ハリーポッターとまどろみの逆行 作:ユフィ
四十二歳のハリーは逆行し、ヴォルデモートの復活を阻止すべく活動している。ダンブルドアとスネイプの協力の下、分霊箱を全て集め終えた。そして、ペティグリューを捕まえ、名付け親シリウスを解放することにも成功した。
集めた分霊箱と、ハリーの中の分霊箱を破壊すればヴォルデモートは倒されるはずである。だが、ハリーの中の分霊箱を破壊する方法はまだ見つかっていない。
親友のロンとハーマイオニーとの関係はそのままに、以前より早く親密になったジニー、ハリーとのライバル関係を楽しむドラコ、ヴォルデモートに仕えることに疑問を持ち始めたルシウス、アズカバン行きを受け入れたペティグリュー、そして積極的にハリーを助けてくれるようになったスネイプなど、以前の世界とは関係性の変わった人たちを巻き込んで、ハリーの四年生はもうすぐ始まる。
四年生の夏休み
プリベット通りの夏は、ダドリーのダイエット宣言とともに訪れた。
もちろん、ダドリーから言い出したのではなく、ペチュニアから言い出したことだ。
コロコロ太ったダドリーがオレンジの欠片を食べている姿を見るのは、ハリーにとって二度目であったが良い気分だった。
ちなみに、ハリーはニヤニヤしながらダドリーを見ていた罰として朝食抜きだった。
ダドリーが朝食を一口で終えたのを見届けたハリーは、バーノンやペチュニアから見えないところでダドリーに話しかけた。
「よお、ビッグD。ダイエットなんてしないで、通路を広げるようパパに頼む方が早いんじゃないか?」
「殴られたくなかったら黙れ。それにその変なあだ名やめろ」
「おいおい、そんなに長く喋れるなんて世界新記録じゃないか?」
ダドリーはハリーを殴ろうと、重たそうに右腕を振り回した。小柄なハリーはサッと避けた。
「まあ、聞けよ。もしお前についた耳が飾りじゃなければ」
「黙れ」
「お前のその巨体を活かせる場所があるって言ったらどうだ?」
「何を言っているのか―」
「ボクシングを始めろよ、ビッグD」
「ボクシング?」
ハリーの記憶では、ダドリーはボクシングのジュニアチャンピオンになれるほどの実力があった。
いつ彼がボクシングを始めたのか忘れたが、夏中オレンジを食べ続けるよりは、スポーツで身を引き締めた方が健康的だろう。
一方、ダドリーはハリーの言葉を必死に理解しようとした。
「どうして、お前が僕にそんなことを進める?」
「君の小っちゃな頭で楽しめるダイエットさ」
「おい、今すぐパパとママを呼んでやる」
「呼びたいなら呼べよ、ビッグD」
「そのあだ名をやめろ!」
ダドリーがまたしてもハリーを殴ろうとした。
だが、シーカーになれるほどの動体視力のあるハリーにとっては、ダドリーの動きなんて怖くなかった。
「今のはいい右フックだぜ。素質あるよ、君」
「誰がお前の言うとおりにするもんか!」
そして三日後、ダドリーはボクシングジムに通い始めた。
ハリーはある日の朝食で、鶏のささみを食べているダドリーにニヤっと笑いかけた。
ダドリーは気まずそうに目をそらした。
ハリーはヘドウィグを通じて、魔法界のみんなとのやり取りを欠かさなかった。
その中でも、シリウスとのやり取りは頻繁だった。
初めにシリウスから手紙が来たのは、キングズ・クロス駅で別れた三日後。
それからは三日おきに手紙が送られた。
フクロウの移動の時間を考えると、ほぼ絶え間なく手紙のやり取りをしていた。
シリウスの手紙には必ず「早くマグルの家を出てこっちに来い」と書かれていた。
ハリーとしてもダーズリーの家を早く離れたかった。
だが、スネイプが「血の護りを保つためにブラック家に長くいるのは良くない」と強く主張していた。
一体、何日間ダーズリー家にいれば良いのかよく分からないハリーとしても、その意見には賛成なので、あまり早く魔法界に戻ることができなかった。
ハリーはもどかしく感じつつも、シリウスからの手紙を受け取るたびに嬉しく思った。
ホグワーツ以外の所で、ハリーを気遣う人がいるという事実はいつでもハリーの心を温めた。
ハリーの誕生日の一週間前、シリウス以外の人物から手紙が届いた。
字を見ればすぐわかる、スネイプからだった。
もちろん、スネイプは個人的な手紙なんてハリーには送らない。
ダンブルドアからの伝言だった。
ハリーがダンブルドアたちと協力するようになってから、ダンブルドアは頑なに自分で手紙を書こうとせず、スネイプに代筆させていた。手紙は短かった。
「バーティ・クラウチ・ジュニアを捕まえた。クィディッチには安心して行くように。まだマグルの家から出ないこと」
ハリーは手紙を見てドキッとした。
ヴォルデモートの忠実な家臣、クラウチ・ジュニアがアズカバンから逃れ、クラウチ家にいることは夏休み前にダンブルドアたちに伝えていた。
そして、クィディッチワールドカップで闇の印を発射すること、その後ムーディに化けてホグワーツに潜入することも。
以前と異なり、ペティグリューがヴォルデモートの配下になっていない。
そのため、ヴォルデモート復活の兆しはまだないはずだ。
だが、もしかしたらクラウチ・ジュニアがペティグリューの代わりになるかもしれない。
ハリーのそんな懸念を全てダンブルドアたちに伝えていた。
そして、彼らは夏休み中に対策をしていたようだ。
クラウチ・ジュニアが捕まったことが『日刊預言者新聞』で報道されていないことを鑑みるに、秘密裏に処理したのだろう。
さらに、手紙には書かれていなくても、スネイプが大いに活躍したことはハリーには容易に想像できた。
セブルス・スネイプ
ハリーはスネイプの神経質な文字を見ながら考え込んだ。
彼はいつだって危険な任務をこなしている。
以前の世界では二重スパイをし、今は分霊箱や死喰い人の処理をしている。
これらがどれほど大変か、中身が大人のハリーにはよく分かっていた。
ハリーは手紙の返信にスネイプへの労いの言葉も加えた。
次の日、思ってもいない人物がダーズリー家に訪れた。
バーノンおじさんの悲鳴を聞いたハリーは、何事かと玄関に駆け寄った。
「やあ、ハリー」
玄関の向こう側にシリウスがいた。
白いシャツにスラックスというマグル風のきこなしは、シリウスの端正さを際立たせていた。
バーノンは口ひげをぷるぷるさせながらシリウスに話しかけた。
「お前はこの間も駅にいた奴だな」
「ハリーの名付け親のシリウス・ブラックだ。あの時は自己紹介すらさせてくれなかったな、ダーズリー」
シリウスは当たり前のように玄関を超えようとしたが、バーノンが素早く制止した。
「やめろ! 指名手配犯なんて家に入れられるか!」
「その情報はもう古いものだが、マグルの世界には伝わっていないのか」
シリウスは残念そうに肩をすくめた。
その実、ハリーにはシリウスがバーノンの反応を楽しんでいるようにも見えた。
バーノンは愉快なほどビクビクしていた。
シリウスはバーノンの事は気にせずに、奥の方にいるハリーに呼びかけた。
「ハリー、荷物を持ってきなさい。そろそろマグルには飽きて来たころだろう?」
ハリーは頷こうとして、顔を上げたまま止まった。
「マグルの家を出るな」と手紙で言われたばかりじゃないか。
バーノンは中途半端に止まったハリーの腕を掴み、その体を壁に押し付けた。
「おい、小僧! これはどういうことだ? 指名手配犯がどうしてここに来る? お前の名付け親とはどういうことだ?」
「ハリーを今すぐ離せ! この腐れマグルめ」
シリウスが懐に手を入れて、杖を出そうとした。ハリーは慌てて止めた。
「シリウス! 杖は出さないで!」
「坊主! こいつもお前のイカれた仲間か!」
バーノンはキングス・クロス駅で会ったシリウスについて、ハリーに一度も尋ねなかった。
何も聞かなければ指名手配犯に関わることなんてないだろうし、そもそもシリウスを幻だと思いたかったからだ。
「ハリー、マグルに見られるのを心配しているのかい? 大丈夫だ、記憶を消せば問題ない」
「問題ある! お願い、二人とも落ち着いて。絶対杖は出さないで」
「記憶を消せばだと? わしの記憶の一かけらでもお前らの好きにさせるものか!」
バーノンは興奮してハリーの頭を何度も壁に打ち付けた。
ハリーはドビーになった気分だった。
もっとも、ドビーは自分から頭を打ち付けていたが。
「シリウス・ブラック!」
バーノンの動きが、ペチュニアの叫び声でピタリと止まった。
ハリーがキッチンの方を見ると、真っ青な顔をしたペチュニアがわなわなと立っていた。
シリウスは目を細めて彼女を見た。
「ということは……アンタがリリーの妹か。話に聞いたことはあったが初対面だな」
ペチュニアはシリウスの言葉を聞いて、キッと目を吊り上げた。
そして、バーノン、ハリーの様子を見まわし、もう一度シリウスに目を向けた。
「どうしてここに?」
「ハリーを迎えに来たんだ。私はこの子の名付け親だ」
シリウスが胸を張って言った。
その言葉を受け、ペチュニアはハリーを冷たく見ながら聞いた。
「それで、あんたは行くの?」
「え?」
「そこの名付け親やらと一緒に行くのかい」
「あの、僕、その……」
ハリーは迷いつつも、シリウスの切実な顔を見て決断した。
もとより、この家から早く抜け出したい気持ちはあった。
「行くよ。今年もありがとう、おじさん、おばさん。また来年もよろしく」
「行かせるものか。こんなロクデナシに任せたらさらに悪化する。下手すりゃ犯罪者になる」
「バーノン。いいじゃありませんか。今年はいつもより早く厄介払いできるんだから」
バーノンは憤慨してハリーを止めようとしたが、ペチュニアの言葉に困ったような同意したような顔をした。
ハリーはさっとバーノンの手から逃れて、二階へ上がった。
シリウスには絶対に杖を出さないで、外で待っているように強く言いつけた。
「私は君が喜ぶと思ったのだが……」
「姿あらわし」ができそうな所まで移動している最中に、シリウスが残念そうに言った。ハリーはすぐさま否定した。
「嬉しいに決まってるよ。ただ、バーノンおじさんたちとも仲良くしろって、その、ダンブルドアに言われていたから」
「私は君の名付け親で、もう堂々と君を引き取れる。それなのになぜダンブルドアは未だにあのマグルを使いたがるのか私には分からない」
「けど、この後の夏はシリウスとずっといられるんでしょ? 僕、夏休みにこんなに長くあの家から離れられるの初めてだから楽しみだよ」
シリウスは不満を隠そうともしなかったが、ハリーの言葉に気をよくしたのか、ニカッと輝く笑顔を見せた。
「君が来る日を待ってずっと掃除をしていたんだ。もうだいぶあの家も住めるようになってきた」
「クリーチャーは元気?」
ハリーの質問のせいで、せっかく直ったかと思ったシリウスの機嫌がまた悪くなった。
「あいつは相変わらず頭がおかしいよ。解雇してやろうかとも思ったが、あんな老いぼれは他に行く当てもない。ハリー、クリーチャーにはできるだけ近づくな」
クリーチャーを心底憎んでいるシリウスの様子を見て、ハリーは悲しくなった。
前の世界では、クリーチャーとはなかなか良い関係が築けたからだ。
けれど、シリウスがあの屋敷しもべ妖精を憎む気持ちも理解できたので、ハリーはシリウスに仲直りを強要することもできない。
「さて。荷物が少なくて助かった。腕を掴んでろ、ハリー。絶対に途中で離してはいけないからな」
ハリーは頷いて、力強くシリウスの腕を掴んだ。シリウスは満足そうに微笑み、バチンと音を鳴らした。