Re: 一方通行、狂人神父に成り代わる。   作:ミツヒコ

23 / 24
 もっと早く投稿するつもりだったのですが、上条さんにも少しは同情してもらえそうな状態に陥り、大分遅れてしまいました。申し訳ない。










_


第二十二話 

 精神的な不調は甘く見られがちだが、精神を司っているのは脳だ。つまり、実際は脳機能の不具合や障害と言っても過言ではない。食欲不振や睡眠障害、性欲の減退等々。生物の三大欲求が軒並み抑制される上、それらが原因で肉体にも影響が出始める。

 特に食事と睡眠に関しては酷いものだ。食欲がなくとも、エネルギーは足りていないのだから、まずは体力が削られていく。何かをする気力がない状態であり、試しに眠ろうと思っても寝付きは最悪。仮に眠れたとしても、悪夢やら何やらで質も最悪だ。そんな質の悪い世界で長く眠れるはずもない。実感のない空腹と睡魔によって、更にありとあらゆる力が削がれていく。

 自分の好きなことをするならば、辛うじて動ける程度。それも本来の楽しさは感じられず、すぐに辞めてしまう。そんな悪循環を繰り返していき、衰弱していってしまうのだ。

 

 紫藤イリナ達の状態は、そこまで酷くはなかった。確かに心身共に不調ではあるものの、それは平時と比べた時の話だ。食事も喉を通らないだとか、一睡もできないとか、そのレベルの話には少しだけ届いていない。

 彼女達にとって幸いだったのは、精神を痛めつけられただけだったことだろう。心を圧し折られたというよりも、心の拠り所を破壊されたという状態。教会という組織に不信感を抱かされ、神の存在そのものに疑問符を付与された。自分の存在を全面的に否定されるよりは、ほんの少しだけマシだった。

 

 それでも、辛いものは辛い。即死しなかったというだけで、致命傷一歩手前のモノを負わされているのだ。結局のところ、二人は絶不調だった。フリードとの邂逅からそれなりの時間が経過したというのに、普段通りに動こうとする度に最悪な文言が思い浮かぶのだから。

 はぐれ悪魔祓いの戯言だ。そう切り捨てれば良いだけなのに、彼女達にはそれをすることができなかった。ただ神が死んでいると言われるだけならば、馬鹿な哲学者の狂言と同じように扱えば良かった。

 しかし、フリードの言葉には妙に説得力があったのだ。アーシア・アルジェントに対する扱い、大戦での戦況の変化における不可解な点。二人が気づいていなかった、或いは無意識に目を逸らしていた事実。一旦そこに目を向けてしまった以上、目を逸らすことは簡単にできることではない。考える生き物である以上、そこから邪推しない方が難しい。

 

 先日までの二人は盲信者だった。深く考えることもなく、周りの人間が言っていることを疑うこともせず、馬鹿正直に生きてきた。良いことがあったら神に感謝し、悪いことがあったら自分の行いを悔やむ。そうやって育った。

 今も昔も、二人は狂信者ではない。何があっても神の教えを第一とし、悪魔や堕天使を見境なく惨殺することはできなかった。悪魔を治療したアーシア、悪魔と手を組んでいるフリード。二人を裏切り者だと斬り殺すこと自体、実力的には難しくないが、いざ手を出そうとすると竦んでしまうぐらいの良心はある。

 今の二人は何者なのか。所属している教会のことを信じることもできないまま、事前に下された命令をどうにか遂行しようとしているだけ。完全な傀儡だったら、どれだけ楽だっただろう。疑わしい組織の為、命を賭けることの異常性。フリードの言葉によって外側からの視点を与えられたからこそ、それを理解してしまった。

 

『その程度か、グレモリー眷属』

『ごめんね、イッセー君』

 

 リアス・グレモリーとの話し合いの後、行われた模擬戦。元々は売り言葉に買い言葉。どちらが事の発端であるか断じることは難しい。

 溜まった苛立ちを解消する為、ゼノヴィア達は剣を振るった。戦闘と呼べるものではなく、二人にとっては単なるストレスの発散。確かに二人の精神状態は酷いものだった。それでも、明らかに自分達と同じような状態の魔剣使いと、あまりにも未熟なそこらの不良以下の少年一人。後者はイリナの幼馴染でもあったが、あまり関係のない話だろう。

 内容はあまりにも一方的。先日、ファミレスで自分達がされたように。しかし、フリードと違って中身には欠片も正当性はない。子供の八つ当たり、不良の憂さ晴らし。そういったものと変わらない、あまりにも幼稚な振る舞いだった。思い返してみれば、主に見せられるような、未来の自分に誇れるようなことではない。

 そんなことを気にする余裕が、その時の彼女達にはなかった。丁度良く落ちてきたサンドバッグを殴った程度の認識。相手が悪魔であったということも、彼女達のブレーキを機能しにくくしたのかもしれない。

 当然、やった後で多少の後悔はあったが。

 

「確かに強いけれど、コカビエルと戦うには力不足じゃないかしら。フリードですら取り逃してるのよ?」

『……余計なお世話だ』

 

 背中に言葉を浴びて、一瞬止まってしまった。リアスからの評価に対する怒りが湧いたから、ではない。万全な状態であっても、その評価は妥当なはずだから、怒る必要は一切ない。今のゼノヴィア達では尚更だ。問題はそこではなく、彼女の口から出た聞き覚えのある名前。それに付随している信じ難い複数の事実。

 悪魔の協力者であることを再認識し、その悪魔に実力を認められていることを確認し、コカビエルと交戦して撤退させているという事実を理解させられた。人間基準で見れば、それは十二分に化け物だ。神器を持っていたとしても、堕天使の幹部と戦える神器保持者は一握りだろう。その中でも生き延びることができる人間となると、更に数は絞られるはずだ。

 

「もし人手が欲しいなら、町外れの教会に行きなさい。でも、絶対に手は出さないで。フリードが癇に障ることを言うかもしれないけど、一緒にいるアーシアって子には絶対に手を出しちゃダメよ。被害に遭うのが貴女達だけで終わるか分からないから」

『覚えておく』

 

 人手は間違いなく欲しかった。コカビエルと戦える実力者の手を借りられるのなら、素行に多少問題がある人物であっても、声を掛けるぐらいはしただろう。

 しかし、もうその選択肢はないも同然だ。今更、どのような顔をして教会を訪ねれば良いのか。出会い頭に頭を下げたとして、それで許されるとも思えなかった。もし仮にゼノヴィアがフリードと同じ立場だったとして、自ら時間を共にするぐらいに仲の良い存在を貶されたとしたら。

 どれだけ頭を下げられて、どれだけ金銭を積まれたとしても、心の底では許せないだろう。頭を下げられる前に問答無用で叩き切るかもしれない。想像しただけのゼノヴィアですら、そう思ってしまうのだ。実際にそれをされたフリードの気持ちなど、想像することはできない。

 

『何が正しいのかしら』

『リアス・グレモリーの言葉と、彼の怒りは正しいだろう』

『そうね。生きてるってことは、私達って案外運が良かったのかも』

『かもしれないな』

 

 二人同時に漏らした乾いた笑い。分類は嘲り。その対象は自分達。コカビエルに逃げるという選択を取らせる人間を怒らせて、五体満足で生きている。それ自体は喜ばしいことだが、怒らせている時点で大失敗だ。

 実際に戦力にしたかは分からないが、頼れる人間を一人失っているのだ。聖剣を奪還するという任務を遂行するだけならば、犬猫でも犯罪者でも利用すれば良い。それができなくなったのは、間違いなくゼノヴィア達のミスだ。仕事をしている人間として、後先を考えない行動だった。一人の人間としても酷い行いだった。だが、後悔したところでどうにもならない。

 二人で任務を達成するしかなくなった。元々その予定だったのだから、今更気にする必要もない。コンディションは最悪。しかし、詳細不明のタイムリミットは刻一刻と迫っている。何が起こるのか、何を起こそうとしているのか。それらの情報を何一つ掴まないまま、普段の何倍も重たい体を引き摺り、無理矢理にでも動く必要があった。

 

『此処に居たのか、バルパー・ガリレイ』

 

 幸か不幸か、探し始めてから程なくして、二人はその老人を見つけることが出来た。聞き込み調査をしていたわけでも、目星をつけて張り込みをしていたわけでもなかったのに、ありふれた路上で偶然にも。

 その時点で疑うべきだったのだ。自分達の運が良いと思わず、冷静になれば良かった。相手が何を仕出かした人間であるのか、どういう罪を犯して逃げ出した人間なのか。それらを少しでも思い出していれば、一歩踏み止まることができたはずだ。

 

『上手い具合に釣れたな』

 

 老人の言葉の真意を確かめる必要はなかった。

 足を踏み出すや否や、周囲の雰囲気が切り替わったのである。人外との戦闘経験が多い二人にとっては、感覚を覚えてしまうぐらいに慣れたモノだ。所謂、結界と呼ばれる代物。一般人という邪魔者を締め出し、一部を世界から孤立させ、周りが異常事態に気づくのを遅らせる為の空間。

 

『ヴァチカンから使者が来ているという情報はあったが、小娘二人とは』

『年端も行かない女の方が好みなのだろう?ああ、殺したのは私達よりも更に下の子供達だったか?』

 

 ゼノヴィアを睨みつけるバルパー。狂気を孕んだ瞳も相まって、中々に悍ましい形相だ。しかし、それぐらいで今更怖気付くことはない。

 恐ろしいものは既に見てきた後だ。彼の言葉に今も精神を蝕まれている最中ではあるものの、そのせいと言うべきか、そのおかげと言うべきか、ある程度の恐怖に対する耐性は生まれてしまっている。僅かな感謝と謝罪を思考の端に生み出しながら、二人は自身の得物を構えた。

 どうしてか、コカビエルはこの場にいない。好機を逃す理由はなかった。

 

『彼奴に砕かれたのは誤算だったが、元々こうする予定が早まっただけだった。特別に見せてやろう、この神々しい剣を』

 

 指を鳴らしたかと思えば、何処からともなく、バルパーの横に剣を携えた男が現れた。男は天を突くように剣を掲げ、ゼノヴィア達に見せつける。

 

『どうだ?どうだ!?この世にあるどんな芸術品よりも美しいだろう?これでも真の姿には程遠いというのだから、やはりエクスカリバーというのは素晴らしい……』

 

 確かに神々しくはあった。だが、それを構えるのは死体のような男。何処かで見た少年のような白い髪に、少年とは別系統の死人のように白い肌。そういった特徴自体はフリードと幾つか共通点があるものの、その体格や顔立ちはかなり違っている。

 その姿形を目にしただけだったものの、死体のような男が例の人物なのだと二人は理解した。そして、凄絶な最期を遂げたであろうことも分かった。その何よりの証拠が、縫い合わされた口と光の灯っていない瞳。

 フリードの言葉について考えていた領域が、込み上げてきた怒りによって塗り替えられた。どちらにしても、精彩を欠く状態であるのは確かだが、精神の不調に苛まれているよりは幾分かマシだろう。

 

『その人に何をしたの』

『何と言われても、実験の一環だが』

『実験って……』

 

 何一つとして悪いとは思っていないのだろう。イリナの問い掛けに対して、男は感情を見せずに答えた。唐突に簡単な計算問題を出題され、それに答えるような間があるだけ。

 二人が抱いた憐憫など、バルパーの心には欠片も存在していなかった。代わりにあったのは、二人の構える剣に対する執着心。年頃の娘が二人いるというのに、そちらには目もくれない。下卑た視線を生み出している思考回路には、何処かの赤龍帝のような性的欲求など微塵もないらしい。

 

『合わせるのも三本が限界だと思っていたが、まさか教会が送り届けてくれるとは思わなんだ』

 

 粘着質な笑みを浮かべ、老人は手を突き出した。

 

『アレを奪い取れ』

 

 コンクリートが爆ぜ、街路樹が騒めく。

 男の姿はその場から消え失せ、何かが迫ってきているという感覚だけが二人の背筋を駆け抜けた。どの方向から、どのタイミングで、どのような攻撃が来ているのか。必要な情報の一切を捉えることが出来ないまま、剣を振るう。

 

『渡すわけないでしょ!』

 

 何もかも分からない状態で、イリナは経験則だけでほぼ反射的に初撃を防いだ。しかし、何度も出来るような芸当ではない。それだけ、口を縫われた男の速度は尋常ではなかった。既に物言わぬ骸なのだから、多少の無茶は利くのだろう。しかし、仮にそうだとしても、素体が人間ならば限度がある。筋繊維や骨、関節や靭帯。常人離れした動きをしていけば、それらに負荷が掛かるのは当然のこと。

 考えるのが得意ではないゼノヴィアでも、その異常な動きの種は分かった。彼らが奪い取った三振りの聖剣。そのうちの一つの権能は何だったか。

 

『【天閃の聖剣】か』

『合わせたと言っただろう?それだけではない』

 

 その言葉通り、男は異常な速度で駆け回っているだけではない。男の姿が増えていた。高速移動による残像も幾つかあるのかもしれないが、それ以上に有力な可能性をゼノヴィアは知っている。

 【夢幻の聖剣】と名付けられていたエクスカリバーの一つだ。その名の通り、幻術で相手を惑わせる能力を持ち合わせている。その能力を行使しているのであれば、正確には残像とは異なるものだ。

 

『ど、どれが本物なの』

『落ち着け、イリナ。今の奴が持っている能力は三つだ。高速移動、透明化、幻術。焦っても惑わされるだけだぞ』

 

 何れにしても、単なるフェイントに過ぎない。それ自体は理解していても、それだけで突破口を見つけ出せるはずがなかった。元々が猪突猛進気味な二人組。その上、ゼノヴィアの持つ剣は破壊力に特化しており、イリナの持つ剣も形を自由自在に変えられるというだけ。

 それに対して、相手はどうか。常人離れした速度、権能によって作り出された分身、見えない剣。どれか一つだけでも搦め手としては十分な能力であるというのに、複合されては頭を使える人間でも対処することは難しい。

 

『背中は任せる』

『そっちも頼むわよ』

 

 迫り来る数々の幻影、度々紛れてくる本物の剣戟。背中という死角を見せたまま、それら全てを捌くのは現実的ではない。

 そう考えた二人は、背中を合わせて剣を構えた。それだけでは防戦一方になることぐらい、二人とも理解している。隙を窺う為の防御陣形でしかない。その場凌ぎのものだ。

 

『脳の死んでいる人形には荷が重いか』

 

 しかし、機械的に二人を襲う男にそれを崩すことは出来なかった。権能は十分使えている。剣筋や基本的な動きも決して悪いものではない。手本としては最高級と言っても良いぐらいだった。

 だが、実践と稽古は程遠い。殺し合いの場ではルールやマナーなど存在しないのだ。鍔迫り合いの最中に噛み付いたとしても、それは咎められることではない。命を懸けた交錯においては、むしろ推奨されるべき行動だろう。生き残った者が正義。卑怯でも残虐でも、全てが敗者の言い訳として捉えられる。

 男はそれらをしていない。ただ、バルパーからの命令通りに二人から剣を奪おうとしている。そのおかげで二人は生きていた。フェイントがあるとはいえ、基本的には生真面目な剣だったから。見えず、追えない剣。対処困難な武具にゼノヴィア達が対処できている理由は、ただそれだけでしかない。

 

『殺した奴が言うことではないだろう!』

『最後まで協力しなかったコレが悪い。私は生かすつもりだったぞ』

 

 悪びれる様子もない男に拳の一発でも入れたいところではあったが、未だに二人は突破口を見出せていない。

 どちらか一方が骸の相手をし、残された方がバルパーを仕留める。その作戦ならば、すぐにでも実行に移せる。骸の相手をした方が命を落とす確率が高いことを無視すれば、それが現状最も聖剣奪取の可能性が高い方法だろう。

 

 そうやってゼノヴィア達が迷いに迷っている最中、一枚の黒い羽がヒラヒラと落ちてきた。情報収集がろくに出来ていない二人であっても、今回の騒動の渦中にいる存在は知っている。

 結界があるというのに、微かな気配すら感じ取らせなかった今までが不自然だったのだ。

 

「バルパー、エクスカリバーというのはその程度だったのか?」

 

 鳥肌、悪寒。ゾクゾクとした何かは、決して武者震いの類ではなかった。圧倒的強者特有の威圧感。それに晒された結果、遺体を弄んでいた外道に対する怒りは掻き消されていた。

 

『コカビエル……』

 

 思わず、二人同時に呟いた。バルパー達だけならば、十分過ぎるぐらいの勝ち目はあった。絶不調である二人であっても、骸の相手は出来ていたのだ。肉を切らせて骨を断つ作戦を実行に移せば、聖剣の奪還とバルパーの殺害は完了していた。

 それで事件は一時的に止まり、コカビエルを誰が処理するかという問題が残るだけ。ゼノヴィア達は無事に帰還し、それで終わるはずだった。

 

『ゼノヴィア』

『分かってる』

 

 そんな理想は既に遥か彼方。

 相手は聖書に名を残す堕天使の幹部と、骸であるが故にタフな聖剣使い。どれだけ戦闘に特化した神器を持っている人間であっても、苦戦するのは確実なコンビだ。

 対するゼノヴィア達。ある程度の経験を積み、日々鍛錬をしているだけの少女でしかない。純粋な人間の中では上澄みに分類されたとしても、人外や人外に負けず劣らずの人間も合わせたランキングを作れば、良くて中の下程度。

 任務の遂行は最優先事項。しかし、命あっての物種だ。勝ち筋の見えない戦闘を継続する意思は無く、二人の思考は逃走ルートの確保に割かれていた。聖剣の応酬を繰り広げながら、視線を彼方此方に向け始める。

 

『違う!この人形の質が悪いだけだ』

「……まぁ良い。目的はそいつらの持っている剣だな?」

『あ、ああ、そうだ』

 

 ただ、その判断に至るのが少しばかり遅かった。

 

「お前らに恨みはないが、計画の為だ」

 

 羽ばたき、腕を振るう。それだけの動きから生み出されたのは、数え切れない程の光の槍。物言わぬ男が飛び退くや否や、全ての槍が飛び出した。

 

「これだけあれば、痛みは一瞬だろう」

 

 迫り来る死の気配。壁のように押し寄せる槍に対し、ゼノヴィアは聖剣の権能を発揮した。

 純粋な破壊の力。彼女の持つエクスカリバーにはそれしかない。幻術や透明化相手には役に立たない力だが、弾幕や力技を相手に真っ向勝負をするのであれば、他のエクスカリバーの何十倍も戦える。

 

「凌いだか」

 

 実際、第一射はどうにかなった。破片を避け切れずに切り傷は出来てしまったものの、原型が分からないぐらいに穴を開けられることを考えれば、無傷と言っても良いぐらいの傷だ。

 しかし、それを何度も何度も出来るはずがない。襲い掛かる方角を変えられ、タイミングをずらされ、量を変えられて。毎回毎回その全てに対応することは至難の業。小さいとはいえ、増えていく切り傷。終わらない槍の雨。元々の不調。全てが悪い方向に噛み合っていき、段々と動きが鈍くなっていく。それでも、逃亡のタイミングを図る為に破壊の力を振るい続けた。

 

「……つまらんな。馬鹿の一つ覚えというやつか」

 

 限界一歩手前。そんなタイミングで、槍の雨が止んだ。脱出には絶好の機会だった。だが、足が動かない。何度も何度も剣を全力で振るった体は既に疲労困憊であり、駆け出せたとしても、コカビエルの追撃を振り切ることは不可能だろう。

 自分が殿を務め、イリナを逃す。そう考えたゼノヴィアが口を開こうとした矢先、僅かな接触によって体が地面を離れる。それと同時に、怒声と悲鳴の入り混じった友の声が耳に入ってきた。

 

『ゼノヴィア、危ない!』

 

 地面を転がりながら、イリナの手で突き飛ばされたのだと理解した。何故その行動に至ったのか。それを理解する為、少女は顔を上げた。上げてしまった。

 

『イリ、ナ?』

 

 友人の体は、何かによって穴が空いていた。おそらく、その正体は骸の持っているであろう聖剣。透明化されているせいか、剣身は見えない。イリナの血が纏わりついていることと、体の穴の形状から、剣だと判別できるだけだ。

 盾にしたであろう【擬態の聖剣】は、その刺突に耐え切れなかったのだろう。半ばから砕けてしまっている。カランカランと落ちていく残骸。遅れて、柄が落ちた。手に込める力も残っていない少女は、そのままガクリと首を倒す。

 

「呆気なかったな。聖剣使いとはいえ、未熟なガキか。あの男は疎か、フリードにすら遠く及ばないらしい」

 

 用済みだと言わんばかりに投げられたイリナの体。

 どうにかその体を受け止め、ゼノヴィアは友の体に視線を巡らせた。平時よりも随分と浅いものの、呼吸はしている。傷は深いが、貫かれた一箇所のみ。治療が間に合えば、生き延びることは出来るかもしれない。

 

『イリナ、しっかりしろ』

 

 だが、間に合う保証は何処にもない。ただでさえ、逃走が成功する確率は一桁あるかどうかだったのだ。指先も動かせない状態の人間を一人抱え、人間離れした速度で動く化け物と、空を縦横無尽に飛び回ることの出来る堕天使から逃れられるはずがない。

 

「さっさとしろ。あの悪魔祓いを見たせいか、食指が動かん」

『……早く奪い取れ』

 

 誰か、助けてくれ。

 迫り来る恐怖のせいで、その程度の言葉すら声に出なかった。声に出したところで、何か状況が変わるはずもないのだが。

 

 彼女に向けて足を動かすのは、化け物に変わり果てた男。その手には聖剣が握られており、イリナの血に濡れた切っ先は確実にゼノヴィア達の方を向いている。

 バルパー達の目的はエクスカリバーだ。ゼノヴィアは殺されることなく、聖剣を奪い取る為に傷を負わされるだけの可能性もある。しかし、あくまでも可能性だ。イリナはほぼ確実に致命傷。意識が朦朧としている彼女を放り出し、二振りの剣を抱えて逃げるべきなのかもしれない。教会に所属する人間としては、それが正解なのかもしれない。

 

 けれど、紫藤イリナは友人だ。ゼノヴィアにとって、数少ない友人なのだ。宗派も違えば、趣味嗜好も違う。時には喧嘩もするし、二人揃って説教をされたこともある。

 だが、それでも友人だ。自分の命の危機が迫っているからといって、すぐに切って捨てられる程、浅い関係値ではない。

 

 意識が朦朧としている友の体を抱えたまま、少女は片手で剣を構えた。鍛えているとはいえ、少女の細腕だ。どう足掻いても、同じように鍛えていた男の膂力には負ける。それだけではない。相手のエクスカリバーは既に三本の力を集められている。質でも力でも劣っている状態で、どれだけ持ち堪えられるだろうか。事実、イリナの聖剣は砕けているのだから。

 ゼノヴィアは奥の手を切ることを考えた。隠し持っているもう一振りの聖剣。エクスカリバーとは別の名前を冠している、シャルルマーニュ伝説にも名を残している最上級の剣。

 しかし、それを奪われてしまったら。自身が殺されるだけならともかく、デュランダルまで奪われてしまえば、死んでも死に切れない。

 

『誰か……』

 

 数回の交錯。剣を打ち合うことは出来ていたが、長続きはしなかった。

 男の膂力から両腕で振るわれる剣に対し、防戦一方で片手の塞がっている少女。ギリギリで握り締めていた剣が弾かれるまで、そう時間は掛からなかった。

 

『何か、起きてくれ。誰か、誰でも良い、何でも良いから』

 

 振り上げられた聖剣。コンマ数秒後、ゼノヴィアの頭は砕かれるだろう。涙が溢れた瞳で、少女はその切っ先を見つめていた。どうしようもない。どうにもならない。もし仮に避けられたとしても、コカビエルによる追撃がある。

 最期の瞬間ぐらい、キチンと祈りを捧げようか。ふとそんな考えが頭を過った瞬間、聞き覚えのある声が響いた。

 

「良い年したジジイ二人が女囲ンでリンチか?親父狩りってのは聞いたことあンだが、最近のトレンドは逆なンだな」

 

 突然、眼前まで迫っていた怪物の体が吹き飛んだ。通常では起こり得ない、真横に薙ぎ払うような風によって。

 あまりにも局所的だった。本当に単なる突風であるならば、至近距離にいたゼノヴィアは当然のこと、体に力を入れることの出来ないイリナも吹き飛ばされるのが普通だ。しかし、二人には何の影響もなかった。前髪が跳ね上がり、後は頬を撫でる程度の風があっただけ。

 

「見つかるとは思っていたが、案外早かったな。もう少し掛かると思っていたぞ」

 

 両頬を吊り上げ、拍手をし始めたコカビエル。何が起こったのか理解できないまま、ゼノヴィアは吹き飛ばされた男の方に目を向けた。

 縫い目だらけの男は建物の一角を破壊し、道端に転がっていた。しかし、骸には骨折も出血も関係ないのだろう。コメツキムシの一種のように、体勢をろくに変えずに勢い良く跳ね上がったかと思えば、すぐに聖剣を構えて地に足を突いていた。

 

「人間が無意識に避けるよォに作られてる空間。結界っつーのは、簡単に言ったらそンだけだ。後はそォいう場所を三角測量と似たよォな方法で割り出せばイイ。まァ、ダミーが幾つかあったのはダルかったけどな」

 

 パキ、ペキ。ゼノヴィアが砕いた槍の残骸を更に踏み砕きながら、その人間は現れた。

 

「測量?まさか、地道に計算して場所を割り出したとでも言うのか?この町にどれだけのフェイクを用意したと思っている。能力頼りの人間風情だと思っていたが……何処かで大規模演算装置でも借りたか?」

「あァ、まァ似たよォなもンだな」

 

 コツコツと真っ白な頭を叩く、白い指先。

 それとは正反対の黒い外套、否、祭服。その顔は声同様、彼女の記憶にあるモノと同じだった。忘れられるはずもない。

 

『フリード……』

 

 何よりも恐ろしく感じていたはずの少年の姿が、何よりも頼もしく見えてしまった。

 ギリギリで堪えていた涙腺を決壊させながら、ゼノヴィアは震える声を絞り出した。

 

『頼む、出来ることなら何でもする。だから、イリナを助けてくれ』

『そンなにソイツが大事か?』

 

 自分達に対して、少年が良い印象を持っていないのは百も承知。断られても仕方がないことも分かっている。虫が良過ぎることも理解していないわけがない。それでも、今の彼女が頼れる相手は彼しかいないから。

 

『友達なんだ』

 

 とても人に見せられるような顔ではない。

 フリードとの邂逅以来、ずっと酷い顔をしていた。そこに血の化粧が施され、それが涙でぐちゃぐちゃになっているのだ。女としては誰にも見せたくないぐらいの顔だろう。

 それを曝け出し、地面と接触するぐらいに頭を下げてでも、彼女は友人を助けたいと思った。それだけではあったが、フリードが判断するには十分だった。

 

『イリナは大事な友達なんだ』

 

 そんな少女の姿を一瞥し、少年は不意に【擬態の聖剣】の残骸を拾い上げる。それを二度、手のひらの上で弾ませた。

 刹那、響く風切音。続けて鳴る生々しい音。最後に上がる汚い悲鳴。

 

『良かったな、念願の聖剣だぜ?』

 

 肩を押さえてのたうち回る老人を眺めながら、フリードは微塵も楽しくなさそうな顔で呟いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。