂されていた事がウソのように、皆がハリーを英雄として扱った。

 ルシウスはホグワーツの理事を辞め、ドラコは「穢れた血」という言葉を二度と使わなくなった。

 

 そして、マルフォイ一家が揃ってハーマイオニーとコリンに謝罪したことはロンに大きな衝撃をもたらした。

 ハーマイオニーもコリンも石になったものの、その恨みをドラコにぶつけるようなことはしなかった。

 コリンに至っては、「伝統的な魔法使いの一家と写真を撮らせてくれ」と言って嬉しそうにポーズをとって、感激していた。

 

 ルシウスは呆気にとられていたものの、魔法使いについてもっと知りたければ教えると言って、コリンをクリスマスに招待していた。

 

 

 残念なことを言うとしたら、騒動はクリスマス前に決着がついたので、以前のように期末試験は免除にはならなかった。

 ドラコとハーマイオニーは成績の勝負をする約束をし、ハリーとロンも科目を絞って参加させられた。

 ハリーもロンもぐずぐず言っていたら、ドラコに「勇猛果敢はどうした」とハリーにとってはお決まりのセリフを言われた。

 ロンがすぐに「勇敢さはよっぽど君の方があるよ。ハーマイオニーたちに謝ったんだから」と言ったら、ドラコはひどく嬉しそうに顔を赤くした。

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