Re: 一方通行、狂人神父に成り代わる。   作:ミツヒコ

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 色々とあって自分の文章に合格点を出せず、その上で二次創作である以上、元々のキャラクターのイメージを崩さないように……そう思うと、本当に書き直せど書き直せど三十点ぐらいにしか思えず。
 突貫で書き上げたものです。粗雑かもしれません。申し訳ない。



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第十六話

 やや粗暴な悪魔祓いの日常は、別に四六時中血生臭いわけではない。確かに日中はリアスから斡旋された仕事をしたり、適当に彷徨いていたら町のトラブルに巻き込まれたりはするが、基本的には長期休暇中の学生のような生活を送っている。それで神父扱いされているのはどうかという話だが、町の人間の認識を今更変えることもできない。

 

 そういう生活を送っていれば、当然、教会の中で一日を過ごすこともある。アーシアに言われて家事手伝いをしてみたり、教会にやって来た悩める子羊の相手をしたり。ミルたんの奇妙な冒険譚を肴にコーヒーを飲むこともあれば、暇潰しにゲームをすることもある。

 そして今現在、彼は同居人と二人でテレビの前を陣取っていた。アーシアの日本語学習も兼ねて、アニメを見ているのだ。

 ドラマや映画もそうだが、流行りのアニメというのは男女問わず話のネタになる。学校内だけではない。教会にやってくる子供達とのコミュニケーションも、アニメの話題を介することで円滑に進むケースがある。

 そんな理由もあって、アーシアはテレビを見ていることが多々ある。洗濯物を畳みながらドラマの再放送を見ている姿は、その温厚な雰囲気も相まって、昼下がりの主婦に見えなくもない。

 

『やっぱり、フリードさんに似てますよ』

『……そォか?』

 

 頭の上に見えない疑問符を浮かべながら、一方通行は首を傾げた。

 現在テレビで流れているのは、日本の誇る機械式青狸である。容姿は一方通行と似通っている部分が一つもないし、声や仕草もそうだ。便利なポケットもついていなければ、学園都市でギリギリ再現できなさそうな道具も持っていない。強いて挙げるとすれば、白と赤が使われているぐらいだろうか。だが、基本が白の一方通行に対し、彼方は白と青だ。赤は一方通行と同様、ほんの少ししかない。やはり違う。

 

「何処が似てンだ」

 

 頬を引っ張ってみても、以前より肉がついたとは思えない。考えれば考える程、何が似ているのか分からなかった。

 

『ポンコツ便利ロボットっつーことか?』

『そ、そんなことは言ってないです!』

 

 能力の汎用性と利便性。持っている数々の道具。それがアーシアからすれば近しいのかと思ったものの、そういうわけでもなかったらしい。

 学園都市の中ならば、そういう評価で間違いなかっただろう。実際、超能力者という肩書きも、上から見た時にどれだけ価値があるか考えた結果だ。しかし、今いる場所は学園都市とは無関係の土地。一方通行は再び首を傾げ、画面を注視し始めた。

 

『そいつじゃねェのか』

 

 数十秒後、眼鏡の子供を殴っているジャイアニズムの権化を指差し、少年は問い掛ける。一方通行としては彼の方がまだ近しいと思ったのだが、アーシアはどうにも納得がいかないらしい。眉間に皺を寄せて、ブンブンと首を振った。

 

『映画の時は少し似てますけど、こういう時は似てませんよ』

『基準が分かンねェ』

 

 ため息を吐き、缶コーヒーに口をつける。それとほぼ同時に、教会の扉が叩かれた。迷える子羊か、同居人の友人か。それとも何かしらのトラブルか。

 隣の少女が立ちあがろうとするのを手で制止し、中身の残っている缶を片手に扉へ向かう。ノックの余韻が残るそれを足で押し開けると、そこに立っていたのは珍しい訪問者だった。

 

「何やってンだ、兵藤」

 

 兵藤一誠。別名イッセー。リアスの眷属であり、『赤龍帝の籠手』を保有している元一般人。戦闘力はチンピラと殴り合える程度。ライザー達とのレーティングゲームで戦力になるかも怪しい状態だった為、主にイッセーの特訓目的で合宿が実施されているという話だった。

 

「聞きたいことっていうか、教えて欲しいっていうか」

 

 ワタワタと身体の前で手を動かしているイッセーに対し、一方通行は通常運転で返す。

 

「あ?」

「あ、いや、その」

 

 震える程ではないが、完全に怯えてしまっていた。可哀想なことに、この少年は一方通行が暴れている姿しか知らない。部室でリアスに頭を下げさせた時と、ライザーの腕をもぎ取った時だ。

 彼にとってのフリード・セルゼンの通常運転というのは、タルに剣を差し込んで海賊を吹き飛ばす有名な玩具のようなものでしかない。何をしたら怒るのかが分からないし、どうやったら気に入られるのかも分からない。アーシアが懐いているから大丈夫なのだろう、というあまりにも微妙な信頼があるだけだ。

 

「さっさとしろ」

 

 そんな状態のイッセーを眺めながら、一方通行は缶の中身をチャポと鳴らす。目の前の少年の口振りから考えて、リアスの代理で仕事の話をしに来たわけではない。そして、現在の彼の置かれている状況を考慮すれば、ライザーの倒し方だとか、不死鳥に有効な何かを聞きに来たと考えるのが妥当だ。

 しかし、一方通行が用いたのはベクトル操作を利用した特殊な方法である。力の量を操る神器である『赤龍帝の籠手』と力の向きを操る『一方通行』は根本的に異なる。エネルギーの量を倍増させて暴発させるぐらいならできるかもしれないが、エネルギーを増やすのは敵に塩を送ってしまうことになる可能性も捨て切れない。

 協力ぐらいならしてやろうとは思いつつも、特に良い案が思いつかないまま、十秒二十秒と経過していく。そして三十秒が経とうとしたタイミングで、イッセーは大きく息を吐き、意を決した。

 

「戦う時って、何考えてる……んですか」

 

 取ってつけたような敬語。丁度良い具合に後ろを吹く風。フレーメン反応を示した猫のようになる一方通行の口。全てが噛み合ってしまった微妙な空気を霧散させる為、新人悪魔は声を僅かに荒らげた。

 

「合宿で鍛えたけど、まだ木場にも小猫ちゃんにも勝てねえし、神器も上手く使えねえ。だから、せめて強い奴の考え方だけでも真似できねえかなって……思ったんです」

 

 若干首の角度を変え、悪魔祓いはイッセーを見据える。納得はした。そこに至った理由も理解はできる。何故自分のところなのかは若干議論の余地があるが、それよりも先に言いたいことがあった。

 

「まずその気持ち悪りィ口調をどォにかしろ」

「お前に対する距離感が分かんねぇんだよ!」

 

 イッセーと一方通行。彼らの間にリアスかアーシアを挟むことで関係は繋がるものの、基本的に二人だけでは何の矢印も出ていない。強いて挙げるなら、イッセーが一方的に怖がっているぐらいだ。

 仕方のない話ではある。部室での件を二つとも抜きにしても、一方通行はリアスの協力者だ。イッセーからしてみれば、上司の知り合いという関係になる。年齢的には自分と大して変わらなさそうに見えても、そこに恐怖が上乗せされるのだから、どう接したら良いか分からないのも当然だ。

 

「普通でイイ。敬語使いてェなら、グレモリーに基礎基本教わってこい」

「パーティとかもあるらしいから、流石に覚えなきゃだよな……ってそんな話じゃなくて」

 

 僅かに俯き、一方通行は考える。

 イッセーの求めている解答を、彼は持ち合わせていない。イッセーが求めているモノは、おそらくスポーツ選手のメンタル理論のような何か。一般論なら語れるかもしれないが、それは目の前の新人悪魔の求めている答えではないだろう。それは何も考えてないからとかではなく、単純にイッセーと同じような状況での戦闘などしたことがないからだ。

 

 そもそも、自分より格上と戦うという感覚が分からない。ベクトル操作という能力に目覚めてからというもの、格上という存在がいなかった。路上で集団から銃を向けられていても、葉の上のカマキリに威嚇されているのと大差ない。グレイフィアという最強格の悪魔と相対しても、白龍皇と相対しても、そういう感覚は変わらなかった。ゴキブリは逃げ回るから殺虫剤を使おうとか、蝶は害がないから放っておこうとか。そういう差が生まれるぐらいだ。

 戦うという感覚自体、あるのかないのか分からない。負けるというのはハナから考えておらず、勝つのは当たり前。適当な道具を使ってみたり、手で鷲掴みにして体内の何かしらをグチャグチャにしたり。過程が色々とあるだけで、結果は変わらない。五十と五十を合わせて百にするか、十を十個集めて百にするかの違いだ。

 

 それに対して、兵藤一誠は元々一般人。一方通行も区分としては学生だったが、彼を一般と区分するのはおかしな話だろう。不良グループに所属していて、喧嘩が日常茶飯事だったとかいう漫画のような過去は、この少し性欲の強い少年には存在していない。つい先日まで普通に暮らしていただけの男子高校生。

 悪魔になったことで身体能力は多少上がったものの、それでは他の悪魔と同じ土俵に立てるようになったというだけ。魔力の操作は並み以下。肉弾戦が主体となる神器を持っているというのに、体の動かし方は一方通行よりマシなぐらい。殴り合いは若干抵抗があるレベルで、殺し合いになったら抵抗どころの騒ぎではない。

 

「部長にはさ、多分勝てるんだよ。面と向かって言うのは無理だけど、単純に殴り合うだけなら今でもやり合えると思う」

 

 否定も肯定もしなかった。一方通行は彼らと真正面から殴り合ったこともなければ、彼らが戦っている様子を見たこともない。ただ、イッセーは神器を持っている肉弾戦主体の悪魔。リアスは諸々のスペックが高い上級悪魔であるからこそ、その豊富な魔力を用いた戦闘を行うことは予想できる。

 ガンマンと似たようなものだ。近接戦闘もできるが、中遠距離の方がその本領を発揮できる。そういう悪魔が相手ならば、今のイッセーでもある程度は戦うことができる。そういう話なのだと考えれば、理解できないこともなかった。

 

「ライザーにも勝つ。ライザーは負けイベのボスじゃなかった。お前が勝てたってことは、勝てないわけじゃないってことだ。勝って、部長の婚約を破談にする」

 

 攻撃が通用しないわけではない。殺せないわけではない。

 それが分かった以上、イッセーもどうにかすれば勝ち筋は見出せる。そういう理論だ。実際、限度がある不死なのだから、イッセーでも不眠不休で命を賭して殴り続ければ、できないことはないだろう。

 しかし、一方通行のしたことはルールの改変のようなものだ。相手の持つ特殊能力の無効化、もしくは書き換え。ベクトル操作による魔力の操作で、それに近いことを一時的にやってのけた。

 現状のイッセーがすべきなのは、一方通行の真似事ではない。それは彼自身も理解している。ただ、彼なりのやり方でやろうとすると、途方もない時間が溶けていく。

 

「策でもあンのか?」

「一応」

 

 一瞬だけ自信の灯った瞳が、すぐに暗くなった。唇を噛みながら、見つめるのは目の前にいる一方通行。

 

「でも、お前には勝てない。そう思っちまった」

 

 白い少年を見据え、新人悪魔は言葉を絞り出した。

 

「だから、お前しかいない。俺の知ってる中で、一番強いのはお前だから」

「そォかよ」

 

 白い少年は考える。考えつつ、缶の中身を飲み干した。

 一方通行は悪魔ではない。改造を施されているだけの、正真正銘の人間だ。超能力と魔力は全くの別物で、教えられることは何一つない。

 当然、神器保持者でもない。同居人が神器保持者ではあるが、彼はその詳細を知らない。そもそも、知っていたとしても用途が違いすぎる。完全に支援特化型のアーシアと、戦闘特化のイッセー。そのノウハウが活かせることができたとしても、ほんの僅かだろう。

 

「頼む。一言でも良いんだ」

 

 とはいえ、ここまで熱心な人間を拒めなかった。拒むこと自体は簡単だが、物陰から緑色の瞳が覗いているのが分かっていたから。もし自分が追い払えば、責めることもせず、少しだけ寂しそうにするのが目に見えている。一方通行はほんの少しだけ首を捻り、口を結んだ。

 僅かに言い淀み、コンマの思考を挟む。コレを言われて怖気付くなら、そこまでの奴。容赦する必要はない。ただ、期待もあった。ライザーに噛みついた唯一の奴がそこまでのはずがない。淡いかもしれないが、確かな期待があった。

 

「まァ、イイか」

 

 懐に手を突っ込み、一方通行はいくつかのボタンを押した。

 一応は知り合いであるから、少しぐらいは協力してやろう。そんな親切心がないと言えば嘘になる。協力関係にある存在に嫌がらせをするような人間ではない。

 ただ、間違いなく嗜虐心はあった。その証拠に、普段なら見せない類の笑顔が僅かながらに表出してしまっていたから。

 

「例えば、グレモリーがオマエに生き残れっつー命令をしたとする」

「お、おう」

 

 視線を少しだけ上に向け、イッセーは考える。思い浮かべるのは、化け物のような連中に遭遇し、生き残ることだけを優先する状況。間違いなく緊迫している。

 

「その後すぐ、アイツが惨殺されたとして、オマエはどォすンだ」

「そんなの」

 

 状況設定としては最悪極まりない。頭の中で考える間もなく、イッセーは額に青筋を浮かべ、拳を顔の前でグッと握り締めた。

 

「部長を殺した奴をぶん殴るに決まってるだろ」

「それで」

 

 が、返ってきたのはそんな言葉だった。

 

「そ、それで?」

 

 煽っている様子はなく、本当に続きを促しているだけ。夜中に絵本の続きを催促する子供。少年神父はそこまで純粋無垢な存在ではないが、系統としては似たようなものだった。

 

「殴り殺すのか?それとも、殴って怯ンだ間に逃げンのか?」

 

 問い掛けられ、ポカンとするイッセー。

 その姿を見て、一方通行はハッと短い笑いを吐き出した。

 

「言うのは簡単だよな。誰でもその言葉は口に出せンだよ。だが、実際にはしねェ。できねェ。殺すのなンか、ここに針刺せばイイだけなンだぜ?」

 

 そう言って、一方通行はコメカミをコツコツと指先で叩く。

 

「元々そこらの一般人だったオマエが、グレモリーの仇だからっつー理由だけで、そンな簡単に相手を殺せるわけがねェよな」

 

 殺してやる。そう思ったところで、人殺しをできる人間は少ない。命の危険に晒されている状況ならともかく、普通に生活しているならば、まず思うことすらないはずだ。

 相手が動物だったとしても、大抵の人間は躊躇してしまうだろう。羽虫や害虫ならともかく、カブトムシの首をもげと言われて、実行できる人間は何%いるのか。

 殺すとはそういうことだ。いくら鍛えたとはいえ、兵藤一誠は未だに性根が一般人。殴ることはできても、それ以上はできない。イッセー自身、一方通行の解説を聞くまでもなく、理解できてしまった。

 

「殺せもしねェ。逃げもしねェ。つまり、命令も聞かねェ上に仇討ちすらまともに成し遂げられねェ」

 

 込み上げてくるのは、煽るような言葉の応酬による怒り。しかし、その矛先は目の前の少年神父ではない。自分自身。反論をすることすらできない、弱い自分。

 

「オマエが殴って、どンだけ効くンだろォな。怯みもしなかったら、眷属全員が死ぬかもしれねェぞ、オマエのせいで」

 

 想像ができた。実際に目の前で起きているわけでもないのに、妙な絶望感さえ覚えてしまっていた。それは十分にリアリティがあるからで、今の自分がやってしまうであろう最悪の未来だから。

 

「今のオマエに足りてねェのは、そォいう覚悟だ」

 

 その二文字が、重くのしかかる。

 

「殺す覚悟も、見捨てる覚悟もねェ。当然、一人で犬死にする覚悟もな。学生気分が抜けてねェみてェだが、オマエはもォ人間じゃねェ。人の生き死にを嘲笑わなきゃナメられる悪魔で、王に仕える兵士だ。殺せっつー命令には従わなきゃならねェし、仲間を見殺しにしろって言われたンなら、どンな奴だろォと見殺しにしなきゃならねェ」

 

 王、兵士。

 国語的な捉え方をするのであれば、二つの単語それぞれに大した意味はない。辞書を隅から隅まで読んだとしても、数行あるかないか。

 だが、二つを結びつけた時に生じる意味は。言葉だけでは言い表せない何かがある。それを表現することは、今のイッセーでは難しい。しかし、そこにある何かは分かった。分かったからこそ、何も言えなくなる。

 

「どっちもやりたくねェってンなら、実力で黙らせるしかねェンだよ。グレモリーが何もかもをオマエに一任するよォな、信頼っつー不確かなモンと、力っつー確かなモンが必要になる」

 

 続く言葉があるとすれば。

 少年の口から出なかった言葉を想像し、イッセーは俯く。どちらも欠けている自分がすべきことは。最初の問いにどう答えるべきだったのか。一文字に結ばれた唇が、段々と歪んでいく。

 

「生きろっつー命令が下されたなら、ダルマになっても生き延びンだよ。仲間が挽き肉にされても、泥の中で息殺して見殺しにすンだ」

 

 反論もせず、イッセーは拳を握る。

 リアスがそんな命令を下すかと言われれば、しないのは分かる。家族同然の存在を見殺しにするような命令はしない。しかし、一方通行の言うことも十二分に理解できたから。

 王の命令は本来絶対遵守。もし破るのであれば、それ相応の成果を求められる。それができないにも拘らず、自分は命令を破った最悪の兵士。想像上のこととはいえ、これ程応えることはなかった。憧れの部長の命令も尊厳も守れない奴。そう思うと、ギュッと心臓が締まるような気がした。

 

「そう、だな」

「だから」

 

 蚊の鳴くような声で吐き出された肯定の言葉。掻き消すつもりだったのかは分からない。しかし、結果的にそうなった。イッセーは顔を上げ、目を丸くする。

 いつの間にか、白い少年の体勢が変わっていた。俯いていた間のことだ。大して変わってはいない。奇怪な格好もしていない。ただ、手の中に機械があった。身近な物ではあるが、若干見慣れない電子機器。自分と変わらないぐらいの少年が持つのは、やや変わっているようにも思える物。

 

「助けろって言われたンなら、死ンでも助けろ。それが兵士の仕事だろ」

 

 一方通行が放り投げたのは、通話中の携帯電話だった。

 イッセーはその画面を見て、ぐしゃっと顔を歪めた。表示されているのはカタカナが五文字。何をしたら良いのか分からなかったが、ほぼ反射的に耳に当てた。

 

「何やってンだか」

 

 間髪入れず、反射の対象に周囲の音を組み込む。三十五秒。一方通行が観測したのは、たったそれだけの時間。しかし、兵藤一誠の表情を二転三転とさせた上で涙を流させるには、十分過ぎる時間だったらしい。

 耳から携帯電話が離れることを確認し、設定をデフォルトへ。差し出された携帯電話を手に取るや否や、二種類の声が響いた。

 

「「ありがとう」」 

 

 イッセーは頭を上げた後、颯爽と自転車に跨った。何とも様にならない去り際だが、それもまた彼らしいのだろう。一方通行は少年の後ろ姿を見送ることなく、扉をやや乱雑に閉めた。

 

『お疲れ様でした』

 

 ひょっこりと現れたアーシアの両手には、湯気の立っているマグカップが一つずつ。一つの中は真っ白。もう一つの中は真っ黒。

 聞くまでもなく、一方通行は黒い方を受け取った。未だに持っていた空き缶はゴミ箱に投げ入れ、歩きながら新品を口に含む。

 

『あァいうのはオマエに任せるべきだな。無駄に疲れる』

『私は好きですよ、フリードさんのお話』

 

 少し前と同じように同じソファに座り、テレビに目を向ける。先程のアニメから打って変わって、見たことも聞いたこともないタレントが騒いでいる番組になっていた。

 

『私はフリードさんみたいに物知りじゃないですし、そういう場所に立った経験もないです。私が出て行っても、イッセーさんの求めているものは上手く掴めなかったと思います』

 

 アーシアはカップを僅かに揺らし、渦を作るミルクを見つめる。

 

『私は誰かを想ったことはあります。それはイッセーさんも同じだと思いますけど、誰かの為に戦ったことはないです』

 

 リアスを想っているイッセー。その気持ちは理解できても、それを抱いて戦場に赴く少年の気持ちを理解することは、アーシアには難しい。表層を理解したとしても、それで唱えることができるのは一般論。経験則に基づいた言葉は生まれない。

 それならば、誰かを想っていなかったとしても。それが単なる善性によって生まれた行動だったとしても。見ず知らずと言っても良い少女の為に動いたことがあるのだから。

 

『だから、今回はフリードさんが適任でした。ああいうお話になるとは思いませんでしたけど』

『説法は教わってねェンだよ』

 

 僅かに逸される赤い瞳を見て、アーシアはフフッと小さな笑い声を上げた。

 

『なンだ』

『何でもないですよ?』

 

 グレモリー眷属の決戦前夜。

 たわいもない会話を繰り広げている二人の元へ、更なる訪問者が現れた。それは特筆すべきでない、銀色が特徴的なメイド。要件も大したことではなかった。二枚の招待状を手渡す為。二人の翌日の深夜の予定は、少し変わったスポーツ観戦に決まった。

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