若葉の下には大樹が眠る   作:駅員A

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崩れる日常

 早朝、男が霞が関の職場へ行くと、始業時間前にも関わらずすでに何人もの人たちが働いていた。

 今日も男のなんてことない日常が始まる。

 そのはずだったのに、待ち構えていた上司へ連れられた先は小会議室。

 デスクで話せないような人に聞かれたくない話をする場所だ。

 

「ええっと……君は確かマホウトコロ出身のえーっと…………」

「大木和夫です」

「そうそう。大木君。おめでとう、昇進だ」

「え?」

 

 上司が渡して来たのは一枚の通知書。

 きちんと封蝋がしてあり、魔法省大臣のサインも入っている。

 

「汝を魔法省外務局欧亜課西欧第一部イギリス魔法省担当係長に任命す……異動ってことですよね? でもどうして急に外務局に? 私は法務局一筋の人間ですよ」

「だけど君、初めは外務局を希望していたんだろう?」

「そんなのマホウトコロを卒業した30年以上も昔のことですよ……今さら言われたって」

「おめでとう! 昔の夢を叶える日が来たって訳だ!」

 

 上司は無理やりにでも栄転だと言いたいらしい。

 だが、大木としては納得が出来ない。

 

「そもそもなぜこの時期にイギリス魔法省へ?」

「詳しいことは外務局の者に聞いてくれ」

 

 どっちみち大木に拒否権はない。

 こうしてその日のうちに大木の職場は変わることとなった。

 外務局側も大木が来ることは承知済みらしい。

 こちらでも待ち構えていた上司らしき者によって小会議室へと連れて行かれた。

 

「大木和夫君だったかな? あー……年齢は43歳、マホウトコロの卒業生……ん? 卒業してすぐに法務局へ入ったわけではないみたいだね」

「1年間は就職浪人をしていました……初めの希望は外務局だったので」

 

 大木は苦々しく思いながらも答えた。

 

「ははあ、外務局は花形だからねぇ。マホウトコロはクィディッチを通じて海外と接触し外交官に憧れる子供が多いって聞いたが……君もそのクチかな?」

「かつての話です」

「まあまあ、その夢が叶うのだから喜ばしいことじゃないか」

「さて、君の勤務地はイギリス魔法省だ。けど、表向きの勤務地は在英国日本国大使館となる。君は外交官に混ざって向こうの大使のサポートをしてくれ」

「大使はノーマジですか?」

「大使は徒人だ。だから君のことは気づかれないように注意してくれよ。なぁに、大丈夫。前任者もうまいことやれたみたいだから君もできるさ」

「前任者はどうしたのです?」

「残念ながら向こうで亡くなったよ。恐らくね」

「恐らく?」

 

 眉を顰める大木に上司は声を潜めて続けた。

 

「イギリスはちょっと前まで闇の魔法使いたちが占拠していたらしくてゴタゴタしていてね。幸い、表の……徒人の外交官たちには影響がなかったみたいだがどうやら魔法使いの方が巻き込まれてしまったらしい」

「立派な外交問題ではありませんか。抗議すべきです」

「こらこら。あっちはあっちで混乱しているからあまり刺激するのは得策じゃない。もしも闇の魔法使いが政治を占拠していた時に抗議でもしてみろ。どんな“呪”が飛んでくるか分かったもんじゃないぞ」

「それを守るのが陰陽府の仕事でしょう?」

「ただでさえ忙しい陰陽府の陰陽師たちの仕事を増やすとどんな抗議が来るか分かったもんじゃないよ」

 

 大木は舌打ちをしたい気分だったが、目の前に座る上司もまた陰陽師だと気づきこらえた。

 が、彼の不満に気づいていたのだろう。

 

「陰陽師の歴史はマホウトコロの歴史よりも長い。君、その歴史への敬意は忘れちゃいかんよ」

「なんです、急に」

「先日、君が調査をしたご老人……きさらぎ駅で徒人と接触してしまった方はかつて陰陽師として名を馳せた素晴らしい方でね。あの片足が無いのだってこの国に飛んだ呪いを肩代わりしたせいなんだよ。代わりになったのは肩じゃなくて足だけど」

 

 大木はそのジョークに笑う気にはなれなかった。

 

「あの老人の素性は分かっていますよ。だからこそ、本来ならノーマジ法違反で捕まえるところを厳重注意で留めたのではないですか」

「もちろん、君の処置は完ぺきだった。けどねぇ、陰陽師というのは耳が良いんだよ。たとえ目の前に本人がいなくても悪口はよしておくのが得策だね」

 

 確かに大木は老人がいなくなったあとに、

 

「時代の変化に取り残された耄碌ジジイが」

 

 と悪口を言った。

 だが、まさかそのことを外務局の上司が知っているとは思わずに驚き、そして悟った。

 

「まさかこの異動、あの老人が絡んでいるのですか?」

「いやいや、さすがにあの方でも人事に口は出せないよ。けどね、偉大なる先輩からちょっと抗議が入るとこちらとしても対処しないといけないことはあるだろう?」

「悪口の代償に死地へと左遷するってことですか。陰陽師の皆さんの縦の繋がりは素晴らしいものですね」

 

 こうなったら失うものはもうほとんどない。

 大木は我慢することなく嫌味を言うことにした。

 彼の悪口が強がりだと上司も分かっているようで、大して腹を立てることもなく答えた。

 

「イギリスは死地なんかじゃぁないさ。君を送ることができるのだって、ようやく闇の魔法使いの親玉が死んだって分かったからなんだから」

「親玉? 残党はどうなっているんです?」

「さあね。そこら辺の詳しい情報がこちらには届いていないんだよ。ほれ、前任者が死んでそれっきりだから」

「つまりまだ危険が残っているかもしれない場所に誰も行きたがらないから私を行かせるってことですか」

「君はマホウトコロ出身の優秀な魔法使いだ。何かあれば杖とやらでどうにかできるんだろう?」

「私の世代は戦闘訓練を禁止されていました」

「まあまあ。イギリス魔法省と連絡が付いたってことはほとんど安全のようなものだ。そう不安にならずとも良い」

 

 結局、大木がイギリスへ行くことは既定路線。

 独身で両親もすでに死に、身軽だった大木はイギリス行の飛行機に詰め込まれたのだった。

 

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