青春記録のキヴォトス 作:ねらー
「……私のミスでした」
止まった電車の内に言葉が落ちる。
居住まいを正した彼女は己の行いを懺悔した。
下を向いたままの、血塗れた白衣の男に。
「私の選択、そしてそれによって招かれた全ての状況」
対面に座る男は静かに傾聴していた。悔しげに震える彼女の声を聞き逃さないように。
彫像のように固まった身体は身動き一つ見せないが、その気配には悲愴の色が漂っていた。
「結局、この結果に辿り着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて」
「……なら俺も、きっと、正しくなんてなかった」
黙っていた男は白衣の袖で自分の目元を拭った。
掠れ果て、錆び付いた喉が声の出し方を思い出そうとして、ゆっくりと言葉を形作る。
「理論はあった。手段もあった。だけど俺は、あの時の俺には、それを使う勇気がなかった」
男の視線はゆっくりと持ち上がる。
対面する彼女から滴る血の跡を辿って、ようやく二人の視線は交錯した。
微笑する彼女から目を逸らし、呟いた。
「恐れていたんだ、どうしようもなく」
──神をも冒涜する十二番目の理論。
封は解かれるべきだった。自分の下らないこだわりなど捨てるべきだった。
男が決意を固めた時には何もかもが手遅れで、救うべき人々はとうに姿を消していた。
「だが、それも今日までだ」
彼らは泥の方舟の終わりを見届け、その骸を漁り、ようやく漕ぎ着けることができたのだ。
決してそれは対岸ではなかったが、これならばより良い条件で出港をやり直すことができる。
男は携帯電話を開いた。
傷がつき、液晶がひび割れた画面には、ダークモードのメールの下書きが表示されている。
「思い出せないんですね。貴方も、私も」
「ああ、残念だがそれは仕方ない」
惜しむように指がテンキーを押し、ほどなくして幾つかのファイルが添付された短い文面のメールが完成した。
「だがこんな結末は望まない、そうだろう?」
「ええ、先生」
「先生、はやめるようにと前にも言ったではないか」
「じゃあ、“狂気のマッドサイエンティスト”さんで」
「……分かった、もう好きなように呼べ好きなように」
男はもごもごと何か言いたげな顔をしたが、諦めてそれを飲み下す。
こんなやり取りも見納めになると思うと、彼は少々センチメンタルな気分になった。
「──岡部先生、今さら図々しいかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
「心配は無用だ、生徒会長」
全てを知った俺でなく、それ以前の俺ならば。
ゆっくりとボタンに指がかかった。
「この鳳凰院凶真!方舟一つ救うことなど、造作もない!!」
憔悴していた自分を振り払うように立ち上がり、男は──狂気のマッドサイエンティストは見得を切った。
「健闘を祈る、過去にして無垢なる俺よ!これより
カチリ。
プッシュから数秒、メールの送信が完了する。
世界が切り替わる。
終わりの後から、始まりの前へ。
突きつけられた破滅に抗うために、失った全てを取り戻すために。
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