第十九話
フェニックスの一件が終わって以降、一方通行は平和な日々を過ごしていた。レイヴェルが遊びに来たり、ミッテルトとレイナーレがアーシアと駄弁りに来たり、ミルたんが手土産を持って現れることもある。
今日はそういった知り合い連中だけでなく、迷える子羊も誰一人として教会を訪れることがなかった。その結果、一方通行はアーシアと二人でゆっくりと過ごしていた。悪魔祓いとしての仕事もせず、何かジッと考え込むこともない。
小説を読みながら、ソファに寝転がる一方通行。子供達から教わった折り紙に挑戦しているアーシア。床を忙しなく走り回っている丸い掃除機。そろそろ風呂に入ろうかという時間ではあったが、行動に移すには若干早い。それぐらいのタイミングで、唐突に教会の扉が叩かれた。
『イイ。座ってろ』
立ち上がろうとしたアーシアを手で制し、一方通行は小説に栞を挟む。
「こンな時間に来るってことは、またアイツらか?」
凝り固まっていた背中を鳴らしながら、扉へ向かう。
頭の中で思い浮かべているのは、紅髪の少女とその仲間達。しかし、連絡先を知っているリアスならば電話をかけた方が早いことを理解している。イッセーはともかく、他の面々は一方通行に用事が生まれることもない。そう考えると、イッセー以外の悪魔は候補から外れる。
考えても仕方がないので、彼は特に警戒もせず扉を開いた。どうせ宿を探している人間か、頭のおかしい輩、もしくは酔っ払い。候補としてはそれぐらいだ。
『夜分遅くにすまないな、フリード・セルゼン』
『……誰だオマエ』
そこにいたのは、眼鏡をかけた小太りの老人だった。それが日本語を喋って小汚い格好をしているならば、少年は迷わず追い返しただろう。
しかし、服装が普段の一方通行と似通っていた。口から出ている言葉も、普段アーシアとの会話で使っているモノだ。つまるところ、目の前の男は海の向こうからやって来た教会関係者である。
『顔は何度か合わせていたはずだが……まぁ良い。私はバルパー・ガリレイ』
『ンで、そンなガリレイさンは何の用事だ?』
既に式は組み上がっている。腕を振るなり、足で軽く地面を叩くなり、適当な行動を起こすだけで良い。それだけでバルパーと名乗った男を吹き飛ばすことはできる。だが、問答無用でそれをする程でもない。
異国から訪ねてくる理由として、最も可能性が高いのは粛清だろう。フリード・セルゼンは人殺しだ。一方通行がその立場を奪ってしまう前には既に何人も殺しており、その悪評はリアスが危険人物として把握している程だった。教会関係者がそれを知らないはずもない。投獄されるか、それとも即座に首を落とされるか。
他の可能性がないとも言い切れないが、一方通行が思い浮かべたどれもこれもがろくなことではない。そういったことを考慮した上での演算である。
『エクスカリバーを振るえる人間を探していてな』
しかし、意味の分からない言葉が飛び出してきた。完全に予想外のものだ。
『エクスカリバー?』
名前自体は知っている。オカルトが廃れていた学園都市とはいえ、アーサー王伝説ぐらいは見聞きしたことはある。エクスカリバーとはその伝説に記されている剣の名前だ。RPG等のゲームをしていれば、高確率で登場する聖剣でもある。
それがこの世界において実在していたらしいことも、一応は把握している。その剣と目の前の老人の繋がりが分からないのはともかく、どうして自分が関わってくるのかが分からない。おそらく、自分は自分でも一方通行ではなく、フリード・セルゼンではあるのだが。
『知らないわけじゃないだろう?世界で最も有名と言っても良い聖剣だ。私は幼い頃からアレに憧れていたんだが、適性というものが欠片もなかった。代わりにエクスカリバーの使い手を作ることを目的として、私はあの計画を立案した。計画自体は結局失敗に終わったが、良い成果を得られ』
『オマエの下らねェ昔話はどォでもイイ。肝心な部分を話せ』
何処かで聞いた気がする、自慢話と自分語りの入り混じったような言葉の羅列。妙な既視感は何だろうかと疑問を抱きつつ、一方通行は話を遮った。
『せっかちな奴だ』
やれやれと言わんばかりに首を振り、バルパーは一方通行に向けて手を伸ばす。突き出されたのは右手。手刀を振り下ろしたような態勢だったが、攻撃の意図は感じられない。一体全体何をしているのかと少年は顔を顰めたものの、すぐにその手の意味は理解できた。
『お前もシグルド計画の生き残りならば、因子もある程度は持っているだろう。適性は十分にあるはずだ。私の夢の為に聖剣の使い手にならないか?』
シグルド。ジークフリートやジークフリードと呼ばれている英雄と同一視されることもある北欧の英雄。彼らとセットになって、バルムンクやグラムと呼ばれる剣もそこそこの知名度を誇っている。
オカルトと関わることになった以上、一方通行もそれぐらいの知識は仕入れていた。彼らとフリードの名前は確かに似ている。しかし、気にしたことはなかった。その程度の共通点を挙げ始めたらキリがないからだ。
それと同時に苛立ちを覚え始める。面倒な調べ物が増えたこと自体はどうでも良い。そういう頭脳労働モドキは全く苦にならない。面倒臭いというだけだ。では、原因は何なのか。目の前の男を冷たい目で眺めれば、すぐに答えは見えてきた。似ているのだ。一方通行にとってあまり良い思い出のない、薄暗く狭い空間を支配していた大人達に。
『ハッ、イイねェ』
『よし、なら』
気色の悪い笑みを見せた老人に対し、彼は特徴的な笑い声を上げ始めた。
『ど、どうした』
バルパーは思わず後退る。数秒前まで仏頂面だった少年が、突然狂ったように笑い始めたのだ。相手が人畜無害そうな人間であっても、そんなことをされたら恐ろしいのに、目の前の少年は人畜無害とは程遠い人殺しである。恐れ慄くのが当然の反応だ。
『フリードさん?』
普段ろくに笑わない彼の笑い声。それを聞いたアーシアは椅子の上でビクリと跳ね、扉の方に視線を向けた。あまり聞くことがない声だからこそ、彼女は彼がその声を上げるタイミングを知っている。彼の凶暴性が顔を覗かせた時だ。
それ即ち、それが表出するような相手と対峙している時。アーシアは作りかけの鶴を机の上に放り出し、携帯電話を手に取った。何が起こるかは分からないが、何が起こっているのかは分かる。そういう時に報告すべき相手は、散々彼に言われているのだ。
『聖剣、計画、適性……詳しく聞かなくても、大体分かっちまうのが嫌だな。その時点で気分が悪りィ』
一頻り笑い、一方通行はバルパーを睨みつける。
『オマエ、アイツらと同じだろ』
見覚えがあるのも当然だ。不快感を覚えるのも当然のことだ。学園都市にいた頃から、彼はこういう大人に縁がある。
『こンなとこまで来て、アイツらのお仲間と顔合わせることになるなンて、これっぽっちも思ってなかったぜ』
ろくでもない研究者。バルパーは彼らとそっくりだった。似たような風貌の研究者もいたが、何よりその態度や口振りだ。
協力を求める立場であるというのに、下手に出るということはしない。一方通行が年下であることは関係がない。妙な自信があり、その妙な自信を裏付ける中途半端な実績と権力がある。大抵の人間が自分より下であり、それ故に見下すことが当たり前になっている。そういう生き物なのだ。
全員が全員ではない。子供相手でも真摯に対応し、親のように振る舞う研究者もいる。しかし、そういう人間は大抵いなくなる。残ったとしても、段々と狂い始める。人を人とも思わない精神性でなければ、耐えられなくなるからだ。少なくとも、学園都市ではそうだった。
『でもまァ、いてもおかしくはねェよな。あンなのはダニと変わらねェ。環境さえ整っちまえば、どンだけ殺しても湧いてきやがる』
何かやりたいことがあって、それを実行に移す異常性と能力があり、それをしても問題ない生き物がいる。そういう状況が揃ってしまったら、後はちょっとした切っ掛けがあれば良い。
一方通行はそうやって狂う人間を何度も見てきた。まともだった人間が狂う瞬間も、狂った人間によって食い物にされる子供達も。だから理解できる。
『オマエ、そンなガキみてェな夢の為に何人潰したンだ?』
目の前に立っている生き物が、聖職者の振りをしているだけのろくでなしだと。人型を保っているだけの人でなしなのだと。
『二十や三十では足りないな』
成立する見込みなどハナからなかった交渉は、その一言で完全に決裂した。
『とっとと失せろ、気持ち悪りィ』
一方通行が地面を踏みつけようとした瞬間、バルパーの足元が弾けた。少年の能力が行使されたのではない。老人の懐から落下した何かが炸裂したのである。
『聖剣を持てるだけでも泣いて喜ぶべきだというのに、根っからの狂人だな、お前は』
閃光と煙。どちらか一方でも対処が面倒だというのに、その両方が扉の周辺を満たした。刹那、何か羽ばたくような音がしたものの、気にする暇はない。光の方はまだ楽に処理できる。必要以上のルーメンは反射で除外すれば良い。問題は後者だ。
「そンな玩具で喜ぶと思ってンじゃねェよ」
一瞬で計算できるとはいえ、どうしても隙が生まれてしまう。
屋外の風のベクトルを掴み、右手を振るう。起こした暴風が視界を埋め尽くす異物を払い除けるのに、要した時間は十秒足らず。
しかし、既にバルパーの姿は消えていた。代わりに残されていたのは、サイズがかなり違うものの、見た目だけは烏のような黒い羽。色艶が僅かに異なっているが、一方通行はそれに見覚えがあった。
拾い上げ、少しだけ眺めた後、風に乗せる。バルパーの裏にいる何者かの種族が分かった以上、情報を仕入れるべき相手は決まったも同然だ。
幸いにも、一方通行は彼女達の連絡先も持っている。さっさと連絡してしまおう。そう思って携帯電話を取り出しながら、振り返る。そして、ピタリと動きを止めた。
「はァ……」
その視線の先で鎮座しているモノを見て、思わず目を見開き、最終的に額を押さえた。何かあればアーシアも悲鳴の一つや二つは上げるだろうと思っていたせいで、彼は完全に油断していたのだ。実際、アーシアの身には何も起こっていないのだろう。起こってはいないが、起こしていた。
いつの間にやら、子供が作った乱雑な秘密基地のようなモノが完成していたのである。一方通行が先程まで使っていたソファ、アーシアの使っていた椅子と机。チェストや食器棚まで寄せ集められている。まるで家具の化け物だ。
『アルジェント』
『は、はい!』
いつもの調子で声を掛けると、それをやったであろう少女が、家具の隙間から即座に飛び出してきた。状況も動きも滑稽で、海賊の飛び出る玩具のようになってしまっている。
『何やってンだ』
その質問を口に出して、すぐに気づいた。
アーシアが作ったのは、自身の身を守る為のものだ。一方通行が戦闘行為に移ると予想して、自分を気にせずに戦えるよう、即席のバリケードを築いたのだ。そういうことに慣れていないせいで、風が吹くだけでも壊れてしまいそうなモノになっているが、彼女なりに頑張ったであろう痕跡は残っている。家具同士をどうにかして繋いでいる結束バンドや、耐久性に疑問が残るガムテープの補強が何よりの証拠だろう。
アーシアが傷つくような乱雑な戦闘を、一方通行が進んで行うことはない。そして、一方通行の近く以上に安全な場所もない。それはアーシアも理解している。だからこそ、自室に避難することを選択しなかったのだ。だが、避難しなかったせいで彼が満足に戦えないというのも心苦しい。そうやって考えた結果が、一方通行の目の前にある家具の集合体。一見間の抜けた行為に見えなくもないが、キチンと考えられた行動だ。
そういう少女なのだ、アーシア・アルジェントは。
『いや、イイ。大体分かった』
『ごめんなさい。ぐちゃぐちゃにしちゃって』
『仕方ねェだろ。棒立ちで怪我するより百倍マシだ』
いくらアーシアの神器があるとはいえ、怪我をしないに越したことはない。彼女の神器は傷を治すことはできるが、失った部位はどうにもならないし、即死してしまっては治療をする以前の問題だ。
『あ、それからコレを』
アーシアから差し出された携帯電話を受け取り、画面を覗き込む。そこに表示されている名前は、自分が連絡しようとしていたのとは別の人物だった。だが、最終的に連絡するつもりではあった為、丁度良くもあった。
「よォ」
「フリード、大丈夫なの?」
「見りゃ分かンだろ」
「見れないわよ。まあ、貴方なら大丈夫よね。アーシアも声を聞く限りだと問題なさそうで良かったわ」
心配もされていたが、それ以上に信頼されているらしい。流石の一方通行も電話越しではあまり分からなかったが、安堵というよりも確認の要素の方が多い声色だった。
「それで、誰が来てたの?白龍皇?」
「アレの方がマシだったな」
少し前に出会ったイッセーのライバル候補こと、ヴァーリ・ルシファー。彼は確かに厄介な輩だが、根幹は単なるバトルジャンキーだ。相手をしなければならないのは面倒臭いものの、目的が明確且つ相手をすれば良いだけなのは分かり易い。
今回の相手は違う。現状では目的も分からない上、一方通行があまり好ましいと思わないタイプの人間だ。それが大層な文言と共に暗躍しているのだから、ヴァーリの厄介さとはベクトルが違う。
「バルパー・ガリレイ。エクスカリバーがどォだとか言ってたぜ」
「……そう」
「なンか知ってンなら、さっさと言え」
リアスは僅かに言い淀み、すぐにため息を吐いた。
「貴方には言っておくべきよね」
「俺に飛び火してから事情説明してェってことなら、別に止めねェぞ」
「そっちの方が確実に面倒臭いじゃない!」
もう一度大きく息を吐いたリアスが口に出したのは、一方通行が予想していなかった名前だった。
「コカビエルは知ってる?」
それは聖書にも名前が記載されている堕天使。言い方は悪いが、一方通行の知っている堕天使達は有象無象でしかない。もし仮に聖書を映像化できたとしても、端の方で台詞が一言あるか分からないモブになれるかどうか。
そんな存在と比べると、コカビエルは格が違う。名前を記され、僅かながらも動向も分かるようになっている。知名度は世界規模。実力はそれ相応と考えた方が良いだろう。
「堕天使の幹部だろ。そいつも絡ンでンのか」
「ええ。そのコカビエルとバルパーがこの町に侵入したのよ。ちなみにバルパーも中々の罪人ね。あだ名は皆殺しの大司教。凄いでしょう?」
「追放されてンのか」
「そうね。貴方と一緒よ」
舞い降りてきた羽のおかげで、堕天使が絡んでいることは何となく予想していたものの、流石に出てきた名前が大き過ぎた。アザゼルではないだけマシなのかもしれないが、どちらにしても面倒臭いことに変わりはない。魔王やグレイフィアを除けば、二人が関わってきた中では最上級の相手になるのは間違いない。
単なる殺し合いになるならマシだが、知略謀略を張り巡らせ、妙な部分での勝負に持ち込んでくるタイプならば、確実にリアス達ではどうにもならない。レーティングゲームのおかげで理解できたことだが、彼女達は猪突猛進タイプのチームだ。考えていないわけではないものの、根底にあるのは力技。頭が使える上に地力もある相手となると、あまりにも相性が悪い。
「それで」
「その直前に教会から三本のエクスカリバーを盗み出したらしいわ」
「ちょっと待て、そンなにあンのか」
更に衝撃的な情報を受け、一方通行は顔を顰めた。
「大戦で砕けて、七つに鍛え直されたのよ」
「なンで一つに戻さなかったンだ」
「さぁ。当時は私も生まれていないし、そもそも聖剣関連のことは悪魔も詳しく知らないの。初めて話を聞いた時、私もそう思ったわ」
どういう原理なのか。七つに分裂してしまったら、それはエクスカリバーと呼ぶべきなのか。七つに分かれた結果、どういう劣化が生じたのか。
様々な疑問が湧き上がってきたが、リアスに聞いたところで仕方がない。彼女の言う通り、聖剣は種族的に関わりが薄い。その上、世界有数の聖剣が砕けたと言えるはずがないのだから、本来は機密に近い情報なのだろう。詳しく知っているはずがない。
「そンなに盗ンだってのに、使い手がいないってのもおかしな話だな」
フリード・セルゼンなら食いつくという確信があったとしても、セカンドプランを用意するのが普通だ。そもそも、盗んだ後に確認を取るのも馬鹿らしい。盗む前から仲間に迎え入れておけば、何をするにしてもスムーズに進むだろう。
コカビエルが考えたのか、バルパーが仕組んだのかは分からない。しかし、あまりにも杜撰な計画に思えた。フリードに断られたとしてもアテがあるのか、それとも既に使い手を用意した上でスカウトに来たのか。学園都市的な思考を持ち出すなら、使い手を作り出す手段を持っている可能性もある。どういう手段かは想像もつかないが、ろくでもないのは間違いない。
「貴方なら、聖剣を使って何をする?」
思考の海に沈み始めた一方通行を、リアスの問い掛けが引き上げた。
ふと我に返り、少年は思考を言葉にしていく。電話の向こう側にいる少女に伝えようという意図はなく、情報を整理する為の独り言に近い。
「単純な兵器にするにしても、アイツの話から判断する限りだとそれを使える奴がいねェ。戦力になンのはコカビエル一人。あのクソ野郎は逃げ足だけ」
少数精鋭だと考えることもできるが、あまりにも少な過ぎる。
つまり、一人でも十分だと判断したということになる。仮に一人で十分な計画だったとして、それは一体どういう内容なのか。
「使えねェ兵器は持ってても意味がねェ。交渉材料か?いや、それならアイツと組んだ意味がない。研究者を引っ張ってきたってンなら、それを使わないのは無駄だ。あンな足手纏いを連れ回すリスクの方がデカい」
バルパーの目的は夢の成就、もしくは復讐。おそらく、エクスカリバーを使える人間を作り出すことが夢に該当する。その候補として選ばれたのがフリードだったが、一方通行は容赦なく追い返した。それでも悪態を吐くだけで、下手に出て勧誘するようなことはしなかったのだから、何かしらアテがあると考えるのが妥当だろう。
復讐というのは、自身を追放した教会。或いは天界に対するもの。どういう形で成し遂げたいのかは分からないが、結局は聖剣を利用したいはずだ。
実際、この聖剣に狂った老人のことは、あまり重要ではない。問題はコカビエルの目的だ。エクスカリバーが必要なのか否か。それはおそらく後者。
「多分、アイツらの目的は各々で全く別だ。正直、エクスカリバーはあってもなくてもイインだよ、コカビエルとしては」
堕天使が教会から必要のない聖剣を奪い、リアスの統治している土地へやって来た。
「あァ、三大勢力全部が関わってンのか」
「……そうね」
しかも、その全てが上位に分類しても良いモノだ。
コカビエルは言わずもがな、リアスは現魔王であるサーゼクスの実妹。聖剣は天使に直接的な関わりがあるわけではないが、世界有数の知名度を誇るエクスカリバー。それだけで価値は十分。そこに兵器としての力が加わるとなると、奪われたという話は大スキャンダルだろう。それも本来の価値を知らない、単なる盗人が相手ではない。聖書に名前を記されている堕天使だ。
それだけならまだ良かったが、駒王町に侵入した以上、面倒な要素は更に多くなってくる。
「火薬庫みてェな土地だな」
「言わないで。自覚はあるわ」
リアスだけではなく、魔王の妹がもう一人いるのだ。つまり、魔王の妹が二人。リスクを一纏めにするという意味では悪くないが、こういう状況になると少しばかり厄介だ。
更にリアスの眷属であるイッセーは神滅具を持っている。同じ眷属の祐斗も神器保持者であることに加え、アーシアも無所属とはいえ神器をその身に宿している。一方通行が認識していないだけで、他にも数人いるのだろう。
「火薬庫……あァ、そォいえばアレも火薬庫とか言われてたな」
少年が思い出したのは、少し前にアーシアの転入試験で勉強した社会科の問題。かつてのヨーロッパにも似たような場所があった。
様々な民族が入り混じり、ただでさえ険悪な雰囲気漂う場所。更に色々な要素が複雑に絡み合い、一歩間違えば破裂するという状態。そこに一つの火種が発生し、それは弾けた。
「戦争の続きでもしてェのか?」
「戦争の続き?」
一方通行はやや突飛な発想だとは思いながらも、それぐらいしか思い当たらなくなってしまった。
「聖剣を盗んだことで、天使達は知らねェが、少なくともその下部組織の教会は巻き込めてる。その後に駒王町に侵入したことで、必然的にオマエら魔王の妹二人組が対処することになった。これで悪魔も巻き込めたな。最後にコカビエル本人。これが下っ端の堕天使ならともかく、組織の幹部っていうなら総督様も簡単には切り捨てられねェ。独断専行っつっても、ある程度の責任を取るのが組織ってもンだろ」
「なるほど」
口に出せば出すだけ、その考えが強ち違うとも言えなくなっていく。全ての行動に理由がつけられるわけではないが、それで十分に辻褄が合ってしまうのだ。
それはリアスも同じらしく、電話越しに何かを書き込むような音と誰かに指示を出す声が聞こえ始めた。
「オマエら二人を惨殺して、勝手にやりましたで済むわけがねェ。堕天使側は死ぬ気で謝罪するかもしれねェが、悪魔側がそれで済ませるってことはねェだろ。どンなに穏健派気取ってても、魔王の妹が二人死ンで何もしねェってことは」
「ないわね」
もしそれが事故だったとしても、憎悪は各所から溢れてくるだろう。
故意に殺したとなれば、抑え切れるはずがない。ただでさえ常に緊張状態の悪魔と堕天使は、すぐにでも戦争を始めるだろう。どれだけ双方の穏健派が止めようとしたところで、過激派は託けて戦争をしようとする。そもそも、その状態でどれだけの数が穏健派を名乗り続けることができるのかも分からない。
「コカビエルがどォ思ってるかは知らねェが、オマエらと教会の奴らが小競り合いしても火種は生まれる。その中でオマエが殺されるなンてことになったら、確実に教会とオマエらの戦争になるだろォな。そこに堕天使が首突っ込めば、三つとも巻き込んだ戦争の復活だ」
実際、それを狙っている可能性もある。聖剣を盗んだ程度では、教会は巻き込めているかもしれないが、大元である天界を巻き込めているとは言えないだろう。
もし戦争の続きをしたいのであれば、天使達にもある程度の行動を起こしてもらわなければならない。手っ取り早いのは天界から裏切り者でも生み出すことなのかもしれないが、バルパーはフリード同様に追放されている。追放されただけならともかく、皆殺しの大司教と呼ばれている人間と関わりを持つ教会関係者はいないだろう。
そうなってくると、やはり小競り合いを起こしてもらう方が良いのかもしれない。本命はコカビエル自身がリアス達を殺してしまうこと。次点で教会側と悪魔側の小競り合い。そう考えるのが妥当なところだ。
「そンなところか。今ある情報だけで強引に考えれば、こンな予想も出てくるってだけだ。確実ってわけじゃねェ」
コカビエルの目的が予想できたところで、それを達成するまでの計画が分からなければ、阻止しようもない。居場所も何も分かっていない状況では、先んじて潰すということも難しい。
何れにしても、まだ情報がかなり欠けている。既に動き出している以上、地道な情報収集というのも悠長過ぎるだろう。
自身の携帯電話を片手で弄りながら、次にすべきことを精査していく。より正解に近く、信頼のできる情報源。魔王とコンタクトを取ったところで、それではリアスと同じ情報しか拾い上げることはできない。
やはり、末端ではあっても同族且つ同じ組織に所属している連中に聞くのが適切だ。最初に考えていた通り、それをするのが一番早い。正解に辿り着くことはできなくとも、近づくことはできるはずだ。
「十分過ぎるわ。私一人で考えても、全部バラバラで上手く繋がらなかったもの。やっぱり、貴方って賢いのね」
「オマエの頭が回ってねェだけだろ、色ボケキング」
「だ、誰が色ボケキングよ!」
「適当な理由つけて兵藤の家に居候してる奴が何言ってンだ」
「あーあー、聞こえないわー」
先程までの真面目な雰囲気は何処へやら。何とも締まらない終わりを迎えた通話だったが、すぐにフリード名義の方に真面目な文面のメールが届いた。内容は生徒会長を務めている悪魔にも連絡するということと、まだ周りにはなるべく喋らないようにして欲しいということ。それに漢字二文字だけ送り返し、一方通行は考え込む。
「……やっぱり、アイツらにも聞いた方がイイな」
彼の予想は状況を照らし合わせただけでしかない。それでも十分に思えるぐらいではあったが、コカビエルのパーソナリティは全く掴めていない。異常なまでに大人しい堕天使である可能性も、まだかろうじて残ってはいる。もしそうだった場合、今回の予想は根底から崩れてしまう。
一方通行はメールを閉じ、当初の予定通りに一人の女に連絡を入れた。
そして二言三言言葉を交わし、通話を終える。用事自体はまだ終わっていないが、約束を取り付けることはできた。
『とりあえず、それ片付けるぞ』
未だに秘密基地生活を楽しむ少女に携帯電話を返却し、一方通行はソファを持ち上げる。
平和な日々は唐突に終わりを告げた。代わりに始まった騒がしい非日常を終わらせる為、少年は動き出す。