ハリーポッターとまどろみの逆行 作:ユフィ
勝手に僕のジニーを誘うなんて。
ハリーは誘うのが遅れていた自分を棚に上げて怒っていた。
ハリーの胸の中にドロリとした感情が沸き上がった。
熱い思いが体中を駆け巡り、怒りが指の先まで支配している。
しかもネビル!
確かにかつてのネビルはバジリスクを倒したほどの成長を見せ、後年はホグワーツの教授も務めた。
けれど、今のネビルはどうだ? ハリーに比べれば何も成し遂げていないじゃないか。
ハリーはそんなことまで考えてしまう自分に嫌気がさした。子どもに嫉妬するなんて。
そして、ハリーの怒りはネビルからジニーへ向かった。
ひどい裏切りを受けた気分だった。
どうしてジニーはネビルの誘いを受けたんだ?
僕と同じ気持ちじゃなかったのか?
ショックを隠さないハリーを見て、ハーマイオニーが勝ち誇った顔をしていることも、ハリーの苛立ちの火に油を注いだ。
ハリーは取りすがってくる女の子たちを蹴散らしながら、一人で湖に行った。
ロンにも、ハーマイオニーにも、誰とも会いたくなかった。
「ひどい顔しているな、ハリー」
いつの間に来たのか、マルフォイは殺気立ったハリーに怖気づくこともなく、ストンと隣に座った。
二人ともしばらく湖を眺めていた。そして、ハリーは不貞腐れながら呟いた。
「君も僕を笑いに来たのかい」
「理由も分からないんじゃ面白さは半減だ。君が事情を教えてくれればもっと笑えるだろうな」
ハリーはむしゃくしゃしながらも、マルフォイにジニーのことを打ち明けた。
笑うと言いつつも、マルフォイは真剣な顔で聞いていた。
だが、話を全て聞き終えるとつまらなそうな顔になった。
「ふん。そんなこと僕からは何とも言えないな。本人と話せ」
「ジニーが僕を避けるんだ」
事実だった。
ハリーはてっきり時間割の都合が合わなくて会えないと思っていたが、ジニーがハリーを避けていた。
このことに気づいた時、ハリーはとてつもなくショックを受けた。
「知るか。もっと面白い話かと思ったが全く笑えない。こんなところまで来て損した」
「もしかして追いかけてくれたのかい?」
「さあな。もし手ひどく失恋したのなら笑い飛ばしてやろうと思ったのに残念だ」
「え、それってどういう」
マルフォイはもう止まろうとせず立ち去った。
ハリーは後を追う気にもなれず、かといって学校に戻る気にもなれなかった。
いつの間にか、夕食の時間は過ぎていた。冬の風が冷たい。
ぶるりと震えたハリーは立ち上がった。
流石にそろそろ帰った方が良い。
どうやって気づいたのか、ランタンを持ったスネイプが学校の方からやって来るのが見えた。
スネイプとは気まずいままだったハリーは逃げようかとも思ったが、スネイプが来るのを待った。
スネイプは顔は不機嫌そのものだった。
湖に佇むハリーをジロリと眺め、嘲笑った。
「寒中水泳でもする気か。ポッター」
「そんなところです」
鼻を鳴らしたスネイプが杖を一振りすれば、ハリーの全身は温かい風に包まれた。
ハリーはホッと息をついた。
「ドラコに礼を言っておけ。大広間で君の姿が無いのを心配して探しに出ようとしていた」
「そうですか。先生もわざわざありがとうございます」
「礼には及ばん」
ハリーは大人しくスネイプについていきながら、その背中をぼんやり眺めた。
去年、ダンブルドアとスネイプについて話していた時に出て来た言葉を思い出した。
自分の最も近くにいたはずの者が、自分じゃない遠くの者に目を向けている……
ハリーはこのままジニーがネビルに恋をしてしまうことを想像して、心臓がひっくり返りそうになった。
そんなことは、絶対ダメだ!
けれど、ジニーには無限の未来がある。
ジニーを独占しない方がもしかして良いのでは?
ハリーは自分の感情が分からなくなっていた。
スネイプはそんなハリーの葛藤に気づいていたが、何も言わなかった。
さらに不幸なことに、寮に戻ったハリーはフレッドとジョージに鼻血ヌルヌルダガ―を食べさせられた。
元々イライラしていたハリーは怒りを爆発させ、鼻から血をまき散らしながら双子に殴り掛かった。
慌ててロンが止めに入ったものの、ローブは真っ赤になった。
結局、ハリーはパーバティ・パチルと、ロンはパドマ・パチルと一緒にパーティへ行った。
ロンは、ハーマイオニーが誰とパーティに行くのか確認したいがために無理やりパートナーを用意して、行きたがらないハリーを引きずり出した。
しかし、ハリーの気乗りしないダンスと、ロンの意気地がない様子を見たパチル姉妹はさっさと二人に見切りをつけて、別の人と踊りに行ってしまった。
ハリーは、ほの暗い気持ちでネビルと踊るジニーを眺めていた。
二人とも上手なダンスだ。ハリーの心の中で、見えない怪物が暴れている。
これ以上二人のダンスを見たくなかったハリーは会場を出ることにした。
しかし、その途中で誰かにぶつかってしまった。
「ごめんなさい。あれ、パーシー!」
それは元気がなさそうなパーシーだった。
パーシーは突如辞任したクラウチ氏の代わりにパーティに来ていた。
クラウチ氏は三大魔法学校対抗試合の責任者だったため、彼の穴を埋めるべく仕事の多くをパーシーがこなしていた。
入省したての若者にとっては異例の大出世のはずだが、野心家のはずのパーシーの顔はあまり嬉しそうではない。
「やあ、ハリーか。素晴らしいパーティじゃないか。クラウチさんならきっと、もっと素晴らしいものに出来ただろうに」
どうやらパーシーは身に余る重責と、信頼していたクラウチ氏の失脚で心を痛めているようだ。
クラウチ氏が死喰い人の息子を隠し、失脚したことは新聞で一大ニュースになっていた。
「クラウチさんのこと、お気の毒に」
ハリーは心から言った。パーシーは弱々しく頷いた。
「ありがとう。本当に残念だ。クラウチさんは僕に全ての仕事を引き継いでから辞めた。本当に規律正しい素晴らしい方だった」
「それで、クラウチさんは元気なの?」
「クラウチさんに代々仕えるしもべが甲斐甲斐しく世話をしているらしい。素晴らしい方には素晴らしい屋敷しもべ妖精が仕えるものだ」
クラウチ氏がウィンキーを解雇していないと分かり、ハリーはホッとした。
そして、あまり無理をしすぎないように、とパーシーを気遣ってから別れた。
足早に寮へ戻る途中、スネイプとダームストラングの校長カルカロフが何か話していた。
元死喰い人同士通じ合うものがあるのだろう。
ハリーはスネイプが誰と話していようと、どうだってよかった。
タイミングが悪いことに、ハグリッドがマダム・マクシームを口説いているところにも出くわしてしまった。
邪魔してしまったハリーは慌てて謝り、逃げるように廊下を走った。
ハリーが寮へ入った時、扉の向こうから言い争う声がした。
ロンとハーマイオニーだ。
ハリーも最悪な気分だが、ロンたちはロンたちでそれぞれ最悪な気分になっていることだろう。
だが、今のハリーは到底だが、親友を慰める気にはなれず、そのままベッドに潜りこんでしまったのだった。
クリスマスの次の日、ハリーは最悪な気分で目が覚めた。
ロンとハーマイオニーは平静を装いながらもぎくしゃくしていたし、どうしてもジニーを直視できなかった。
ハーマイオニーは相変わらず、ハリーに何か言いたそうにしているくせに、結局何も言おうとしなかった。
しかも、新聞に載っていたリータ・スキータの記事がハリーの気分をさらに降下させた。
「悪の道に染まるか? 生き残った男の子を待つ罠!
記者リータ・スキータは英雄ハリー・ポッターを贔屓にするホグワーツ教員、セブルス・スネイプの怪しい噂を再び掴んだ。彼が急接近している人物はダームストラング専門学校長イゴール・カルカロフ。
なんと、スネイプはハリーをダームストラング校に留学させる打診をしているらしい。
ご存知の方は多いだろうが、ダームストラング校は闇の魔術に強い学校として有名である。
スネイプは一体、ハリーをどこへ連れ出そうとしているのか。
さらに、スネイプは同校の出身者である、悪名高き闇の魔法使いゲラート・グリンデルバルドに興味津々らしい。
スネイプは恐れ多くもダンブルドアの座を狙うばかりでなく、ハリーを闇の魔法使いとして仕立て上げようとしているのではないか。
これほど黒い噂の多いセブルス・スネイプに下すべき処分は決まっている。
ダンブルドアが勇敢にもその決断をする日を待つばかりである。」
ハリーは新聞をぐしゃぐしゃに丸めた。
この記事がウソか本当か、どうしてこんな記事が出たのか、全てがどうだってよかった。
もう、自分の予想の付かない事態に心を煩わされることにうんざりしていた。
ハリーはその日はずっとハグリッドの小屋で過ごした。
ハリーとしては、昨日の邪魔をしてしまったことを謝りに行ったのだが、ハグリッドは歓迎してくれた。
どうやら、ハリーが乱入したことで冷静になり、マダムに巨人の血が流れているかどうか聞くのをよしたらしい。
そのおかげで、マダムと良い雰囲気になったようだ。
もちろん、自分やマダムに巨人の血が流れていることをハグリッドは決して言わなかったが、
「お前さんのタイミングは悪かったが、いや、あれは逆に良かった。じゃねーと俺はあの人のデリケートなことについて、口を出しちまうとこだった。いや、熱を上げるってのは怖いもんだ。ん? いや、こっちの話だ。気にせんでくれ」
と言われたら、元々ハグリッドが巨人であることを知っているハリーが察するのは当たり前だろう。
ハグリッドはその日ずっとマダム・マクシームの魅力を語っていたので、スネイプの記事の話なんて一度も出ずに済んだのだった。
数日後、シリウスから手紙が届いた。リータの記事を読んだようで、巻き込まれたハリーを気遣う内容だった。
ハリーは手紙を読んだ途端、シリウスに会いたくなった。
こんなことになるなら、クリスマスもシリウスの所に帰ればよかった。
ハリーは素直に「会いたい」と手紙に書いて送れば、シリウスが暖炉の前で待つ日を指定して来た。
新学期は始まり、指定された日の夜中にハリーは談話室から人を追い出した。
暖炉の火がごうごうと燃え盛り、シリウスの生首が現れた。
ハリーは久しぶりにニッコリした。
「会いたかったよ、シリウス」
「私は君以上にそう思っているよ、ハリー」
ハリーは一気に今の自分のことを全て話した。
ジニーとのこと、ロンとハーマイオニーのこと、スネイプのこと。
分霊箱のことや、ハリーの運命については話せないため、その点はもどかしく感じた。
シリウスは相槌を打って、静かに聞いていた。
ジニーや、親友たちの話の時は微笑んでいたが、スネイプの話になった途端に顔を強張らせた。
「ハリー、君に忠告しておくことはカルカロフだ。あいつは死喰い人だった。そして、スネイプがそんな奴と仲良くしようとしているなんて、何かきな臭いものを感じる」
「けど、スネイプ先生は僕らの味方だ」
「君がスネイプを信じていることは分かっている。けど、私はやはりアイツのことは信用できない。ダームストラングなんて誘われても行くんじゃないぞ」
「僕、行きたいなんて言ったことない!」
記事を読んだ生徒の中には、ダームストラングに行きたいハリーがスネイプに頼んで、留学の手配をさせたと思っている者もいた。
シリウスは優しい顔をした。
「ハリー、君から手紙を受け取った時、私はすぐにホグワーツに行こうとしたよ。リーマスに過保護だと止められてね。だから今もリーマスに見つかったら引き戻されてしまう」
「リーマスはまだシリウスの所にいるの?」
「ああ。あいつも中々仕事が見つからなくって苦労していてね。それに、ハリーはクリスマスに来ないから私を一人にしないように気遣ってくれたんだ」
「僕、ホグワーツに残るんじゃなかったよ」
ハリーは本心でそう言った。それを聞いたシリウスは吼えるように笑った。
「まあハリー、ダンスパーティなんて貴重だぞ? ロンとハーマイオニーは見守ってやりなさい。あと、ジニーって子は、君が熱心に手紙を送っていた相手だろう。君のあれだけの熱意に気づかないほど鈍い子には見えなかったが」
「女の子の気持ちなんて一生分からないよ」
「それには賛成だ」
ハリーは不信そうにシリウスの甘いマスクを見た。
名付け親が学生時代にモテていたことをハリーは知っている。
そんな視線に気づいたのか、シリウスは恥ずかしそうに笑った。
「私は君ほど真剣に女の子に向き合ったことはない。何もしなくても寄ってくるからな」
「この場にハーマイオニーがいたら火かき棒で殴られるよ」
「あら、ハーマイオニーじゃなくても殴るわ」
ハリーはパッと顔を上げた。
寝室と談話室を結ぶ入り口にジニーが立っていた。
シリウスは「じゃ、元気でな! ハリー」と言って、ハリーが止めるのも聞かずにさっさといなくなった。
ゆっくりと歩いて来たジニーがハリーの隣に腰を下ろした。
ハリーはドキドキした。
このドキドキがジニーにこの場を見られたことによるのか、ジニーが隣にいることによるのか分からなかった。
ジニーはシリウスがいたことなんて気にしていないようで、落ち着いていた。
「何もしなくても女の子が寄ってくるのはシリウスだけじゃないわ。あなたもよ」
「そんなこと」
「ロミルダ・ベインは何度もあたしに言ってきたわ。ハリーの隣にいられるならどんなことでもしちゃうって。そう思ってる女の子はホグワーツ中にいるでしょうね。あなたをダンスパーティに誘う子で列ができていたじゃない」
「何人いようがどうだっていい! 僕は君を誘いたかった!」
ハリーはカッとなって言葉が飛び出た。
ジニーの方を見れば、ジニーはまっすぐにハリーを見つめていた。
ハリーの心臓が飛び出るくらい暴れ出した。
「やっと言ってくれた。できればパーティの前に聞きたかったわ」
「ネビルの誘いを受けたのは君だろう!」
「一週間前になっても何にも言われなければ、もう言う気が無いって思うでしょ」
「だって、なかなか君に会えなかったし、君なら分かってくれると思った」
「言ってくれないと分からない事もあるのよ」
ジニーは教え諭すような声で話し出した。
「ハリー。あなたが私のことを妹のように大切に思ってくれているって、勿論気づいていたわ。でも、本当に妹と思っているのか、そうじゃないのか確信が持てなかった。あなたはいつだって誰にでも優しいもの。それに、なにか私に遠慮しているようにも見えた。私にこれ以上近づくことを」
ハリーの躊躇いは全て彼女に筒抜けだったようだ。
「ハーマイオニーに相談したわ。そしたら、たまには別の人のことも見てみなさいって。ハリーのことばかり見ているのはよくないって」
「ハーマイオニーならそう言うだろうな」
ハリーはようやくハーマイオニーの真意が分かった。
「ロンたち……私のお兄様方たちのことなんて気にしなくていいのよ。あの人たちって何があろうと口を出してくるもの。私たちのことは私たちの問題よ。ねえ、ハリー。あなたの気持ちを教えて」
透き通ったジニーの瞳。
ハリーがかつて愛したジニーと同じ瞳。
ハリーはもう我慢できなかった。
「君が好きだ。誰にも渡したくない」
ジニーは続きを待っていた。ハリーは敵わないなと思いつつ、さらに続けた。
「けど、たしかに君に告白するのを躊躇していた。僕は君を大切に思っているけれど、君の将来まで責任を持てるか分からなかった」
「将来に責任を持った交際をしている人なんて、この学校には一人もいないわ」
「そういうことじゃないんだ。ロンにもハーマイオニーにも言っていない事だけど、僕はヴォルデモートと対決しなければならない。今は平和だけど、いつか必ずその日が来るって分かっている」
スネイプとダンブルドア以外にこんなことを言うのは初めてだった。
ジニーはヴォルデモートの名前を聞いても大げさに驚いたりなんてしなかった。
「そんなことだろうと思ったわ。あなたのことだから、何かばかげた気高い理由があるって。そうじゃなかったら、すぐに告白してくれると思っていたもの。あなたはさっきの暖炉の住人と違って、女の子を無責任に弄ぶ人じゃないわ」
今の世界のジニーはハリーが思っている以上に強かった。
もう幼い可愛いジニーではない。
前の世界で愛したジニーと同じくらい芯がある。
彼女はいつの間にこんなに強くなったのだろう?
いや、いつだって彼女はハリーが辛い時に寄り添っていたじゃないか。
ハリーは迷いながらも口を開いた。
「今告白すれば、君の学生時代を奪うことになる。僕は将来、君を守れるとは思えない」
「私の将来は私が守るわ。あなたが気にしなくて結構よ」
ジニーは半分笑いながら言った。愛らしい笑い方だった。
「ねえ、ハリー。あまり真剣に考えないで。学生の付き合いなんて移ろいやすいものよ。あなたとの時間をどう思うかなんて、私が決める事だもの。将来のことはその時に考えればいいわ。今の私たちの気持ちに正直になりましょう」
ハリーはその言葉に従うことにした。
二人は強く抱き合った。二人を隔てるものは何もない。
「あなたはいつだって誰かを救うことで頭がいっぱいだわ。たぶん、私はそんなあなたが大好きなのよ」
ハリーに抱きしめられながら、ジニーがささやいた。