昼食を終えてアーサーと別れた大木は再びエイモスの後をついて行った。
「君は確か日本大使館勤務になるんだったな? ならそこまで送ってあげよう。歩いて行ける距離にあるからな」
「それは助かる。君は親切なんだな」
「そうかい? 異国の魔法使いの出迎えなんて早々無い仕事だからね」
「前任者からの引継ぎは無かったのか?」
「それはほれ、前任者も最近までのゴタゴタのせいでいなくなってしまってね……」
日本にいた頃はイギリスの混乱なんて全く知らなかったが、内部はかなり混乱しているようだ。
エイモスは外交担当の部署の所属ではないが、他に対応できる人がいないということで急遽大木の迎えに来たらしいことは先ほどの昼食で知った。
「よほど危うい状況だったようだな」
「そりゃあもう、恐怖と混乱に満ちた毎日だったさ。だからこそ闇が消え去ったと聞いたときにはそこら中の魔法使いが狂喜乱舞したものだ。マグルに見られるぐらいに喜んだ者もいてその対応に駆り出されたぐらいだ」
「そう言えばソイツの死因を聞いていなかったな。ええっと、ええっと、ミスターヴォルデモートが亡くなったのは……」
「ミスターではなくロード!」
エイモスがすぐに大木の言葉を訂正した。
「おっと、失礼。ロード・ヴォルデモー」
「名前を言ってはいけないあの人! カズ、アーサーは君が知らないからわざわざ口に出しただけでその名前を恐れる者の方がまだ多い。頼むからようやく手にして安寧を脅かさないでくれ」
「…………その人が亡くなった原因は? 誰かが殺したのか?」
「生き残った男の子だよ」
「男の子?」
「ハリー・ポッターという生まれたばかりの子が闇を打ち破ったと聞いている」
「生まれたばかりの子が?」
大木はなんの冗談だと思ったがエイモスは真面目な表情で頷いた。
「いまやこの魔法界で彼の名を知らない魔法使いはいないよ。君以外にはね」
「そのポッターとか言う子供は何者なんだ? 赤ん坊にやられるほどヴォル……例のあの人が弱っていたのか?」
「私だって詳しいことは知らんし、例のあの人が弱ることなんてあるわけがない。だが……きっと奇跡が起きたのだろうな」
「奇跡ぃ?」
話が急に眉唾物になってきた。
大木は訝し気な表情をしたものの、あまりツッコミすぎるとエイモスに逆上されそうだと思い、それ以上尋ねるのはやめておいた。
日本大使館に到着した大木はマグルの大使と挨拶を交わした。
「大木君だね。イギリスの法律を日本の法整備に活かすために視察へ来たと聞いているよ。法律関係の問題が起きた時には頼らせてもらうが、普段は君の仕事に集中してくれて構わないからな」
「助かります」
本当はイギリス魔法省とのパイプを繋げ直すため、さらに言うと嫌がらせの左遷で来た大木だが、マグルに対しては法律関係のプロとして派遣されたという体になっていた。
幸いなことに、在英国大使は温厚で放任主義的な人だった。
これなら魔法省に顔を出すために姿を消しても変に思われないだろう。
大木はさっそく次の日も魔法省に向かい、エイモスに会った。
「やあ、カズ。分かっていても君を見るとマグルの若者が紛れ込んだかと思ってしまうな」
「服装か……私が持っているローブでも結局目立ってしまうからこちらで調達したい。どこか良い店を知らないか?」
「ああ、それならダイアゴン横丁がうってつけだ。そういえば君、お金は持っているのかい?」
「あいにく、マグルの金しか持っていない。換金は可能か?」
「それなら問題ない。グリンゴッツで換金すればいい」
「グリンゴッツ?」
「小鬼が管理する銀行さ」
「ああ、鬼か。それなら我が国にもいた」
大木は一般的な赤鬼、青鬼を想像しながら言ったのだが、現地に着いてから驚愕した。
「なんだあいつらは」
「小鬼だって言っただろ。口座の開設も済ませておいたらどうだ?」
「そうしておくか」
いくら嫌がらせの左遷とは言え、支度金は本国より出ている。
大木はそれを換金し、新設した口座に入れた。
「ガリオンにシックル、クヌートか。マグルの前で使わないように気を付けないとな」
「我々魔法使いはマグルに見つかっちゃいけないからな。下手すると忘却魔法を施さなきゃならない。くれぐれも注意してくれよ」
「そこは日本とそう変わらないな」
新たに増えた硬貨たちを財布にしまい込んだ大木はエイモスの案内でマダム・マルキンのところへ向かった。
そこでローブを新調するつもりだ。
ホグワーツの制服を仕立てることが多いマダム・マルキンは大人の大木がローブを作りに来たことに驚いてはいたものの、見事な手つきでたちまちに用意してくれた。
「よし! これで君も我が国の魔法使いだ!」
「ローブなんて我が国では学校ぐらいでしか着ないから妙な気分だ……」
マグルに混じって生活していた大木にとってはコスプレ気分。
やや気恥ずかしい気がするものの、周りがみんなローブを着ているから頑張って慣れることにした。
「ん? この店はなんだ?」
「ああ、オリバンダーの店か。ここは杖を売っている」
「杖か、なら私はもう持っているから必要ないな」
大木が見せた万年筆にエイモスはギョッとした。
「おいおいなんだそりゃぁ! こんな杖見たことないぞ! 君、杖も新調した方がいいんじゃないか?」
「まだ使えるのだから必要ない……おい!」
万年筆型の杖はよっぽど珍妙に見えたのか、エイモスは大木を杖の店へと引きずり込んだ。