ハリーポッターとまどろみの逆行 作:ユフィ
それからグリフィンドールの英雄に起きた変化は、学校中のちょっとした騒ぎになった。
ハリーのことをよく知らないはずのダームストラング生とボーバトン生も、ハリーをチラチラ見ていた。
ハリーもジニーも生徒の噂話なんて気にせず、腕を組んで歩いた。
新しいカップルの誕生だ。
ロミルダ・ベインはその様子を見て、大げさに泣き崩れた。
くだらない噂話(ハリーもジニーもダンスパーティのパートナーが違かったことをネチネチ言う人もいた)よりも、このカップルを祝福する声の方が多かった。
特にハーマイオニーは思いっきり喜んだ。
フレッドは「やっと覚悟を決めたな!」と言ってハリーの背中を叩き、ジョージは「親父にはうまく言ってやろう」と言って、ハリーの肩を組んできた。
ジョージの言葉を聞いて、ハリーは急にウィーズリーおじさんのことを思い出した。
夏休みの時のやけに気にしていた様子のおじさんを。
そのため、ジニーに告白する時とは違う意味でドキドキした。
マルフォイは、「君が振られたら笑い飛ばす準備だけしておく」と言ってきたので、ハリーは「準備するだけ無駄だよ」と返した。
それを聞いたマルフォイは鼻で笑った。
ハグリッドは、「お前さんらが俺の小屋で仲良く話していたのが昨日のようだ」と言い、泣きながらお祝いしてくれた。
そういえば、ハリーとジニーが仲良くなったきっかけはハグリッドの小屋で会ったからだった。
シリウスはすぐにお祝いの手紙を送ってきたものの、「私があの子に火かき棒で殴られないで済むように、上手いこと言っておいてくれ」とも書いてあった。
ハリーがジニーにその手紙を見せると、ジニーは思いっきり笑っていた。
唯一、ロンだけが二人を認められないようで、終始むっつりとしていた。
ロンは、ハーマイオニーのこともあって恋愛ごとに敏感になっていた。
ハーマイオニーはクラムとダンスを踊っていて、そちらはそちらで学校中で話題になっていた。
ロンはその噂をチラリとでも聞くたびにますます不機嫌になったのだが、だからと言ってなぜ自分がそこまでムシャクシャするのか分かっていないようだった。
ロンは触れると爆発する癇癪玉みたいにカッカしていたため、グリフィンドール生の誰も、彼に近づこうとはしなかった。
結局、ハリーもハーマイオニーもあまり近づけないでいた。
第二の課題が始まった。
ハリーはイライラしているロンを連れて湖が見える観客席に座っていた。
そして、ジニーも一緒にいたが、ロンが頑なに隣同士に座らせようとしなかったため、ロンの両隣に二人は座っていた。
以前と変わらず、セドリックの人質はチョウ・チャン、フラーは妹ガブリエル、クラムはハーマイオニーだった。
課題前にハーマイオニーの姿が見えなかったときは探そうともしなかったロンだったが、ハーマイオニーが湖の底で捉われていると分かった途端に真っ青になった。
そして、ハリーとジニーが抑えないと、ロンはすぐに湖に入ってしまいそうなくらい暴れ出した。
「おい、ロン! 落ち着けって!」
「これが落ち着いていられるか! ハーマイオニーがあんな場所に一人でいるんだぞ!」
「クラムが助けるはずだろ!」
「待っていられるか! 離せ!」
ロンがハリーに殴り掛かる前に、ジニーが「コウモリ鼻糞の呪い」をかけた。
ようやく冷静になれたのか、ロンはローブで顔をこすりながら座った。
ハリーとジニーも肩をすくめながら腰を下ろした。
前は湖の中にいたため、観客席からはこんな風に見えていたのか、とハリーは新鮮な気持ちで湖を眺めていた。
観客たちのために、魔法省のルード・バグマンが湖で何が起きているのか逐一実況していた。
誰かが水中人に攻撃されたと言われれば悲鳴が上がり、誰かが人質にたどり着いたと言われれば歓声が上がった。
ハリーの隣でロンはぶつぶつと、
「ハーマイオニーを早く助けろよ、この薄ノロ!」
「いいぞ、クラム! 早くハーマイオニーを連れてくるんだ」
「なにやってるんだ、水中人なんてペチャンコにしやがれ」
などと呟いていた。
そして、遂にクラムが一番に戻ってきたとバグマンが言った瞬間、ロンは一目散に岸辺へ走って行った。ハリーもジニーも慌てて追いかけた。
ロンはかつてないほど早く走った。
先生たちの警備もすり抜けて、ハーマイオニーとクラムに駆け寄った。
ハリーとジニーはスネイプに捕まって、ロン達の方へ行くことができなかった。
しかし、遠くからロンがハーマイオニーに何か言葉をかけ(ジニーは「抱き寄せるくらいしなさいよ!」と言った)、クラムにも何か言った後に握手を求めているのが見えた。
しかし、クラウチ氏の代わりに審査員を務めていたパーシーが、審査員席からロンを捕まえに来て、ロンもすぐに追い出された。
その時のパーシーの顔は髪の毛以上に真っ赤だったが、ロンは晴れやかな顔をしていた。
スネイプはハリーとロンに拳骨を食らわして、観客席へ追いやった。
第二の課題は、クラム、セドリック、フラーの順で結果がつけられた。
合計点は一位セドリック、二位クラム、三位フラーとなった。
第二の課題が終わってから、ロンとハーマイオニーの仲は修復された。
と言っても、ロンが自分の気持ちに気づいたわけではない。
親友としてハーマイオニーを気遣う気持ちが再び沸いただけだ。
それでも、二人の言い争いが終わったのでハリーはホッとした。
前の世界では夫婦となった姿を知っているハリーとしてはじれったいものの、恋愛に疎い自覚はあるため、二人の仲を取り持つ気にはなれなかった。
心配事が解決したからか、ハリーは前向きな気持ちで校長室へ向かう事ができた。
ダンブルドアはニコニコしながらバッテンバーグケーキをハリーに勧めた。
チェック模様の面白いケーキだ。
スネイプは手を付けずに腕を組んで座っていた。
「そうそう。不名誉な取材をされて災難じゃったの、セブルス」
器用にケーキをフォークで切りながら、ダンブルドアが切り出した。
「あの女はどうやって吾輩たちの会話を聞き取っていたのか理解できない」
スネイプは記事を書かれた時の怒りを思い出しながら言った。
ケーキを食べていたハリーは唐突に思い出したことがあった。
ついつい、「あ!」と声が漏れた。
「それは、リータ・スキータが未登録の動物もどきだからです。コガネムシの」
スネイプがハリーを振り返った。そして、腹の底から怒鳴った。
「どうしてすぐに教えなかった! おかげでまた訳の分からない記事を書かれたじゃないか!」
「ごめんなさい。リータの事なんてすっかり忘れていて」
「大した記憶力だな! 未来を知っていたって忘れていては何の意味も無かろう!」
ハリーもこれには同意見だった。
「まあ落ち着くのじゃ、セブルス。真実は知るべき者が知っておればよいのだから。リータ・スキータの記事の真相を教えてもらおうかの」
ダンブルドアはなんてことの無い風に聞いた。
スネイプはハリーを思いっきり睨みつけて答えた。
「イゴールにダームストラングの図書館に行きたいと申し出た。しかし、行くのは吾輩だ。ポッターを留学させようとしていたなんて謂れもないデマだ」
ハリーが口を開く前に、スネイプはさらに続けた。
「ゲラート・グリンデルバルドについて尋ねたのは事実だ。あの者はダームストラングの出身だから」
「しかしセブルス。なぜそんな事を?」
ダンブルドアは静かに尋ねた。スネイプはイライラしながら答えた。
「分霊箱は闇の魔術だ。闇の魔術に精通しているダームストラングや、闇の魔法使いグリンデルバルドの所へ行けばポッターの分霊箱を取り除く方法も見つかると考えた」
ハリーは驚きで目を見開いた。ダンブルドアも驚いたように尋ねた。
「なんと、セブルス。君はハリーを生かす道を探しておったのじゃな」
「あなたやポッターより真剣にね」
スネイプは嫌味ったらしく言った。
ハリーはこんなに嫌な気持ちにならない嫌味を初めて聞いた。
スネイプはなおもネチネチと続けた。
「吾輩は、そうやって聞き分けの良い顔をして死を受け入れようとする貴様に吐き気を催す。英雄きどりの君は美しき自己犠牲を見せようとしたらしいが、吾輩からするとただの悲観的なバカだ。取れる手段を探そうともしないでクヨクヨと情けない」
ハリーは胸がいっぱいになった。
スネイプへの感謝や自分への嫌悪感で心の中はめちゃくちゃだった。
「先生、僕、ごめんなさい。あなたは本当に僕のために沢山のことをしてくれていて、その、ありがとうございます」
ハリーは口ごもりながらどうにか言った。しかし、スネイプは首を振った。
「君のためじゃない。吾輩は命令に忠実に」
「わしは命令した覚えはないの」
ダンブルドアの横やりにスネイプは黙ってしまった。
そして突如ぶっきらぼうに言った。
「……君の夏休みを台無しにして悪かった。これはその償いだ」
「へ?」
ハリーは一瞬、何を言われたのか分からなかった。
スネイプはもどかしそうにもう一度言った。
「だから、ブラックの所に行くのを邪魔して悪かったと言っている。吾輩が汗水たらして働いている間に、あの愚か者が楽しむことが我慢ならなかった」
ハリーはぽかんとした。ダンブルドアは満足そうにしていた。
「セブルス、それでダームストラングへ行く手はずは整ったのか」
ダンブルドアの問いにスネイプは頷いた。
「夏に」
「僕も行きます」
ハリーはすぐさま言ったが、スネイプはにべもなく断った。
「無理だろう。イゴールは君をよく思っていない。それにあんな記事が出た後に君が動けば目立つ」
「でも」
「出しゃばるな。せいぜい、ブラックとでもウィーズリーの小娘とでも時間を過ごしていろ」
まさかスネイプがジニーの事を言い出すなんて思わなかった。
このスネイプは本物だろうか。
ハリーはバーティ・クラウチ・ジュニアがマッドアイじゃなく、目の前のスネイプに化けていないか心配になった。
そんなハリーの心配に構わず、ダンブルドアは話を進めた。
「グリンデルバルドは……あの者はオーストリアのヌルメンガードに収容されておる。もし、あの者に話をしに行くとなると我々は多くの国際法を破る必要がある」
「まさか校長、あなたは怖気づいていらっしゃるのですか?」
スネイプが鼻で笑った。
「少しだけの。年寄りは保身を常に考えておる。こちらの方は今すぐに行動を起こすことはできない。綿密な計画が必要じゃ。誰にも付け入る隙も、コガネムシが通るほどの隙もないほどの」
ハリーもスネイプも真剣な顔で頷いた。
その後、ハリーは手が付けられていなかったスネイプのケーキも食べ、満足しながら寮へ戻った。
たまたま談話室にいたハーマイオニーに口の端の食べかすを見つけられ、しもべ妖精たちが働く厨房でつまみ食いをしていたと勘違いされた。
ハリーはハーマイオニーがSPEWのバッジを押し付けて来る前に寝室へ逃げた。
さて、死喰い人たちの妨害に遭うこともなく始まった第三の課題。
迷路の中での苛烈な戦いを制し、優勝杯を掴んだのはセドリックだった。
会場が割れんばかりの歓声で沸いた。
チョウ・チャンが泣きながらセドリックに駆け寄り、セドリックも嬉しそうに笑っていた。
観覧に来ていたセドリックの父のエイモス・ディゴリーは、「私の息子だ! 私の息子が優勝したのだ!」と誰彼構わず大声で自慢した。
前の世界では息子の死体に泣き縋っていたエイモスが、今日は誰よりも誇らしげに笑っていた。
ハリーは手の平が痛くなるまで拍手をし続けた。
セドリックが生きている。セドリックが優勝した。セドリックが笑っている。
ハリーはシリウスに抱き着いた時と同じくらいの熱い思いが、喉元までこみ上げて来た。
多くの人に抱き着かれ、祝福されていたセドリックは、キョロキョロしながら観客を探し、その中からハリーを見つけた。
そして、ハリーに向けて大きく手を振り、優勝杯を掲げた。
「君のおかげだ!」
セドリックの声は歓声でつぶされていたが、彼の口は確かにそう動いていた。