銀髪変質者メイドの襲来から、約十八時間後。一方通行は早々に下校する学生達の流れに逆らいながら、オカルト研究部のある旧校舎を目指して歩いていた。
「あ、神父様。アーシアちゃんのお迎えですか?」
「まァ、一応な」
名前も知らない女子高生に声を掛けられ、一方通行は短く返してそのまま足を進める。妙な解答だという自覚はあった。しかし、パッと出てきた言葉がそうなってしまっただけで、間違っているわけではない。一番重要な用事があるのはリアスだが、その後にはアーシアと一緒に教会に帰るつもりで来ている。
今回の一件がどういうモノなのか分からない以上、アーシアを一人にするのは危険だ。しかし、悪魔の事情に首を突っ込み過ぎるのも問題である。知らなくても良いことを知って、危険な目に遭うというのはあり得ない話ではない。所謂口封じというヤツだ。リアスがいるとは言っても、彼女はまだ学生の身。持っている権力など高が知れているのだから、アーシアを守れる保証はない。それなら、教室で学友達と時間を潰してもらっている方が安全な可能性もある。
「……開かねェ」
しかし、いざ部室の扉を開こうとするも、鍵に加えて何かが邪魔をして開かない。何の違和感なのかと思えば、妙な魔力が纏わりついていた。中にいる存在と、一方通行でも分かる妙な気配。それらから判断すれば、それが何なのかは自ずと見えてくる。
「こォか」
邪魔をしている魔力を他所に流し、解錠するのに必要な魔力を他所から補う。魔力という形を取っているだけで、やっていることはパズルゲームと変わらない。力任せにこじ開けることもできたが、真面目に解いても必要な作業は大差ない。後々口を出されない方が良いと判断し、彼は魔力による施錠を平気な顔で解いてしまっていた。
「よォ」
ギィと不満そうに開いた扉を遠慮なく通り抜け、一方通行は部室の中を見回した。勢揃いしているオカルト研究部の面々に加え、昨日のメイドの姿。全員目を丸くしていたが、その中でも一際驚いているのは、彼が用事のある少女だった。
「フリード!?」
ほんの数秒前までは辛気臭そうな顔をしていたのに、今はソファの上でひっくり返りそうになっている。そこまで驚くことをしただろうかと疑問に思いつつ、一方通行は懐から折り畳むタイプの携帯電話を取り出し、プラプラと親指と人差し指の間で揺らしてみせた。
「来るっつってただろォが」
「え?あ、バタバタしてたからつい……」
リアスが最後まで言葉を発することはなかったが、彼は何となく理解して顔を顰めた。
「……なンかあンのか」
「少し面倒なことがね」
明日にでも出直そう。そう考えた一方通行は舌打ちと共に体を反転させる。そんな彼の動きを止めたのは、意外にも昨日のメイドだった。
「色々とマシになるかもしれません。それに貴方の用事とも無関係ではないはずです」
「マシ?」
自分の用事と無関係ではないと言われれば、残らざるを得ないとまではいかずとも、多少は残っても良いかという思考にはなる。一方通行は僅かに悩む素振りを見せた後、グレイフィアの隣で壁に背を預けた。
「そンなにめンどくせェことになってンのか」
「面倒とは口が裂けても言えませんが、私個人としては好ましくない事態です」
「こっち側になンかあったら」
「今回の件に関しては、何も起きないよう保証します」
「……俺は保証はしねェぞ」
「ありがとうございます」
二人のやり取りが終わるのを見計らったように、部屋の片隅が光り始める。それは昨日、一方通行が浴室で見たのとは似て非なるモノ。流れているのは魔力だったが、描かれている紋様がかなり異なっていた。
「フェニックス」
誰かがそう呟くや否や、陣を中心に炎の渦が巻き上がる。それに人影が浮かび上がったかと思えば、瞬時に炎は止んだ。喧嘩を売りに来たとかではなく、登場の為のパフォーマンスだったらしい。
「愛しのリアス、会いに来たぜ」
ホスト風とでも言うべきか。顔自体は別段悪くはないのだが、振る舞いがやけにそれっぽい。発言だけ切り取れば、リアスのストーカー。或いは重度のシスコン、もしくはやや気持ちの悪い彼氏。リアスの立場を考慮に入れると、婚約者や許嫁という線も浮かんでくる。
「さて、何から話す?早速式の会場の下見にでも行くか?」
リアスの隣に座り、ベタベタと体を触る。その行為に彼女の眷属達は厳しい視線を送るものの、男は気にする様子を一切見せない。リアスが離れるように言っても、ニヤニヤと笑っていた。声を多少荒らげて手を振り払っても、態度に大した変化はない。
どう見ても一方通行には関係のない話だ。悩みの種であるのは理解できたが、これをどうしたら良いのか。正直なところ、一方通行としては仕事さえ無事ならそれでも良いのだ。リアス個人が悪い存在ではないのは知っているが、思い入れなどは特にない。良い結婚生活を送れなかったとしても、特に関係のない話だ。しかし、新米眷属且つリアスに憧れを抱いているイッセーには我慢ならなかったらしい。
「アンタ、部長に対して失礼だろ。そもそも誰だよ。突然来て式がどうとか、婚約がどうとか」
明らかに立場も年齢も上の相手に対し、イッセーも中々に失礼な言動である。一方通行のように理解していてそういう態度を取っているのではなく、理解せずにそういう態度なのが尚のことタチが悪い。
「……リアス、俺のことを話してないのか?」
「話す必要がなかっただけよ」
必要はないし、そもそも機会もないだろう。彼氏がいるのかという質問をされれば話は別だが、普通に自己紹介をするとしたら、婚約者の有無など言うことはほぼない。日常会話がどんなに弾んだとしても、実は私には婚約者がいてどうこうという話など、余程変な方向に話が弾んでなければ、十中八九言わないはずだ。
「仕方ない、教えてやろう」
男は徐に立ち上がり、胸元に手を当てて宣言するような姿勢を取った。そして咳払いをして声を作り、ニヤニヤとイッセーを馬鹿にするような視線を送る。
「俺はライザー・フェニックス。フェニックス家の三男で、リアスの婚約者だ」
「こ、ここ、婚約者!?」
イッセーは仰天といった様子だが、話の流れを汲み取れば、名乗るまでもなく婚約者かそれに準ずる存在だ。当然、一方通行はその事実に驚くこともなく、ただ赤龍帝という大層な肩書きの少年の残念さに呆れていた。
「フェニックスってのは、悪魔も似たよォなモンなのか」
「世間一般で不死鳥と呼ばれる存在と、持つ能力はほぼ同じと言われています。流石に限度はありますが」
隣のメイドから情報を仕入れつつ、彼は静観を続ける。イッセーがどのように場を荒らすのか分からない中で、無理矢理突っ込もうとは思わなかった。
「俺が名乗ったんだ。お前も名乗れ」
「お、俺は兵藤一誠。リアス・グレモリー様の兵士だ!」
「そうか。しかも兵士ね。その様子だと、悪魔になって日が浅い新人か」
自分から振っておいて、興味関心が微塵もない。中々に酷い振る舞いだが、そもそも男には大して興味がなさそうなのだから、仕方がないと言えば仕方がないのだろう。
ライザーはイッセーからすぐに視線を外し、他の面々に目を向けていった。祐斗にはほんの一瞬。朱乃と小猫には下卑た視線。グレイフィアには僅かに恐れるような目を向けた後、最後に目が留まったのは真っ白な少年。言わずもがな、一方通行である。
「そこの白いのも、新しい眷属か?」
「違うわ。彼はフリード・セルゼン。私の……協力者よ」
「悪魔じゃないよな」
「人間だ」
薬物やら何やらで色々弄られてはいるものの、一方通行は紛れもない人間だ。ライザーは彼の短い返答に興味なさげな表情で返し、指をパチンと弾いた。それと同時に部屋のあちこちから炎が吹き上がり、ライザーが現れた時と同様にすぐに止んだ。
現れたのは、十五人の女性。まだ中学生ぐらいにも見える少女から、ライザーと同じか少し年上に見える女まで。紹介されずとも、彼女達の身元は分かる。十中八九ライザーの眷属だ。イッセーは夢のような光景と、それを実現させている男を同時に視認してしまい、壁際で項垂れていた。
「そっちが揃い踏みなんだ。こっちも同じようにさせてもらう。とりあえず、さっさと話を進めよう」
そこからはトントン拍子に話が進む……はずもなく、ほんの数分も経たないうちにリアスの堪忍袋の緒が切れてしまった。
「良い加減にしてちょうだい!大体、私が人間界の大学を卒業するまでは自由にさせてくれるって話だったでしょう!」
ライザーの手を音が出るほど引っ叩き、机の上のカップが中身を溢すほどの勢いで立ち上がる。普段のリアスからはあまり見られない、見るからに怒気を感じる動きだった。
「リアス、ワガママはやめろ。それに俺はそこまで縛る気はない。大学も眷属も君の好きにしたら良い」
御家断絶。純血悪魔。上級悪魔。
結局、話の中身は大したことではなかった。色々と前時代的な言葉がツラツラと出てきたが、結局はリアスのワガママのようにも思える約束が一方的に破られた挙句、好きでもない男と結婚させられそうになっているという話だった。
やはり、一方通行には関係のない話だ。日本の片田舎でも未だにしていそうな、どうしようもなく凝り固まった思想の下で育まれ、それに振り回されている少女が一人いるだけ。放置しても良い話だ。貴族という家系に生まれてしまった以上、仕方のない話だ。
「グレモリー。オマエが言ってンのは、紙か何かに残してンのか」
「……ないわ。けど、確かに約束したことよ」
とはいっても、リアスは彼の数少ない知り合いで、出会いは比較的悪くとも多少の恩義がある少女だ。一方通行は決してヒーローではない。誰彼構わず救うことなんてしないし、できない。けれど、真横で転んだ子供に手を差し伸べられないほど、人間を辞めてもいない。
「なら、貸し一だ」
背中を預けていた壁から離れ、一方通行は親指でリアスを差し示した。
「コイツはガキだ。オマエの言う通り、ガキのワガママかもしれねェ」
ムッとするものの、リアスは何も言わない。グレイフィアも何も言わずに一方通行の方を見つめ、ライザーはカップを片手にリアスの眷属達に目を向けていた。
「が、それ以前にコイツは悪魔だ。契約とか約束の類は律儀に守りやがンだよ」
一方通行が知るリアスとは、そういう悪魔だ。悪辣で極悪非道なイメージがある種族だが、グレモリーの名を大事にしているし、悪魔としての誇りや矜持をキチンと持っている。そうでなければ、二人の間で結んだ契約を律儀に守っているはずがない。
「ガキのコイツですらそォいうモンの重要性は理解してンのに、それなりに年食ってる悪魔で貴族のオマエらが、ガキとの口約束一つ守れねェのか?」
貴族が大事にしている物は何か。ライザー個人の弱点は分からなくとも、貴族としてのライザーの弱点なら予測できる。
「ノブレスオブリージュ。欧米かどっかの価値観だが、貴族だってンなら、オマエらにも十分当てはまる言葉だろ」
それは面子。リアスが大事にしている誇りや矜持も、それに含まれているモノだ。
一方通行が狩っている悪魔達も、もちろん被害を出さない為という側面が大きいが、貴族の面子を保つという側面もある。身内から出た犯罪者を始末してほしいという依頼だと考えれば、理解し易いだろう。
「一般人の俺ですらガキとの約束ぐらいは守れンだ。オマエらみてェに地位のある貴族様なら、それぐらい守れて当然じゃないンですか?」
「それを言うなら、リアスにも貴族としての責任はあるはずだ」
「コイツは責任を放棄したわけじゃねェ。先延ばしにしてただけだ。最終的にどォ転ぶかはともかく、婚約破棄をしたって話は聞いてねェぞ」
「ええ。待ってもらうように頼んでいただけ。破棄をしろとまでは言ってないわ」
一方通行がグレイフィアに目を向けると、彼女もコクリと頷いた。そこに関しては事実無根というわけではないらしい。彼女も同席していた、もしくは又聞きした程度かもしれないが、証拠がないよりは十分だ。
「そもそも、どォしてオマエらはそンなに焦ってンだ?鶴とか亀みてェに生きる癖して、たったの五年かそこらの期間すら待てねェンですかって話だ。飯時の野良犬でも、もォ少し待てるだろ」
「他の勢力との小競り合いは頻繁に起きている。いつ血が絶えるか分からないんだ。血を残しておくのは間違った選択じゃないだろう」
「ハナから血を流さねェって選択ができねェ時点で、オマエらは三流なンだよ」
彼の容赦ない物言いに、どちらかと言えば上の立場にあるグレイフィアが顔を顰めた。三流かどうかはさておき、間違ったことは言っていない。ライザーもあまり触れたくないのか、聞こえないぐらいの舌打ちをして、一方通行から視線を逸らした。
「これは悪魔の問題だ。協力者だか何だか知らないが、人間風情が口を出すことじゃない」
「人間風情による客観的視点だ。ソイツも結局第三者には成り切れてねェみてェだし、丁度良かっただろ?」
またもやグレイフィアが顔を顰めることになっていた。自覚は多少なりともあったし、その上で言いたいことも色々とあったが、それこそ中立ではなくなってしまう。彼女は重ねている手を、ほんの一瞬だけグッと握り込んだ。
「あァ、オマエが女子高生ってブランドに手ェ出したくて仕方ないクソ野郎って可能性もあったな。婚約っつー堅苦しい言葉使えば、それもできなくはねェか」
一方通行は両手を横に広げ、片頬を上げ、わざとらしく嘲笑を浮かべた。声を出して盛大に笑うほどではなくとも、動きだけで十分に小馬鹿にしていることは分かる。
ライザーは額に青筋を浮かべながらではあったが、ギリギリ堪えていた。彼の眷属達も数人似たような表情をしている。その中でもまだ幼そうな容姿の二人は、既に得物を抜き放っていた。足が前に出るのは秒読み。一方通行はほくそ笑み、片手をポケットに突っ込んだ。
「ライザー様を」
「馬鹿にするな!」
飛び掛かってきた双子らしき少女達。両者の持っている得物はチェーンソー。幸いにも刃の部分は動いていないものの、その状態でも人間に振るうような物ではないし、そもそも武器としてカウントすべきではない。チェーンソーを武器として使用する悪魔など、恐ろしいことこの上ないだろう。
だが、それは振るわれる側が一般人だった場合だ。彼女達が突貫した相手は、確かに手練れではない。見るからに強そうというわけでもないし、何かしらの装備をしているわけでもない。戦闘経験も豊富そうとは思えず、立ち姿も隙だらけ。見た目だけで評価を下すなら、そこらのチンピラと大差ない。
「オマエら、俺が木に見えてンなら眼科にでも行け。そォじゃねェなら頭の方に行ってこい」
パキンと刃が欠け、ベキリと鈍い音が響く。音の発生源は一方通行ではなく、少女達の得物とそれを握っていた手。彼のことを知らないライザーの眷属達は首を傾げ、リアスの眷属達は目を瞑ったり、顔を背けたりしていた。
遅れて部室に響き渡るのは、甲高い二つの絶叫。鬱陶しそうに片耳を塞ぎながら、一方通行はライザーに笑みを向ける。
「捨て犬に首輪つけて満足してンじゃねェよ。躾も終わらせてから人前に出せ」
漸く、ライザー達は状況を把握した。介抱に走るのが何人かと、各々の武器を手にしてライザーの隣に立つのが数名。残りの面々は、バケモノでも見るような顔をして、一方通行から距離を取っていた。
「お前ッ!」
彼女達の主人も即座に立ち上がり、臨戦態勢に入る。僅かに遅れてしまったのも、仕方のないことだろう。怪我をする光景自体は見えていたが、怪我をする過程が目視できなかったのだから。
「部下が勝手に手ェ出して、謝罪の前にソレか。その時点でコイツより下だぞ、オマエ。フェニックスってのも大したことねェンだな」
瞬間、部屋の中が炎に満たされた。流石に誰彼構わず燃やし尽くすという暴挙には出ていないものの、個々人には僅かなスペースが用意されている程度。怒り心頭という様子ではあっても、慣れ親しんだ炎は繊細にコントロールできているらしい。
「良い加減にしろ。人間如きが」
「イイ火加減だな。もっと強火でもイイぜ?」
けれど、白い少年はそんなこと気にも留めない。炎など関係ないし、各々に割り振られた空間など軽く捻じ曲げてしまえる。一歩踏み出す必要もない。炎によって発生する上昇気流を操作すれば、ライザーと彼の間に道を作ることも可能だ。
「何をした」
「さァな。神の御加護ってヤツじゃねェの?」
パチパチと弾ける炎に彩られた道を歩き、一方通行はライザーと相対する。睨み合いという域にすら到達していない。ライザーは何か気味の悪い物でも見るような目で。一方通行は明らかに見下した目で。それぞれが別のベクトルで、互いを忌避するような目をしていた。
「まァ、怪我したのはそっちでも、先に手ェ出してンのもそっちだ。大事なコレクションが傷ついたのも、躾不足の自業自得。それで納得したらどォだ?なァ、ライザークン」
ニヤニヤと笑う気持ちも理解できる。間違ったことは言っていない。むしろ不問にしてもらっている立場だということは、そこまで長くないライザーの貴族としての人生でも理解できる。
が、流石に譲れなかった。
確かにコレクションのような側面もある。ハーレムを作っていることも認める。それ以上に個々人を愛している自覚があったライザーには、どうしても我慢できなかった。目の前の男の言い分に納得せざるを得ない部分が大いにあっても、男として怒りを抱かずにはいられなかった。
「あァ、バカなンだな、オマエ」
少年が浮かべた悪魔のような笑みと、ライザーの拳が衝突した。一方通行は避ける素振りすら見せていない。クリーンヒットどころか、クリティカルヒット。側から見れば完全にそうだった。この悪魔祓いのことを知っているグレモリー眷属ですら、響いた生々しい音の発生源は彼だと思ってしまっていた。
「は?」
「ちゃンと腰入ってたか?」
血は鼻からではなく、指から垂れていた。歪んでいたのは、拳が刺さったはずの頭蓋骨ではない。振るわれたはずの拳骨の方だった。
「ライザー様!」
眷属の誰かの叫びと、名前を呼ばれた男の苦悶の声が漏れ出るのはほぼ同時。僅かに前者の方が早かったかもしれない。男が無様に悲鳴を上げなかったのは、その特性故か。眷属の前で格好をつけようとしたというのもあるかもしれない。
「ちょっと待て」
そんな男の腕を、一方通行は容赦なく掴んだ。
「もォ少し見させてくれよ。動物園にも中々いねェ珍獣だからな、フェニックスってのは」
フェニックスという悪魔の特性を以てすれば、グチャグチャになった拳など幾らでも再生できる。あまりにも強大な力で完膚なきまでに潰されたり、気力とでも言うべきモノが尽きたりしなければ、ほぼ無敵と言っても良い再生能力を保持している。
だから、今回も。ほんの少しだけ待てば、その拳は炎と共に再生されるはずだったのだ。
「な、どうして……」
にも拘らず、自分の意思に反して、炎は生まれない。今尚血の滴っている拳は、治る気配が一切見受けられない。
「どォしたンだ?ほら、早く見せてくれよ。不死鳥なンだろ?」
目の前の少年が握っている部分から先が、まるで自分の身体ではないような。そんな奇妙な錯覚すら覚えてしまっていた。
「どうして治らない。何をした……何をしやがった!」
無事な腕を本能的に振るおうとして、理性で押さえ込んだ。代わりに炎を少年の顔に叩きつけてみても、反応はない。すぐに掻き消えて仏頂面が浮かんでくるだけで、ダメージが入っている様子は一切なかった。
「お前は、何だ」
神器を持っているのだとしても、能力に予測がつかない。攻撃を完全に無効化した上でカウンターを行い、フェニックスの力を阻害する。どちらか一方ならまだしも、両方できるとなると一貫性がない。
そもそもそんなことを考察している余裕が、既にライザーの中には存在していなかった。炎と風を操って少年を振り解こうにも、一切振り解けないのだ。筋肉があるのは見受けられても、ライザーよりも明らかに非力な体躯。そんな身体の何処から力が生まれているのか。本当に悪魔祓いなのか。何の目的があってリアスと協力しているのか。ガチガチと音を立てる奥歯を無理矢理黙らせ、吠え立てる。
「何なんだ!お前は!」
自分を覗き込んでいる真っ赤な瞳に恐怖を覚え、予想以上に響く怒声。いつの間にか周囲の炎は消えてしまっており、代わりに白い少年の周りに集中していた。
「オマエの言ってた人間如きだよ。何言ってンだ?」
主が恐怖しているのを見て、ライザー眷属も足が竦んでしまっている。リアス達も同様だ。唯一余裕があるのはグレイフィアだったが、彼女も怪訝そうな顔をしていた。神器の力も感じられない少年が、三男とはいえフェニックスの悪魔を完封している。それはあまりにも不可解で、異常極まりないことなのだから。
「あァ、でもフェニックスも鳥だっけか。鳥頭ってのは人型でも健在なのかもしれねェな」
半ば不快にも思える笑い声を上げ始めると共に、少年の手に力が込められ始めた。本来はそこまでの音ではないはずなのに、ミシミシと骨が軋む音が全員の耳に入ってくる。
そこで漸く、彼女が動いた。
「想定外だったか?」
「いえ。ですが、想像以上です。貴方を甘く見ていました」
一方通行の手の中にあったのは、肘の辺りから千切られた腕。グレイフィアの腕の中にいたのは、肘から炎を出しているライザー。しかし、傷が治っている気配はない。意識はあるようだが、視線はやや虚ろ。たった数秒で刈り取られたのか、既になかったのか。どちらかは分からないが、少なくとも戦意は完全に見受けられなかった。
「ほらよ」
「い、要りませんわ!」
お嬢様風の少女の前に千切れた腕を放り投げ、一方通行は空になった両手をポケットに突っ込んだ。
「ンで?」
「至極真っ当な意見でした。少し言い過ぎな部分もありましたが、私個人から言うことは特にありません」
「そりゃどォも」
グレイフィアのお褒めの言葉を賜ったとて、話は進展しない。
一方通行がやったことも、話の土壌を作り上げただけだ。リアスの言葉は決してワガママではなく、それを守らなかった両家がおかしいという話に持っていった。それで貴族としての面子やら何やらをある程度潰した上、追加でライザー個人の鼻っ柱をへし折って、更に要求を通し易くした。
家同士の話し合いではあっても、一応は二人が両家の代表という扱いになっている。明らかに分が悪かった話し合いは、ライザーが色々と弱体化したことでリアス側の独擅場。ここからどれだけ自分の有利な内容に持っていけるかは、彼女の手腕次第である。
「結局、この言い争いはどォすンだよ。コイツらの主張が平行線になってンだから、どォにかして白黒つけンのが普通だ。それぐらいは前々から検討してンだろ」
有罪無罪の話ならば、証拠を並べて審判を下せば終わる。しかし、彼らの争いには善悪など存在していない。意見が対立しているのだから、どちらかの主張を潰してしまうか、折衷案を出すしかないのだ。その折衷案というのに該当しそうだったリアスの約束も蔑ろにされた以上、残された選択肢は主張の潰し合い。
彼が解答を求めたのは、その方法だ。
「今回の件は」
グレイフィアの言葉を遮ったのは、まだ息も絶え絶えな様子の男だった。
「……レーティングゲームで決着をつける。今日の話し合いで進展がなかった場合、その提案をする予定だった」
自分を支えていたグレイフィアに頭を下げ、眷属達の近くにフラフラと下がる姿は、先ほどまでの傲慢な態度とは打って変わって弱々しかった。若干可哀想にも思えるが、リアスとその眷属達は気の毒そうに見るだけ。一方通行も特に何か言うことはない。そんなことよりも、彼の口から出てきた妙なワードの方に気が向いていた。
「レーティングゲーム?」
首を傾げるイッセーと一方通行の為に、悪魔歴の長い面々がリレー方式で解説を始めた。要するに眷属と王が模擬戦を行うということらしい。しかし、明らかに人数がおかしい。イッセーが駒を複数使用して悪魔になっているとはいえ、それを差し引いてもかなり差がある。
「四の五の言うより分かり易いけれど、流石に人数と経験に差があり過ぎるわ。経験はどうしようもない。でも、人数は揃えられる。違う?」
イッセー、祐斗に朱乃と小猫。リアスも合わせてたった五人の少数精鋭に対し、ライザー側はライザー含む十六人。個々人の戦闘経験なども考慮に入れると、人数を合わせても五分かどうかというラインだろう。
「……今回はリアス様の眷属の数に合わせて、そちらもライザー様含む五人での試合にしましょう。良いですか?」
「分かりました。従いましょう」
渋々ながらも、少女達の王は頷く。グレイフィアの立場が上だからか、それとも飲み込むのがそれだけ嫌なのか。
「その胡散臭せェ能力にも制限つけンのが妥当じゃねェの。フェニックスなンだろ、ソイツ」
「嫌だと言わせる気がないだろう、お前」
「さァな」
「分かった、分かったから近寄るな。気味が悪い」
一方通行が指をほんの少し鳴らすと、ライザーは青くした顔を明後日の方向へ逸らした。足はガクガクと震えており、気力とプライドでどうにか立っているのが丸分かりである。流石に可哀想なので、彼もそれ以上のことはしない。少し前までライザーの座っていた来客用のソファに腰を下ろし、呑気に欠伸をし始めた。
「……リアス、間違ってもコイツはゲームに参加させるなよ」
「彼に頼らなくても、貴方ぐらいはどうにかしてみせるわ」
そこから先はグレイフィアの手際もあり、かなりスムーズに進行していった。いつの間にか双子の応急処置も済まされ、一方通行の前にも香りの良いコーヒーが用意されていた。部屋の主人も客人も立っていて、部屋の主人の知り合いが一人で座っているというのは異常な風景だったが、文句をつける人間、もとい悪魔は誰一人として存在しない。
「予定は決まり次第、双方に連絡させて頂きます」
ライザーはリアスに声を掛けるも相手にされず、そのまま機嫌悪そうに去っていった。一方通行からは全力で視線を逸らしていたので、余程応えているらしい。
「貴方に対して何かするとは思えませんが、もし何かあれば、すぐに教えてください。また後ほど伺います」
「茶は出さねェぞ」
お手本のようなお辞儀をし、グレイフィアも魔法陣を輝かせながら消えていく。彼女の姿が完全に消えるのを確認し、一方通行はジロリとリアスの眷属達の方へ目を向けた。
「オマエらが頭回ンねェのは分かるが、守りてェなら死ぬ気で口ぐらい出せ。そこらのキャンキャン喚いてるチワワでも、飼い主守る為なら不審者には殺す気で噛みつく。駄犬になりたくねェなら、せめて吠えるぐらいはしてみやがれ」
一難去って安堵していた彼らには、少しばかりキツい一撃。しかしながら、フリード・セルゼンは偶然この場にいた協力者でしかないのも事実。彼がいなければ酷いことになっていた可能性もある為、彼らは何も言い返さない。貴族という柵があっても、できることがあったのは事実だ。
「まァ、状況を悪化させなかったのは加点だな」
一方通行が唯一噛みついていたイッセーを一瞥するも、イッセーはイッセーで彼のことを怖がってしまっている為、祐斗の背後に隠れてしまっていた。
「フリード」
「なンだ」
「ありがとう。助かったわ」
リアスからの素直な感謝の言葉に対し、少年の返答は舌打ち。何が起こったのか理解できない様子の少女に、一方通行はため息を吐きながら懐に手を突っ込んだ。
「俺はそもそもオマエに文句つけに来てンだよ」
「え、ああ、そうだったわね。それで?何の用だったの?」
取り出したのは、件の依頼書の束。一方通行による様々な訂正が既に施されているものの、最新且つ正確な内容を把握できるのはリアスだけだ。彼がわざわざ面と向かって文句を言いに来たのは、その為である。
「このクソみてェに雑な依頼書で、どォやって仕事しろってンだ?座標のミスに誤字脱字。行った先がテナント募集の空き地だったら、俺はどンな面で立ってンのが正解なンですかね」
「それは……その……ごめんなさい」
「さっさと直せ」
来客用のソファを我が物顔で陣取り、コーヒーを飲む一方通行。彼に文句を言う悪魔などいるはずもなく、各々若干暗い顔のまま談笑を始めた。