ハリーポッターとまどろみの逆行 作:ユフィ
ハリーはディメンターが上空を闊歩する様子を見ながらため息をついた。
シリウス・ブラックの脱獄を受け、魔法省はダンブルドアの反対も押し切ってディメンターをホグワーツに配備した。
ハリーにはリータ・スキータの記事の影響が少なからず出ているような気がしていた。
魔法大臣ファッジがダンブルドアの意見を無視し始めている。
不安なのはハリーだけでなく、ホグワーツの生徒たちもみな陰鬱としていた。
だが、クィディッチキャプテンのウッドだけが、そんな憂鬱な気分を吹き飛ばす情熱があるようだった。
「いいか! ディメンターだろうがブラックだろうが、俺たちの優勝連覇を阻止できるやつはいない! 今年が俺の最後の年だ。ハリー! 君ならまたしても俺たちを優勝へ導いてくれるはずだ」
去年、秘密の部屋の騒動がやんだ後、グリフィンドールはクィディッチで優勝し、その勢いで寮杯もとれた。ウッドもマクゴナガルも大喜びしていたものだ。
だが、勝って兜の緒を締めよの精神でウッドは選手へ檄を飛ばした。
「今年もどの寮も油断できないからな。ハッフルパフにはセドリック・ディゴリー、レイブンクローにはチョウ・チャン、スリザリンにはドラコ・マルフォイがいる。特にマルフォイには気を付けろ。あいつは親の金でものを言わせて選手になった割には腕が立つ」
ハリーはできれば試合に参加したくなかった。
ディメンターが試合に入ってきてハリーを襲うことは容易に想像できたからだ。
「悪魔に魂を売ってでも試合に出るんだ! 何がなんでも試合に出るんだ! 俺たちは勝つんだぞ!」
だが、試合の鬼と化したウッドには到底聞き入れてもらえない願いだった。
それからグリフィンドール生はひどい天候の中、毎日ウッドにしごかれたのだった。
そして試合当日。大雨。
グリフィンドール対スリザリン戦の最中、ハリーの予想通りディメンターが邪魔をしてきた。
そのため、ハリーは杖を抜いて守護霊を呼び出そうとした。
が、それ以上に強烈な恐怖の記憶がハリーを襲った。
ベールの向こうに消えたシリウス、落ちていくダンブルドア、血の気の失せたスネイプ、動かないルーピン、ナイフの刺さったドビー、笑ったままのフレッド、あらゆる死の記憶がハリーを圧倒する。
そうしてハリーは動けないまま、落ちていった。
てっきり、守護霊の呪文を使うとばかりに思っていたスネイプとダンブルドアは驚愕していたのだが、落ち行くハリーには当然そんな表情は見えていなかった。
あまりにも記憶通りの事態だったため、ハリーは大破したニンバス2000を見てもあまり驚きはしなかった。もちろん、気に入っていた箒が壊れたのはショックだ。
だが、それ以上にディメンターに見せられた記憶のショックの方が大きかった。
ハリーは結局、二週間ほど寝込んだ。
その間、病室には入れ替わり立ち代わり生徒が励ましにきた。
特に熱心に来たのはジニーだった。
ジニーは毎朝ハリーにおはようを言いに来て、授業が終われば真っ先に病室へ来た。
そして、その日の授業の事を面白おかしく話してくれた。
おかげで、落ち込んでいたハリーの心は、彼女のおかげでだいぶ上向いた。
ジニーがあまりにも熱心だったので、ロンはハリーに真剣な表情で、「君が仲良くしているのは、僕の妹だからな」と釘を刺してきた。
ハリーは笑いながら、「分かってるよ」と返しておいた。
これは以前の世界でもロンに言われたことがあったので懐かしく思えた。
ハリーを気遣っていたのは生徒だけではなかった。
授業に復帰したハリーをルーピンが放課後に呼んだ。
彼はハリーをチョコレートと紅茶でもてなしながら話し始めた。
「ディメンターのことは大変だったね。でも、君は杖を構えて奴らに一矢報いてやろうとしたらしいじゃないか。勇敢だ」
「ええ、でも結局なにもできませんでした」
「仕方ないさ。十のディメンターに囲まれてどうにかできる魔法使いは大人だって少ない。君が良ければ、クリスマスが終わったら守護霊の呪文を教えよう」
「本当ですか? それでどうにかなりますか」
「ああ。ディメンターに立ち向かう術はそれだけだ」
まさかルーピンの方から守護霊の呪文を教えてくれると言うとは思わなかったが、ルーピンと距離を縮めたかったハリーにとっては好都合だ。
ハリーはチョコレートをかじりながらほほ笑んだ。
ルーピンも優しく微笑み返した。
「朗報じゃ。黒い犬がホグワーツで発見された」
校長室にて、ダンブルドアがニコニコしながら言った。ハリーは即座に言った。
「すぐに迎えに行きましょう」
「吾輩が行く。お前は待て」
スネイプも即座に答えた。ハリーはムッとしながらスネイプを見た。
「君があの犬を歓迎したらおかしいだろう。吾輩が野犬の処理をよそおって捕まえる」
「シリウスを手荒く扱うなら許しません。僕も見張りに行きます」
「見張りなど無用」
「お言葉ですがあなたはシリウスに冷たい」
「あの愚か者にふさわしい扱いをしているだけだ」
ハリーは怒りが頂点に達しようとしていた。
リータ・スキータの記事が出る前から、最近のスネイプはやけに意地が悪かった。
ハリーは訳も分からずイライラをぶつけられるのにうんざりしていた。
「先生がシリウスの事が嫌いなのは知ってます! でも、シリウスは僕の名付け親です。 僕の家族はもうシリウスしかいないんですから、協力してくれたっていいじゃないですか」
「傲慢が過ぎるぞ、ポッター! 口を開けばブラック、ブラック、ブラック、ブラック! 貴様の頭の中はあの忌まわしいブラックでいっぱいだ!」
ハリーより先にスネイプの怒りが爆発した。
普段からスネイプと言い争いはしていたが、大声でまくしたてるようなことはされてこなかったため、ハリーは驚きで怒りを忘れた。
「セブルス。ハリーが怖がっておる。それに今のお主にシリウス・ブラックは任せられんの」
スネイプは返事もしないで部屋を出て行ってしまった。
普段どんなに嫌みを言っても、スネイプはダンブルドアに敬意を払っていた。
それなのに彼が無視をしたため、ハリーは余計に驚いた。
ダンブルドアは怒っていないか、ハリーはその表情を窺った。
ハリーの予想に反して、校長は手のかかかる子供を持った親みたいにほほ笑んでいた。
「セブルスとシリウスの因縁は、わしが思うより根が深いようじゃ」
「けど、人の命がかかっているのに。それに、僕がシリウスを助けたいのは当然じゃないですか」
ハリーはいじけたように言った。
スネイプがハリーの気持ちを共有してくれないことに多少のショックを受けていた。
「のう、ハリー。わしはあながちリータ・スキータの記事がウソばかりとは思えぬ」
「スネイプが校長の座を狙っているんですか?」
「いや、そこではない。もっとも、セブルスがもし望むのであれば、わしはいつでもこの部屋を譲ろう。彼が君を大切に思っているだろうという予想じゃ」
「でも、スネイプは僕を贔屓する気なんて全くないってはっきり言いました。僕だって贔屓されているなんて感じたこと一度もありません」
「目に見えるような贔屓はせぬだろう。じゃがの、君たちには新たな絆ができているのもまた、事実。先生は実に献身的に君を守っている」
「それはダンブルドア先生の命令だから従っているだけだって本人が言ってました。僕の命令に従う気はないとも」
「分かっておる。セブルス本人もそう信じておる。去年、この部屋で先生が君を抱きしめてやったことを覚えておるか?」
「むしろ忘れる方が難しいです」
ダンブルドアが声を出して笑った。
「わしはあの時、セブルスがあそこまでするとは思っていなかった。わしはあの時思ったのじゃが、セブルスは君の父上への憎しみを君にぶつけることはやめたように見える」
「スネイプ先生はいつでも僕に嫌みを言ってきますよ」
「それも愛情の一つじゃ。君は少しも気にせぬじゃろう?」
ハリーはしぶしぶ頷いた。
「セブルスは面白くなかったようじゃの。君があまりにもシリウスに夢中じゃったから。自分の最も近くにいたはずの者が、自分じゃない遠くの者に目を向けている経験はセブルスにとっては初めてではない」
母さんのことだ、とハリーは瞬時に悟った。
「でも、スネイプ先生とこれからどう接していけばいいんですか。シリウスの話を避けるなんてできません」
「無理をする必要はない。君は今まで通りでよい。これはセブルス自身が乗り越えるべきことじゃ。おや、もうこんな時間。お休み、ハリー。シリウスにはわしが会いに行こう」
それが話の終わりだった。就寝時間ギリギリになっていたため、ハリーが慌てて廊下を走っていると、ルーピンに会った。
「ハリー、もうすぐ就寝時間なのに一人で出歩くのは危ない。私が送ろう」
シリウス・ブラックが脱獄したニュースが届いてから、教員たちはハリーへの厳戒態勢を敷いていた。
ハリーには気づかれないようにしているつもりなのだろうけど、見え見えだった。
「しかし、どうしてこんな遅くまで歩いていたんだい。あ、まさかスネイプ先生の所に?」
「違います。先生もあのくだらない記事を信じているんですか」
「いやいや、スネイプ先生が素晴らしい先生だとは知っているよ。けど、君らが仲良しなのは確かだろう?」
「先生が思っているほど仲良しではないですよ。ルーピン先生みたいに考えている人が多いから、寮に居づらくなって外にいました」
ハリーは半ばあてつけるように言った。
実際は違うけれど、校長室にいたというよりは良い。
ルーピンは済まなそうな、同情するような表情になった。
「針のむしろの辛さは分かるよ。悪かったね。君がそこまで気にしていたとは。けど、あまりこんな時間まで抜け出さない方が良い。今は尚更」
ルーピンはハリーがちゃんと談話室へ入るところまで見届けるようだった。
ハリーが扉を開けると、ロンとハーマイオニーが飛び出してきた。
「ハリー、あなたどこに行っていたの? とっても心配したのよ」
「今、こっそり抜け出して君を探すか相談してたところだったんだ! あ、ルーピン先生」
ロンが慌てて口を覆った。ルーピンはニッコリした。
「さ、ハリー。君の仲間がいるじゃないか。友を思うのなら、抜け出すのはよしなさい。三人とも、おやすみ」
三人は口々に「おやすみなさい」を言って談話室へ戻った。
ハリーは心配してくれていた二人に礼を言った。
寝室へ戻ると、同室のネビルやディーン、シェーマスはもう寝ていた。
ディメンターが来てから気分が滅入るようになったのか、夜遅くまで談話室で語らう人はいなく、さっさと就寝する人が多かった。
「そういや、なんでルーピンと一緒だったんだい」
「たまたま廊下で会ったんだ。こんな時間は危ないから送ってくれた」
「へえー、ルーピンって君のこと気にかけてるなあ」
「そう?」
「うん。だってルーピンはあの記事が本当なのか僕に聞いてきたし」
「さっきもそれを聞かれた。あんなの信じる方がおかしいのに。そうだろ?」
ハリーはロンがすぐ同意するものだと思ったが、ロンは困ったような顔をした。
「うーん、でもスネイプが君の事を気遣っているのは事実だろ? もし僕もネビルみたいに取材されてたら同じことを言っちゃったと思うよ」
「スネイプが僕を贔屓にしてるって? 冗談だろ」
「君は認めたがらないけど、僕らにはそう見えるってことだよ。スネイプって君が危険になったらすぐ助けていたじゃないか。クィディッチの時なんてそれだけ衝撃的だったんだから」
ダンブルドアじゃなくても、スネイプは献身的に見えたようだ。ハリーは自分がこれまで気づけていなかったことに気まずさを感じた。
「いって、おいスキャバーズ! 大人しくしろよ!」
ロンが手を抑えながらハリーを見た。
「最近スキャバーズの具合が悪いんだ。ずっと何かに怯えていて」
「うーん、不思議だね」
ハリーがスキャバーズを覗き込むと、ネズミは逃げようと暴れ出した。
シリウスが脱獄したことはペティグリューも知っているのだろう。
ハリーはあと少しでお前を捕まえてやるからな、という念も込めながらペティグリューに笑いかけた。
ネズミの震えはロンの手をおおげさに揺らすほどになっていた。