若葉の下には大樹が眠る   作:駅員A

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平凡な男の取るに足らない日常

 ゆく人の流れは絶えずして、しかも、もとの人にあらず。

 駅を行き交う人、人、人。

 スーツを纏ったサラリーマン、セーラー服を纏いはしゃぐ女子高生たち、ギターを背負ったミュージシャン、サングラスをしたスキンヘッドの男、ベビーカー連れの夫婦。

 人々は誰も自分がすれ違った人間の顔を覚えていない。

 特にその男は、同僚からすらも名前を忘れられてしまうほど平凡で取るに足らない存在だった。

 

「お客様にお知らせします。3番線に参ります電車はただいまホームドアの点検により隣駅で停止中です。大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません……」

 

 駅構内に響く駅員の音声を背に、男は歩き続け、「スタッフ以外立ち入り禁止」と書かれた扉を開けた。

 暗い廊下を進み、ゴミ捨て場の粗大ごみに隠れた小さな扉を開け、さらに進む。

 中には小さな鳥居があり、その前には飲んだくれた様子の老人がパイプ椅子に座っていた。

 その片足はない。

 

「はー、またアンタか。まだなんか聞きたいことがあるのか?」

「上に提出する書類の作成の為、ヒアリングに参りました」

「ヒアリングぅ? おい、日本語を喋ってくれねえかねえ? おっちゃんはいけ好かねえ米国の野郎どもがこの国を乗っ取る前から生きてるんだ。舐めた口聞くなら、黒船をおっぱらった『呪』をアンタにも浴びせてやろうか? ん?」

「シレンシオ」

 

 男は懐から万年筆を出して振った。

 すると、唾を吐きながらガーガー怒鳴っていた老人の口が真一文字に結ばれた。

 男は肩から掛けていた業務用鞄からノートを取り出し、持っていた万年筆でメモを取り出した。

 

「えー、それでは事実確認を行っていきます」

「もごもごもごっふんがー!」

「私の質問に対し、『はい』の場合は頷き、『いいえ』の場合は首を横に振ってください」

「もごもごー!」

 

 老人は顔を真っ赤にしてもごもごと怒っていたが、質問に答えないとこのままだと悟り、憮然とした様子で男に向き直った。

 

「あなたは先日、『きさらぎ駅』に迷い込んでしまったノーマジに不要な接触をし、怖がらせましたね。間違いありませんか?」

「もごもご……」

 

 老人が眉を顰めて首を傾げたため、男は沈黙の魔法を解いた。

 

「おい、のーまじってのはなんだ」

「ノーマジックの略です。魔法使いではない一般社会に生きる者たちのことです」

「あんだよ、徒人(ただびと)のことかよ。ったく、少しは年寄りを気遣って分かりやすい言葉を使ってくれよなぁ」

 

 男は老人の煽りに応えなかった。

 

「それでは質問に戻ります。あなたは徒人に不要な接触をしたことに間違いはありませんね?」

「駅の線路を歩いていた間抜けだろ? ワシぁ親切に声をかけてやったんだよ。『んなとこ歩いてっとあぶねーぞ』ってな! それのどこが怖がらせたってんだ? ああ?」

「一般的に片足の無い人間に突然声をかけられ、さらには急に消えられると恐怖を感じるものですよ」

「そりゃ、おめーらが徒人たちに見つかるなってうるせーからだろうが!」

「なら初めから声をかけるのも不要です。そもそも、徒人が迷い込んだ時点で『きさらぎ特急』の運行は停止するシステムにしています。線路を歩いていたとしても轢かれる心配もありません」

「フン、徒人が紛れちまう時点でオメーらのしすてむってのも信用ならねーなぁ」

 

 男は老人の嫌味には答えず、ペンを進めた。

 

「では、お話をまとめるとあなたは『きさらぎ駅』に紛れ込んでしまったノーマジを発見し、親切心から声をかける。けど、姿を見られることを回避するためすぐに姿を消した。以上でいいですね」

「ノーマジじゃなくて徒人な」

「報告書で使用する用語は決まっています」

「けっ! これだから最近の若者は……おめーさんもどうせマホウトコロの出身なんだろ?」

「ええ。それが何か?」

「ケッ! 古来よりこの国を守って来たのは京の都だってのに何が硫黄島だ。魔法使いがなんだ? 陰陽師の居場所を奪ったクソ野郎どもが」

「我々魔法使いも陰陽師も共存共栄し、この国を守っています。不確かな情報で批判するのはやめてください」

「てやんでい! 昔は良かったよなぁ! 徒人とワシらは混じって生活していたってのに今じゃコソコソ隠れてよぉ」

「日本人口の9割がノーマジです。彼らの生活を脅かさないこと、これは『非魔法使い保護法』通称『ノーマジ法』でも定められていることです」

「うるせぇ! もうテメーの仕事は終わりだろ? ワシぁ帰るぜ!」

 

 老人がパイプ椅子の横に置いていた杖を掴み、よろよろと歩き出した。

 男は万年筆をひゅんっと振り、老人が開けようとした戸を先に開けた。

 

「てめー! こんぐれーのこと自分で開けやがれってんだ! なんでもかんでも魔法ってのでやりたがるから魔法使いは気に食わねーんだよ!」

 

 老人が怒鳴りながら進んだ先には『きさらぎ駅』の標識が立っていた。

 

「時代の変化に取り残された耄碌ジジイが」

 

 男は小さく毒づき、元来た道を辿って駅へと戻った。

 

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