御三家に生まれたので生存戦略を遂行する   作:超甘味

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妄想と捏造の産物とご理解ください〜
では行ってらっしゃいませ。

舞台は今から1000年前。前世編だぜ!!



堕ちたる真偽は何処。─弎─

 

 

 Noside

 

 

「遅いぞ、小僧」

 

 

 呪霊が積み重なる山に誰かが座っていた。

 質の良い着物で身を包み、腰までの長髪を靡かせたその男。目に掛る長さの前髪を中央で分けて珠玉(しゅぎょく)の金眼をさらけ出している。

 

 

 そんな彼の名は月詠。実名では無く、広く知れ渡っている通称である。

 本人もそれは承諾しているため、ここ数百年はその名を使っているそうだ。

 

 

 現在の平安の世で月詠の真名を知るものはたった一人。

 術式の都合上、同化しながら生きながらえている例のババアである。月詠の過去を知る唯一のトクベツだ。

 

 

「そう急かすな。暇潰しは用意したろう?」

 

 

 目を細めた月詠は約束事に遅れて来た者に鋭利な視線を向けた。しかし、それに臆さず異形の者は返事を返す。

 

 

 異形──俗世では両面宿儺と比喩され恐れられる術師は端から約束を間に合わせる気が無かったらしい。

 その証拠として月詠の椅子となっている大量の呪霊は宿儺が取り寄せたのだと言う。

 

 

「こんな雑魚は俺の相手にならぬ。何度言ったら分かるか」

「小豆と言えど糧とはなるだろう?また力が成熟するではないか」

「……はぁ」

 

 

 呪霊の山から立ち上がり、地面に飛び降りた月詠。若干の呆れを含んだ声色で宿儺と会話をした。

 

 

 月詠は己がこの世の誰よりも強いと自負していた。事実、男に傷をつけた呪霊も術師も誰1人としていない。

 ヒトとは一線どころか次元を画しているため善戦はほぼ不可能だろう。そんな理由から強くなっても味気無く、月詠はつまらんと悪態を吐いた。

 

 

「要らぬ心遣い、羽虫にも分け与えろ」

「……ケヒッ」

 

 

 して、彼の強さは長寿で強靭である己の身と経験、限界がない実力から成るものだった。

 少なくとも今の歳若い宿儺より月詠の方が強かったのだ。衰えて緩々と力が落ちたとて彼が佇む弧高の神座は絶対的に保守されていた。

 

 

「文句を言うな。折角俺が用意したんだ、受け取れ」

「……小僧にしてはよくやったな。褒めて遣わす」

「感情が篭っていないでは無いか。だが珍しい顔を見れた」

「小僧が。図体ばかりか態度までデカく成りやがって」

「長い付き合いだろう?許せ」

 

 

 軽口を交わしていれば不機嫌な男の機嫌も多少は治ってきたようだ。

 宿儺を待ったことで日も傾き始めたため、男は早速いつもの作業を開始すした。

 

 

 倒れた呪霊から呪力を奪い取り、()()()()()

 脆弱な核を取り出し式神化させ、ヤツらが持つ概念の影(裏の存在)を奪い自らの兵士へと昇華させた。

 

 

 それを見た宿儺は満足気に鼻を鳴らし、背を向けて屋敷に戻ろうとする月詠の後を追う。

 

 

 彼が持つ、術式とは全く違うその術は相変わらずどういう原理から成り立つのか分からない。だがそれらを追求するのは宿儺の一種の楽しみでもあった。

 見たい知りたいがために毎度の如く呪霊を寄越すのも理由の一つだったのだ。怒られるため本人には絶対言わないが。

 

 

「口先では充分と言いつつもアレをしているのか」

「言っておくが照れ隠しでは無い。貰ったら受け取るのが礼儀だろう」

「それを照れ隠しと言うのだぞ。愛い奴め」

「戯け、吐き気がする。育て親に何を言う」

 

 

 月詠と宿儺の奇妙な縁は今より十数年程昔から続く。

 雨に濡れた……だが何故に小綺麗な服を身に纏った赤子(忌み子)を拾ったことが始まりだった。

 

 

 四つの瞳と腕を持ち、腹に大きな口がある餓鬼を月詠は面白がった。当時、身も心も限界に近かった彼は好奇心で面倒を見たのだ。

 はい、ダメな大人御来店〜!である。だが赤ちゃんセラピーは偉大であり、廃れた彼の精神を癒したのもまた事実だ。

 

 

「ほれ、親と言うなら子に甘えさせてはどうだ?」

「手合わせなら遠慮する。気分では無い」

 

 

 共に居たのは10年も満たない年月だったが、それは餓鬼が1人で生きていけると判断した月詠が屋敷を追い出したためである。

 いや、追い出したというより広い世界を見て欲しくて顔見知りに預け、暫しの散歩をさせたようなものだ。

 

 

 ただの散歩だ。……ただの、月詠と餓鬼の物理的距離が日本の半分くらい離れてる散歩。しかも己が預けられる事など餓鬼は知らなかった散歩。

 分かる、分かるぞ。そんな事あるか?と言いたくなるが常識が抜けているのは月詠の生い立ちのせいなので見ぬふりをしよう。

 

 

「俺はあの事を覚えているぞ」

「掘り返すな」

「ふっ、愉快」

 

 

 拾った餓鬼は成長が早く、子供にして大人程な身の丈と言語・思考能力があった。

 衣食住と学を師事させていたのだが、あまりの奇抜様に月詠は珍しく感情を表に出して驚いた。

 

 

 そんなこんなで月日が経ち、充分世でも生きていけると判断した月詠は「社会見学だ」と言って容赦なく餓鬼を外の世界に投げ捨てたのである。

 

 

 もう一度言おう。彼は長寿だった。ヒトでないため常識も通じない。

 だから異型ではあるが人間に括られる餓鬼には多くを経験させようと考えたのだ。何、餓鬼へのちょっとした優しさである。

 

 

「言葉足らずだとお前は責めるが、察せなかったお前が悪い」

「いや、俺は悪くない。俺を平安京に送り付けたお前が悪い」

「……はぁ」

「なんだ?」

「なにも」

 

 

 月詠がそう考えたのは何も難しい理由からでは無い。

 平安時代は平均寿命と健康寿命が低い。びっくりするぐらいに医療技術や健康保護、衛生管理がゴミだったのだ。だから早死する前に人生を楽しんでもらおうと考えるのも無理はなかった。

 

 

 月詠と縁がある家に餓鬼を預けたのも経験の一環であろう。

 この時代の人間は長くても40〜50年生きられるか否かなのだ。まぁ結局、彼の善意はすれ違って伝わらなかったわけだが。

 

 

「……?今日は新月か」

「らしいな。だから俺がお前に会いに来たんだろう」

「月に一度も訪れるのはマメだな。暇なのか?」

「ケッ、お前程では無い」

 

 

 当時の月詠は善意から「今から山城国(のとある術師家系)に送る。お前は弱い。(また俺に会いたいなら体と心が)強くなってから戻ってこい」と一方的に会話をして餓鬼を平安京にトばした。

 

 

 とりあえず都会を味わってくれればいい散歩になる。だが強くなければ呪い全盛の時代で無事に自分の元へ帰って来れない。俺なんかより預け先の家でちゃんとした呪術を学んでこい。……そんな所を配慮したことから発した言葉だった。

 

 

「強くなったのは喜ばしいがな……」

「まだお前に勝てておらん。満足はせんな」

「……ハッ、欲張りな小僧め」

 

 

 だがとても残念な事に月詠は肝心なカッコの中身を言わなかった。そのため、宿儺の中では勘違いのオンパレードが開催&増幅して爆発した。

 

 

 余りに突然な事で餓鬼は暫し呆然としていたが、じわじわ異形の自分は捨てられたのだと勘づいた。

 預け先の者達は「またあの人言葉が足りてない!!!」と叫んだらしい。

 

 

「安倍家には迷惑を掛けたな」

「ケヒッ、今では俺の首を取ろうと懸命だしなぁ」

「………」

 

 

 まぁ、餓鬼のこれは全くの勘違いなのだが、遠くの山城国(平安京)に送られた餓鬼に訳を知る由はない。

 

 

 預け先の者(知らないヤツ)が話しても聞く耳を持たないのだ。完璧なクソガキだった。

 対して月詠は餓鬼のことを家族や友人だと思っていたのだが、知らぬ間に己の善意が綺麗に、しかも最悪な方に空ぶっていたことを大して問題視していなかった。

 

 

 預け先の安倍家から送られた文にも綴られてはいたのだが「好きにさせておけ」と放り投げたのだ。

 お手本のような放任主義である。

 

 

「恩を忘れたか」

「勝手に拾ったのはお前だろう。預けたのもお前だ」

「減らず口」

「好きに言え」

 

 

 拾った餓鬼はなんの嫌味か、膨大すぎる呪力と術式を持っていた。

 大いなる力となりうるソレを制御すべく、月詠は手解きの相手として個人的な繋がりがある安倍家に押し付けたのだ。

 

 

 彼は呪術、というより呪いに関していい思い出がない。

 故に懇願されたって自らが呪術を教えることは無いのだ。その事情を知らないのも合わさり当時の餓鬼の勘違いは加速した。

 

 

 だが実は言うと件の散歩事件以前から彼には一つの後悔があった。それは餓鬼の情緒教育に失敗したことである。

 

 

 月詠自身も己が傲慢でクズな自覚はあったのだが、それが餓鬼にまで移っていたなんぞ思いもしなかったのだ。

 これは安倍家直属の部隊に籍を置く友人、皆には天使と呼ばれる女からの耳打ちである。

 

 

「夕餉は?」

「まだだ」

「なら食べていくといい。会わせたい子がいる」

「女か?」

「本人に聞け」

 

 

 話を戻そう。かくして勘違いを引き起こした餓鬼はヤケクソのご乱心になった。

 安倍家で呪術を学びながら数年ほど過ごした後は溜まった名も無き感情を平安京、……仕舞いには各5つの国全てで暴れ回ることで発散した。

 

 

 そうしていつしか『鬼神・両面宿儺』と呼ばれる呪いの王となったのだ。

 どっかの育て親に似て自由奔放。周りに甚大な被害が及ぶのは普通に迷惑である。

 

 

 数年前。無事にスクスクと成長して恐れられる力を有した宿儺は京を離れ、男の言葉通りに月詠()が住まう屋敷に戻った。

 捨てられたこと(勘違い)への報復として殺そうとしたのだ。

 

 

 だが情けない事にピチピチな宿儺(笑)は返り討ちに合った。

 宿儺も本気ではないと言え、顔色も変えない月詠に腸が煮えくり返ったようだ。

 

 

「……はぁ、しくったな」

「俺を見て何を溜息をついている」

「すまぬ。俺の最大の過ちがお前だ」

「ハァ?」

 

 

 月詠はその時に友人(天使)が言っていた『子育て』が大失敗したことを悟ったのだ。

 関係者は月詠の遅すぎる自覚に咽び泣いた。

 

 

 思えば、庭の木に止まっていた鳥を見えない斬撃で殺して血を啜っていた時点で将来は心配だった。

 訳を聞けば「食べてみたかった」とほざく。因みに、当時の餓鬼は3歳である。

 

 

 その心配を裏切らず、見事に情緒教育にも失敗。

 餓鬼が人と呪霊を殺し回る術師になっていたことを知った日には、嫌いな太陽の下にむざむざ出て自分が焼き死なないかと試したものだ。

 

 

 快・不快で物事を決めるようになった餓鬼には半場諦めで溜め息をつくしかない。太陽で焼き死なないし、そもそも不老不死だし。

 一体どこで間違えた?と月詠は自問するが、何もかもが最初から間違っているのだ。

 

 

「天使も、お前にお熱だと」

「あぁ、恨みを買ったのかもしれん」

「白けるな。彼女があれほど怖い顔をしたのは初めてだ。屋敷にまで来たんだぞ?」

 

 

 鬼のような形相で屋敷の門を叩き破り、ことの全てが終わった頃には嵐が直撃したかのような惨事になったのは後日談である。

 餓鬼の手を引き更生させ、各国に頭を下げようにも既に手遅れ。そもそも月詠はプライドが高いし、人間が嫌いだ。

 

 

 今となっては安倍家もアレを生み出した責任を負われている。だが元はと言えば全て月詠のせいだから安倍家は怒っていい。

 しかし表に立つことがない月詠は知名度はあれど認知度は低かったのだ。故に攻めるベクトルは全て安倍家に向かった。月詠は切腹するべきである。

 

 

「しかし、あれはいい経験になった。感謝するぞ月詠よ」

「俺も久方ぶりに帰省したお前が殺意を向けて来るとは思わなかった。強くなったようで何よりだ」

「悔やんでいると思ったが、見当違いだったか」

「そこまででは無い。長く生きていれば激情は薄くなる」

「……年か」

「馬鹿者」

 

 

 餓鬼関係の過去に後悔はするが反省はしない月詠は今日ものうのうと日々を過ごしている。

 あの鬼神・宿儺の3歩前を堂々と歩くぐらい余裕があるらしい。

 

 

 年を弄ったことで月詠が宿儺を小突くも、自尊心の塊な鬼神がそれを咎めないのは彼に懐柔されているからかもしれない。

 

 

「お帰りなさいませ主様」

 

 

 暫く歩けば月詠の屋敷にまで辿り着いた。

 そこに一人、門前まで出迎えに来た従者がいる。ひと月前に月詠の元に訪れた時には見なかった顔だ。

 

 

 月詠のことを『主様』と呼ぶのを見るに大分慕われているらしい。

 宿儺は月詠の意識から己が外されることに不快を感じたが、自分の方が長い付き合いである事に後方彼氏面をした。生意気なマウントである。

 

 

「あぁ、丁度いい。お前を紹介しようと思っていた所だ」

「左様ですか。……お初にお目に掛かります。裏梅と申します」

 

 

 宿儺は名乗ってきた者に視線を移した。中性的な顔立ちに男と女とも取れる声。

 その従者は月詠が少し前に拾ったらしい。また無自覚の人たらしが引っ掛けたのか、しかも性別不詳。と宿儺は思った。

 

 

「俺を恐れないのか。随分と肝が座っている」

「この子にとっては小僧より俺の方が上だ。フッ、梅が目に写すのも俺という訳だな」

「ケッ。……で、何故こやつを?」

「お前、最近は人間を食うらしいじゃないか。この子は明るいぞ」

「ほう?」

 

 

 現実逃避ならぬ過去逃避。月詠は最早餓鬼が人を殺すだけでなく、人を食っていることに何も感じなかった。

 

 

 どうせ止めても言うことを聞かないのだ。もう成るように成れ。俺は知らぬ、である。

 時として放棄も立派な選択だが、また友人達にグチグチ言われるのは目に見えていた。特にあの天元とかいうババア。

 

 

「気に入ったなら連れて行け。梅は優秀だ」

「使えなかったら殺す」

「殺すのは()だろうな?お前じゃ俺に勝てぬだろう」

「なんだ、引っ掛からんのか」

「阿呆、分かりやすい縛りだったぞ」

 

 

 人間を調理する事は魚や動物を捌くのとは訳が違う。癖が強い肉を調理出来ると言う者を宿儺は今まで見たことがなかった。

 

 

 まぁ、他人頼りが無理であるなら自分で料理しろという話ではある。

 しかしながら、食が嗜好である宿儺は料理が出来なかった。それは親である男もそうだが今は割愛しよう。

 

 

 そんな料理のレパートリーが煮るか焼くか生かの宿儺は珍しい者がいるものだ、と一瞬にして上機嫌になったのである。

 これからは人を美味しく食べられそうで期待ルンルンと言うべきであろうか。

 

 

「悪くない。裏梅と言ったか、俺が貰おう」

「好きにしろ。きっといい従者になる」

 

 

 日が完全に沈み、夜が訪れる。裏梅は夕餉の為に厨房へ戻った。

 冷風に当てられた月詠と宿儺は屋敷の中に入?。屋敷の居間では新月の夜に負けじと蝋燭の灯火が揺らめいていた。

 

 

「ここは屋敷というより社だな。……あぁ、そうだ。月詠よ」

「?」

「神に成ったそうじゃないか。噂になってるぞ」

「……耳が早いな」

 

 

 正確には成ったではなく()()()が正しいが、月詠は訂正しなかった。どちらも同じことだからだ。

 それより、宿儺の口からそれ関係の言葉が出た事に眉を寄せた。

 

 

 先程、月詠は呪いにいい思いがないと言ったが、それは宿儺が言う『神に成った』に深く関係している。

 

 

 戻った理由は心苦しいものだが、月詠自らが望んだことだ。数日前の事だというのに噂になるのが早すぎる。

 とは言え『神』の立場を考えると納得なのだが。

 

 

「やる事が出来た。約束も果たさねばならぬ」

「はぁ、俺にはなんの話かさっぱりだ」

「よい、面白い話でもない。寧ろ、これより先の方がお前の趣味に合う。今夜見てみるか?」

「……ククッ、楽しくなりそうだなぁ?」

 

 

 忘れてはいけない。ここにいるのは両面宿儺とその育て親。マトモであるわけが無い。

 

 

 息をするように惨い地獄を作り出すのがこの2人だ。

 宿儺はさて置き、月詠はここ200年ほど控えていたのだが、出戻った以上生温いことは言わない。今では拗れて穢れてしまった約束を果たし、やるべき事を成す為に犠牲は厭わないのだ。

 

 

『兄様は人間です。この世に呪いが無かったらそれも叶ったのでしょう……。私は呪術が扱えませんが、皆が恐れる兄様の力は素敵だと思いますよ』

 

 

 月詠に掛かった最大の約束(呪い)。それを望んだあの子の顔はもう覚えていない。

 初めの頃は純粋に人になるため、力を授けるために試行した。だがその約束も実弟以外からの弁えない欲の願い(呪い)のせいで曲がってしまったのだ。

 

 

『大口には言えませんが、約束ですからね』

 

 

 人になって欲しい、人であるべきだ、呪いなんて無くなってしまえ、世界が変わればいい、自分に呪力があれば、兄と同じ呪術が扱えたのなら……。

 暗いように思えるその本音から負の感情は一切感じなかった。ただ月詠を想うだけなのだ。

 

 

「おい、俺を前にして何を考えている」

「別に何も」

「ふぅん?そういう事にしてやろう」

 

 

 約束と言えど、呪力が皆無の弟の言葉は縛りにもならなかった。

 だがそれを忘れることは無い。呪いでは無いそれを月詠は呪いとして背負ったのだ。

 

 

 しかし、今や何が正しいのかも月詠は判断がつかない。

 弟の願いは拗れ、かつての月詠に射した僅かな光はそれを遥かに上回る闇によって押し拉がれていた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 この世には神がいる。

 仮想では無く、他とは違って目視ができる神だ。約200年間姿を消していたが、つい先日に戻って来たと信者は語る。

 

 

 一方の呪術を扱う者達や呪霊からしたら発狂物の一大事だ。神は呪術と繋がる因縁を持つ。そんなパネェ存在が出戻り?冗談よせやい!!!という事態である。

 

 

「おばあちゃん。みんなブツブツ言ってどうしたの?」

「あぁ、私らが信仰してる神様が戻ってきたんだ。感じるよ。これほど嬉しいことは無いさね」

「……へー」

 

 

 夜は邪が満ち溢れると云うが、その神は邪を祓い、現世を護る神だと人々に崇拝されているようだ。

 加えて人々が願うモノを与え、武を説き学を授ける高尚な御方と人は認知している。

 

 

「それって凄いの?」

「当たり前だろう。お姿を消してから魔が活発になっておる。京では儀式も多いらしい」

「それに応じたってこと?神様が?」

「あぁ、優しい御方だ。望むなら寿命も力も授けてくれる」

 

 

 月詠と身近な者が聞いたら耳を疑う内容だ。アイツはそんな聖人君子では無い。何かしらの対価を受け取っている筈なのだ。

 神だって人と同じように喜怒哀楽を持つ存在である。望めば全てが叶う、なんて都合のいい話はありはしない。月詠なら尚更。

 

 

「ほれ、噂になっていると言ったろう?」

「らしいな」

「反応が薄い。もっとないのか」

「強いて言うなら、いつの時代も人間は欲に従順だ」

「まぁ、従来そういうものだからな」

 

 

 とある村に訪れた月詠と宿儺の傍には気絶している村人がいる。これから月詠の遊戯に付き合わされる哀れな実験体だ。

 

 

「帰るぞ」

「攫って終いか?」

「ここでは叫び声が響くだろうが」

「……ふっふふふ。そうかそうか!」

 

 

 この際はっきり言うと月詠に人の心はない。実際ヒトではないけれど、そういう意味ではなくて倫理的に人の心がない。

 彼は宿儺のように快・不快で左右させることは無いが、やる事は同等レベルにクズである。

 

 

 本日やるのはその骨頂。()()()()()()己の術式の複製を付与することである。言うのは簡単だが結果など目に見えているだろう。

 

 

「や、やめ……!あ''あ''あ''あああ!!!!」

 

 

 月詠の屋敷にある地下でそれは行われた。

 

 

 想像通り、彼の術式【幻影法術】に人間に耐えられる訳が無いのだ。

 解釈の共存で脳は焼き切れ、夜の神(月詠)の権能と云われる『影』に触れてしまう。術師なら多少は持ち堪えるだろうが、ただの一般人には無理であろう。

 

 

 元々術式を持って生まれたのなら、それはそれなりに呪力量や肉体が術式に適していたという訳だ。しかし後付けで術式を付与された場合はそうも上手くいかない。

 四肢がもげ、頭が破裂する事はよくある事例だ。現に月詠はそういうった失敗作を何度も見てきた。

 

 

「あ''、ぁ………」

「見たか?これがそのまま俺の術式を付与した場合だ」

「爆散していないだけマシか?」

「あぁ、死んでは元も子も無いが、よくやった方だ。そして次にやるのが1部だけ付与した場合だ」

 

 

 術式をそのままで付与したら耐えきれなくて死んだ。なら1部なら?と月詠は昔から考えていた。

 実際、過去にも術式の引き継ぎや己の術式の付与を実験していたが思うように進まなかった。

 

 

 結果的に皆死ぬのならヤル気も意欲も無くなるというもの。神を辞めてからは尚更、全てに置いてヤル気が無かった。ただ静かに惰性で過ごしたかった。

 だがしかし、神への出戻りを果たしたことで長閑な日々とはお別れである。()()()()()のために血腥い実験を再開した。

 

 

「ひぃ!く、来るな!!」

「起きたのか。寝ていた方が楽なのに……まぁ、いい」

「嫌だ、やめろ!!やめろって……!!!」

「【黙れ】……煩い」

「──!─!?───!!」

「ほう……。何をした?」

「声を奪った。それだけだ」

 

 

 察している者は察しているだろう。警ドラ風に言うなら、月詠は間違ってる、こんな事を実弟は望んでいない!!と。

 

 

 初めは誰だって鮮明で、無垢な状態で記憶が保管される。実弟が願った綺麗な願いは特にそうだ。そうであったのだ。

 

 

「自分にも兄の様な術式があったら、と言っていた。魂は輪廻するからな。何れ転生したあの子が持てるように後世に残す」

「ただの羨望だろう?」

「いや、違う。確かに望んでいた。しかと、な」

「……そうか」

 

 

 上目遣いで宿儺を見つめる金色には隠しきれない狂気が見える。

 

 

 人の腹から生まれた月詠は純粋な神より脆く、幾数百年を生きたせいで精神の摩耗が進んでいた。

 一度神を辞めたのも相まって、人に成ろうとしたが成りきれず、神として存在を縛られている『呪い』に抗った約200年間に一気に弱ったのだ。

 

 

 例の200年間は、月詠の肉体を最も弱らせ、最も()を感じさせた。

 永い時をじっくり蝕んでいくことで肉体には激痛が走り、精神は麻痺し、自我が曖昧になる地獄の期間であった。

 

 

 今よりかは比較的人間らしさも残っていたために、無駄な殺しはしないよう、自傷で狂いを紛らわす日々。

 そんな状態から救ってくれたのは例のババアだ。

 

 

 天元のように同化という手を取ればそんな事も無かったのだろう。だが神との同化の適応者は皆無である。

 

 

 天元は月詠からして発作を抑え、適応者を根気よく探してくれたトクベツだ。されども、己が適応者を探すのが無駄である事に変わりはなかった。

 肩を落とす友人に小さな感謝を述べたのは何十、何百年前の話だったか。

 

 

「あの子が望んだ。それだけが俺を動かす」

「フン……妬けるなぁ」

「……宿儺。今日のお前、気持ち悪いぞ」

「お前が始めた話だろうが」

 

 

 月詠の昔話はこれくらいにして話を戻そう。

 精神の摩耗に加えて、一度願いが叶ってしまった人間共はさらに欲が出るものだ。

 

 

 際限の無い欲が恐ろしい事を皆はよく知るだろう。人間共は愚かにも極上のモノを求め、月詠()に向かって思い(呪い)を馳せるのだ。

 

 

 たかが1人2人の呪いではどうって事は無い。しかし名の知れ渡る月詠の信者は幾千万だ。解呪も間に合わず、枷になる呪いは時間に比例して膨れ上がる 。

 

 

 とっくの昔から実弟の清らかな願いは捻れ曲がり、原型を留めることは出来なかった。今は違くとも、見方を変えればかつての月詠だって被害者なのだ。

 

 

「話が逸れた。術式の一部……そうだな、まずは呪力を奪うものにしよう」

「──!!」

「それだけなら耐えられるのではないか?」

「ん、1番負荷が少ないのがこれだ」

「─!───」

「ほれ、耐えておるであろう?だが俺の面影が無いのは駄目だ」

 

 

 月詠は出ない声で喘ぐ村人に相変わらずの失望を見せた。

 

 

 弟は兄のような術式を求めていた。全ては無理だが、その中でも特に別格なのが式神だ。

 ならばとそれを残そうとしているのだが、やはり負荷は大きく術式として持つには耐えられない。実に悩みどころである。

 

 

「本命の式神。これを術式として存在させるために縛りを結ぼうかと思ってな」

「ふむ……よいな。釣り合えば派生になりうる」

「であろう?大分重い縛りになるだろうが、俺が背負う訳ではない。あの子は俺の式神を気に入っていたから、影の式神を操る術式も気に入る」

「それは影法術も含めるのか?それなら応用も効くが、厳しいだろう」

「あぁ、だから操る影も限定しよう」

 

 

 月詠が持つ10体の式神の付与。それをデフォルトとした術式化と、遺伝するような伝達性を縛りで確立させる。

 

 

 少々の影法術と式神術の術式、聞くだけで強そうだ。

 これが誕生するまで並々ならぬ誓約があるだろうが、その誓約を縛りとして月詠以外に課すのだ。

 

 

 そうすることで月詠本人に害はなく、課せられた者はオリジナルより弱いながらも月詠の1部を扱える。

 なんなら転生した弟が受け継げる可能性も上がる。論理的にならWinWinである。人道的観測ならマイナス1億万点だ。

 

 

「1つ、【操る影は術者の影のみ。解釈の拡大は許容する】」

「……だいぶ絞ったな」

「これでも全然足りぬのだ。大胆にいこう。2つ、式神の大幅弱体。【如何なる場合でも俺の式神を超えることはない】」

「──!───……」

「見ろ月詠。こいつの顔色が良くなってきたぞ」

「続けようか。……3つ、初期の式神以外には儀が必修。【第一の式神以降、術者は調伏の儀を以て式神を使役する】式神だって己より下の術者に仕えたくはないだろう」

「アレもか?」

「もちろん。あの子は手強いぞ」

 

 

 月詠の全てを組み込んだ最高傑作。文字通り血と汗と涙の結晶、その名は魔虚羅。

 『全ての事象への上限無き適応』と『【幻影法術】の模倣』とかいうぶっ壊れな性能を持つ最強の式神である。

 

 

 今程、月詠は3つ目の縛り『調伏の儀の必修』を強制とした。

 ここで問題だ。未来の派生術式使いがチート級の最強の式神を調伏できる(倒せる)か?

 

 

 答えは即答で否!派生を持つのが奇跡的に月詠や宿儺レベルでないとほぼ絶対に無理だ。

 

 

「だがそれを逆手にとる。絶対に無理な条件とする事で、漸く術式として存在できる初期段階となる」

「……頭が回るなぁ。無理難題を強制するのは鬼畜だろうが」

「あの子は特別だ。最後の式神が強すぎるだけ。派生の術式であれば他の式神もそこまで強くない。ふっ、使い方次第だろうな」

「──……。─!?─!!───!!!!」

「ん?」

 

 

 順調な実験に月詠の気分も上がってきたのだが、途端に村人が暴れ始めた事で顔の笑みが消える。

 付与した術式も、縛りによって存在しやすくなったとは言え一般人にとっては毒のようだ。

 

 

 縛りは現時点で()()3つ。このままでは実験の継続は愚か、妥協できる結果が出るまで時間が掛かりそうである。

 しかし月詠にそこまで時間をかけている暇はない。彼からしたらさっさとこの世からおさらばしたいので、早めに終止符を打って術式を完成させたいのだ。

 

 

「────!!!!」

「ッ!チッ」

 

 ──バン!!ベチャ………。

 

 

「オ''ェ……。破裂死か。汚い……」

「クッハハハ!!!いいな、今の死に様は愉快だ!」

「……俺は頭だけの方が好きだな。体の全てが肉片になるより」

「クククッ、何故だ?」

「知らんのか。直後の死後痙攣が愉快だ。死んだ魚のようで笑える」

「ケヒッ!やはり俺たちは似ているなぁ?どうだ、今度村を潰しにいかんか?」

「断る。が、被検体は攫いに行こう」

 

 

 今日攫った人間は2人だけ。既に使い切ってしまったため今日の実験は打ち切りだ。また数日後に別の村から攫って来ようと月詠は考えた。

 

 

 彼は神であるが、神を名乗るには呪いに穢れきっているのが今ので十分理解できるだろう。

 しかしながら元は綺麗な魂なのだ。根はいい奴、的なアレだ。

 

 

 そんな月詠を穢したのは紛れもない人間。

 憎いが、彼が愛していた弟も人間だった。変なストッパー故に彼は無駄な殺しはしないのだ。

 

 

 逆にいえば、彼からしたら実験の死亡者は必要な死らしい。

 月詠とはこの世界で最も残忍な加害者で最も悲愴な被害者である。と、お節介ババア(天元)は言っていた。

 

 

 

 





本誌に安倍家が登場しないのって七不思議だよね。
次話は今話で何言ってんのか分かんなかった内容が分かるはず。多分、Maybe、知らんけど。

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