ハリーポッターとまどろみの逆行 作:ユフィ
逆行した四十二歳のハリーは二度目の学生生活を送り始めた。
一年生では賢者の石、二年生では秘密の部屋の騒動が起きるものの、ダンブルドアとスネイプの協力を得ながら解決する。
ドラコ・マルフォイがトム・リドルの日記に操られたことをきっかけに、マルフォイ家との関わり方が少しずつ変化してきていた。
騒動を解決するのと同時に分霊箱集めを行い、残るはスリザリンのロケットとベラトリックスの金庫にあるゴブレットのみ。
そしてハリーの中の分霊箱を壊す方法さえ見つかればヴォルデモートの復活を阻止することができる。
そんな、やることが盛りだくさんな学生生活が今年も始まる。
夏休み
夏休み。
ハリーはダーズリー家の二階の部屋でヘドウィグを撫でていた。外に出たいのに籠に閉じこめられている白梟は気が立っていた。
「夜になったら外に出してやるからもう少し我慢してて」
ハリーが丹念に撫でてやれば、ヘドウィグが愛情を示すように甘噛みした。
「秘密の部屋」の騒動はクリスマスを迎える前に終わったものの、ハリーたちはなかなかシリウスの解放に取り掛かれず、夏休みを迎えた。
というのも、犯人捜しをする生徒や保護者、魔法省の役人たちからドラコ・マルフォイを守るのに時間を取られたからだ。どこから情報が漏れたのか、リータ・スキータが『日刊預言者新聞』でダンブルドアの監督不行き届きを批判する記事を何度も載せていた。
もし、ドラコが日記に憑りつかれていたことを世間に知られてしまうと、マルフォイ家の地位が失墜する。ルシウス・マルフォイの権力を利用したいハリーとしては、それは避けたい事だった。それに、
そのため、犯人がドラコであることを知っている生徒はバジリスクの被害者であるコリンとハーマイオニー、そしてハーマイオニーから話を聞いたロンだけだった。三人とも真相を周りに吹聴せず、貝のように口を閉ざしていた。
マルフォイ家を元々良く思っていなかったロンは、初めは黙っていることに反発した。だが、あまりにもドラコが憔悴して反省していたのを見て、受け入れることにした。
満足そうに撫でられていたヘドウィグの目が、急に鋭くなった。ハリーが目をこらすと、マルフォイのワシミミズクが飛んでくるのが見えた。そして、そのまま優雅に窓枠に留まった。いかにもマルフォイ家のペットらしく、躾が行き届いている。
マルフォイとは去年から手紙のやり取りをしているが、ヘドウィグはこのワシミミズクに対抗心を燃やしているようだった。
今もハリーを引き留めようと甘噛みしてくる。
ハリーはヘドウィグをなだめるように撫でて、ワシミミズクから手紙を受け取った。いつもの簡易的な封筒でなく、封蝋が施された立派な手紙だった。
「拝啓 ハリー・ポッター殿 貴殿におかれましては、ますますご健勝のことと存じます。さて突然ではありますが、先の感謝を込めて、三日後にポッター殿を我が家の夕食へお招き申し上げたい所存であります。ドラコも待っております故、ぜひお越しください。聖28一族マルフォイ家当主 ルシウス・マルフォイ」
格式ばったまどろっこしい、最上級の敬意が示されている手紙だ。ハリーはできるかぎり丁寧に返事を書いて、ワシミミズクに持たせた。
カレンダーを確認すれば、三日後はハリーの誕生日だった。
そして三日後、ハリーはウィルトシャーにあるマルフォイの邸宅にいた。ホグワーツの大広間を思わせる長テーブルにはハリーとマルフォイ一家だけでなく、スネイプもいた。何も知らされず招かれていたスネイプは、ハリーの顔を見た瞬間帰ろうとした。しかし、ルシウスがそれを許さなかった。
「お二人にはお世話になったから、一度きちんとご招待したかったんだ。くつろいでくれ」
そう言って用意された食事はどこぞの王族のものか、と言いたくなるほど豪華だった。と言っても、ハリーは王族の食事なんて見たことが無いが。
「ハリー、デザートは君が大好きな糖蜜パイもあるからな。それに、あとで僕の部屋に来いよ。君に見せたいものがたくさんあるんだ」
ドラコがそわそわとしながら言った。普段は青白い頬が紅潮していた。そんな息子の様子をナルシッサが優しく眺めていた。ハリーはナルシッサの、お高くとまってツンとした顔しか見た事がなかったため、彼女が柔らかな表情をすることに驚いた。
スネイプはずっとしかめっ面で食べていたが、ルシウスに勧められたワインを飲むと表情を緩めた。
夕飯を終え、ハリーとスネイプはルシウスの書斎に呼ばれた。
「ホグワーツで息子が語った思いを聞いて、私は目が覚める思いだった。家族を守るための教育、人付き合い、策略が全て裏目に出た」
「子どもが求めるものでなく、自分が必要だと思ったものを与えてしまうのは親なら通る道ですよ」
「君は子持ちの親みたいなことを言うのだな」
スネイプがハリーを蹴った。ハリーは思わず声が出そうになったが我慢したため、ルシウスはそれに気づいていなかった。
「ポッター君。いろいろと君にひどい事を言って済まなかった。君はドラコを害するどころか、守ってくれた。その……あの方の日記から」
「ヴォルデモートですか」
ハリーが名前を言うと、ルシウスがぎくりとした。
「きっと君は全てを知っているだろうが、あの日記は私の持ち物だった。あの方から譲り受けてね。ただ、あー……その、危うく息子が死にかけたことで考えを改めることにした。闇の帝王との繋がりを持ち続けるのはあまり良くないとね」
「ほう。賢明だな」
「その方がドラコのためにもなりますよ」
「ポッター君、今度こそ君の陣営に私を加えてくれ」
ハリーはルシウスの言葉にきょとんとした。スネイプがすぐさま否定した。
「ルシウス、死喰い人や不死鳥の騎士団のように考えるな。こいつに陣営はない。我々はダンブルドアの庇護の下で動いている」
「だが、指示を出しているのはポッター君だろう?」
「我々はダンブルドアの命令で動いている。こいつの命令なんて受けてたまるか」
ハリーはスネイプが本気でそう言っているのがよく分かったし、彼の言葉に同意した。「ポッター軍団」なんて出来たらたまったもんじゃない。
「ポッター君に従うなら良いが、ダンブルドアに下ることはできない。私はあの老人が胡散臭いように見える」
「でも、あなたやドラコを庇ったのはダンブルドアですよ」
「君も随分かばってくれただろう。それに関しては感謝しているが、ダンブルドアの思想に染まることはできない。マグル贔屓なんて特に」
「でもクリスマスにコリンを招待していましたよね」
「クリービー君はマグル生まれだから受け入れたのではなく、その……あくまであの少年だから招待しただけだ。息子の迷惑の詫びもかねて」
「ポッター。君には理解できないかもしれないが、一度根付いた思想を拭い去る事は困難だ。長く生きていれば生きているほどにな」
しどろもどろのルシウスにスネイプが助け船を出した。そのため、ハリーはこれ以上聞かないことにした。心の中で「この中で一番年上は僕ですけど」と思ってはいたが。
ちなみに後でロンにこの事を伝えたら、意外に彼は納得していた。
「そりゃあ、もし僕が今すぐ純血主義になれって言われても無理だもん。むしろハーマイオニーたちに歩み寄っただけでもおっどろきだね」
とあっけらかんと言っていた。
ルシウスは話を切り替えるように咳払いをした。
「とにかく、ポッター君への協力は惜しまないが、ダンブルドアにつく気はない。さあ、何か協力できることがあれば力になろう」
ハリーはすぐさまシリウスのことを切り出そうとした。だが、スネイプが押しとどめた。
「レストレンジ家の金庫に入りたい。君の奥方はベラトリックスの妹だし、君の力なら可能だろう」
「ベラの金庫に? 何を奪るつもりだ」
「言えない。連れていけ」
こんな言い方じゃ引き受けてもらえないだろうとハリーはヒヤヒヤしていたが、ルシウスは少し考え込んで、了承した。
「ベラの金庫のカギはシシーが持っている。待っていてくれ。今とってこよう」
ルシウスが部屋を出てから、ハリーはスネイプにかみついた。
「なんでシリウスのことを言わなかったんですか!」
「ペティグリューの化けの皮を剝がす方が先だ。それも違和感なく」
「あんな奴、さっさと捕まえて魔法省に持っていけばいいんですよ」
「なぜ君がペティグリューがネズミだと知っていて、ブラックが無実だと知っているのか、魔法省は不思議に思うだろうな。ただでさえリータ・スキータ好き勝手言っていて困っておるのだ。吾輩はこの間もあの愚か者を追い払ったばかりだが、あのような者が出しゃばらないように目立たない必要がある」
「でも、そんなこと言ってたら、いつまで経ってもシリウスを解放できません」
「ルーピンを使う」
「へ?」
「今年の闇の魔術に対する防衛術はルーピンが教える。あいつが真相に気づいた体で捕まえればよかろう。ペティグリューが
文句のつけようのない計画にハリーは驚いた。スネイプは、「校長は君以上に深くお考えだ」と言って、鼻で笑った。
「またルーピンの授業が受けられるんですね!」
心配が減ったことで、ハリーはウキウキした。以前の学生生活を振り返ると、ルーピンの授業が一番楽しいものだった。しかし、スネイプはハリーのようにウキウキする気にはならないようだ。
「お気楽だな、ポッター。吾輩はあの人狼のために脱狼薬を調合しなければならぬというのに。それにブラックを助けなければならないなんて腹立たしい」
「シリウスは無実です」
「あいつの場合自業自得だ。それ以外にもロクでもないことばかりしていた」
二人の空気が険悪になっているところに、ルシウスが戻ってきた。
「カギを持ってきたが、席を外した方が良いか?」
「いや、結構」
ルシウスは手を伸ばしたスネイプにカギを渡し、ハリーに微笑みかけた。
「さて。そろそろ君をドラコの部屋に連れて行かないとな。さっきもあの子に君を独り占めするなとなじられたよ。そうそう、ポッター君。君は今日が誕生日らしいじゃないか。何か欲しいものがあれば用意しよう。なんでもいい」
「いいんですか?」
ハリーは仰天した。まさかルシウス・マルフォイが誕生日プレゼントを贈ってくれるなんて。
何を言おうか考えた時、ハリーは突然ピンとくるものがあった。
「それなら、あなたの屋敷しもべ妖精をください」
「なに? ドビーを?」
「ポッター!」
スネイプが批判の声を上げた。
「他人の屋敷しもべ妖精をねだるなんて無礼極まりない。それに貴様には必要のないものだろう」
「ほしいわけじゃありません。僕はドビーに助けられたことがあるので、彼には恩があります。だから、ドビーの自由をください」
「ドビーが君を助けた? いつ?」
「去年です。詳しい事は言えません」
ブラッジャーを暴走させて腕を折られたことを助けられたとは言えないが、ドビーは助ける気満々だったからカウントしておいた。それに、以前の世界のドビーはハリーの命を救ってくれたから嘘ではない。
「ベラの金庫のカギに屋敷しもべ妖精……君たちが一体何を計画しているのか見当もつかないが……」
「屋敷しもべ妖精はなんの関係もない。こいつの気まぐれだ」
「マルフォイさん、なんでもいいって言ったじゃないですか」
ルシウスは迷っていた。だが、ハッと気づいてハリーを見た。
「そうか。屋敷しもべ妖精を奪い、私の社会的地位を落とすことが目的か。君を疑い、逆らった制裁としては適切かもしれん」
「いえ、そういうわけでは」
「よろしい。ドビー!」
ルシウスはハリーの否定の言葉を聞こうともせず、ドビーを呼び出した。ドビーがうやうやしく現れた。テニス玉のように大きな瞳がハリーを一瞬見た。
「ドビー。私の靴下を持ってこい。確か捨てる予定のものがあっただろう」
「は、はい」
ドビーは何を言われているのかよく分からないまま姿を消し、瞬く間に靴下を持って姿を現した。ルシウスはそれをつかみ取り、ドビーに放り投げた。
「ハリー・ポッターに感謝しなさい」
「これは……ご主人様、これは……」
「私はもうお前の主人じゃない」
ルシウスの言葉を理解した途端、花が咲いたようにドビーが笑顔になった。そして、ハリーを見て叫んだ。
「ご主人様から靴下をいただいた……ドビーは自由だ! ハリー・ポッターがドビーを自由にした! ハリー・ポッター、なんてお礼を言ったらいいですか」
「何も言わなくていいよ。ただ、僕を助けるために君の命を捨てるのはやめて。あと、もし新しい働き口を探すならダンブルドアの所に行きな」
ドビーは目をキラキラさせながら頷いた。そして深々とハリーに、そしてルシウスにもお辞儀をして、パチンという音とともに消えた。
「いつまでも古い権力にしがみつくなという君の教訓として受け取るよ」
ルシウスがやけにスッキリした顔をしているので、ハリーは否定を諦めた。ルシウスにお礼を言って、ドラコの部屋へ向かった。
ドラコは開口一番「来るのが遅い」と文句を言った。だが、すぐ嬉しそうにハリーにプレゼントを渡し、部屋中のものを見せた。二人はクィディッチチームの勝利予想で盛り上がった。
トム・リドルの日記に憑りつかれたころのドラコは、ハリーへ引き目を感じていたようだが、父親との関係が改善したことにより自己肯定感を取り戻したようだった。そして、ハリーが偉大な闇の魔法使いなのかどうかは、もう気にしていなかった。
二人は対等な友人であり、ドラコの言葉を借りるならライバルに戻った。(ハリーにとっては親友と変わりないが、ドラコはあくまで「ライバル」にこだわった)
ドラコの部屋でわいわい話しながら過ごす誕生日は楽しかったため、ハリーはそのことをドラコにお礼を言うと、
「君の誕生日を一緒に祝いたかったんだ。ほら、君の育て親は祝わないって言ってたろ?」
と返された。思わずハリーはドラコに抱き着いて、息子にやるように頭を撫でたら「やめろ、うっとうしい!」と叱られた。と言いつつも、ドラコもまんざらでもない顔をしていた。
マルフォイたちは泊っていくように引き留めたが、スネイプがハリーの首根っこを掴みながらマルフォイ邸をあとにした。