「とある科学の一方通行」の要素をひとつまみしたオリキャラが出ます。話の内容が大きく変化するとかはないです。原作フリードの代わりでしかないので、実質モブ。あの人の外道具合が濃くなった気もするけど、まあ原作の時点でそこそこ酷いので大丈夫……かな?
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ゼノヴィア達を追い返した翌日、一方通行は昼間から妙な輩に絡まれていた。
頭から足元まで覆い隠す、真っ黒な外套。フードもキチンと深く被っており、口元もマスクで隠すという徹底振り。イリナ達もかなり怪しい格好はしていたが、こちらの方が数段上だ。
「不良に絡まれンのは慣れてンだけどな」
カツアゲをされたり、突然殴られたり、そういった典型的な不良っぽい行動を取られたわけではない。その類の人間ならば、手を出してきた瞬間に反射が機能して終わりだ。一方通行が何かするまでもない。
「何がやりてェンだよ」
現在一方通行の目の前にいる何者かは、彼の進行方向に立ち塞がり、邪魔をしているだけだ。左右に動くと同じように動き、後ろを向くと回り込んでくる。それ以上のことはしてこないので、一方通行としても対応に困っていた。
明らかな迷惑行為ではあるのだが、能力を行使するようなことでもない。しかし、声に対しては何の反応も示さない。耳が聞こえていない可能性もあるが、それでも身振り手振りで意思疎通を取ろうとするのが人間だ。
「どォすりゃイインだ」
右手にぶら下げているキッチンペーパー。左手にぶら下げているパンパンのエコバッグ。見た目通り、彼は買い物帰りである。登校前のアーシアにメモを渡され、その通りに購入してきた。その帰り道にコレである。
通行人達も一方通行の方は見ているものの、明らかに頭のおかしい人間と対峙している彼を助けようとはしない。神父様ならどうにかするだろうという楽観視と、傍観者効果に近しいものが合わさった結果である。
「なンか言えよ」
色々と考えた結果、諦めた。仮にどのような人間が相手であっても、一方通行が悪いという話にはならないだろうと判断し、脅し程度に能力を行使することを決めたのだ。
「なァ、聞いてンのか」
ビニール製の持ち手を握ったまま、右手を振るう。アスファルトを抉るようなことはしない。何の殺傷能力もない、単なる突風だ。その姿を隠している物を剥ぎ取ってしまおうとし、その通りの結果を生み出すことには成功した。外套は風に攫われ、マスクも同様に吹き飛んでいった。
しかし、そうやって顕になった姿は、少年が全く想像していないモノだった。
「……オマエ」
目を見開き、動きを止める。それだけの衝撃があった。
「どォなってンだ、それ」
そこに立っていたのは、外国出身らしき男だった。最低限の肌着を身につけているだけで、靴も履かずに裸足で立っている。一方通行と同様の白い髪だったが、他の部分は似ても似つかない。彼も筋肉がないわけではないが、ソレの方が体積が倍はありそうなぐらい鍛えられている。
問題はそこではない。彼が目を見開いた原因はそんなことではない。男はあまりにも酷い顔色をしていた。一方通行のような白さとは違う、血の通っていないような白さ。死体が立っていると言われても、誰も疑問を抱かないぐらいの色だった。
それだけではない。異常性を際立たせているのは、縫い合わされた唇だろう。治療の為に縫合されたようには見えない、面白半分でされたような乱雑さ。口元を動かす度に微妙に生まれる、上唇と下唇の隙間。それが余計に痛々しかった。
他にもおかしな部分は見られたが、特筆すべきは額に貼られた妙な紙だ。意味の分からない文字が書かれており、それがどういった役割を果たしているのかはハッキリとしない。一つだけ確かなのは、目の前の男が何者かによって人体実験に近しい何かをされたということ。
『コレも聞こえてねェのか』
試しに幾つかの言語で声を掛けてみたものの、反応はない。腕を振ってみても、紙で半分程隠れている両の瞳は揺れ動くこともない。瞳孔は開き、視界が機能しているのかも怪しい状態。
本当に死体なのではないか。そう考えた一方通行が手を伸ばした瞬間、周囲の空気が変質した。この世界に来てから何度も体感した、人外が目標を隔離する為の空間を作り出す瞬間に生じる違和感。
白昼堂々仕掛けてくるとなると、ある程度の力は持っていると考えるのが妥当だ。ヴァーリの時は合宿中だったが、今の駒王町にはリアス達がいる。彼女達が異変に気づいた場合、最悪の場合は眷属全員と交戦することになるのは確実。一方通行のことをフリードだと考えているにしても、グレモリー眷属も含めればそれなりの数になる。その状況でも勝てる見込みと自信がなければ、決して仕掛けてこないはずだ。
そう考えていくと、可能性は絞られる。一見平穏な町が陥っている危機的状況。その状況を作り出した存在。一連の事件に関わっている人外であり、ある程度の自信とそれを裏付ける実力を持つ何者か。
「まァ、そォだろォとは思ってたぜ。オマエらみてェなのしか、こンな悪趣味なもンは作らねェし、作れねェだろォからな」
何処かしらのタイミングで遭遇することは予想していたのだから、今更狼狽える必要はない。明らかに異常な人間が現れて、彼らが周囲にいないと考える方が難しいだろう。
一方通行は辺りを見回し、すぐに現状を作り出したであろう存在を確認した。ビルから飛び出た看板の上に座り込み、頬杖を突いている長い黒髪の男。背中には十枚の黒い翼。正体を隠そうともしていなかった。
「よォ、コカビエル」
「馴れ馴れしい奴だ」
コカビエルは心底嫌そうな顔をしたかと思えば、空いている方の手を何かを投げるように振るった。瞬間、一方通行に向けて押し寄せてくる大量の光の槍。速度も数もレイナーレ達では比較対象にならない。
「俺を殺してェなら、どっかの国強請って核でも持ってきやがれ」
「ただの頭がおかしい悪魔祓いだと聞いていたが、認識を改めた方が良さそうだな」
だが、届くことはない。
一方通行を貫くはずだった槍は看板を破壊し、建物の壁を砕いていた。コカビエルは既に別の場所に移っていたものの、何かの破片でも掠ったのか、指先から垂れる血を忌々しそうに見つめている。
「死体で遊ンでる方がイカれてンだろ。人のこと言ってる場合じゃねェと思うぜ」
「俺が作ったわけではない。アレがどうしてもと言うから、少し手を貸してやっただけだ」
顎で指した方に視線をズラすと、立っていたのは祭服姿の老人。言うまでもなく、コカビエルと共に騒動を引き起こした男だ。
『どの言語だろうと届かんよ。私の命令しか届かないようにしている。オートでは私のボディガードを優先させているがね』
物言わぬ男の肩に手を置き、ニヤニヤと笑うバルパー。発する不快感だけならば、一方通行の人生の中でも上位に入るレベルだった。
反射的にアスファルトに亀裂を走らせるも、男がバルパーを抱えて跳び退くことで回避してしまう。追撃は一旦諦め、少年は老人を睨みつけた。
『何しに来やがった』
『試運転も兼ねて、邪魔になりそうなお前を先に殺しておこうと思っただけだ。流石に一般人で試し斬りはできないだろう?』
一般人でなくとも、人体実験をすべきではないだろう。
そんな今更が過ぎるツッコミは口に出さず、彼は生き物かどうかも分からない男を見る。未だに動く気配はなく、彼の視線にもバルパーの接触にも反応を示さない。
『……ソイツは何なンだ』
『異教の跳尸術、キョンシーというやつだ。アレをベースとして、聖剣を振るう人形を作ってみたのだが……まあ、出来は良くないな』
唇だけでなく、体のあちこちにある縫い目。体のパーツ自体は揃っているものの、男本来のパーツだったのかは定かではない。その肌着の下はどうなっているのかも分からない。臓器を抜かれているかもしれないし、腹に大穴が空いているかもしれない。
一方通行の知っているキョンシーとは似ても似つかなかった。アーシアが悲鳴を上げながら見ていた映画の中では、死体に対する適切な表現かはともかく、もう少し愉快な姿をしていたはずだ。しかし、彼の目の前に立っているのは、同じようなジャンルの中でも、傘がシンボルの企業が作り出した生物兵器のようになっている。
『死肉で作った人形なンて、俺の知ってる奴らでもやってなかったぜ』
『私も不本意でね。本来なら部下にしてやろうと思っていたのだ』
男の周りを歩き回り、老人は演説でもするように語り始めた。
『上手い具合に適性もあった上、何年も悪魔祓いとして鍛えていた個体だ。ハナから百点を狙うつもりはなかったが、それでも八十点は目指せると思っていた』
物言わぬ男の足を軽く踏みながら、バルパーは続ける。
『まあ、結果は七十点といったところか。生きたままが良かったというのに、如何せん騒がしくてな。その結果がこの口だ、愉快だろう?それだけならともかく、脅しても殴っても協力的な姿勢を見せない。色々としてみたのだが、殺して人形にする方が早かったということだ。理解してくれ』
出来るはずがなかった。する気もなかった。
確かに一方通行はそういう世界を理解している。そういう人間がいることも仕方がないとは思っている。率先して潰して回ることはしないが、目の前にいたら気に食わないから潰す。
例えるなら、害虫のような存在。民家に忍び込んで米櫃の中身を食べるという習性があることに理解は示しつつも、それはそれとして、米櫃の中に虫がいるのは邪魔だし不快だから殺す。そういうことだ。
『どォしよォもねェクズだな』
『お前が協力していれば、この男もこんな目には遭わなかったと思うぞ』
『メインプランが上手くいくとも限らねェ。大抵の人間はセカンドプラン、サードプランを用意すンだろ。研究者なら尚更だ。俺に接触した時点で殺してたンじゃねェのか』
『つまらん奴だ。少しは狼狽えるのが普通だろう』
八つ当たりのように男を小突いたかと思えば、一方通行を睨むバルパー。しかし、彼の殺意が満ち満ちた瞳と視線が交わるや否や、怯えたように目を逸らした。
『死体っつーのは、ソイツの最後の持ちもンだ。オマエみてェなのが勝手に使ってイイわけねェだろォが』
『せ、潜入任務も満足に果たせず、無様に死んだ哀れなエージェントを有効活用しているだけだ』
漸く、少年は確証を得た。ゼノヴィア達が勘違いしていた男というのが、自分の前に立っている何も言えなくなってしまった男なのだと。
『モノは試しだ。行ってこい』
バルパーの命令に応えた男は、何かを構えるような格好をした。だが、手の中には何も握られていない。少なくとも、視覚からの情報だけではそう見えた。一方通行は一旦その情報だけを取り入れ、演算を始める。
「引っ込ンどけ」
バルパーの命令通りに突貫してきた男に向け、横薙ぎの風を叩き付ける。計算通りの結果は生まれなかったものの、誤差の範囲。その誤差を解析してしまえば、次の演算に狂いは生じない。大方、何らかの力で透明化した剣を持っていたのだろうと予想をしつつ、新たに式を書き出し、近くにあった道路標識を蹴り飛ばした。
バキベキと音を立てて英字のWのように折り曲がったそれは、ブーメランを思わせる回転をしながら男に激突する。元が鍛えられた体とはいえ、それなりの重さの金属が直撃して、直立不動というわけにもいかない。何かで防ぐ様子は見せたものの、重みを流し切ることもできず、そのまま二転三転とアスファルトの上を転がっていく。それだけでは戦線離脱とまではいかない。しかし、十分な隙は生まれた。
一方通行にとって、エクスカリバーは多少興味のある武器でしかない。それも振ってみたいだとか、必殺技を使ってみたいとか、そういう一般的な思春期男子的思考回路から発生した興味ではなく、どういう仕組みがあり、何が含有されているから聖剣とされているのか。そういった知的好奇心に近いものだ。
しかし、最優先事項はそれではない。第一にコカビエル。第二にバルパー。生かすか殺すかは別として、狙うべきは人形になってしまった骸ではなく、主犯格の二人だ。
前者は空中を自在に駆け回り、光の槍を瞬時にダース単位で生み出す堕天使。やり合うとなるとヴァーリと同等かそれ以上の規模の被害が予想される上、戦うことを目的としていない以上、逃げに徹される可能性もある。それでは隙を突いても一撃とはいかない。
後者は頭が回るとはいえ、基本的には運動もろくにしていないであろう老人。彼を潰すことができれば、キョンシーも一時的に機能停止することが予想される。
ならば、先に狙うべき相手は。
「オマエの命令しか聞こえねェってンなら、まずはオマエを挽き肉にしてやンのがイイよなァ!」
持っていた荷物を左手にまとめ、足元を揺蕩っていたベクトルをかき集める。その力を使って、一方通行は自分の身体を加速させた。向かう先はバルパー・ガリレイ。常人でも反応は不可能。体が鈍り易い研究者の老人であれば、視認するだけでも一苦労だろう。
そんな老人に対し、振るうのは右手。単なる握り拳ではない。指先が掠るだけで肉を抉り取り、骨を砕く。人間の皮膚程度なら容易に剥ぎ取り、何リットルも出血させることができる右手だ。
「邪魔すンじゃねェ」
だが、届かなかった。吹き飛ばしたはずの男が老人の前に飛び出し、彼の手を透明な何かで防いでいたから。
バルパーを守るという意味では、男の行動は間違っていない。少年神父の手が直撃すれば、どれだけ頑強な肉体を持つ人間であっても、血を吹き出すのは確実だったのだ。文字通りの魔の手から主人を守り切ったのだから、本来なら賞賛すべきだろう。
「そンな手品でエクスカリバーなンて大層な名前貰ってンのか?」
しかし、一方通行に接触するというのは悪手でしかない。
彼のベクトル操作は強力な能力だが、距離が空いている場合は単なる異常な物理現象でしかないのだ。建物を砕きかねない暴風にしろ、瓦礫を蹴り飛ばした音速の弾丸にしろ、防ぐこと自体は不可能ではない。
触れられてしまった場合、ベクトル操作は防御不能な攻撃になってしまう。それは相手が何であっても、それこそ異なる世界の無機であったとしても。彼が理解できる範疇に存在する物ならば、そこに物理法則が存在しているなら、有機物でも無機物でも関係なく支配下に置くことができる。
「ナマクラにでも改名した方がイイだろ」
肉を裂く為の演算を消し去り、権能によって透明化しているだけの剣を砕く為の数式を並べていく。
完成まで、五秒も必要ない。聖剣が聖剣である理由を把握せずとも、所詮は世界に存在する鉄の塊でしかないのだ。金属結合で発生しているクーロン力等々、彼が操作対象とするベクトルは幾らでもある。根幹を担っている部分を崩してしまえば、後は自重で折れるのを待つだけ。
「ほら、俺が当たっただけで折れちまった」
三日月のような笑みを見せると同時に、屍が握っていた剣の先が姿を現した。パキンという気の抜ける音を響かせ、地面に突き刺さる。それは聖剣と呼ぶにはあまりにも無様で、彼の言った通りに鈍のような姿。
傍観者に徹していたコカビエルは目を見開き、それを仕出かした張本人を見つめた。表舞台にあまり顔を出さないとはいえ、彼は歴戦の堕天使だ。多くの猛者を目にし、数多の実力者を相手取ってきた。
それ故、眼下で聖剣と衝突した少年が、相当な実力者であるのは分かる。そこに技術はなく、何かしらの特殊な能力に頼り切っているタイプだということも分かる。
しかし、それのタネが何一つとして分からない。何の情報を得ることもできないまま、戦力の一つが真正面から打ち砕かれているのだ。コカビエルが幹部の名に恥じない力を持っているとはいえ、あまりにも良くない状況であるのは間違いない。
まだ何も成し遂げていないという状況で、少年との戦いに全戦力を投入して痛み分けに持ち込まれるようなことがあれば、どうなるか分かったものではない。計画が破綻するだけなら良いが、コカビエル一人が何らかの罰を受ける羽目になる可能性もある。そうなれば、当初の目的は何一つとして果たせない。
「仕切り直しだな」
呟き、翼を広げる。
『フリード……貴様、何をしたか分かっているのか!エクスカリバーだぞ!世界最高の聖剣、正真正銘のエクスカリバーに対して、何ということを!』
狂乱。一方通行の目には、バルパーがそうなっているように見えた。これが十や二十の若者であれば、まだ可愛げもあっただろう。しかし、目の前の男は四十をとうに過ぎた老人だ。少なくとも、見ていて気持ち良いモノではなかった。
ただでさえ薄い頭を掻き毟り、唾を散らしながら怒声を発する姿。自分を守ったはずの男を突き飛ばし、地面に落ちた聖剣の欠片を抱き締めるという奇行。そんなバルパーから感じ取れるのは、エクスカリバーに対する執着心。狂気と言っても過言ではない。
殺される可能性は考えていないのか、それとも考えられなくなっているのか。殺意を剥き出しにしている少年の目の前で、隙だらけの姿を晒している。あまりにも気味が悪い振る舞いだったものの、その程度のことで二の足を踏む一方通行ではない。
『それがオマエの安心毛布ってンなら、抱いたまま寝かせてやるよ。寝た後はどォなりてェンだ?砕いた聖剣とバルパー・ガリレイの合挽きミンチにされるか、アスファルトで骨と臓物まで擦り下ろされるか。他に案があるっつーなら、受け付けてやってもイイぜ』
右手を伸ばす。一瞬で致命傷を負わせる為ではなく、一時的に意識を刈り取る為に。
バルパーを惨殺したところで、コカビエルは止められない。彼らは利害の一致で成り立っている協力関係があるだけで、絆で結ばれた仲間などではない。片方がいなくなれば破綻する計画でもない。
ならば、二人集まっているタイミングで両方潰してしまう。手っ取り早く、そして確実に騒動を終わらすにはそれが良い。
「そう急ぐな、フリード・セルゼン」
老人に手が届くまで、残り三十センチ。そんなタイミングで、一方通行の前に大量の光の槍が突き刺さった。数本ならともかく、数十本。もはや光の槍ではなく壁になってしまっている。
だが、障害物としては十分に機能した。並のスーパーコンピューターを凌駕する一方通行の演算能力であっても、本来触れる予定ではなかったものを破壊するとなると、ほんの僅かな時間が必要になる。
「そンなにこのクソ野郎が大事か?」
その僅かな時間が生まれたことで、コカビエルは貴重な戦力を回収することに成功していた。狂った老人と動きを止めた男を両脇に抱え、黒い翼を羽ばたかせている。若干間抜けな姿ではあるものの、それが隙だらけな姿というわけではない。
「駒は多い方が良い。違うか?」
「まァ、ポーンでもねェよりはマシだな」
「それにしても、お前は中々に使えそうだ。今なら幹部候補として迎え入れてやるが、どうだ?」
一方通行は目の前の槍を一本圧し折り、空中の堕天使に向けて放り投げた。まともなフォームでの投擲ではなかったが、それでも時速は二百キロを超えている。
普通の堕天使ならば、それだけで致命傷を負っていただろう。しかし、相手は聖書に名を記されている堕天使。最小限の動きで槍の残骸を避け、勧誘が失敗に終わったことを理解した。
「……聞いていた話と随分違うが、お前は何者だ?」
「フリード・セルゼン。この町だとそれなりに名前売れてンだが、潜伏してンのに知らねェのか」
「素手でエクスカリバーを砕くなど、そこらの悪魔祓いに収まる人間ではあるまい」
「一回砕かれた聖剣なら、もォいっぺン砕けちまうのも仕方ねェだろ。それにオマエら人外も聞いたことぐらいあンじゃねェの。金属疲労とか、経年劣化とか。いくら名工が鍛えたっつっても、メンテしてねェなら市販の包丁と変わンねェよ。非力な女でも、やりよォによっては砕ける」
男を両脇に抱えた堕天使。
エコバッグとキッチンペーパーを左手にぶら下げている悪魔祓い。
滑稽な恰好をした二人は睨み合う。方や、翼を撃ち抜くタイミングを伺いながら。方や、摩訶不思議な能力を行使する少年から逃げるタイミングを伺いながら。
「お前と一緒に生活している女、確か名前は」
「死にてェならそォ言え」
刹那、吹き荒れる暴風。言うまでもなく、発生源は一方通行。駐車場に停まっていた乗用車を吹き飛ばし、店先に並んでいた自転車を何十台も巻き込んでいく。電柱も歪な音を立て始め、流石のコカビエルも体勢を崩した。
その瞬間を見逃さず、彼はまだ残っていた大量の槍を蹴り砕く。それと同時にそれらのベクトルを堕天使の方へ向ける。速度は先程の投擲の比ではなく、数も文字通りに桁違い。避けるのは当然のこと、防ぐのも一苦労な弾幕だ。単にそれらが迫ってくるだけならまだしも、風が吹き荒れている状態。ある程度は傷をつけられると考えていた。
しかし、相手は大戦を生き抜いた歴戦の堕天使。一方通行の生み出した気流を読み、迫り来る弾丸を一つずつ適切に避けていく。全てを避け切ることはできていなかったが、翼や新たに生み出した槍で上手く迎撃し、やり過ごしていた。
「自然現象を操る力……神の真似事をする人間か。面白いな」
笑みを浮かべたコカビエルは、更に上へと視線をズラした。風の檻が強力であるのは間違いないが、風の流れを読み切ってしまえば、檻としての役割は果たせなくなる。
数百を越える経験則がある以上、それをすることは決して不可能ではない。十枚の翼を器用に動かし、堕天使は垣間見えた脱出口から飛び出した。それは一方通行が故意に作ったものでも、コカビエルがこじ開けたものでもない。彼が演算によって現実を書き換えるのに必要な、ほんの僅かな時間によって生まれてしまった穴だった。演算自体に不具合はなかった。風という自然現象であるが故の穴。しかし、この場においては致命的だ。
「近いうちに会おう、フリード・セルゼン」
一瞬だけ振り返り、風の檻を突破した三人の男は空を駆けていく。
「逃がすわけ、ねェだろォが!」
そう言って手を伸ばしたものの、既に黒い翼は空の彼方にあった。再び能力を行使しようにも、自分が追いかけなければ届かない状況。結界は既に消え去っており、一方通行の引き起こした災害の影響だけが残っている。何も知らない人々が顔を青くしているのを見て、彼は大人しくリアスに連絡をして処理を頼むことにした。
「……めンどくせェな、アイツら」
バルパー自体はどうにでもなる。だが、彼をどうにかしない限り邪魔をしてくる屍と、単純に厄介なコカビエル。一本は折れてしまったとはいえ、未だに分からない他のエクスカリバーの権能。
負けるとは思っていない。真正面から対峙した場合、勝ち以外はあり得ないとすら思っている。学園都市最強の名が揺らぐ程の相手ではないのだが、骨が折れる相手であるのは間違いない。
「グレモリー達でどォにかなるもンでもねェ。つっても、アルジェントを連れ回すわけにも……」
それに加えて、一方通行の隙を作る為に口に出したであろうコカビエルの言葉。もし仮にアーシアが狙われるとすれば、どう対処すべきか。少年の知り合いを軒並み引き摺り出したとしても、堕天使の幹部と相対することができる存在となると、かなり数が絞られる。
そうやって色々と考えていると、爪先に何かが引っ掛かった。目を落とすと、そこにあったのは縫い目だらけの男が纏っていた外套。
一方通行が容赦なく吹き飛ばしたせいで数箇所破れているが、一応は男の形見の一つである。何となく拾い上げると、ポケットから何かが落ちた。それは金属製のネックレスらしきもの。その先には楕円形の小さなケースがついていた。所謂、ロケットペンダントだ。
上部の仕掛けを軽く弄れば、それは簡単に開いた。何かの手掛かりや、ダイイングメッセージが残されていたわけではない。潜入任務の成果は何一つとして残っていなかったが、それ以上に大事な想いが込められていた。
「もォ一つ増えちまったけど、まァ大して変わンねェか」
中に入っていたのは、その為に加工された小さな写真だった。まだ小学校にも通っていないぐらいの子供が一人と、その子供によく似た大人の女が一人。どちらも邪気のない笑顔で写っている、幸福を端的に表したような写真だ。
「帰らせてやンねェとな」
ペンダントを自身のポケットに突っ込み、一方通行は空を睨みつけた。