ハリーポッターとまどろみの逆行   作:ユフィ

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目覚めの誓い

 唐突にハリーは目を覚ました。

 そこはかつて見慣れた物置部屋だった。

 ハリーがイメージしていた死後の世界は、かつてヴォルデモートに殺された時に行った真っ白なキングズクロス駅だった。 

 だが目覚めたそこはあまりにもかけ離れた場所である。

 

 よりによって最悪な子供時代の、閉じ込められた物置部屋が死後の世界とはあんまりではないか。

 いくらダドリーたちが自分の死に際に「さよなら」を言いに来たといっても、

 幼少期の最悪な記憶が良い思い出になるなんてことはない。

 

 

 そう、まさかダドリーたちが自分の死を見送りに来るなんて。

 ハリーは耳に残っていた「さよなら」を思い出しながら目を見開いた。

 

 ダドリーとは、お互いの子供たちがまだ幼いころに何度かクリスマスに家族ぐるみで会ったことはある。

 子供たちは親の確執なんていざ知らず、キャーキャー騒いで遊んでいたが、

 ハリーとダドリーはポツポツ話す程度で盛り上がることはなかった。

 それも、ジェームズがホグワーツに入学する年になってからはもう会うことはなかったから、

 あの死に際が久しぶりの邂逅でもあった。

 

 バーノンとペチュニアに至ってはあれが数十年ぶりである。

 よくウィーズリーおじさんは連れてこようと思ったものだ。

 そしてよくバーノンたちも来たものだ。

 

 ハリーはそんなことを考えながら、この薄汚れた死後の世界がもっとましな場所になることを待っていた。

 だが、一向にその気配はなく、死に際に感じていたまどろみは覚醒していくばかりである。

 

 ハリーは訝し気に起き上がり、周囲を見渡した。

 枕元に置いてあった眼鏡をかければ、

 ますますそこが物置部屋であることに確信を持った。

 

 もしかして自分はまだ死んでいない?

 

 けど、あの時感じた感覚は一度感じたことのある死の感覚だったから間違いないはずだ。

 途端、戸を強くたたく音が聞こえた。

 

「さあ、起きて!早く!」

 

 それは聞き覚えのある声だった。

 

「起きるんだよ!」

 

 この金切り声に起こされたことは何度もあった。

 ハリーは慌ててドアを開けた。

 

 ペチュニアがいる。

 しかも若い。

 

「やっと起きたかい。ぐずぐずしないでベーコンの具合を見ておくれ」

 

 

 ハリーはあんぐりと開いた口をふさぐことができなかった。

 

「ペチュニアおばさん?なんでここにいるの?おばさんも死んだの?」

 

 ハリーの言葉を聞いて、ペチュニアは一層高い金切り声をあげた。

 

「あんた、今、なんて言った?あたしが死んだかって?いつまで寝ぼけているんじゃないよ!」

 

 ペチュニアはそう言ってキッチンへ駆けて行った。

 これは一体どういうことだ。 

 まるで最悪な子供時代に戻ったみたいじゃないか。

 かつてリドルの日記に見せられたように、今の自分は幼少期の記憶の中に入っているのだろうか。

 けど、自分には実体があって、ペチュニアとも会話ができる。

 それじゃあ誰かがタイムターナーを使って時間を遡らせたのか?

 

 

「ハリー!ベーコンの具合を見な!」

 

 ペチュニアはキッチンの戸からその長い首だけ出して、廊下に立ち尽くすハリーに叫んだ。

 こんな大変な事態にベーコンが焦げるかどうかなんて些細なことだ。

 

「早く!」

 

 けれどペチュニアの金切り声がどんどん高くなっていくのを止めるために、ハリーはしぶしぶキッチンへ行った。

 

「何をぐずぐずしとるんだ!それに髪をとかせ!」

 

 バーノンおじさんが不機嫌そうにひげをいじりながら新聞を眺めていた。

 ハリーはまたしても驚きの声をあげた。

 けれどすかさずペチュニアおばさんがハリーの方へ詰めて来た。

 

「バーノンにまで変なこと言ってごらん。眠気ざましに水をかけるからね。」

 

 ペチュニアのあまりにも恐ろしい顔を見上げたハリーは頷くしかなかった。

 

「ベーコン!」

 

 ペチュニアは一言そう言って、また別の支度にとりかかった。

 ハリーはのろのろとベーコンをひっくり返した。(危うく焦げかかっていたが、むしろ焦げていないことが奇跡だ。)

 

 一体全体、なんてひどい夢を見ているんだ。

 死に際に別れを告げたおじさんとおばさんはすっかり元に戻っているし、

 自分の体の実感は強くなるばかりだ。

 

「ベーコンは焦げてないだろうね。焦がしたら承知しないよ。今日はダドリーちゃんのお誕生日なんだから。間違いのないようにしなくちゃ」

「ダドリーの誕生日?」

 

 ハリーは振り向いた。ペチュニアもバーノンも途端に険しい形相になる。

 

「今日は、ダドリーちゃんの記念すべき十一歳の誕生日!」

「十一歳の?」

 

 ダドリーの子供だってもっと大きいはずだ。

 ハリーはもう訳が分からなかった。

 タチの悪い闇の魔術にでもかかっているのだろうか。

 ハリーの挙動がおかしいことに気づいたのか、バーノンは立ち上がって言った。

 

「坊主、お前は寝ぼけているのか、わざとおかしなことを言っているのか。答えによっては外に放り出して二度と家にいれないぞ」

「いっそ、放り出してくれた方がいいよ、僕。死んでまでこんな悪夢を見させられるなんて」

 

 ハリーはやけになって言った。

 バーノンおじさんは真っ赤な顔になってハリーにつかみかかった。

 ペチュニアおばさんはまたしても金切り声をあげた。

 焦げたベーコンの匂いがキッチン中に広がる。

 バーノンはハリーの胸元を掴みながら叫んだ。それに合わせてハリーの頭もゆらゆら揺れた。

 

「訳の分からんことを二度と、二度と言うんじゃない!」

「訳の分からないのはこっちだよ!ただでさえ穏やかじゃない人生だったのに死んでまでこんな厄介ごとに巻き込まれるなんて!」

 

 ハリーはおじさんの手をはたき、乱れた胸元を整えた。

 と言っても、着ているボロボロの服は整えようが整えまいが大して変わりがない。

 しかもこれは見飽きたダドリーのお下がりだ。

 

「僕の死を看取ってくれたから、おじさんたちとは少しは歩み寄れるかと思ったけどそうでもないみたいだね」

 

 ハリーはイライラしながらコンロの火をとめた。

 ベーコンはもう食べられそうにない。

 それがなんだ、どうだっていい。

 そもそも、自分は魔法使いなんだからこんなマグル式に従わないで杖を使えばいいんだ。

 ハリーは尻ポケットを探ったが、大方の予想通り杖は入っていない。

 バーノンもペチュニアも、焦げたベーコンには気が回っていないようだった。

 

「坊主、誰が誰の死を看取ったって?え?」

「おじさんたちが僕の死に際に来たんだよ。僕はもう死んでいたけどまだ耳は聞こえていたからね。「さよなら」も聞こえたよ」

 

 バーノンは鼻を鳴らした。

 

「ふん、お前が死ぬようなことになったとしても「さよなら」なんて言うものか」

 

 ハリーの絶望は増すばかりであった。

 これじゃあ本当に幼いころに逆戻りだ。

 物置部屋。杖もない。ダドリーのお下がりの服。若くて分からず屋のおじさんとおばさん。

 もしかして、本当に逆戻りをしているのか?

 そんな魔法聞いたことがないけれど、もはやそうとしか思えない。

 

「こいつはとうとう頭がおかしくなったようだ、ペチュニア」

「バーノン、この子は私を見ておばさんも死んだの?って聞いてきたのよ。大方自分が死んだ夢でも見ていて寝ぼけているだけよ。いつまでも夢見心地が抜けないのさ」

「それなら風呂場へ行かせて頭から水をかければ元に戻る。それでもダメなら精神病院へぶち込んでやる」

「全く、ダッダーちゃんの大事な誕生日にこんな事になって。ほんとロクなことないんだから」

 

 頭から水をかけられるなんてたまったもんじゃないが、ここから出られるなら精神病院でも、なんならアズカバンでもいい気がしてきていた。

 けれど、もしも本当に時を遡っているのなら今はこの家を出るべきではない。

 ハリーは相談話を続けるダーズリー夫婦へへりくだるように言った。

 

「あー、えーと、すみません。おじさん、おばさん。どうやら僕、寝ぼけていたみたい。顔を洗って頭をすっきりさせてくるよ」

「ついでにその邪魔くさい髪の毛もすっきりさせたらどうだ!」

 

 バーノンはドスドスと足音荒く、席に戻った。

 ペチュニアは急に聞き分けがよくなったハリーを気味悪そうに眺めていたが、朝の準備を優先させることにした。

 そして、彼女は今日何度目か分からない金切り声をあげた。

 ようやくベーコンが焦げていることに気づいたようだ。

 

「いつまでも寝ぼけているからベーコンを焦がしちまって!罰として朝食は抜きだからね」

「はい、おばさん」

 

 ハリーは返事もほどほどに、そそくさと洗面所へ向かった。風呂場へ連れて行こうとするバーノンが立ち上がったのが見えたからだ。

 

 

 

 ハリーはこれまでのことから予想はできていたが、鏡に映る自分の姿に茫然とした。

 幼いころの自分がこちらを見つめている。

 さて、これからどうしていこうか。

 もしも本当にこの世界が過去であるのならば、自分は歴史を変えないようにしないといけないのか。

 

 ハリーはアルバスとスコーピウスが逆転時計タイムターナーで起こした騒動を思い出した。

 歴史の修正を行えば、今までと全く異なる世界になってしまうことは二人の話でよく分かっていた。

 それに、三年生のころバックビークとシリウスを助けた時も、ハーマイオニーが過去を変えたらどれだけ危険かを説いていた。

 ハーマイオニーの言葉に納得はできたけれど、それでももしあの時ペティグリューを捕まえてしまえばシリウスが死ぬこともなかったかもしれないと苦々しく思うことは大人になってからも何度もあった。

 

 そう。時を遡れたら、と思ったことは何度だってある。

 

 優勝杯をセドリックと一緒に掴んでいなければ彼が巻き込まれて死ぬこともなかった。

 ベラトリックスからもっと上手く逃げられていればドビーは自由のままだった。 

 スネイプをもっと信用できていれば、未来はもっと変わっていたのではないか。

 

 もしも、を考えればいくらでも別の世界は思いつく。

 

 そもそも、ハリーは自分は生き残るべきではなかったとずっと考えていた。

 かつてジニーに涙ながらにこぼしたこともある後悔はいつまでもハリーの心に残っていた。

 目の前の鏡に映る頼りなげな子どもを助けるために何人も犠牲になる。

 自分はこれからそれを再び眺めなければいけないのか?

 もしかしてそれが自分に課せられた死後の罰なのだろうか。

 

 けれど、過去と全く同じように行動する事なんて到底無理である。

 三十年前の記憶なんてほとんどないし、すでに過去とは異なった行動を起こしてしまっている。

 

 それにハリーの性格上、死ぬことが分かっている人を見殺しにすることはできない。

 タイムターナーを使ったときと違って、自分自身が幼くなって過去へ戻っているのだ。

 イレギュラーだらけの世界なのだから、イレギュラーを起こしたってかまわないだろう。

 

 ハリーの心の中は、世界が変わってしまうことへの恐れよりも、救いたい人を救えるかもしれない期待の方が勝った。

 

 

 もう一度、やり直そう。

 

 そう彼が決心した時、鏡の中の少年は満足そうにうなずいた。

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