その店は魔法使い御用達の場所のようで、アーサー達以外にもローブの者は大勢いた。
大木はアーサー達に倣って豆を煮た何かとミートパイを食べることにした。
「アーサー、お宅んところのビルは確かそろそろホグワーツか?」
「ああ。来年からだ」
「そりゃあいいタイミングだったな。ほれ、色々と安心だろ」
「子供がいるのですか?」
大木が尋ねるとアーサーは頷いた。
「ああ。長男のビルは今年で10歳。来年にはホグワーツに入学する年齢だ」
「そういえばカズは結婚しているのか?」
「いや、妻も子もいない。だからこそ単身でこちらに来れたのですよ」
この手の質問をされるのは初めてではないため、大木はよどみなく答えた。
「結婚の予定は?」
「無い。あれば日本に残っていましたから。きっとこのままこの国で骨をうずめることになるでしょう」
「まあまあ、君はまだ若いじゃないか。これからどう気が変わるか分からないぞ。私も君ぐらい若いころはそう結婚に興味はなかったんだがな、気づいたら子供ができちまっていてだな……」
「エイモスのところの子は……確かセドリックだったか?」
「ああ。そろそろやんちゃし出す年頃で困ったもんだよ」
アーサーとエイモスが子供トークを始めたが大木はそれどころではなかった。
「若いって……君らの方が私より年下だろう。私は今年で43だ」
「おいおい、そりゃああんまりおもしろい冗談じゃないな」
「…………」
「え、まさか本当に?」
大木は特別若く見えるわけではない、ただのメガネをかけた中年男性だ。
これが女性であれば若く見られて喜ぶ者もいるのかもしれないが、大木にとっては屈辱的だった。
(そんなに俺は貫禄が無いか)
アジア人が若く見られがちだと言うのは常識として知っている。
が、メンツを気にする大木にとってはマイナスでしかない。
「いやぁ、東洋の神秘ということだな。さあ、カズとの出会いに乾杯しよう」
未だ驚きが抜けきらないエイモスの肩を叩き、アーサーは場を仕切り直した。
大木も適当にグラスを掲げ、ぐいっと一口で飲み切った。
「この国では長いこと闇の魔法使いが幅を利かせていたらしいがその親玉は死んだと聞いた。それは本当なのか?」
もう敬語を使うのもバカらしくなった大木が尋ねるとアーサーは神妙な顔つきで頷いた。
「ああ。彼に従っていた闇の魔法使いたちは捕まり、投降し始めている。闇の勢力は崩壊したとみていいだろう」
「我々の国はその親玉の名前すら知らない。こちらの政府は我が国の魔法使いが死んでも亡骸どころか一報すら寄越してくれなかったからな」
大木の明け透けな皮肉はアーサー達にも通じていたのだろう。
二人とも困惑した表情となった。
「私はそもそも君の国から魔法使いが来ていたことも知らなかったが……ごく最近までこちらの魔法省もかなり混乱していてな……誰が味方で誰が闇の勢力か分からない状況だった」
「アーサーの言う通り、そんな状況だとどうしても目に届かない部分が出てきてしまう……それと君が言う闇の魔法使いの親玉とやらの名前だが……我々も名前は呼べないから」
「名前を呼べない? 名を縛る呪いか何かか?」
名を結び付けた呪いは陰陽師の領域だ。
まさかイギリスの魔法使いも陰陽師に似た魔法を使うのだろうか、と大木は眉をひそめた。
すると、温和なアーサーにしては厳しい様子で言った。
「エイモス、名前を呼べないわけではない。誰も呼びたがらないだけだ。それに奴はもう死んだ。いつまでも恐怖に囚われるのは得策じゃない」
「君はその親玉の名前を知っているようだな」
アーサーは頷いた。
「ああ。長いこと魔法省を深い闇に包んでいた魔法使いの名、それは“ヴォルデモート”」
アーサーがその名を出すと、エイモスがぎゃっと小さく呻いた。
もしも陰陽師が使う“呪”が関係するなら安易に名を呼ぶのは避けた方がいい。
だが、アーサーとエイモスの様子からしてビビって名前を呼びたがらないだけだ。
そう判断した大木は一度では聞き取れなかったその名を尋ねた。
「ヴォル……失礼?」
「ヴォルデモート。彼の信念に心酔し従っていた者たちは
「デスイーター?」
「ああ。カズ、君が直接関係することは無いだろうが……死喰い人たちは主人の死の後、アズカバン送りにされた者も多いが巧妙に身を隠した者もいる。死喰い人だったことすら隠し、一般社会に紛れ込んでいる者も。気を付けてくれ」
忠告するアーサーの表情の真剣さに大木も神妙に頷いた。
「さあさあ! まだ午後の仕事が残っている! さっさと腹に詰め込んで魔法省に戻るとしようか」
エイモスに促され、大木は残っていた豆を無理やりかっ込んだ。