妖怪談~今を生きる人々へ、今も生きるモノ達より 作:マサル改
妖怪談~今を生きる人々へ、今も生きるモノ達より
第1怪
吾が今日も昇る。始まりを告げるものにして闇を払うもの、それが吾である。今の人の世は吾が吾として生まれた刻よりも随分華やかに、そして輝かしくなった。最早、吾が照らさずとも彼等は安心して日々を生きて行けるまでに成長してくれた。もし、吾が”人”であったのなら感涙に咽び泣くやもしれぬ。
だが、光ある所には必ず影も生ずるもの。それは数百年、数千年の月日が流れようとも決して覆らぬ世の理。遂に己の手で光を作る術を得た”人”。しかし、影は常に己が内から生み出される事を忘れてしまう事が増えた。その結果、ある者は自らを極限まで追い込み、またある者は影を受け入れられずに他者までも巻き込み当たり散らしてしまう。
なんと悲しきことか。なんと無情な事か。我が子にも等しい、吾が照らせし愛しい者達よ。何故だ、何故そのような真似が出来るのか。かつて"人"はあらゆる闇、影によって齎されるものの原因を超常の現象を“人”は“神”や“化け物”に求め見出した。そして、多くの化け物が生まれた。そうする事で彼等“人”は己をある程度制する事が出来ていた。出来ていたのだ・・・だというのに。
それでも、吾は“人”を見限る事はせぬ。”人”が邪なる存在を祓い、日による守護を願ってくれたが故、吾は今も此処に在る。その願いが果たされるその日まで、永久に彼等を見守り続けよう。
吾は闇を払い、人を照らす陽の化身にして具現である。しかし、吾には明確な名という物は無い。“人”は時に吾を“お天道”、或いは“お日様”、そして吾が昇る事を“日の出”と呼ばれる事もあった。吾が表れる時、それは化け物の宴が終わりを告げ、“人”の時間が到来する証。それを人は“お日様が化け物どもを追い払ってくれた”と言う事がしばしばあった。
暫くして、吾は“人”が度々口にし拝んでいた“神”なる存在とも呼ばれるようにもなってしまった。だが、吾はそれを拒まない。“人”がそれを望むのであれば、吾もそれに応える。吾は、そういうモノである。
しかし、超常の存在の繁栄は突如として覆された。その悉く“かがく”なる学問の到来によって衰退してしまった。それを齎したのは、かつて吾を仰ぎ、何より愛していた“人”だった。何故だ、何故そなた等が吾等を否定し、拒絶する。吾は今までそなた達を見守っていた、照らしてきた。だというのに・・・何故なのだ、愛しい“人”よ。
嗚呼、そう言えば、”
“私”は、今日も此処に在る。全ての闇に住まう者達を統べよう。全ての偽り光を否定しよう。闇の中にあり続ける“化け物”も、そして地に満ち生きる“ヒト”も。全て、全てを焼き尽くそう。かつて誰もが仰ぎ、明日を夢見生きていた“空”は、もう“亡い”のだ。“私”は最早日の出に非ず、朝日に非ず。ヒト、化け物からも恐れられながら、新たに天に昇る“私”の名は・・・
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