ハリーポッターとまどろみの逆行 作:ユフィ
勝手にダーズリー家を離れたハリー宛に、スネイプから非難の手紙が届いた。
これはダンブルドアの伝言じゃないとハリーは一目で分かった。
細かい文字で羊皮紙二枚分の罵詈雑言が並んでいたからだ。
ほとんどがシリウスへの中傷だったが、ハリーが自分勝手で向こう見ずで、言いつけを守らなくて傲慢だとなじる文もあった。
ハリーもその怒りはもっともだと思ったため、ただひたすら謝罪の手紙を送り続けた。
ハリーが頻繁に手紙を送っているのに気づいたシリウスは、「彼女か?」とそわそわしながら聞いて来た。
スネイプのことを言うわけにもいかないので、ハリーは適当に頷いておいた。
実際、ジニーとのやり取りもしていたからだ。
ブラック邸に来てすぐに、ハリーは各所にダーズリー家を出たことを報告する手紙を送った。
そのため、ハリーへの誕生日プレゼントはブラック邸に集まった。
さらに、ハリーの誕生日当日には嬉しい訪問客が来た。
「やあ、ハリー。君の誕生日を一緒に祝おうと思って。ケーキもあるよ」
大きな四角い箱を抱え、腕からこれまた大きな紙袋をいくつも下げたルーピンがニコニコしながら立っていた。
「どうせシリウスのことだから、食べ物は用意していないと思ってね。パーティができるくらい持ってきたよ」
食事をする場所に案内されたルーピンが、テーブルに荷物を置きながら言った。
シリウスは言い訳をするように、「こんなところじゃなくて、どこかレストランに連れて行こうと思っていたんだ」と小さく言った。
しかし、すぐに大声でクリーチャーを呼び、命令した。
「食器とグラスを用意しろ。せめてもの食卓でいいから作れ」
クリーチャーはすぐさま用意にかかると、たちまち厨房のテーブルには一通りの食器が並べられた。
ルーピンはそこに袋から取り出した食べ物を盛りつけはじめた。
照り輝くローストチキン、香ばしいにおいのするラムチョップ、金色のフライドポテト、山のようなチポラータソーセージ、熱々のクリームグラタン、ハリーの好物の糖蜜パイ、どれも美味しそうだ。
そして、ルーピンがバタービールを取り出したとき、ハリーは歓声を上げた。
「よくこれだけのものを用意できたな!」
テーブルに並んだ料理の数々を見て、シリウスが驚嘆の声を上げた。
ハリーも同じ気持ちだった。
ルーピンがこんなにたくさんの、美味しそうな料理を作れるとは思えない。
「実は、さっきまでダンブルドアのところにいたんだ。それで、ハリーの誕生日を祝いに行くことを話したらダンブルドアも喜んでくれてね。食事が必要だって話をしたら、ホグワーツの屋敷しもべ妖精を呼んでくれた。ドビーって言ったっけ?」
「ドビーが?」
ハリーはダンブルドアが怒っていないと分かり、心の中でホッとした。
それにドビーに料理を用意させてくれるなんて。
「ドビーとやらも君に持っていくって言ったら大喜びで用意してくれたよ。ハリーによろしくって言っていた」
ハリーは目の前のご馳走がさらに美味しそうに感じた。
シリウスは首をかしげた。
「そのドビーって屋敷しもべ妖精はどうしてそこまでハリーに肩入れしているんだ?」
「ルシウス・マルフォイの所にいたのを君が解放したって言っていたよ。本当かい?」
ハリーは頷いて、ドビーを自由にした経緯を簡単に説明した。
トム・リドルの日記のことや秘密の部屋のことを言わずに説明するのは骨だったが、どうにか二人を納得させられた。
「屋敷しもべ妖精を勝手に解雇するなんてありえない! なんたる横暴!」
話を聞いていたクリーチャーが悲鳴をあげたが、シリウスが怒鳴りつけるとすぐ静かになった。ルーピンは苦笑いしながらその様子を見ていた。
「まあまあ。ドビーは喜んでいたのだからいいじゃないか。ハリーは君を解雇させようとはしないよ」
「私はそれも考え始めているけどな」
シリウスは冷たく言った。ハリーは、クリーチャーの口が開く前に大声を出した。
「僕とってもおなか減ったなあ! 早く食べよう!」
「そうだ、冷めてしまう前に早く食べよう!」
ルーピンもにっこりしながらいそいそと席に着いた。
シリウスはクリーチャーを下がらせ、自分も席に着いた。
食事はどれも美味しかった。
シリウスは特にローストチキンが気に入っていた。
三人は主にハリーの学生生活の話で盛り上がった。
特に、ルーピンもホグワーツにいた去年の話をシリウスは興味深そうに聞いていた。
「まさかリーマスが先生になるとはな」
「私も自分がそうなるとは思っていなかったよ」
「でも、お前は監督生も務めるほどだ。面倒見の良さの点では向いてるだろう」
「ルーピン先生の授業が一番楽しかったよ。だからロンもハーマイオニーもあなたがいなくなってがっかりしていた」
ハリーの言葉にルーピンは驚きながらもほほ笑んだ。
シリウスが羨ましそうにルーピンに目を向け、目が合ったルーピンは「役得だ」と嬉しそうに言った。
「リーマスでいいよ、ハリー。私はもう教師じゃない。それにもともと一年の契約だったから。またもっと良い先生が来るだろう」
ハリーはそれはどうかな、と思った。
すでに一度、ムーディ(偽物ではあるが)やアンブリッジの授業を受けたことのある身としては、ルーピン以上に良い先生が来るとは思えなかった。
ルーピンはそれからブラック邸に寝泊まりするようになった。
彼の困窮具合を知ったシリウスがルーピンを帰そうとしなかったからだ。
ハリーもシリウスに賛同した。
三人は夜の間中ずっと語り合って、次の日寝坊するということをたびたびした。
シリウスもルーピンも、学生時代に戻ったかのようにはしゃいでいた。
そのせいか、シリウスはハリーを何度か「ジェームズ」と呼び間違えた。
話の流れでペティグリューの名前が出ると、二人は決まって寂しそうながっかりしたような顔をした。
二人とも去年開かれたペティグリューの裁判へ行き、友との別れを果たしていた。
ペティグリューは今ごろ、アズカバンにいることだろう。
クィディッチワールドカップが近づくにつれて、シリウスはふさぎ込むことが増えた。
元々の予定で試合の後、ハリーは学校が始まるまでウィーズリー家に泊まることが決まっていた。
ハリーが屋敷からいなくなる日が寂しいらしい。
「正直に言うと、私はここを手放そうと思っていたんだ。だが、ダンブルドアが当主として、せめてもの責を果たせと仰せでね。それに、君の帰る場所をもう一つ増やせと言われた。勿論、私にとっては光栄な役目だ」
ある日の夕食にシリウスは切り出した。悲しそうに微笑んでいた。
「けど、ハリーがいるならまだ住めるが、この家に一人で住むのはやっぱり苦痛だ」
「手紙のやり取りならいつでもできるだろう。一年なんてあっという間だ」
ルーピンがシリウスを慰めた。
「それに、私はもうしばらくお世話になるよ。職探しをしている間は」
「いつまででもいてくれていいぞ、ムーニー」
「それじゃあ全ての髪が白くなるまでいようかな、パッドフット」
「抜け落ちる方が先じゃないか?」
大人たち二人は笑いあっていた。
ハリーは一人寂しくこの屋敷で暮らすシリウスのことを思うと、学校に行きたい気持ちも薄らぎ始めた。
ルーピンがそんな心のうちを読んだように、ハリーに声をかけた。
「シリウスのことは心配しなくていい、ハリー。君には学習も友情も必要だ。君の名付け親は自由になった反動か、少々我がままになっているようだな」
「おい、リーマス!」
「ああ、君が我がままなのは昔からだったかな?」
「おいっ!」
泰然とするルーピンに噛みつき始めたシリウスを見ながら、ハリーは微笑み、ルーピンも頷きを返した。
それから数日後のこと。
「やあ、ロンたちから君の話を聞いていたから初対面の気がしないね。初めまして、ハリー。アーサー・ウィーズリーだ」
「会えて嬉しいです、ウィーズリーおじさん」
ブラックの屋敷の暖炉から一番に出て来たウィーズリーおじさんがハリーに握手を求め、ハリーも応じた。
そうするうちに、わらわらとウィーズリー家の子供たちが暖炉から出て来た。
シリウスもルーピンも、その様子を楽しそうに眺めていた。
ウィーズリーおじさんはハリーの名付け親に気が付き、歩み寄った。
「シリウス。君については長年勘違いをしていて済まなかった」
「いいんだ。ハリーをよろしく頼む」
「任せておけ」
シリウスとウィーズリーおじさんは熱い抱擁を交わした。
ルーピンもその挨拶に加わっていた。
ロンは立派な部屋を見回しながら「おっどろきー!」と呟いていた。
フレッドとジョージは屋敷中を探検しようとしたが、ウィーズリーおじさんに止められてしまった。
ハリーはジニーが暖炉から出るのを手伝いながら、顔をほころばせた。
「元気だった?」
「勿論。あなたの手紙のおかげで」
ニヤっとしたシリウスがルーピンを肘でつつきながら、ハリーとジニーを指さした。
しかし、つられて同じ方を見たウィーズリーおじさんはギョッとした顔をし、咳払いをした。
「あー、ハリー君。君はうちの娘とも仲良しなのかな」
「仲良しも仲良し、大仲良しだ」
「しかもジニーも喜んでいる」
双子はウィーズリーおじさんの言葉に楽しそうに答えながら、ハリーを部屋の隅に連れ去った。
ロンはジニーを反対方向に連れて行った。
ジニーは「離して!」と憤慨していた。
ルーピンがウィーズリーおじさんの意識をハリーから逸らそうとしている間、双子はハリーにささやいた。
「おい、ハリー。俺らとしても君が妹と仲が良いのは歓迎だ。けどな、物事には順序ってものがある」
「ジニーが君に熱を上げているのは分かっているよな?」
「もし、俺らの大切な妹をもてあそぶようなことがあったら」
「鼻血が止まらなくなるか、もっとひどい事が起きるからな」
二人ともニヤニヤしていたが、目は本気だった。
ハリーは何度も頷きながら言った。
「分かってる。ジニーにはその、去年は特にお世話になったんだ。君らが心配するようなことは起こさない」
部屋の奥ではロンがハリーをじとっと睨みつけていたので、ハリーはあとでロンとも話さないといけないと思った。兄が多いというのも考えものだ。
ハリーの真剣な態度に満足したのか、双子は笑みを悪戯っぽいものに変え、ハリーに自分たちの発明を見せだした。
「俺ら、この夏は悪戯グッズを作っていたんだ。ほれ、これがさっき言った鼻血ヌルヌル・ダガ―」
「難点は鼻血が出たら止まらないこと。まだ改良段階でね」
「うわあ! じゃあ、君たち悪戯グッズの開発をしているんだね!」
「悪戯グッズ?」
ハリーは嬉しくなった。
いつの間に来たのか、三人の背後に立っていたシリウスが耳ざとくその言葉に反応した。
ルーピンはまだウィーズリーおじさんと話していた。
「興味深い言葉だな」
シリウスは目をキラキラさせていた。
双子とシリウスは手短に挨拶を交わし、悪戯グッズの話で盛り上がった。
フレッドとジョージは一目見ただけで、シリウスが自分たちと同じ世界の人間であると分かったようだ。
双子の発明品の話を聞いたシリウスは大絶賛した。
「素晴らしいな! 後輩に君らのような同志がいるなんて誇らしいよ。もし、その専門店とやらを開くことになったら援助しよう。いつでも頼りにきなさい」
スポンサーを手に入れた双子は大喜びした。
クリーチャーがウィーズリー家を追い出そうと部屋に入ってきたのを皮切りに、ウィーズリーおじさんが子供たちを呼び寄せた。双子は去り際にシリウスの両手をがっちりと握りしめた。
そして一同は「隠れ穴」へ向かった。
ウィーズリーおばさんはハリーを大歓迎した。
ハリーも満面の笑みでハグをしたが、双子とシリウスを引き合わせてしまったことを思い出し、罪悪感で胸がチクリとした。
いつにも増して意気揚々とする双子を見たおばさんがため息をついたのを見て、胸の痛みはさらに増した。
ハリーにとって今の世界のウィーズリー家は初めて訪れる場所だ。
けどそこは、ハリーの記憶通りだった。
魔法に溢れていて、ハリーに温かくて、あちらこちらに見覚えがある。
ウィーズリーおじさんはハリーとジニーを二人っきりにしないように警戒していたが、それ以外はハリーを受け入れていた。
そのため、ハリーは食事のたびにマグルに関する質問攻めを受けた。
ロンも会話の端々でハリーとジニーの仲を探る以外は、嬉しそうに親友を迎えた。
それに、「隠れ穴」にはハーマイオニーもいた。
ジニーも交えて四人で、ワールドカップについてあれやこれやと盛り上がった。
パーシーは魔法省に入省したらしく、クラウチ氏の自慢話をつらつらとしていた。
ハリーはクラウチ氏が失脚していないことに驚いた。
息子のクラウチ・ジュニアはどうやって捕まったのだろうか、という疑問は誰にも聞けないでいた。
そしてついに、クィディッチワールドカップが始まった。
テントが張れるキャンプ場の管理は全て魔法省の人間がやっていたため、試合場付近には一人のマグルもいなかった。
このことについて、試合場で会ったマルフォイがコソッと教えてくれた。
「実は、父上がマグルを関わらせることに反対してね。魔法界のイベントは魔法族だけで済ませろって。ファッジも賛成していた」
前の世界ではキャンプ場の管理はマグルが行っていて、来襲した死喰い人たち(ルシウス・マルフォイ含む)にひどい目に遭わされていたものだ。
が、初めから排除すれば、マグルが死喰い人の嫌がらせを受けることも無い。
ハリーは直接ルシウスとは話さなかったが、彼の純血主義には何か変化があったように思えた。
ちなみに、ハーマイオニーに一礼するルシウスを見たウィーズリー氏は凍りついていた。
ルシウスの方としても、ウィーズリー氏にその瞬間を見られたのが気まずかったのか、ドラコを引き連れてそそくさと特等席に行ってしまった。
そこには魔法省大臣ファッジもいた。
ハリーたちの近くの席にはクラウチ氏の屋敷しもべ妖精ウィンキーがいなかったため、クラウチ・ジュニアも会場に来ていないと推測できた。
だが、ハリーはやっぱりスネイプ達がどうやって彼を処理したのか気になったため、試合にあまり集中できなかった。
試合場では、前の世界同様、ビクトール・クラムが見事なプレイをしていた。
それはそれは見事な試合だった。