Re: 一方通行、狂人神父に成り代わる。   作:ミツヒコ

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第二話

 

 真昼の公園の中心でいつまでも握手擬きをしているわけにもいかず、一方通行は少女を引っ張り起こした後、左手に持ったままになっていたヴェールを手渡した。もし彼がベンチに座っていなければ、彼女は今もヴェールを追って四苦八苦していただろう。

 

『もォ少し工夫したらどォなンだ』

 

 年頃の少女なのだから、ヘアピンなり髪ゴムなり固定する物は色々とあるはず。そういう考えから生まれた発言だったのだが、肝心の少女はそれを分かっているのかいないのか、大事そうにヴェールを抱えたまま、一方通行の顔をジッと見つめていた。

 ムムと眉間に皺を寄せている顔は間違いなく可愛らしいのだが、それは見惚れているというよりも、何かを思い出そうとするような表情。そのまま二人の間で沈黙が流れること十数秒、先に口を開いたのは少女の方だった。

 

『本当にありがとうございました』

『次は知らねェぞ』

 

 手で目元を覆い隠し、大きなため息を吐く。そして指の隙間から改めて彼女の姿を確認する。外国人観光客という装いではないが、何処かの教会のシスターが買い出しの為に出歩いていたという感じでもない。公園で何らかの奉仕活動をしていたという線もあるが、それにしては手荷物があまりにも少な過ぎるようにも思える。

 物珍しい存在ではあるのは間違いないが、一方通行の求めているモノとは真逆の存在だ。住民の姿や咄嗟の時に出た声から判断する限りでは、目の前の少女は明らかに土地勘がある人間ではない。一方通行が現在求めているのは心理的に迷える子羊を導く存在ではなく、物理的に迷っている人間を導くことの出来る物品だ。具体例を挙げるとすれば、地図や電話帳の類が望ましいところ。だが、コンビニにあるか微妙なラインの二つである。

 少女は彼の行動に首を傾げつつ、再びその緑色の瞳を祭服姿の一方通行に向けた。その視線がジーッと捉えているのは、特徴的な長い白髪と指の間から覗く赤い瞳。所謂アルビノのような特徴を持っている人間というのは、そこまで多く存在しているわけではない。故に少女は意を決し、勢いづけるように大きくゆっくりと頷いた。

 

『あの、もしかして……フリードさんですか?』

 

 一方通行は目元を隠していた手を外し、ジロリと少女に目を向けた。元々の仏頂面も相まって若干恐ろしい動作ではあるが、彼女はその行動に怯えている様子は微塵もなく、ただ不思議そうな顔をして祭服姿の少年のことを見つめている。

 

『……そォなンじゃねェの』

 

 暫しの沈黙の後、彼が絞り出した答えはそれだった。何とも曖昧極まりない解答だったが、一方通行としても答えようがないのだ。教会で話し掛けてきた女の反応にしろ、今現在の少女の反応にしろ。そのフリードという人間に特徴が似ているから、そういう声を掛けられているのだろうとしか考えられない。

 ついでに言えば、半ば適当な生返事でもあった。本物が何処に行ってしまったのかは分からないが、別に本当のことを喋る必要もない。一方通行としては気まぐれで手助けした程度で、それ以上に関わるつもりがなかったからだ。

 

『やっぱり!』

 

 パンと手を鳴らし、屈託のない笑顔を見せる少女。あまり向けられることのない表情に困惑しつつ、一方通行は顔を顰めた。口ぶりと行動だけで判断するならば、少女はフリードの直接的な知り合いではない。噂に聞いていた通り。そう言わんばかりの動きである。

 

『レイナーレさんから、フリード・セルゼンっていう方が迎えに来てくれるって連絡があったんです』

『……そォか』

 

 また正体不明の人名らしき単語が登場したが、その発言で一方通行は目の前の少女が何者であるかを特定することが出来た。廃教会にいた女がフリードに任せていたという仕事は、アーシア・アルジェントという存在の迎え。それと眼前の少女の言葉を照らし合わせれば、自ずと答えは見えてくる。

 

『空港と電車はどうにかなったんですけど、ここに来てから道に迷っちゃって』

 

 照れ臭そうに笑っている仮称アーシアだが、一方通行も唐突に見たことのない場所に放り出されている真っ最中。学園都市の中ならいざ知らず、彼がこの町の地形で知っているのは、現在いる公園から廃墟同然の教会までの道のりぐらいだ。近場のコンビニへの道すら分かっていない。

 そんな状況で道に迷っている少女を一人抱え込む。フリードという存在が書き置きをしているわけでもないので、案内するべき場所も不明。女の発言から察するに廃教会が目的地という可能性はそれなりにあるものの、小綺麗な修道女が行くというのは考えにくい。

 

『フリードさんも迷ってたんですか?』

『どォしてそォなンだ』

 

 確かに一方通行は間違いなく迷子ではあるのだが、道案内を任されていたフリードが道に迷うなど、上による人選ミスにも程がある。そんな人間を案内役として送り出すぐらいなら、幼児がクレヨンで描いた地図の方がマシだろう。

 

『朝の九時に駅前で集合予定だったのに、お昼になっても姿が見えなかったので……』

 

 つまるところ、彼の前にいるアーシア(だと思われる少女)は、駅前で集合予定だったのに来ないフリードの為に歩き回った。そして最終的には自分が迷子になるという、お人好しだか間抜けなのだか分からない行動をしたということ。

 

『ケータイぐらい持ってねェのか』

『来る前に……壊れちゃったんです』

 

 僅かに挟まった悲しげな沈黙が違和感を生じさせていたが、それについて根掘り葉掘り聞くほどの仲ではない。そもそも仲良くなってもそこについて聞いて良いモノなのか、交友経験に乏しい一方通行には分からなかった。

 行方知れずのフリード・セルゼン。時間にルーズな人間なのか、サボり魔の類であるのか。パッと思いつく平和な線はその二つ。平和ではない線となると、十や二十の選択肢と共に死という文言まで引っ付いてくる。

 

『それでも、教会の住所ぐらいは分かンだろ』

『あ、はい。いざとなったら警察の方に聞こうと思って、ちゃんと持ってきてます!』

 

 丁寧に折り畳まれたメモ用紙を両手で広げ、少女は一方通行の眼前にそれを突き出した。彼がやや仰け反りながら視線を走らせると、そこにはイタリア語と拙い日本語の両方で住所らしきモノが書かれている。

 

『遠くはねェな』

 

 住所が嘘偽りないのであれば、駒王町が位置するのは関東圏。学園都市の外ではあるものの、最悪の場合は徒歩でも行ける距離だ。一方通行の能力を活用し、周りの道やら何やらの被害を考慮しないのであれば、一時間程度で行けなくはない。

 

『近くまで来れてたんですね』

 

 一方通行の独り言が妙に噛み合っていたせいで、奇妙なコントのようになってしまっていた。白い少年が顔を顰めるのと同じタイミングで、金髪の少女は首を傾げる。

 当然と言えば当然の話だ。彼女の元にはそもそも迎えが来る予定だった為、今から教会へ案内してもらえるという考えが生じるのは普通のこと。全ての下りを総括して悪い人間を挙げると、第一に何処かへ消えたフリード・セルゼン。第二に適当な返事をしてしまった一方通行だ。アーシア(仮)は約束をすっぽかされた可哀想な少女でしかない。

 

『そォだな』

 

 ため息と共に漏らすのは諦念。慣れていないことはするべきじゃないと内心で嘆きつつ、一方通行はベンチに置きっぱなしにしていた缶を手に取った。軽く揺らせば、チャポチャポという音が小さく鳴る。一方通行個人としては捨てたいところではあるものの、自分のことを神父だと思い込んでいる修道女の前でしようとは思えない。仕方なく、少年はその中身を一息に飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 白髪赤目の祭服の少年。金髪碧眼の修道女。その二人が日本の住宅街を歩く景色というのは、どうにも異質なモノである。喋っている言語はイタリア語。比較的馴染み深い英語ですらない上、白髪の神父の方は日本語も度々混ぜて話している。

 どちらも顔が整っているおかげで絵にはなるが、それはそれ。駒王町が観光地ではない土地であることに加え、教会らしき教会もボロボロのが一件あるのみ。駒王学園に在籍する留学生などを除けば、未だに海外の人間と触れ合うことのない人々からしてみれば、失礼ながらも少しばかり恐怖を覚えてしまう存在である。

 

『見られてますね』

『まァ、そォなるだろォな』

 

 公園を出発してから、一方通行は多少の身の上話のようなモノを一方的に聞かされていた。名前は彼の予想通りアーシア・アルジェントであり、イタリア出身の修道女であるということ。そして自分の持つ神器で悪魔を治療してしまい、日本の教会に左遷されたということ。しかもその教会は、一方通行が目を覚ました廃教会であるということ。

 

「悪魔ねェ……」

 

 教会内部での隠語なのか、何か罪を犯した人間に対する呼称なのか、本当に文字通りの悪魔なのか。色々と一方通行なりに考えてみた上でアーシアに聞いてみても、アーシア自身もあまり分かっていない様子。これに関してはアーシアの説明能力にも問題があるかもしれないが、自分の持つ前提としての知識にも問題があるのかもしれないと判断し、一方通行は頭を引っ掻きながら頑張る少女の口を止めた。

 神器という何かも分からなかったが、原石か能力者をそう呼称しているのだろうと仮定し、一旦保留。何も知らない人間が見れば、低位の能力者でも特殊能力者なのだから、大層な名前が授けられていても不思議ではない。

 

『フリードさんはどうして日本に?』

『……オマエと似たよォなもンだ』

 

 フリードの身の上が分からない以上、フリードのロールプレイもかなり杜撰なモノだ。アーシアが彼を知らないこと、そして彼女の質問が答えづらいモノではないのが救いだろうか。

 

『なァ』

『どうしました?』

『学園都市。聞き覚えは』

 

 一方通行からの問い掛けに対し、少女は立ち止まって首を捻る。

 学園都市には留学生も多く、世界各地から研究者が派遣されたり、逆に世界各地に派遣されたりしている。一方通行も学区内を歩く自前の金髪を持つ少年少女は多く見ているし、容赦なく英語で声を掛けてくる研究員とは何度も会った経験がある。

 外部から見れば、完全に未来に生きる都市。観光ツアーの一つにもされており、観光バスは不定期ながらも大量に乗客を乗せてやって来る。海外でもそういう類のツアーがあるのかは一方通行も知らないが、知名度はそれなりにあるだろう。そう考えての質問だったのだが、現実は残酷である。

 

『ないです。日本の地名ですか?』

『まァ、そンなとこだ』

 

 二戦二敗。片方は県の名前も知らない女。もう片方は幼少期から修道院で暮らしていたという少女。知識に偏りがありそうな二人ではあるが、まさかの二連敗に流石の一方通行も顔を顰めるしかなかった。

 アクセントかワードチョイスを間違えたのかと言い直すも、反応は相変わらず。二度三度と繰り返すうちにアーシアが申し訳なさそうな顔になったのを見て、彼も軽く謝罪して質問責めをやめることになった。

 

『トーキョー、キョートぐらいなら知ってますよ。それからヒロシマとナガサキは修道院でも勉強しました』

『……それだけ知ってンのに、学園都市に聞き覚えがねェのか?』

『ごめんなさい』

『イイ、謝ンじゃねェ』

 

 募る違和感。焦りが生じているわけではない。学園都市には多少の資産があるし、私物もそれなりに存在している。だから自分にとって重要な場所かというと、一方通行の答えは「そうでもねェ」となる。

 幼少期から人が平気で死ぬ研究所をたらい回しにされ、フラフラと出歩いているとネームバリューのせいで不良達に絡まれる日々。突っ立っているだけで終わるのは間違いないが、面倒であることに変わりはない。現在でも度々実験の誘いはあるものの、それで何かが劇的に変化するということもない。彼にとっては、ごくありふれた何の変哲もない日々。

 つまるところ、一方通行は学園都市という場所に愛着がない。暮らしてきた場所だから。一応は家がそこにあるから。そういう理由で一旦帰ろうと考えているぐらいで、別にどうしても帰りたいというわけではない。

 

 ぼんやりと現状を考えていると、彼の前のアスファルトには何本もの白線が描かれていた。少し上では特徴的な音が鳴ると共に緑色の光が灯っており、二人は特に躊躇いなく白線を跨ぎ始める。

 ツカツカ。トコトコ。先導する人間とされる人間。仏頂面の少年と話すことの何がそんなに楽しいのか、アーシアは彼の一言一句に一喜一憂していた。一方通行も不快感を覚えているわけではない。誰かと話すという経験が少なく、しかも相手が変に好意的という状況に慣れていないだけだ。楽しいかどうかはまた別の話だが、少なくとも気分が悪いとか耳を塞ぎたいとかではない。

 二人が横断歩道を渡り終わるのとほぼ同じタイミングで、緑色の光がチカチカと点滅し始めた。そういう時に人はどうするだろうか。走り抜ける人もいれば、用心深く止まる人もいる。止まるべきではあるのだが、それを律儀に守る人間というのはそんなに多くない。

 

『フリードさんは』

 

 アーシアが何かを切り出そうとした瞬間、子供特有の甲高い騒ぎ声が後方から響いた。それに母親らしき人物の嗜めるような声が続く。母親があまりいない学園都市ではあまり聞くことはないが、一般的な生活音の一部だ。

 ついでに言えば、子供が転倒してしまうのもご愛嬌と言ったところか。最終的には子供とその母親の悲鳴が響くことに。そのせいで連鎖的に修道女が駆け寄ってしまい、一方通行まで足を止める羽目になった。

 幸いにも、子供が転けたのは渡り切ってすぐの場所。母親と子供を分断するように自動車が行き来しているものの、歩道の上でそれらを気にする必要はない。だが、大粒の涙を溢している子供を治療する道具も手元にない。

 

『大丈夫ですか?』

 

 アーシアよりはマシな転け方をしたようだが、アスファルトで擦ったせいで血は派手に出ている。負傷箇所は両手と右膝。裂けているだとか、部位欠損が起こったとかではないが、やはりすぐに治るようなモノでもない。子供にとってベストなセットとなると、キャラクターのプリントされた絆創膏と消毒液だろうか。

 しかしながら、それらがあったとしても子供の涙は止まらなかっただろう。原因はアーシアである。優しげな表情の美少女というのは確かに癒しになるかもしれないが、唐突に知らない言語で話し掛けられるのは大人でも怖い。怪我をしたばかりの子供なのだから、それは尚更だ。

 

『ビビってンぞ』

『あ、えっと……通訳をお願いします』

『……どォなっても知らねェからな』

 

 最悪の人選。そう思いつつも、一方通行は断らなかった。アーシアの隣で子供に視線を合わせ、相も変わらずの仏頂面で声を掛ける。

 

「大丈夫か、だとよ」

 

 当然、泣き声が大きくなった。パッと見ではガラの悪い男女の二人組、もしくは外国人二人組。金髪の少女の方はともかく、片方は人喰いウサギと形容されてもおかしくない少年。泣き出さないはずがなかった。

 

『ほらな』

『ごめんなさい……』

 

 アーシアの中での一方通行の第一印象と、子供の抱いた印象は大きく異なっていた。ただそれだけの話である。

 

『大丈夫ですよ』

 

 一方通行に対して下げていた頭をすぐに上げ、未だに泣いている子供に顔を向ける。聖母のように微笑む彼女の両手には、いつの間にか一対の指輪が現れていた。

 そして少年の膝に向け、両手を翳す。指輪を中心に緑色の淡い光が放たれ始めたかと思えば、見る見るうちに削れた皮や滴っていた血が消えていく。側から見れば、それは奇跡や魔法の類。だが、科学の街からやって来た一方通行の思考は異なる。

 

「他人の治療に肉体変化?いや、幻覚で子供の興奮を抑えてンのか?そンな逆再生みてェな真似……」

 

 それはおそらく、アーシアが神器と表現していた何か。彼の知識の中に思い当たる能力はない。肉体変化の類が最も近いかもしれないが、他人の傷に干渉出来るとなるとレベルはそれなりに高いだろう。疑問を解決しようにも、介在している理屈が導き出せない。思わず手を伸ばしそうになるも、能力の行使中に手を出すのはあまり良くない。

 一方通行はそのまま静かに観察を続け、アーシアも小さな子供の傷の治療を続ける。子供もその光景を不思議そうに眺めており、その場にいた全員が淡い光に目を奪われていた。

 

『もう大丈夫ですよ。次からは気をつけて下さいね』

 

 アーシアが子供の体から手を離すや否や、見計らったように特徴的な音が響く。二回目が繰り返された瞬間、少女と子供と間に割り込む大人がいた。言わずもがな、道の向こう側で待たされていた母親である。

 

「大丈夫なの?」

「うん、お姉ちゃんが治してくれたから」

 

 笑顔を浮かべる親子のやり取りを経て、母親の目は二人の方へ向けられる。コスプレのように見える姿ではあるが、少なくとも一方は本職。悪さをしたわけでもない。

 にも拘らず、向けられる感情は恐怖の色。感謝の言葉と共に頭は下げたものの、そそくさと子供を隠すように二人の元から去っていった。転けて泣いていたはずの子供に駆け寄ってみたら、傷一つない状態で周囲には妙な二人組がいる。そんな状況に置かれて、気味悪がるなというのも難しい話だろう。

 慣れている一方通行はともかくとして、アーシアの表情はあまり良いとは言えない。笑顔を作ってはいるが、彼女が何度も一方通行に見せたそれよりも口角は低い。

 

『……今のが神器ってヤツか』

 

 そこで彼が切り出したのは、先程生じた単なる疑問。それに話を逸らそうと意識をしたつもりはなかった。そういう感情もなかったと言えば嘘になるかもしれないが、どちらかというと知的好奇心の方が大きかったのは間違いない。

 

『そうです。これがあったから、私は聖女って呼ばれてたんです』

『まァ、神の奇跡って言われても仕方ねェか』

 

 一方通行のような超能力者でなくとも、学園都市の外では十分に人外だ。少し風を起こしたり、マッチ棒ぐらいの火を起こしたり。猫やハムスターとテレパシーで会話出来る程度でも、まるで超能力者のように扱われるだろう。

 アーシアのような傷を癒す能力となれば、それらの比ではない。ベクトル操作は万能な能力。アーシアの神器は治癒に特化した能力。どちらが良いとか悪いとかはなく、教会のような場所で祭り上げる対象となると後者の方が良いだろう。

 

『あの日から、時々思うんです』

 

 唐突に話を始めた少女の瞳からは、ポロポロと涙が落ち始めていた。何が切っ掛けになったのかは分からない。見ず知らずの母親の対応のせいか、子供を治療したことか。一方通行が知らないうちに何かをした可能性もある。何れにしても、アーシアは涙で道を濡らしていた。

 

『私、間違ったことをしたのかなって』

 

 あの日。間違ったこと。その二つで想起させられるのは、悪魔を治療したという過去。一方通行の知るアーシアの過去がその程度しかないというのもあったが、治療が切っ掛けとなるとそれが該当しそうだと考えたのだ。

 

『だから、主にも見放されて』

 

 鼻をスンスンと鳴らし、袖でグシと目元を拭う。それ以降は言葉を紡ぐこともままならず、似たような行動を繰り返すばかり。周りに人が少ないのが、不幸中の幸いだろうか。

 一方通行はその白い髪の中に手を突っ込み、ガシガシと乱雑に引っ掻く。どうにか宥めようと頭の中の言葉を並べ、思うままに喉元に持ってくる。

 

『オマエがしたことの罪の重さなンざ、俺は知らねェ。断罪する立場でも、教会の上の人間でもねェからな』

 

 そもそも教会の人間ですらない。一方通行は一方通行であり、フリード・セルゼンとは何の関係もない超能力者なのだ。それでも、だからこそ。客観的に彼女の置かれた状況を見ることが出来る。

 

『オマエ、後悔してンのか』

 

 彼の問い掛けに返答する声はない。ただゆっくりと首を振り、一方通行の顔をほんの数秒だけ見つめる。そしてすぐに顔を隠すように袖で拭い始め、スンと鼻が鳴った。

 

『してねェなら、それでイイだろ』

 

 ため息を一つ挟み、言葉を続ける。

 

『オマエを裁いたのは組織だ。罪刑法定主義ってヤツで上の奴らが裁いただけだろォが』

 

 一方通行が聞いた限りでは、悪魔を治療したことで魔女と呼ばれ始め、最終的に追い出されたという話だった。そもそもが交友関係の狭い一方通行に、科学の街で信心深い人間に出会った試しなど当然ない為、神が実在するのかどうかなど考えたこともない。

 しかし、いようがいまいが組織が裁いたことに変わりはない。もし神が直々に裁いたのであれば、アーシアは自分が間違っていたと決めつけるはずだ。それがないのだから、上から通達されたぐらいなのだろうと一方通行は判断した。

 

『それを作ったのは何処の何奴だ』

 

 続けて彼が指差したのは、未だに少女の両手の指に嵌っている一対の指輪。神器という呼び方を考えれば、それを作った存在は自ずと導き出すことは出来る。

 

『それは……』

 

 若干落ち着いていたアーシアは、両手で祈りの形を取っていた。それが示す存在は一つ。行動が無意識か否かは関係ない。どちらであったとしても、答えは変わらないのだから。

 

『それが悪りィことなら、そもそもそンな真似が出来ねェよォに設定すンだろ。それが出来たンなら、組織に都合が悪りィから追い払われただけだ。ソイツに見放されたわけじゃねェ』

 

 天に指を差し、ソイツ呼ばわり。神父や聖職者としては失格だが、彼は宗教とは縁遠い育ちをしてきた科学の街の住民。神罰やら天罰やらに怯えることもないし、実際にそれらが降り注いでも科学的に実証しようとするだろう。

 

『少なくとも、さっきの母親はオマエに感謝してた。怯えてたにしても、その事実だけは残ってる。あのガキも笑ってただろォが。その悪魔もそォだろォな』

 

 怯えられたのは、そこにあった理屈が分からなかっただけ。分からないというのは恐怖に繋がる。それは仕方のないことだ。

 それを差し引いて考えれば、母親も子供もアーシアに感謝しか示していなかったはずだ。怪我を治してくれた人間に敵意を持つか。答えは否。実の息子を助けてくれた人間に敵意を示すか。答えは否。それは悪魔も例外ではないはずだ。

 

『オマエのことなンざ知らねェ。まだ会ってそんなに経ってねェからな』

 

 公園で過ごした時間を含めたとしても、彼らが共に過ごしたのは一時間程度。道案内の後に一方通行が取る行動によっては、本当に数時間程度の関係で終わる可能性すらある。

 

『ただ俺でも一つだけ分かンのは、オマエがバカだってことだ』

『ば、バカですか?』

 

 容赦のない発言に、まだ若干涙ぐんでいる目を丸くするアーシア。まだ出会って少ししか経っていない、比較的優しそうな異性からの躊躇いのない罵倒。何か虐めるような意図があるわけではないのはアーシアも理解しているし、怒声混じりのモノを浴びせられるよりは良いかもしれないが、それはそれである。

 

『オマエは自分よりも他人を優先するタイプのバカだ。そンなオマエが、目の前で怪我した奴を見捨てンのは間違ってる』

 

 それが一方通行の考えるアーシア・アルジェント。

 待ち合わせの時間になっても来ないから、もしかしたら迷っているのではないか。そんな思考で自分も迷子になり、挙げ句の果てには公園で転ける。見ず知らずの子供相手に能力を惜しげなく行使し、最終的には恐怖に近い感情を向けられる。

 それらの行動が取れるのは、アーシアが基本的にお人好しだからだ。自分がどうなるかよりも先に、相手がどうなっているのかを考えて行動してしまう。後先考えていないとも捉えられるが、それは一長一短というモノ。長所は裏返せば短所なのだから、仕方のないことだろう。

 

『……オマエにはオマエの正義があンだ。神に見放されるかどうかぐらいで、そのやり方を捻じ曲げる方が間違ってンじゃねェのか』

 

 真っ直ぐに涙目を見つめ、言い切った。聖職者からしてみれば、神に見放されるのは死活問題である。流石にそれは言い過ぎたかと反省し、一方通行は態とらしく咳払いを一つ加える。

 

『まァとにかく』

 

 らしくねェ。彼は内心でそう呟きつつ、白髪で隠れている顳顬の付近を人差し指で掻く。本当のところはそっぽでも向きたいところだったが、何となく彼は彼女から視線を外せなかった。勝ち負けが発生するわけでもないのに、道端の二人は睨めっこのように顔を見合わせていたのだ。

 

『俺はそォ思わねェってだけだ。気にすン、な……』

 

 改めてそっぽを向こうとした矢先、先程まで単なる涙目だったはずのアーシアの目から、再びボロボロと涙が溢れ始めていた。これが学園都市一のモテ男ならまだしも、一方通行は学園都市第一位の超能力者でしかない。コミュニケーション経験は同年代よりも少なく、泣いている女性を目の前にした経験など皆無に等しい。

 パニックに陥ることはないが、彼にしては珍しく困惑が原因で顔を顰める羽目になっていた。彼を知っている人間が見れば、腹を抱えて大爆笑されていたに違いない。

 

『ご、ごめんなさい。あれ、あれ……』

 

 涙を流している本人にも、その雫の原因は分からなかった。自分の行いを認めてくれる同僚に出会えたからか、それとも主に見捨てられたわけではないと実感出来たからか。色々と感情が渦巻き、ぐちゃぐちゃになり、何が源流になっているのか分からない流れに思考が絡め取られる。

 碧眼から溢れる涙は鼻筋を濡らすだけに飽き足らず、目尻から顎に流れ落ちたり、声が漏れ出る唇の隙間から流れ込んだり。そんな姿を見られるのが恥ずかしく、目の前にあった一方通行の祭服に少女は縋りついた。

 

『オイ』

 

 注意するような声が耳に入ってくるも、隠している顔は見せられる状態ではない。諦めるような、呆れるような。そんな感情が入り混じった息を吐く音が聞こえ、アーシアは涙を流しながらクスリと小さく笑った。

 

 少女が顔を離したのは数分後のこと。目元が若干腫れているのとは別に、羞恥心で顔が真っ赤になっていた。一方通行は特に気にしている様子もなく、強いて言うなら服が汚れたことに顔を顰めていた。

 

『そろそろ行くか』

 

 色々と話していたが、まだ教会に着いたわけではない。一方通行が道を急ごうと口を開いて先を指差した瞬間、キュウだとかギュウだとか。何とも表現に困る音が少女の腹部から鳴った。

 

『……あの、遅めのお昼ご飯にしませんか?』

 

 一方通行の視線の先。若干呆れたようなソレの先には、先程よりも更に顔を真っ赤にした少女がいた。

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