パラレルワールド転移システム起動。
薄暗い部屋の中央で、観測端末が静かに灯った。
ピースギアが運用する《相対世界線転移装置》。
ただの移動ではない。
“世界の枝”を選び直す行為だ。
端末が、淡々と英語の定型文を吐き出す。
PG-TERMINAL v0.3
Protocol: OBSERVE-FIRST
Enter relative Earth coordinates
and world-line bifurcation values (Δλ).
イズモ「えーっと……確か……」
指先で数列を打ち込む。
イズモ「201039162718……2625541801929122616263。」
一拍。
Input accepted.
Authenticate operator.
イズモ「認証。」
Authenticated.
Operator: IZUMO.
Access Level: Observer.
画面が続ける。
Set destination to "Japan".
Set world line to "Touhou Project (Current Branch)".
イズモ「幻想郷……現在枝。」
端末は、儀式のように確認を重ねた。
Run pre-transfer validation.
Check: Interference Policy = DENY.
Mode: OBSERVATION ONLY.
Check: World-Line Stability Index (WSI) = 0.81.
Check: Civilizational Collapse Risk (CDR) = 0.14.
Validation: PASS.
イズモ「介入禁止、観測のみ……了解。」
ピースギアの第一原則。
求められていない領域へ踏み込まない。
そして第二原則。
撤退は自由だ。
Transferring.
Please wait 35 seconds.
イズモ「……転送。」
数字が静かに落ちていく。
35…
18…
5…
Transfer complete.
幻想郷の森
イズモ「……ここが。」
湿った土の匂い。
濃すぎる緑。
空気の密度が、外の世界と違う。
皮膚が先に理解する。
ここは別の現実だ。
イズモ「幻想郷付近の森……」
端末が腰元で微かに振動した。
《OBSERVATION ONLY》
介入は禁止。
だが、観測はできる。
「あら、お客さん?」
イズモ「!?」
振り向く。
そこにいたのは――
人間ではない気配。
???「私はこの辺りに住んでる妖怪よ。」
イズモ「……妖怪。」
端末は沈黙したまま、ただ記録している。
???「あなたは?」
イズモ「俺はイズモ。」
一拍置く。
イズモ「旅をしてる。……観測の途中だ。」
???「観測?」
イズモ「気にしなくていい。」
ピースギアは説明しない。
求められない限り。
イズモ「ところで、ここはどこなんだ?」
???「ここって……迷いの竹林だけど……。」
イズモ「迷いの竹林か。」
イズモ「じゃあ俺も迷子だな。」
???「えぇ……。」
イズモ「まあいいや。」
イズモ「案内してくれないか?」
???「別にいいけど……。」
妖怪は少しだけ目を細めた。
???「どうしてこんなところに来たの?」
イズモ「ちょっとした気まぐれだよ。」
嘘ではない。
だが真実でもない。
観測者は、必要以上を語らない。
???「そう。」
???「なら、付いてきて。」
イズモ「おう。」
迷いの竹林
竹林の奥へ進む。
同じ道を歩いているはずなのに、景色が微妙にずれていく。
方向感覚が剥がされていく。
イズモ「……結界の迷路か。」
???「ねぇ、あなた。」
???「名前はなんて言うの?」
イズモ「イズモ。」
イズモ「君は?」
輝夜「私の名前は輝夜。」
輝夜「蓬莱山輝夜よ。」
イズモ「へぇ。」
イズモ「よろしくな、輝夜。」
輝夜「呼び捨てでいいわよ。」
イズモ「わかった。」
イズモ「輝夜。」
彼女は少しだけ笑った。
輝夜「着いたわ。」
竹林を抜けた先。
静かに佇む屋敷。
イズモ「ありがとう。」
イズモ「また会えたらいいな。」
輝夜「そうね。」
輝夜「それじゃ。」
イズモ「うん。ばいばーい。」
輝夜「……ふぅ。」
屋敷の影で、輝夜は息を吐く。
輝夜「外の人間……?」
輝夜「しかも、迷って入った顔じゃない。」
輝夜「……永琳に知らせるべきね。」
永遠亭へ
「姫様ー!」
妹紅が駆け込んでくる。
妹紅「さっき、人間がこっちに来ませんでした?」
輝夜「来たわよ。」
輝夜「それがどうかしたの?」
妹紅「あいつは危険です。」
妹紅「匂いが違う。」
輝夜「匂い?」
妹紅「幻想郷の外でもない。月でもない。」
妹紅「……変な“距離”がある。」
輝夜「……仕方ないわね。」
輝夜「永遠亭に行く。」
妹紅「お願いします!」
招かれざる客
「お兄さん、待ってくださーい!」
イズモ「うわっ……!」
振り向くと、小さな兎の妖怪。
てゐ「お師匠さまが呼んでるウサ。」
イズモ「お師匠さま?」
てゐ「はい。」
てゐ「私のお師匠さまだウサ。」
案内されるまま、屋敷の奥へ。
「お師匠さまー。連れてきましたー。」
永琳「あら。」
白衣の女性が、静かに目を細めた。
永琳「その人が例のお客さん?」
てゐ「そうだウサ。」
永琳「はじめまして。」
永琳「私は八意永琳。」
永琳「以後お見知りおきを。」
イズモ「こちらこそ。」
イズモ「俺はイズモ。」
永琳「それで。」
永琳「あなたはなぜここに?」
イズモ「実は、この辺の調査というか……」
永琳「調査?」
永琳は一瞬だけ、笑う。
永琳「……月は、あなたの世界にもありましたか?」
イズモ「もちろん。」
永琳「では。」
永琳「月に行ったことは?」
イズモ「ある。」
永琳「……やはり。」
イズモ「ん?」
永琳「いえ。」
永琳「なんでもありません。」
永琳「それより。」
永琳「この幻想郷は外の世界と結界で隔てられています。」
イズモ「なるほど。」
イズモ「つまり、俺がいた世界とは別物ってわけか。」
永琳「その通りです。」
永琳「そして――」
永琳「あなたは、その境界を“正規の手順”で越えてきた。」
イズモ「……。」
永琳「普通の迷子ではありませんね。」
端末が、腰元で小さく震えた。
《OBSERVATION ONLY》
イズモは、ただ頷いた。
永琳「あなたはなぜここに?」
イズモ「実は、この辺の調査というか……。」
「お師匠さまー。」
「お薬できましたかー?」
永琳「今からするところよ。」
永琳「それより、うどんげ。」
永琳「お客さんのことを見てなさい。」
うどんげ「わかりましたー。」
イズモ「うどんげ?」
てゐ「私のことだウサ。」
イズモ「へぇ。」
イズモ「ちゃんと名前あったんだ。」
てゐ「失礼なやつだウサ。」
イズモ「ごめんごめん。」
てゐ「謝る気ないウサ。」
イズモ「それより。」
イズモ「質問に答えてくれないか?」
永琳「それは私が説明しましょう。」
イズモ「なら、頼む。」
永琳「まず。」
永琳「あなたの世界には月はありましたか?」
イズモ「もちろん。」
永琳「では。」
永琳「月に行ったことは?」
イズモ「ある。」
永琳「……やはり。」
イズモ「ん?」
イズモ「どういう意味だ?」
永琳「いえ。」
永琳「なんでもありません。」
永琳「それより。」
永琳「この世界のことを話しましょう。」
イズモ「ああ。」
永琳「この幻想郷は。」
永琳「外の世界と結界で隔てられています。」
イズモ「なるほど。」
イズモ「つまり、俺がいた世界とは別物ってわけか。」
永琳「その通りです。」
永琳「ちなみに私は医者。」
永琳「この永遠亭は診療所のようなものです。」
イズモ「そうだったのか。」
イズモ「じゃあ、しばらく世話になるかな。」
永琳「ええ。」
永琳「構いませんよ。」
永琳「もう遅いですし。」
永琳「今日は泊まっていきなさい。」
イズモ「ありがとう。」
永琳「どういたしまして。」
てゐ「じゃあ。」
てゐ「私の部屋で寝るウサ?」
イズモ「いや。」
イズモ「テント張る。」
てゐ「なら、私も一緒に行くウサ。」
イズモ「え?」
イズモ「なんで?」
てゐ「お兄さんが何かするかもしれないウサ。」
イズモ「しないから。」
てゐ「まあいいウサ。」
てゐ「とりあえず行くウサよ。」
イズモ「はい……。」
永琳「それじゃ。」
永琳「お休みなさい。」
イズモ「おう。」
永琳「てゐ。」
永琳「ちゃんと見張るのよ。」
てゐ「わかってるウサ。」
イズモ「お休みー。」
てゐ「お休みウサー。」
「おはようございますー。」
数時間後。
イズモ「おはよー。」
てゐ「朝ごはんできたウサ。」
イズモ「わかった。」
「はい、どうぞ。」
イズモ「ありがとう。」
「食べ終わったら出発するウサよ。」
イズモ「そうだな。」
てゐ「準備してくるウサ。」
数分後。
てゐ「お待たせウサ。」
イズモ「よし。」
イズモ「行こう。」
「お帰りなさーい。」
イズモ「ただいまー。」
てゐ「お師匠さまは?」
イズモ「出かけたよ。」
てゐ「さっきまでいたのに。」
イズモ「それより。」
イズモ「俺、これからどうすればいい?」
てゐ「お兄さんがしたいことをすればいいウサ。」
イズモ「そうか。」
イズモ「なら、しばらくここにいる。」
てゐ「それがいいウサ。」
イズモ「じゃあ。」
イズモ「行ってくる。」
てゐ「行ってらっしゃいウサ。」
イズモ「行ってきます。」
てゐ「夕方までに帰るウサか?」
イズモ「そのつもり。」
てゐ「了解ウサ。」
てゐ「行ってらっしゃい。」
イズモ「行ってきます。」
「お師匠さまー。」
永琳「あら。」
永琳「うどんげじゃない。」
うどんげ「お師匠さま。」
うどんげ「お薬できましたか?」
永琳「今からよ。」
永琳「それより。」
永琳「お客さんのこと、見てなさい。」