ハリーポッターとまどろみの逆行 作:ユフィ
ホグワーツ行急行列車の中で、ロンはエジプト旅行の思い出を話していた。
ハーマイオニーはしきりに羨ましがってその話を聞いていた。
彼女の横には、クルックシャンクスが入った猫用ケージが置かれていた。
「そういえばあなたの旅行の事、『日刊預言者新聞』にも載っていたわよ」
「そうなんだよね! そういやハリー、君がネズミを写真に写すと魂が抜けるって言ってたから、スキャバーズは新聞に載れなかったんだよな」
「なに、その迷信。私は聞いたことないわ」
ハーマイオニーが訝し気にハリーを見て来たため、ハリーは慌てた。
「えーと、たしかどこかの国でそんなことを言われていたような……」
「確かに日本じゃ写真に写ると魂が抜けるって迷信が言われていたらしいけれど、それってねずみじゃなくて人間の話でしょう? しかも昔の迷信よ」
「君ってよくそんなよく分からない国の風習まで知っているな」
「よく分からない国じゃないわよ。日本にあるマホウトコロとホグワーツの交流については魔法史の教科書の……」
「あーあー、まだ学校に入ってすらいないのにそんな話はやめてくれよ」
話がロンのネズミから逸れてハリーはホッとした。
ネズミのペティグリューが新聞に載っているとそれを見たシリウスが脱獄してしまうかもしれない。そのため、ハリーは事前にロンに伝えておいたのだ。
そのおかげで、今回の列車ではディメンターに囲まれずに済んだのだった。
大広間にて、新たな「魔法生物飼育学」の教授ハグリットは盛大な拍手とともに受け入れられたが、ルーピンはパラパラと気のない拍手で歓迎された。
ちなみに、ロックハートは一年間の任期を終えた後、諸々の罪で魔法省にしょっぴかれた。
本当は現行犯逮捕されるべきであったが、闇の魔術に対する防衛術の教師を新たに探したくないダンブルドアが、上手いこと交渉して学期の終わりまで引き延ばした。
記憶を失ったロックハートは存外、良い授業をした。
自身の事を全て忘れた彼ではあったが、自分が記憶を奪った人間の功績は全て覚えていた。
そのため、偉大な人物がどうやって危機を乗り越えたか、という話をする授業に切り替わった。
彼は元々の話術はあったので、そちらの授業は生徒には好評となった。
学期の終わり、ハーマイオニーを含めて残念がる生徒が多かったぐらいだ。
ロンですらも冗談交じりに「あーあ、やっとあいつに慣れて来たのに残念だ」と言っていたぐらいだ。
そんなこともあってか、ボロボロの格好のルーピンは去年のロックハートに比べると期待できない、という生徒の思いが透けて見える拍手だった。特に女性陣はあからさまにガッカリした様子だった。
が、とうのルーピンは何も気にしてないようでニコニコしていた。
教員席でスネイプはルーピンをしかめ面で睨みつけていたが、ハリーがその様子をニヤニヤしながら見ているのに気づくと、気まずそうに目をそらした。
新学期が始まった。ハーマイオニーはやっぱり逆転時計を使って複数の授業を受けていたため忙しそうだ。
そんな中、ハリーの頭の中は、シリウスにもうすぐ会えることへのワクワクでいっぱいだった。
占い学でどれだけトレローニーに脅されようと、魔法薬学の授業でどれだけスネイプに睨まれようと全く気にならない。
だが、そんなハリーに対してスネイプはやけにピリピリしていたため、ハリー以外の生徒はみなドギマギしながら授業を受けていた。
「ポッター! 上の空は失敗の元だ。グリフィンドール五点減点。その惚け面をどうにかしなければさらに十点減点するぞ」
「えっそんな。ハリー、ハリーってば! しっかりしてよ」
ある日の授業でもスネイプが減点し、ロンが必死になってハリーを揺さぶったのだが、ハリーはヘラヘラしたまま。
ハーマイオニーは、その様子にやれやれとため息をつく。
その後グリフィンドールはさらに十点減点された。
大広間での挨拶の時は大して期待されていなかったルーピンだったが、授業が始まるとその評判はうなぎのぼりだった。
誰もが、「闇の魔術に対する防衛術」の時間を心待ちにするようになった。
「まね妖怪」の授業では、ハリーが「リディクラス」を唱える前にルーピンがかばったため、ハリーは今の自分が何を恐れているのか分からずじまいだった。
でも、今はディメンターじゃないものが出てくるような気がしていた。
ハグリッドの授業も怪我人が出ることなく進んだ。
けれど、調子に乗ったハグリッドが尻尾爆発スクリュートを扱いだしたため、ハリーは誰か止めてくれないかなと願った。
ハロウィーンの日、ロン達がホグズミードへ行っている間、ハリーは校内にいた。
バーノンおじさんからサインをもらうこともできたが、ハリーは以前のようにシリウスから許可証をもらいたかった。
それに、生徒がいない間にホグワーツを歩ける方がハリーには便利だった。
この日も、校長室で今後について話をしていた。
スネイプがベラトリックスの金庫にあったハッフルパフのゴブレットを取ってきたため、残る分霊箱はスリザリンのロケットのみとなった。
ハリーはそれを聞いた時に小躍りした。
「早くルーピンにネズミを見せに行きましょう」
「うむ。時は来た。ハリー、君の演技力にかかっておる」
「任せてください。僕は元闇祓いですから!」
「闇祓いと演技力はなんの関係もなかろう」
校長室にいる者の中で、スネイプだけが面白くなさそうだった。
次の日、大広間にてハリーがいつものようにロン達と朝食の席についたとき、マルフォイがわざわざグリフィンドールの席まで来て声をかけた。
「ポッター、君らには迷惑をかける」
「なんのこと?」
「まだ新聞を読んでいないのか」
その時、ハーマイオニーがあっと声をあげた。彼女が定期購読している『日刊預言者新聞』を手にしていた。
「ハリー! あなたの事が書かれているわ!」
ハーマイオニーがよこした記事は中面で、小さかった。しかし、目を引くような見出しが書かれていた。
「ホグワーツの黒い噂! 生き残った男の子に忍び寄る魔の手!」
ハリーは顔をしかめながら先を読んだ。ハーマイオニーもロンも顔を近づけて一緒に読んだ。
「我らが英雄ハリー・ポッターがホグワーツに入学したことは、魔法界の誰もが知ることであろう。
だが、そんなホグワーツに黒い噂が立ちこめていることをご存知であろうか。
記者が本紙で何度も指摘していることではある(リータ・スキータ記者の記事のバックナンバーをお求めの方は『日刊預言者新聞』窓口にて)が、老齢の校長ダンブルドアは年々、管理能力が欠けてきているらしい。
保護者によると、去年、ホグワーツは何かによって休校寸前になる事態にまで追い込まれた。
だが、ダンブルドアは「事態は収拾された」の一言のみで、真相については口を閉ざしている。このことを批判する保護者は少なくない。
さて、そんなダンブルドアが一目置いている教員がいる。
魔法薬学教授のセブルス・スネイプだ。
彼の生徒贔屓はホグワーツでは有名である。
そして、そんな彼もご多分に漏れず、英雄が一番の贔屓の生徒のようだ。
『スネイプ先生って一年生の時はハリーのことがあんまり好きそうじゃなかったのに、二年生に上がったら、そんなことなくなったんだ。クィディッチでハリーが怪我をしたときは誰よりも先に助けに行ったんだよ。あれってハリーのことをとっても大切に思ってるんだろうなあ』
これは取材に応じてくれたある生徒の言葉だ。
その生徒によると、ハリーの方もスネイプ教授を慕っているらしい。
だが記者は、スネイプが両親の愛情を受けたことのないハリーにつけこんでいると睨んでいる。
セブルス・スネイプは抜け目ない男であり、そのじとっとした目の中には野心が隠しきれていない。
老いぼれたダンブルドアに代わってホグワーツを支配しようと狙っているのは何を隠そう、このスネイプである。
そして、ダンブルドアだけでなく、英雄も掌の上で転がそうと目論んでいるのだ。
記者は英雄を守るためにも、更なる取材を試みる予定である。」
ハリーは笑って良いのかどうするべきなのか分からなかった。ロンもハーマイオニーも同じような顔をしていた。
「スネイプが君の事をとっても好きみたいな書かれ方だね、ハリー」
「こんな訳の分からない妄想記事、よく載せたわね」
「今日の魔法薬学休みたい」
「やめろ。ちゃんと出ろ。スネイプ先生もこんな記事気にしないだろうから」
マルフォイはそう言っているが、ハリーはスネイプがこの記事をめちゃくちゃ気にするだろうと思った。
授業でどんな嫌みを言われるか今から想像できる。
「秘密の部屋に関して全てを知っているのは君たちとクリービーだけだ。この記者がいつ君らのところへ来るか分からない。特にグレンジャーは被害者だから」
「私は平気よ。こんな女が来たら蹴飛ばして追い返すわ」
「おい、あんまり変な事すると君もターゲットにされるから気を付けろ」
「あら、お世話様。ロン」
ちなみに、ハリーがあとでダンブルドアに聞いた話によると、スネイプは取材を試みたリータ・スキータを手ひどく追い払ったことがあり、その逆恨みでこんな記事を書かれたらしい。
ロンの心配は的を射ている。
「ハリー、クリービーはいるか?」
「まだ見てないけど」
三人はグリフィンドールの席を見渡した。カメラを引っさげた少年はまだいない。
代わりに、真っ青な顔をしたネビルが近づいて来た。
「ねえ、どうしよう」
「どうした? ネビル」
「僕、その記事の取材を受けちゃった」
四人とも驚いて顔を見合わせた。ロンが声を上げた。
「じゃあ、ハリーとスネイプのことを言っている生徒って君? なんでこんな取材受けたのさ」
「だって、こんな書かれ方されるとは思わなくって。ハリーと仲の良い先生を教えてって言われたから……ごめん、ハリー」
ネビルは今にも泣きそうだった。とても責めるなんてことはできなかった。
そんな彼に慰めの言葉をかけたのは意外にもマルフォイだった。
「これは謂れもないデマだ、ロングボトム。お前のせいではない。スリザリンでは抗議の手紙を新聞に送ろうという運動が起きている」
「スネイプは寮監だもんね」
「でも、もしこの記事の出所が僕だってスネイプ先生に知られたら、僕、僕、もう授業受けられないよ」
この世の終わりかのように青ざめるネビルにハーマイオニーもロンも言った。
「そんなこと知られないようにすればいいのよ。だって、あなたは悪気があって話したわけじゃないもの」
「ずっと知らんぷりしてろ。そうすりゃ絶対バレないから」
ハリーは続いた。
「僕は気にしてないよ、ネビル」
「うん。ありがとう」
ネビルは頷いたものの、その日の魔法薬学ですぐさまスネイプにバレた。
「授業を始める前に一つ。吾輩は君がお気に入りらしいな、ポッター?」
「ヒィッ!」
「貴様じゃない、ロングボトム。なぜ貴様が悲鳴を上げる」
「ごめんなさい……ごめんなさい」
「まさか、何かやましいことでもあるのか?」
「ヒッ」
「ほう。良いか、諸君。訳の分からない取材を断る能力が君らくらいの年齢にはあると思ったが、どうやらミスターロングボトムは違うらしい。寝言を垂れ流す趣味がおありなら、いっそ永久に眠る薬を差し上げようか。君ならそう大差ないだろう」
「先生、言い過ぎです」
「席につけ、グレンジャー」
「先生、まさかあんな記事を本気で扱っているんですか?」
「そんなことないのは君がよく知っているだろう、ポッター。だが、そう思っている生徒が一人でも出て来たのは屈辱だ」
スリザリン生は同情するように頷き、ネビルを睨みつけた。
グリフィンドール生はネビルを庇うように睨み返した。
その日の魔法薬学の授業は未だかつてない緊張感があった。
その日ずっと怯えていたネビルを見たコリンが、いっそ自分の記憶を消してくれとハリーに泣きついたため、ロンとハーマイオニーとドラコが懸命になだめた。
ハリーは、しばらくこのことでスネイプに目を付けられると思ったが、この話題は三日としてもたなかった。
シリウス・ブラックが脱獄した。