若葉の下には大樹が眠る   作:駅員A

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そーれわっしょいよっこらしょい!

 大木は魔法界とマグルの間を行き来しながらイギリス生活をスタートさせた。

 そうしていくうちに自然と「生き残った男の子」について知ることとなった。

 

「例のあの人がいた時の絶望がどれほどのものか……それを解放してくれたのが……」

「『生き残った男の子』ハリー・ポッターなのだろう。ミスタークロックフォード、その話をするのはこれで18度目だ」

 

 なぜなら魔法使いが集まっているパブに行くとみんなその話をし始めるからだ。

 天気の話の次にハリー・ポッターの話が出て来るくらいに。

 中にはすでに熱狂的なファンもいるらしく、一人で酒を飲んでいた大木はよくそういったファンに捕まって話相手にさせられていた。

 

「生き残った男の子に」

「生き残った男の子に」

 

 他の席でもそんな乾杯の音頭が聞こえてくる。

 

(まるで動物園のパンダか何かだな)

 

 ヴォルデモートの脅威がいまいちピンと来ていない大木は冷静に見ていた。

 その間も勝手に隣に座ったドリス・クロックフォードがうだうだと話しているが、大木はもう聞き流すことに決めていた。

 

「それだけの英雄ならさぞかし大切に育てられているんでしょうな」

「どうでしょうね。ダンブルドアによるとマグルの親戚に預けたらしい。まったく生まれながらの英雄をマグルなんぞに……」

「マグルの親戚に? まあ、預ける親戚がいるのなら任せるのが筋だろうな」

 

 たとえばこのドリスに任せでもしたらたちまち英雄のポッターは我儘坊主に育つだろう。

 熱狂的なファンを通り越して崇拝の域にすら達している彼なら赤子のどんな無茶な願いも叶えようとしそうだ。

 

「ダンブルドアとは確かホグワーツの校長だったかな?」

「ああ、そうだとも。私は彼以上に素晴らしい魔法使いを見たことが無い。事実、例のあの人もダンブルドアのことだけは恐れていたのだからな」

 

 大木は魔法界にてハリー・ポッターの名前と同じぐらいアルバス・ダンブルドアの名前を聞いていた。

 なんなら、ハリーは本人がまだ赤子な分、ダンブルドアの話の方が弾むぐらいだ。

 やれホグワーツでこんなことをしたらしい、だの、なんだかよく分からないが高名な賞を取ったらしい、だの、次の魔法大臣に推薦されているのにずっと断っているみたいだ、だの。

 

 それほどの有名人なので大木は彼についてまとめた本や新聞の記事などに目を通しておき、よく動き回る写真で彼の姿も確認しておいた。

 彼のプロフィールは肩書だらけで長ったらしいが、本人自体はそこら辺にいそうな老人だった。

 

 ある日のこと、大木はパブの隅っこで酒を舐めていた。

 珍しくドリスも他の人も話しかけてこない静かな時間だ。

 けど、隣から聞こえるお菓子のガサガサ音が邪魔してきた。

 

 隣に座った老人がお菓子の山を築いていたからだ。

 あまりに多いからそのうちの一つがポロリと落ちたので大木は拾ってやった。

 

「落としましたよ」

「おお、逃がしてしまうところだった。このチョコレートの甘味は癖になるものでしてな。あなたもどうですかな?」

 

(落ちたものを渡すのか……)

 

 大木は思ったものの、口には出さずに受け取り、包み紙を開いて口にした。

 ねっとりとした甘みが喉にいつまでも残ったので酒で流し込んだ。

 

(日本の苦いチョコレートが恋しいもんだ。あれは眠気覚ましにちょうど良かった)

 

 老人がもう一つどうだと差し出して来たが、今度は丁重に断ることにした。

 その隣で老人はポリポリと固そうなチョコレートをかじっている。

 ふと、大木は老人の前にある山に目が行った。

 

「マグルのお菓子ですか?」

「左様、ワシはマグル界の甘いものが特に好物でしてな。これなんて何度食べたか分からないぐらいじゃが……いかがですかな?」

「いえ、酒があるので」

 

 日本の居酒屋に菓子の持ち込みなんてしたら追い出されそうな気もするが、どうやらこのパブは気にしないらしい。

 

(ここに来て思ったが、こっちの魔法使いたちはいい加減だな。寛容とも言えるか)

 

 大木はふとローブの下に着こんだスーツのポケットに入れたままの飴を思い出した。

 在英大使館の日本職員がくれたが、好みじゃなくてそのままにしていたのだ。

 

「私は日本から来たのですが、これはうちの国で人気の飴ですよ。黒飴って言います」

「ほお……百味ビーンズのゲロ味よりも黒い。これは中々の大物じゃ」

 

 何が言いたいのか分からないが、大木が押し付けた飴を喜んでくれたらしい。

 大きい飴なのでのどに詰まらせないか渡してから心配した大木だが、その心配もよそに老人はぼりぼりと黒飴を噛み砕いて味わっていた。

 

「日本と聞くとワシの友人にトヨハシテングのファンがおったのを思い出す」

「ああ。あそこは日本で一番強いクィディッチチームですからね」

「友人のドージとの卒業旅行で日本に行こうかとも思ったのだがあいにく行けなくての」

「はあ、それは残念でしたね」

 

 大木は急に名前が出たドージが誰かも分からないし、そもそも老人が誰なのかもよく分からず適当に返事した。

 だが、老人は気にせずにキラキラとした瞳を次の菓子の袋に向けつつ頷いた。

 

「そう、残念に思うことはいくらでも起きてしまう。例えばワシが食べようと思っていたミント味のチョコレートがすでに売り切れていて、キャラメル味を買うしかなかったときなどな」

「次は買えるといいですね」

 

 ハリー・ポッターの話を何度もしてくる老人にも困ったものだが、いつ終わるのか分からない菓子の話の相手もなかなかキツイものがある。

 だが、ありがたいことにいつもハリーの話をしてくるドリスが助けてくれた。

 

「アルバス! 久しぶりじゃないか!」

「おお、ドリス。どれ、チョコレートはいかが?」

「いりませんな。それよりも『生き残った男の子』は元気にしているのかね。私は彼にどれほど感謝しているか……」

「皆がそう思っているであろう。それよりもドリス、ミント味のチョコレートが買える店を知らんかね? ワシはどうしても売り切れたチョコレートを買いたいのだが」

「ホグズミードのハニーデュークスに置いてないならどこの店にも無いだろうな」

「いかんのだよ。ワシが欲しいのはマグルの菓子なのだから」

「それならマグル贔屓のアーサー・ウィーズリーに聞いた方が早いだろう」

 

 老人とドリスはしばらく親し気に話していた。

 そして老人だけが帰ったあと、大木はドリスから聞いて驚いた。

 

「あの老人がダンブルドアなのか?」

「君、知らないで話していたのかね? あんな男は彼ぐらいしかいないだろう」

 

 正直、大木は菓子好きのボケかかった老人程度に思っていたので気まずくなった。

 彼が本当にあの有名なダンブルドアなら魔法界のことなど色々聞けばよかったな、と後悔したものの、どっちみちあの飄々とした老人とまともに会話ができるのか分からないか、と思い直した。

 

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