私は二人のことが嫌いではありません。むしろ好きです。ただ、初期の二人と彼を邂逅させるとこうなるだろうな〜と思ったので、こうなりました。タグにアンチ・ヘイトがある通り、こういうことがあります。それから、個人解釈が多分に含まれているので、相容れない部分があるかもしれません。
つまり、途中から少し暴れます。物理的に痛いことはしませんが。
それでは。
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ハナから期待はしていなかった。
色々と前提条件は必要になるが、単なるアルバイトが社長の個人情報を知っているだろうか。個人経営の小さな商店ならともかく、ある程度の規模の企業なら中々ない話だ。
つまるところ、下っ端が幹部について詳しいはずがなかった。そういう話である。
「まァ、戦争したがりのイカれ野郎ってことか」
「そこまでじゃないと思うけど、幹部の中だと過激派の方よ」
「そンだけ分かったら十分だ」
昼過ぎのファミレス。窓際の席を陣取り、一方通行はステーキを切っていた。普段は使うこともないテーブルマナーだが、学習装置の恩恵は確かに存在しているらしい。たかがナイフとフォーク。それだけであっても、彼の所作は美しいものだった。
「悪かったわね。役に立てなくて」
クルトンにフォークを突き立てながら、レイナーレは申し訳なさそうに顔を傾ける。
一方通行が彼女から得た情報はほんの僅か。彼の言葉通り、コカビエルなら戦争を起こそうと動く可能性はあるということ。その過程や詳しいプランは分からなかったが、やりかねないという評価を下されているというだけで、今回の一件においては十分過ぎた。
「別にイイ。何も分かンねェよりはマシになった」
欲を言えば、計画の詳細部分が欲しかった。それが手に入れば、動き出す前に潰すことが出来たから。
しかし、そう上手くいくとも思ってはいない。もし一方通行が事を起こす側だとして、直属の部下でもない下っ端に漏れてしまうような、杜撰な情報管理は絶対にしないだろう。
だから、落胆もしない。ゲームセンターでキチンと掴めないアームを見て、それはそうだろうなと思うぐらいの感覚。最初から期待していなければ、期待外れにはならないのだ。
「そう言ってくれると助かるわ」
レイナーレはサラダに乗っていたベーコンを齧りながら、隣で黙々と食べ続けている少女に目を向けた。
「これも美味しいっす!」
「オマエ、どンだけ食ってンだよ」
自身のゴスロリ衣装にソース類が飛ぶことなど気にせず、漫画の大食いキャラのようになっている堕天使がいた。言うまでもなく、レイナーレの部下であるミッテルトだ。
「チョレギサラダとチーズたっぷりのピザにナポリタン、それとこのハンバーグで四皿目っすね」
既にそれだけ食べて、今もフォークを肉の塊に突き立てているというのに、空いている手で注文用のタブレット端末を弄っている。フードファイターとまではいかないが、体躯に見合わない量を胃に収めている。
「さっきフライドポテトとフライドチキンも頼んでたわよね」
「揚げ物は別腹っす」
「太り過ぎて飛べなくなるンじゃねェの」
「嫌よ、丸い堕天使を抱えて飛ぶのは」
「たまに贅沢しただけで酷い言われようっす!」
「人の金で豪遊すンのは贅沢って言うのか」
「さぁ……」
レイナーレはともかく、ミッテルトは最初から奢ってもらうつもりだった。そんな話を聞いたのが数分前。一方通行自身、呼び出した側であるという理由から、それぐらいのことはするつもりだった。
高級レストランでもない、単なるファミリーレストラン。しかも、彼はそれなりの高給取りである。別に大した出費にはならないし、遠慮してくれと頼むこともない。ただ、アーシアとの食事に慣れてしまっていたせいで、そこまで食べるとは思っていなかったのだ。
彼の中での女性の食事量というのは、アーシアの食事量とほぼ同義である。目の前の少女のような大食いとは程遠く、おにぎり一個で満腹という程の少食でもない。普通の弁当箱一つで十分といったところ。
それ故、若干驚き呆れていた。遠慮をしない姿勢と、その食事量に対して。彼女の個性である為、特に否定するつもりもなかったが。
「フリードももっと食べた方が良いっすよ。そんなヒョロヒョロだと、病気になった時大変っす」
「十分食ってるだろォが」
「アーシアが心配してたわよ。同年代の子達と比べたら、生活リズムも不安定で食べる量も多くないって」
「……出された分は食ってる」
普段の食事ならば、アーシアとの一対一。お互いのことはある程度理解している為、食事中の会話も気を張る必要はない。ボーッとしながら、何を話したのかも分からなくなってしまうぐらい、何気なく話をしている。喧嘩をしたわけでもないのに、黙々と食事をすることもある。
どのような場合であっても、居心地が悪くなるということはない。一方通行はそれで十分に過ごし易く、アーシアも十二分に気分良く生活しているのだ。
しかし、今日は女子二人対男子一人。しかも、二人ともアーシアの知り合いである。母親の友人二人と食事をすることになった思春期男子。一方通行の立場を表すとすれば、そのようなところだ。
実際、一方通行は子供である。彼女達の実年齢を考慮すれば、子供どころか有精卵ぐらいになるかもしれない。兎にも角にも、少年としては少しばかり居心地が悪くなってしまっていた。
「ほら、ちゃんと野菜も食べた方が良いっす」
「コレでイイだろ」
「付け合わせのパセリは野菜カウントすべきじゃないっす」
「コイツに謝れ。ガキから嫌われてンだから、立派に野菜してンだろ」
「え?嫌っすよ」
即座に断るや否や、ステーキの乗っているプレートにトマトやらレタスやらが乗り始めた。野菜嫌いというわけではない。空腹時に冷蔵庫を開き、そこにサラダチキンとサラダが入っていたら、サラダチキンを選ぶというだけ。
一方通行はレイナーレの皿から無断で移されてくる野菜から視線を外し、窓の外に目を向けた。平日ということもあり、人通りはそこまで多くない。下校中の子供もいないわけではないが、その大半はランドセルを背負った背の低い子供達。それを見守る数名の大人。仲良さげに並んで歩く老人二人。
そんな日常的な風景に紛れて、奇妙な二人組が歩いていた。白っぽいローブのような布を身に纏い、顔もフードで隠している。布を巻きつけた棒のような物を背負っており、その目立ち方は尋常ではない。不審者だと名乗っているようなものだ。
「どうしたの?」
「アレ見ろ」
一方通行がそう言えば、二人の視線もそちらの方へ。
二人の目はすぐに険しいものに変わり、見てはいけないものを見てしまったように顔を背けた。
「うげ、なんか嫌な気配がするっす。ちょっと違うっすけど、天使みたいな感じ」
「フリード、気をつけて。何かあるわよ、あの二人」
ブルリと震えるミッテルト達。一方通行がそれを見ていた僅かな間に、白いローブの二人組は道端から姿を消していた。
一体全体、一瞬のうちに何処へ行ったのか。視線を戻した彼が疑問を抱く間もなく、その答え合わせがされた。
「いらっしゃいませー」
チリンチリンという音と共に、二人ともファミレスに入ってきたのだ。
「連れがいるんです」
「そ、そうですか」
片割れが店員と言葉を交わした後、不審者達はすぐに一方通行の方へやって来た。
その姿は遠目で見た時と変わらない。何処からどう見ても不審極まりなく、明らかに普通の人間ではない。駒王町の事情を知っている三人からしてみれば、面倒事を凝り固めた存在にしか見えない。これが平時ならまだしも、時期が最悪だ。
コカビエル達との関わりが有るならば、近々事態が動き出すことになる。関わりが無いのならば、事件が更に一つ増える。どちらにしても、トラブルに発展するのは間違いない。
『なンか用事か?』
『用事も何も、予定だとこの辺りで落ち合う予定だったでしょ?』
『そうだ、合言葉があったはずだろう。言ってみてくれ』
『は?』
『え?』
『忘れたのか?』
最悪、殺し合いになる。そう考えて声を掛けた一方通行だったが、相手の反応は良くなかった。いつだったか、アーシアと初めて会った時と同じような。そんな何処となく噛み合っていない雰囲気があった。
それよりも意外だったのは、二人組が女だったことだ。フードからはみ出ている髪色は、それぞれ栗毛と青毛。どちらも男性的な声ではなく、可愛らしいと形容しても良い声。
当然、顔も女性のモノ。片方はアジア系。入店時の言葉を考えると、日本人という可能性も高い。もう一人は見るからに異国出身。
両者まだ女というには幼い顔をしており、最低でも中学生。高く見積もっても二十代前半ぐらい。しかし、見た目を自由に弄ることができる人外達がいる以上、見た目だけでは判別できない。仮に人間だったとしても、そういう神器がないとも限らない。
『そンな予定を入れた記憶はねェ』
とりあえず人間の女だと仮定しつつ、一方通行はトマトを齧る。アーシアの時のように成り済ますというのも、一つの手ではあった。
だが、今回はフリード・セルゼンの存在が知られ過ぎている。外を出て少し歩けば、フリード神父と呼ばれてしまうのが目に見えている。駒王町の人間の発音が酷かったとしても、フリードという単語を聞き取れないはずがない。二人ともが外国出身ならともかく、一人は日本出身の可能性も高いのだ。バレた時にどうなるかも分からないのに、無茶なことはすべきではないだろう。
そう考えた結果、無関係の振りをした。このまま終われば良し。情報が得られた上で何もなければ尚良し。それらが理想的ではあるものの、そうなることが少ないだろうということは、当然彼も理解している。
『どういうこと?ゼノヴィア、ちょっと書類見せて』
栗毛の方が青毛の方、ゼノヴィアと呼ばれた少女の背嚢に手を突っ込み、紙の束を引き摺り出した。
それを特に気にする様子もなく、ゼノヴィアは首を傾げる。
『ナンパでもしていたのか?』
『突然店に入ってきたかと思ったらソレか。喧嘩売ってンのか?』
祭服姿の少年はそう返したが、別にそういうつもりはなかったらしい。本当に不思議そうな顔をして、更に反対方向へ首を傾げた。
『君じゃないのか?先に潜入したという悪魔祓いは』
『身分証の住所は駒王町になってる』
『そこまで本気の潜入をしていたのか。流石だな』
『え、でも顔が全然違うけど』
『いや、きっとマスクか整形だろう』
『そういうこと!?プロ意識ってやつね』
『勝手にコント始めて巻き込むンじゃねェよ』
彼が小難しい返しをしたせいで、まともに受け止めた二人が勘違いをし始める。そのままギャーギャーと喚き始める二人に顔を顰めていると、ふと先程まで話していた二人がいないことに気づいた。
正面の席に並んで座っていたはずの二人組。荷物は席に置かれたままだが、まだ皿に乗っていたはずのハンバーグは姿を消しており、ついでにコップも無くなっている。それを確認したことで、行き先はすぐに絞り込めた。
「大変そうね」
「巻き込まれなくて良かったっす」
ドリンクバーの前で駄弁っていた。一方通行のことなど知らないような顔をして。厄介事に巻き込まれたくない気持ちは一方通行も理解しているし、彼自身もそちら側でいたい人間だ。彼女達の行動は間違っていない。
それはそれとして、助け舟を出す気配もないのはどうなのか。それに文句をつけてやりたいところではあったが、彼は大人しく座って肉を齧っていた。
『すまない。私はゼノヴィア。ヴァチカンからの使者だ』
『同じく、紫藤イリナよ』
『あァそォ』
青毛がゼノヴィア。栗毛が紫藤イリナ。そこの部分は比較的どうでも良かった。問題は二人がヴァチカンからの使者と名乗ったこと。
まず間違いなく、二人とも教会関係者。状況的に考えれば、聖剣の関係者でもあるだろう。情報を仕入れるには丁度良い相手ではあるのだが、残念ながら一方通行には切れるカードがない。
相手から勝手に話し始めるか、どうにかして誘導するか。どうすべきか考え始めるものの、すぐにそれは無駄になった。
『似ているだけの別人というわけか……いや、そうか。君が』
イリナの持っていた紙束を受け取り、ペラペラと捲るゼノヴィア。その目は先程と比べると冷めており、手を止めた後には凍えるような瞳に変わった。
『ああ、やっぱりか』
突き出された紙に記載されていたのは、一方通行に若干似ている祭服姿の男だった。名前はフリード・セルゼン。悪魔と手を組んで生活している要注意人物として扱われているらしく、下の方にはアーシアの名前も記されていた。
『はぐれ悪魔祓いのフリード・セルゼンだな』
『だったらどォすンだ』
荒事になるのは問題ない。残念なことに、一方通行はそういうことに慣れてしまっている。学園都市では日課のように襲撃を受けていたし、駒王町でも度々妙な輩が接触してくる。その最たる例はヴァーリだろう。
そこに向きが存在しているのならば、理論上は一方通行の支配下に置ける。神器の摩訶不思議な力であっても、イッセーのように最後は物理攻撃に帰結してしまうようなタイプならば、彼にとっては鴨でしかない。
しかし、話はそういう方向には行かなかった。
『協力しろとは言わない。この町、リアス・グレモリー、今回の一件。知っていることを全て話せ』
命令だった。間抜けなことを言っていた時の雰囲気は霧散し、目つきは剣呑。この場がファミレスでなければ、一方通行は胸倉を掴まれていたかもしれない。彼に届くかはともかく、拳の一発や二発は飛んでいた可能性もある。
『やけに高圧的だな。怖くて泣きそォだ。そンなンじゃァ、話したくても話せねェよ』
戯けて見せても、二人の態度は変わらない。
『話してくれたら、今日は見なかったことにしてあげる』
本来なら粛清対象の自分を見逃す。そういうことなのだと解釈しつつ、一方通行は疑問を抱く。
二人の言葉をそのまま受け取るのであれば、見逃さない場合は一方通行の相手をするということだ。一体、その自信は何処から来ているのか。何人も人を殺したフリードを相手にして、二人ならば確実に勝てると思っているのか。何かしらの切り札でも持ち合わせているのか。二人の背にある得物らしき物体がどれだけの名剣であっても、真性の人殺しと対峙するのは多少なりとも覚悟がいるはずだ。
ヴァチカンの使者を名乗っている以上、ある程度の力があるのは分かる。だが、この場で殺し合いをしようものなら、対象であるコカビエル達にバレるだけならともかく、事後処理も面倒だ。もし腕の一本でも持っていかれれば、任務にも支障が出る。
自信家。強者。もう一つの可能性を挙げるとすれば、考えなしのバカ。後先を考えられない類の最悪な猪突猛進タイプ。しかも、互いに抑え合うコンビではなく、増長していくタイプのコンビ。先程のコントのようなやり取りを考えると、猪二人組だと考えるのが妥当だ。一方通行から情報を仕入れようとしていることを考慮に入れると、彼女達が情報を持っているかも怪しい。
そこまで辿り着くと、面倒臭くなってしまった。
一方通行は二人からの視線を無視し、まだ残っていた肉を次々に口へ放り込んでいった。何度か噛み、飲み込む。話は進まない。沈黙は続く。二人にも段々と苛立ちが見え始めた矢先、少年がその沈黙を破った。
『……ンで、その対価は』
『見逃すだけでも十分だと思うが?』
ゼノヴィアは最初から交渉をしようとしていない。単なる命令を下しているだけだった。見え透いた詐欺でもしてくれた方が、一方通行としてもまだ気分が良い。
『下らねェな。オマエらに今回見逃されたところで、今後の安全が保証されてるわけじゃねェなら、意味ねェだろ』
知らない人間から唐突に敵視され、突然命令される。それがどれだけ不快であるのかは、考えるまでもないだろう。
『話す気はないと』
『意味がねェ。オマエらが本物かも分からねェ状態で、明確なメリットもない取引に応じる意味が』
それだけ言うと、一方通行は空いている手をシッシッと動かした。
知り合いとの食事中に現れた無礼な二人組。少し前の一方通行ならば、有無を言わさず気絶させていたかもしれない。それと比べれば、随分と優しい対応をしている。
しかし、ヴァチカンからの使者はそんなことを知らない。駒王町におけるフリード・セルゼンは、教会の知っている彼ではないことも知らない。今の彼がどれだけ機嫌が良いのか、今の彼がその気になればどうなってしまうのか。
下調べが不十分だったが故に、触れてはいけない部分に触れた。
『なら、任務の前に魔女共々粛清してやろう。肩慣らしには丁度良い』
『魔女?』
『君と一緒にいるんだろう?悪魔を治療した元聖女、アーシア・アルジェントは』
もう少し調べていれば、口に出すこともなかっただろう。しかし、イリナ達は何も考えていない。自分が驕り昂っているという自覚すらない。
だから、一方通行の雰囲気がカチリと切り替わったことにも気づけなかった。もし気づいていたとしても、トカゲが威嚇しているぐらいだと考えたかもしれない。目の前で座っている白い少年が、何者であるかを分かっていないのだから。
『……そォいやァ、そンな呼び名もあったな』
アーシアの身の上話を聞いた時、何度か耳にした言葉だった。
もし彼女が悪魔を助けていなければ、追放されることはなかっただろう。しかし、ボロボロの悪魔を見捨てていれば、彼女はアーシア・アルジェントではない何者かに変わり果てていたはずだ。
誇りや矜持とは少し違う、その人間が決して曲げられないモノ。彼女が悪魔を助けてしまったのは、それが彼女の根幹だったから。自分の命を狙っていた堕天使であっても治療してしまう、彼女の優しさと慈悲深さ。もし助けていなければ、アーシアはそれを失ってしまっていただろう。
その結果が魔女。聖女として勝手に祭り上げられ、聖女の持つべき心のままに行動した結果だ。賛否両論あるかもしれないが、賞賛の声もある程度はあるべき行動だ。
敵性存在である悪魔も救ってしまう修道女。世間一般がそれを見たら、まさに聖女である。そうやって更に上の何かに押し上げることも出来たはずなのに、しなかった。そこに何かしらの不都合があったから。
『アイツが魔女か』
『魔女と殺人鬼で似合ってるんじゃないか?』
『……まァ、俺がそォいう扱いされンのは別にイインだけどよ』
生まれてこの方、感じたことのないレベルの苛立ちがあった。手当たり次第に物を握り潰し、適当に生み出した暴風で街一つは破壊できてしまいそうな、どうしようもない苛立ちが。
原因は考えるまでもない。何も知らない人間が、明らかにおかしな組織を疑うこともせず、一人の少女を嘲ったからだ。手を出すと宣言したからだ。
「足りねェな」
殺すのは簡単だ。彼の全身はそれを成し遂げられる凶器であり、確実に死なせる為の知識も頭の中に詰め込まれている。
しかし、それでは足りない。殺してやりたいという欲望はなく、壊してやりたいという激情があった。命を散らされたところで、目の前の二人は何も知らないまま終わるだけだ。
『悪魔を治療するってのはそンなに問題があンのか?』
『当たり前でしょ』
だから、もっと根本的な部分を壊してやることにした。
『ハイ、センセイ。俺みてェな人殺しが瀕死で転がってて、ソイツを治療すンのは罪になるンですか?』
『それは……』
イリナは言葉に詰まった。
救うことは罪にならない。罪人であっても、救われる権利はある。それを言ってしまえば良いだけだったのに、言い出せなかった。彼女自身、それについては何とも言えない部分があったから。
『トロッコ問題ってやつにしてやるよ』
肉のなくなったプレートの上で転がる人参とジャガイモ。
それらをフォークの先で転がしながら、一方通行は問い掛ける。
『誰も殺したことなンてねェ、まだ母親の乳吸ってるよォなガキの悪魔が死にかけになってる。その隣で、何百人も殺した世紀の大犯罪者……あァ、種族は人間だぜ?ソイツが両手足削がれて倒れてる。どっちかしか助けられねェって時にどっちを治療すンのが、オマエらにとっての正解になるンだ?』
罪のない悪魔。大罪を犯した人間。
救われるべきはどちらか。教会の教えを守るのであれば、前者を見捨てる方が正しいのかもしれない。しかし、それを見た一般人はどう思うか。人間と見た目が大して変わらない、純粋無垢な悪魔の赤子を見捨てて、殺人鬼に手を差し伸べたら。
『悪魔は存在そのものが罪だって言うンなら、オマエらの正解は殺人鬼を治療することなンだろォな。治療してやった殺人鬼が、また人殺しを再開したら?ソイツを治療した奴も追放されるべきなンじゃねェのか』
『それが分かっているなら、治療をして罪を償わせる』
『だよなァ。けど、そォいうのは分かンねェだろ。オマエら、見た目だけで悪魔と人間の区別つくのか?』
悪人と善人は見た目で判別することはできない。
それは悪魔と人間でも変わらないだろう。翼を出していたり、明らかに魔力を使って何かをする瞬間を目撃したり、そういった悪魔特有の動きをしている場合を除けば、悪魔と人間に大した差はない。
兵藤一誠と一方通行を並べて、何の能力もない修道女に「どちらが悪魔だと思うか」という質問をしたら、解答が後者に偏るのは目に見えている。
仮にレイナーレとミッテルトで同じ質問をしたとしたら、票は上手く分散するかもしれない。しかし、正体はどちらも堕天使だ。つまりはそういうことである。見た目で判別などできないのだから、アーシアが悪魔を治療しても仕方がないという話だ。
『まァ、どォいう状態だったのかは俺も知らねェ。変な記憶を掘り起こすってのは、聞く方も聞かされる方もイイ気分じゃねェしな』
アーシアの犯した罪の性質、詳細についてはそれだけ。
この話がどうにもならないことは一方通行も分かっている。一般論から乖離した教えの中で育ってきた少女達と、一般論や感情論を持ってくる一方通行。それらで議論をしたとしても、善悪の決定をするどころか話が始まることすらない。そもそもが平行線上にある議題だ。
一方通行がやろうとしていることは、それに付随している奇妙な部分についての指摘だ。
『そもそもの話すンなら、悪魔を治療できない神器として作り出すべきだ。それができる方がおかしな話じゃねェかって俺は思うンだよ。さて、作ったのは誰だったか覚えてるか?オマエらの大好きな神様だったよォな気がすンだが、正解は?』
当然、正解は彼の言う通りの存在だ。
ゼノヴィア達を筆頭に、教会の人間が信奉している聖書の神。敵対勢力を治療できない神器にすることは不思議な話ではないが、種族を問わずに治療できる神器であっても不思議ではない。
どちらにしても、それは神の意思が反映されていると言っても良いだろう。神が自ら作り出したのだから、それにはその意思が含まれている。そういう解釈をする余地は十分にある。
『神様が自分でそォいう風に作ったのに、否定すンのか?』
度重なる質問に対し、二人は明確な答えを出すことが出来ない。
反論自体は思いつくものの、その場凌ぎの詭弁にしかならない。一瞬で言い返されるのは目に見えているし、そうなれば自分達の首を絞める結果になってしまう。
しかし、自分達の所属している組織と信仰している存在について色々と言われて、黙っていられるような大人しい人間でもない。
『不具合が生じてるってンなら、それを修正するのが当然だよな。作ったモンを弄れねェなンてことはねェだろ。不具合が見つかったンなら、さっさと修正すればイイじゃねェか』
『神器は未知の部分も多いって聞くわ。主であっても』
『発明家が自分で作ったモンについて聞かれて、分かンねェとか間抜けなこと言うのか?人間ならまだしも、人間の何倍も上位の存在だとか言われてる神様が?傑作だな』
パチパチとわざとらしい拍手と共に、これまたわざとらしい笑い声を上げる一方通行。楽しそうな彼とは対照的に、二人の顔色は酷いものだった。
言い返そうとしても、一に対して十で返してくる。それも暴論や怒声による威勢で誤魔化しているのではなく、ある程度の根拠の存在する正論。勝ち目がないなどと思うべきではないのは分かっていても、どうしてもそういう思考が頭の中で目立ち始めていた。
『あァ、修正しよォとしてもできねェ理由でもあンのかもな』
所有者が死ぬまでは、神であっても手出しできない。
そんな理由も思い浮かんだが、それはあまりにも楽観的な理由だ。二人を砕くことを考えている一方通行は、そんな生温い理由を口に出すことはない。もっと悲観的で絶望的な。そして可能性として十分にあり得ることを突きつける。
『例えば、神がどっかのタイミングで死ンじまった、とか』
『何を言っているんだ。気が触れたか?』
『イカレ神父って話も聞いたことあるし、そうかも』
『人を狂人扱いしてンじゃねェ。オマエらの足りない頭でも分かり易いよォに解説してやっから、ちゃンと聞けよ?』
フォークとナイフを八の字に置き、一方通行は勢い良く立ち上がった。正面に立つ二人組を嘲るような笑みを浮かべながら、彼は口を動かし続ける。
『大戦で旧魔王が死ンだ。それだったら、悪魔側がそのまま滅ンで終わりだろ。相手のトップが死ンでンだ。戦力的にも大打撃だったはずだよな。相性的にも光力がある時点で有利。畳み掛ければ、そのまま潰し切るのも簡単だったと思うンだが、どォだ?』
問い掛けられても、二人は答えられなかった。
『なンでそォしなかった?そォしなかった理由があンじゃねェのか?』
既に少女達の頭は回らなくなっていた。彼の言うことに矛盾している点はない。敵対勢力を潰せるのであれば、弱っている時に徹底的に叩いてしまうのが確実だ。
他の理由を模索しろ。これ以上の言葉を吐き出させるな。刻まれた信仰心が命令を下すものの、それをする猶予はない。余裕もない。耳を塞ぎたかったが、それをしたところで何の意味があるのか。
『魔王と同格だった神も死ンで、優勢も劣勢もなかった。変わらず、状況は五分と五分。無理にやり合ったら、最終的に損害の少ない堕天使が漁夫の利で全部掻っ攫う可能性が高かった。だから、痛み分けっつー形で休戦した。あァ、なンか上手い具合にまとまったな?』
三つ巴の争いだったから。そういう言い訳も使えなくなった。
イリナ達は体を震わせる。彼の言葉に思考が蝕まれていくのを感じてしまっていた。信じろ。懐疑心を抱くな。抵抗する思考領域も存在していたが、無駄に終わる。毒の進行はその程度で抑え込められない。
『どォだ、俺の創作の感想は。中々の傑作だと思わねェか?』
『そ、そうだな』
『考えれば考えるだけ、教会ってのは意味分かンねェ理屈を並べてやがる。まるで何か隠してるみてェだ』
何か。敢えてぼかされているそれを聞き直す程、二人は馬鹿ではない。もう一度その言葉を聞いてしまえば、無意味な大声を出してしまうだろう。既に精神状態がおかしくなっているというのに、自ら痛めつけに行くことはできない。
『それで、オマエらはどォなンだ?信用し切れるか?元々そォいう神器を持ってた人間を聖女として祭り上げて、いざ悪魔を治療しちまったら、それを大罪として扱って追放するよォな組織を』
出来る。そう言うべきだった。そう言わなければならなかった。
しかし、二人とも口を開くだけに留まった。そこから漏れ出るのは呼吸音のみ。声は僅かに聞こえるかどうか。
『神がそォいう神器を作ったってンなら、アイツは間違った使い方なンてしてねェはずだろ?それを否定するっつーことは、教会が神のやり方を否定したってことにはならねェか?』
ならない。悪いのはアーシア・アルジェントだ。
そう言ってしまえば良い。そう思っていなくとも、それを言うことは出来た。だが、言葉は喉で引っかかって声になることがない。口内はカラカラに乾き、涙が勝手に流れ落ちる。
『なァ、ゼノヴィア。教えてくれよ。神ってのは何考えてンだ。教会はどォいう理屈でアイツを追い払った。教会は何を隠してンだ?神ってのは本当に存在すンのか?』
首を絞められているわけでもないのに、呼吸が出来なくなっていた。それに集中しなければ、息を吸うことも吐くことも出来ない程になっていた。その原因となっている少年に対し、睨みつけることも出来ない。
『紫藤イリナ、答えろよ。神がこの世にいるって言うなら、今この時も世界のありとあらゆる場所で死ンでるガキは、どォいう理由で死ンでるンだよ。人間が生まれつき罪を背負ってるから、何もしてねェガキも死ンで罪を償ってンのか?なら、今ものうのうと生き延びてる罪人はどォなンだよ』
悔しいと思う。辛いとも思う。何か言い返してやりたいと思う。
その全てが、生じるありとあらゆる感情が彼を認めているようで、考えを巡らせる度に更なる辛苦が少女達を襲う。認めるべきではないし、認めたとしても、決して楽にはなれない。端的に言って、人生で最も最悪な状態だった。
『オマエらが末端の人間だから答えられねェのか。それとも、上層部も答えられねェのか。どォなンだろォな。楽しみだなァ、ゼノヴィア。オマエが大好きな主ってのが救う人間を選り好みしてるわけねェもンな』
覗き込んできた少年の赤い瞳、真っ白な肌と髪。
それぞれのパーツは美しいというのに、集まると何よりも恐ろしく見えた。様々な化物と対峙し、その大半を退治してきた。その中には誰が見ても悪魔だと思うような存在もいたし、怪物と呼ぶしかない姿形の悪魔もいた。
中には恐ろしい存在もいたが、真っ白な少年神父はそれらの比ではない。暴力や暴言で無理矢理捩じ伏せられたわけではなく、純粋な言葉の重みだけで潰されたのだ。口喧嘩にすらなっていない。嬲られているというのも違う。言葉遣いこそ悪いものの、その中身は子供への問い掛けのような正しさで埋められていた。
二人は青い顔をして、口元を抑えていた。動くことすらままならない。あまりにも酷い有り様だった。年頃の少女がすべきではない顔をして、目の光も失っている。ギリギリのところで立っているだけで、少し触れば床に座り込んでしまうだろう。
『……しけたツラしてンじゃねェよ。ほら、祈ろォぜ。いつもみてェに両手合わせて、必死なツラして祈ればイイじゃねェか。それが一ミリでも上に届いてンのかは分っかンねェけどよォ』
いつの間にか、店内の視線は一方通行の方へ集中していた。異国の言葉で演説のようなことをしていたのだ。それも単なる観光客などではなく、町でもそれなりに有名な人間が。周りの人間がそうなってしまうのも無理はないだろう。
少年は周囲に向けて手をヒラヒラと振り、大袈裟に腰を下ろした。そして、ホットだったのかアイスだったのかも分からない、微妙な温度のコーヒーを口に含む。
『なンか言いたいことでもあるか?』
『……ない』
『……ないわ』
どうにかして絞り出したらしき声は、蚊の鳴くようなもの。店内が一方通行のせいで静まり返っていなければ、聞き取ることすら出来ていなかったはずだ。それぐらいにか細いものだった。
『元同僚のよしみってやつだ。今なら俺が奢ってやるけど、なンか食うか?肉でも魚でも、メニューにあるモンなら好きなだけ食ってイイぜ?』
『……いや、いい』
『遠慮すンなよ』
『……大丈夫。行きましょう、ゼノヴィア』
二人の少女は顔をくしゃくしゃに歪めたまま、お互いに支え合って歩き始めた。その足取りは入店してきた時とは別物。同一人物とは思えないぐらいに重く、鈍い。一歩踏み出す度にフラつきながら、明るい雰囲気の店内から出て行った。
彼女達と入れ替わるように現れたのは、ドリンクバーの前で駄弁っていた堕天使コンビ。レイナーレは甘ったるい匂いを漂わせるピンク色の液体が入ったコップを持ち、ミッテルトの方は形容し難い色をした飲み物を持っていた。
「逃げてンじゃねェよ」
「最初は悪いと思っていたけど、今となっては正解だったと思うわ」
「うちの判断は間違ってなかったっす」
更に遅れて現れた配膳ロボットから皿を受け取りつつ、二人は最初の位置に座り直した。
タイミングを見計らっていたのか、厨房の方からは数人の店員が顔を覗かせている。電気で顔を描かれているロボットは、様子見の先兵にされてしまったらしい。
「貴方、本当に人間?」
「悪魔より悪魔みたいだったっす」
「この町だとフリード神父で通ってる」
「おかしな町っすね」
少なくとも、神の有無や悪魔と罪人の善悪等々、そういったタブーに引っ掛かりそうな部分には触れるべきではない。それも、何かしらの討論で喋ったわけではなく、ヴァチカンからの使者に対する私怨だ。
外国語だったおかげでバレていないが、少し語学に堪能な人間がいれば、神父かどうか疑われていた可能性もある。幸いなことに、今回はそういった様子もない。周囲の客は少し前までと同様、それぞれで楽しく喋り始めていた。
「信仰心の強い人間相手にあんな揺さ振りを掛けたら、下手したら死ぬわよ?」
「あの程度で揺らぐンなら、その程度の信仰心だったンだろ。俺のは単なる想像。確証も何もねェ戯言だ。それで疑っちまうのは教会がそンだけ雑な教育してたってことだろ」
「妙に説得力があったのよ。どれだけ洗脳みたいな教育をされてても、少しは疑うと思うわ」
実際、二人は壊れかけていた。
レイナーレは側から見ていただけである為、心の底までは分からない。しかし、自分が彼女達の立場だったらどうか。そう考えるだけで、どのような状態かは予測できた。
「怖かったっす。天使の頃にあんなこと言われてたら……」
ミッテルトはその体をブルブルと震わせていた。
それだけ現実味があったのだ。神が本当にいるなら。何処から何処までが罪に該当するのか。何をすることで罪人となるのか。
考えたことがなかったわけではない。深く考えてこなかっただけだ。そういったことを考えなくとも、幸せに暮らせる。ただ盲信して、祈りを捧げる。それだけで大半の人間は楽しく過ごすことは出来るのだ。
一方通行はそれを許さなかった。それを二度と享受できないようにした。元々天使だったからこそ、二人は彼がしたことの恐ろしさが分かっている。
「あの子達、大丈夫かしら」
「自業自得だろ」
少年は悪びれる様子もなく、あっけらかんと言い切った。
「愛されてるわね、あの子も」
レイナーレが思い浮かべたのは、金髪碧眼の少女の顔。時期が違っていれば、彼女も店を出て行った二人組のようになっていたのだ。いや、それよりも酷いことになっていただろう。
不機嫌そうな顔でコーヒーを飲む少年神父の姿は、年相応に捻くれた少年にしか見えない。中身は相当に恐ろしい部分があるものの、その行動原理も年相応と言えなくもない。
大事な物を傷つけられそうになったから、先んじて傷つけた。そう考えると、悪魔のような少年も可愛らしく見えないこともない。
「何笑ってンだ」
「何でも。可愛いところもあるのね……って思っただけよ」
「うちのことっすか?」
「そうかもね」
そっぽを向く一方通行。まだタブレット端末でメニューを眺めているミッテルト。よく分かっていない部下の頭を撫でるレイナーレ。
食事はまだ終わりそうになかった。