妄想と捏造の産物とご理解ください〜
では行ってらっしゃいませ。
前世編終わったよ。
彼は問うた。
──他に道は無かったのか。
少年は頷く。
──人を捨ててでも助けてやる。
叫ぶ青年は罪を受け入れた。そのはずだった。
──何か言い残すことは。
弟は影から出ると、幸せな夢が見たいと言った。
◇◇◇
月詠side
血の縛りが解呪されそうだと、弟の生まれ変わりに聞いた。
そこで考えたのだが、やはり俺の自我が戻ったのは少しづつ解呪が進んでいる故かもしれぬ。
常時頭に響いていた願いの声が薄まっていく事に人知れず安堵した。
あの声は頭痛を引き起こす。四六時中、俺の名と願いを呼ぶから五月蝿くて困っていた所だった。
「兄様、調子はどうですか?」
「あぁ、問題無い」
「では散策しましょう。ずっと引き篭るのは良くないです」
「……またか?」
俺は寿命こそ無いが見た目が老いる事はある。
大した変化は見られないが、極わずかに人間らしく体を歳をとっているようだ。というのも、髪が伸びるくらいなのだが。
それも、慣れてしまえば面倒になってくる。術式で肉体を弄っているため体は若いままだ。これについては元々停滞しているが、一応髪と共に制御下に置いた。
食事や運動も必要なく、人としての心配事は殆ど該当しない。
それを弟も知っているはずなのにこうして散策や食事、睡眠を進めてくる。人間らしい行動だ。
「神様にとっては無駄でも人にとっては必要な事なんです。ほら、行きますよ!」
「分かったから引っ張るな。腕が折れる」
「えー、仕方ないじゃないですか。天与呪縛なんですから」
弟は呪力が一切無い代わりに鋭い五感と並外れた身体能力を持っていた。
呪術師としては欠陥品、しかし俺からしたら呪力が無い分理不尽な縛りが発生しにくいのは羨ましい。
呪力が一欠片も無い天与呪縛ということで、呪術関係の因果からも脱している。俺とは全くの正反対。ただし、俺と弟の異次元な因果は存在するようだが、それについては解明できていない。
「兄様の解呪の事、一族と話し合ったんです」
「そうか」
「目処が立ちました。今夜いいですか?」
「俺はいいが、急すぎないか」
俺の手を引いて庭を歩く弟の顔は見えないが、少し気落ちしている雰囲気だ。
いっそこの子の頭の中を覗いて見るか?やった事は無いが術式の応用で出来る筈だ。……いや、この子にそれをするのは野暮かもしれない。
「よし!大丈夫!私はやります!!私達はやれます!!!」
「ッ!いきなり叫ぶな。耳に悪い」
「いいじゃないですか。最初で最後なんですから」
「……こんなのが俺の弟か」
「でも嫌いじゃないでしょう?」
「ハッ、どう思う?」
別に嫌いじゃない。生意気でお転婆でも、俺の弟というだけで可愛らしく見える。
おそらくこれが愛しいという感情なのだろう。かつての異母姉達に感じたモノと同じだ。
「じゃあ、また夜に迎えに来ますね」
「危ない事はするなよ」
「出来たらそうします〜」
生返事だな。でもこんなの日々も悪くない。
狭苦しい部屋から出で、思う存分太陽の光を浴びた。
数百年生きたが、初めて屋敷の外に出た。世に出回っている甘味は美味で、弟はこの世にある菓子を全て食べさせようと息巻いていた。……幸せだった。
俺を解放しようと試む組織に所属する一族も善人が多かった。俺を手放そうとする人間は少なかったが、それでもこのクソみたいな家が変わろうとしている事に嬉しく思う。
仲間と談笑する弟を見て、確かに心が暖かくなった。束の間でも、幸せだったのだ。
……その夜の事だった。遥か昔の記憶が正しければだが、小さな火種が業火になるのを俺は見た。
「ぐぁ!」
「裏切り者め!止まりなさ……きゃあ!」
「おい!誰か
怒声や悲鳴に書物を読んでいた顔を上げた。何が起こっているのかと目を回したが、きっと良くないことであるのは聞こゆる状況で理解した。
「神頼みの無能共!お前ら愚物は優しいあの人の名を呼ぶに値しない!!!あの人の真名も知らないくせに!!!」
「黙れ!我ら一族の永久なる財産であらせられるぞ!!」
「それに吐き気がするって言ってんだよ!失せろハゲジジイ!!おい、奴らより先に
「えぇい、火を放て!この際には屋敷諸共解放軍を滅するのだ!我らが夜神は死なん!解放軍の処理に当たれ!!!」
あちらこちらから声が聞こえる。頭に響く願いの声も、その夜は一段と強かった。
半人である俺の体は脳内で反響したそれに耐えきれない。
意味もなく耳を抑えたが一向に鳴り止まず、遂には鼻から血まで垂れてきた。体の節々も痛み出して立つことは愚か、座ることすらままならない。
「兄様!!立って!早く逃げますよ!」
「五月蝿い、叫ぶな!
「あっ、すみません!でも今は何も言わずに私に着いてきてください。お願いですから」
あの時の情景を思い出せば、俺の部屋に来た弟は返り血を浴びていた。当時はそこまで観察する余裕は無かったが、あの弟は怖かったな。
手には俺が作ってあげた呪具があり、正の呪力が流れる対呪霊用の呪具は
悲しきかな、そのような事に使わせるために譲渡したのではなかった。
頭の痛さに倒れていた俺を弟は担ぎ上げる。炎に飲まれる屋敷を進み、道中に襲ってくる一族の奴らを切り伏せていた。鉄臭く、ナニカが焼ける匂いが鼻に残る。
天与呪縛の影響だと知ってはいたが、弟はこんなに強かったのかと霞む視界で思った。
「月詠様を返せ!呪術も扱えない猿が──グァ!!」
「兄様、大丈夫ですか」
「……ッあぁ。この件、お前が主犯か?」
「お辛いでしょう。少し寝てください。屋敷からも大分離れましたから追っ手も今ので最後でしょう」
「ッ……俺の問いに、答える気はないのか」
「……また会えます。その時には全てを話しますよ」
担いでいた体制から、脱力した俺の体を背負い直し、俺達は新月の夜道を歩いた。
暗闇だというのに迷わず歩いている。優れた五感では正常に視えているのだろうか。指一本も動かせぬ俺は、ただ、熱い、生者の命の灯火のような弟の体温を腹に感じた。
弟は何処か目的地があるように歩き続ける。どこに向かっているのかも俺に言わないのは弟の配慮か、また別の物か……。
秘密主義なんて柄ではあらぬだろうに、何の冗談かと笑ってしまう。
「兄様、寝ちゃいました?……あ、貴女が天元様ですか?文通していた
「畏まらなくて結構。君達を待っていたよ」
「話の通り、暫く兄様のことを頼みます」
極度の疲労感に俺は寝入ってしまった。俺より高い体温に安心して目を閉じた。
今でも思う。悔やんでも、悔やんでも、あの時寝てさえしなければと唇を噛み締める。
「……展開が早いね。彼も私の事は認知しているはずだ。寝ているようだけど、目が覚めてから暴れることは無いだろう」
「もし暴れたら貴女自身の説明をお願いします。私の名を出せば信じてくれるでしょう」
「いや、その必要は無いね。私は人間の癖に妙に長生きだし、彼より少し前の生まれだ。お互い会わずとも存在は知ってるはずだよ」
だが期待は外れ、眠りから冷めた俺は見知らぬ天井と女に暴れ回った。
では上記の会話は何だ、と思ったろう?これは天元とか言う天与呪縛の女の術らしい。俺がよく使う幻術に近しく、結界に映し出しているのを俺が見ているなどと申していた。
「はぁ、あまりここで暴れてくれるな。私の事は知っていると思ったんだけれど?」
「……確かにお前の気配はよく知っている。俺より歳を跨いだ人間とは目も当てられぬな」
「嫌味を言っても無駄だよ。さて、君が運び込まれてから1ヶ月程が経っている。君が元気に起き上がったということは君の弟もそろっと帰ってくるだろう」
「……何?」
天元の口ぶりからして弟が何かをした、そして俺が目覚めたと捉えることが出来る。どうやら俺が知らない中で事が進んでいるようだ。
そもそも天元の話だって俺は知らなかった。俺を匿うだとか、一体何時から計画していたのかを弟に問い詰めねばならぬ。
「顰めっ面かい?」
「当たり前だろう」
「困ったものだ。……ん、私の結界に動きがあった。おそらく君の弟だろう。迎えに行ってくるよ」
「お前がか?」
「神にやらせる訳にもいかないでしょう?」
「……」
そう言って謎の白い空間(多分結界だろう)から出て行った天元は数分後に弟を連れてきた。最後に見た血濡れだった姿は洗い流したのか綺麗だが、些か治りかけの傷が増えている。
まぁ、それくらいならば俺も焦らなかったが、目を見張ったのはその腹に負った体を貫通している穴。そして、その背後に抱いている禍々しい神々の呪い。またの名を『
「……はぁ''?……おい、おい!何をした。何をしたらそうなる!!」
「に、さま……」
「影月。責めるよりまずは治療が先だ」
「この愚弟が!!逆罪の称号は神罰が下されることを意味するぞ!!」
お前には見えないだろうがな!と吐き捨てる。
『
そしてその印が下されるのは主殺しや親殺し。もっと言えば一族、血族の鏖殺。その当時はそう定義されていた。
しかし主殺しと親殺しは審議の余地がある。
やむを得ない事情もあることから逆罪の印が付けられるのも強制では無い。とは言え弟の場合はそれに当てはまることは無かった。
「一族を皆殺しにしたのか!でなければ審議も無しに印が付くわけがない! 」
「ゲホッ、やっぱり……バレます?」
「神を嘗めるな!俺は不参加を決めいてるが、審議の結果は全ての神に共有される。バレないはずがないだろう!!!」
弟は一族を敵に回せるほど強かった。だが、どうしたってあの子は馬鹿が過ぎた。本当に。
弟は何をやらかしてくれた?死んだ後は無間地獄の刑だ。
つくづく俺の頭を占領しやがる。この問題児は。
「影月!今は口論している場合か!彼が死んでしまうぞ」
「傷を見せろ。阿呆め!」
天元に諭された俺は怒りながらも弟の腹に手を翳して反転術式を施した。しかし傷は治るどころが血が溢れるばかりだ。
……分かっておる。知っていた。
『逆罪』の判決が可決された瞬間から、神々はいい意味で罪人に手が出せぬ。
故に俺が弟に加護や治癒を掛けても全て無効となる。俺が、神であるばかりに無効になるのだ。可笑しな規則に酷く苛つく。
「やはりな!天元、代われ」
「……!?治らないのか?」
「
「権限と権能の牽制か。神でも無理な事は無理と言うわけだな?しかし私は反転術式が使えないぞ!」
「はぁ?得意な結界でもなんでも使え!!」
焦っていた。当時、約200年程生きた中で一番。人の脆さと己の無力さに頭が真っ白だった。
後半からは自分でも何を言っているのか分からないような主張もしていた気がする。
どれもこれも後に天元から語られた1部であるから、俺自身の記憶はあまり無いのだがな。
「にぃ、様。もういいですよ。無駄ですって」
「何を言う。爺になるまで生きろ!」
「ぶふっ……いてて」
「……私は外すよ。部外者はいない方がいいだろう?」
「あぁ、天元様。お気遣いありがとうございます。……兄様?なんで私が一族を皆殺しにしたか分かります?」
「喋るな馬鹿野郎。……分からぬ。何故だ」
「血の縛り、ですよ。あれの解呪」
「……自称するなら、呪いと悪習の報いか」
「正解〜。私達が貴方を創り、血の縛りを強制した。だから原因を消しちゃおうって組織内で決めたんです」
それから語られる弟の言い分をまとめればこうだ。
月夜見の者は生まれながら罪がある。それは月夜見の先祖が神を創り、縛った事。
多くの者は我知らずと神を創った禁忌を自覚しない。
何せ先祖が犯した罪が己に降りかかるとは夢にも思わないのだ。余程の善人でなければ、罪を償うべくと俺の解放を掲げない。
しかしながら一族が犯した重すぎる罪を償うにもどうすればいいか分からない。
よって仮説の1つとして血族の根絶やしが話に上がったのだ、と。弟は俺に言った。
「では、自我を失った筈の俺がまた目覚めたのは……仮説を試した先人達が身内を殺し、俺の呪いが僅かながらも軽減されたからか?」
「私は全てを知りませんが、少なくとも縛りが緩くなったのは事実です。だから……」
「だからそのまま話を押し進めたと?他の道を探さず、盲目的にそれを実行したのか?」
「……そーですよ」
「は、はは……」
笑ってしまうくらいに酷い話だ。
確かに俺を創った人間共は憎いが、皆殺しにするほど殺意は湧かない。一族の全ての人間に俺を創った責任があるとも思わなかった。
……こんな事を望んでおらぬ。しかし弟とその仲間は俺のためにやったと言う。
罪を償うために更なる罪を犯したのだ。……あぁ、俺はどうしたらいい。いや、違う。どうにもできない。事が起こってしまってはもう何もできない。
「俺の為と、……でもそれは。……全て、俺のせいか」
「いいえ、兄様のせいじゃない。私達の「俺が全ての始まりか?」……ッ兄様」
「俺が半人半神だから、不安定な状態で存在しているから。そうだろう?」
「……ぁ……違う、違いますよ」
何が違う。俺のせいでなければ、俺は愛する弟すらも恨んでしまう。
……いっそ、自我を失ったままの傀儡で良かったのに。愛を知ったあれが最期で良かったのに。……あぁ、もう。俺も弟も、救いようが無い。
「兄様……。兄様は人間です。これで人に成れるんですよ?喜んでくださいよ」
「黙れ。死にかけのくせに口が達者だな。それと訂正だが、お前がやらかした事で血の縛りは解呪されたとて俺が半人半神であるのは変わらない」
「……そっか。そうなんですね。ゴホッ、この世に呪いが無かったら、
「……ッあぁ、そうだ。呪いが無ければお前は一族を殺さなかったし、俺も神ではなかった」
呪いがない世界なんで夢幻だ。想像の範疇を超えないだろう。
幻を現実に出来るほど、あの頃の俺は力を持っていなかった。もっと足掻けば弟は死なずに済んだ。何度も、何度も輪廻を経て俺に縛られなかった。
そもそもだ。俺は世界が嫌だった。
呪術とか呪いとか、常人には理解できないモノが世界に織り交ぜられているのが不快だった。そんな意味不明なモノを俺が手にした事もだ。
「
「……兄様。私は呪術が扱えませんが、皆が恐れる兄様の力は素敵だと思いますよ。たとえ兄様が望んで手に入れたものでなくても」
「クソッ……。なんでお前だったんだ。なんでっ」
「ただの偶然ですよ。ケホッ、一族の鏖殺が、っ私の責務だった。……永遠の地獄も承知の上です」
「愚図め、巫山戯るな!そんな事にはさせない!」
「愛してます。兄様、愛してます……怒らないで」
死にかけの弟に怒鳴る俺は傍から見たら異常だろう。
しかし、俺の大切を奪うなら例え神々と世界が下した逆罪の印があったとしても俺は逆らう。
神々同士の牽制?俺が最上位に立てば問題無い。違うか?
幸いな事に、俺が操る影には時間と時空の特性が備わっている。弟の時を止めさえすれば手助けをした判定にはならないだろう。他の神も俺に文句は言えないはずだ。
「言い残すことはそれか?ならばもっと、……俺に愛を伝えてくれ。影中でな」
「!待って、兄様。駄目ですよ。私を生かすおつもりですか!」
「ハッ、お前次第だ。愛しい、愛しい
これから死に向かうとは思えない力で暴れる弟を強制的に影に押し込む。
こんな時まで馬鹿力を発揮できているのに何故腹に穴が空いたのか理解出来ん。お前を殺せる奴、もしくは殺そうとした奴は短気で正義感の強い何処ぞの神か呪術師家系だろうな。
「はっ……は……ははは、何より、お前だけが俺の全てだ。愛している」
影を撫ぜた。己の影中に弟を感じ取り、狂った一族の血が騒ぎ出す。
戻ってきた天元に悟られぬように、平常を演じた。
「影月、彼は……。……彼を、何処にやった?」
「……この世で一番安全な場所だ」
当時の俺を振り返れば、誰がなんと言おうと頭が可笑しかった。
正常性のネジが外れてしまったんだ。でないとあんな事を実行しないし、考えつくこともない。
「神々と話をつけてくる。世話になった」
「話とは……、今からか!?」
「あぁ、世界を支配してくる。そしてあの子の逆罪を取り消す」
「……君の弟は、君が人になれるように罪を犯したんだろう?いいのか、人を捨てて」
「人を捨ててでもあれが大事だ。二度と理不尽に死なせてたまるか」
「……またいつでも頼っていいからね」
「……」
決めてからは早かった。俺は足早に天元の元を去り、神々が集う場所に向かった。
それからの事は、……あまり記憶に無い。天元は知っているようだが、口を割らない限り深追いしようとは思わなかった。
ただ唯一、頭から離れないのは、俺が弟の首を折った瞬間だ。俺が殺したんだ。その感覚がこびり付いている。それだけで何度も泣き叫んだ。
……もうこれ以上、何も見たくない。知りたくもなかった。
◇◇◇
天元side
……影月が寝ている。いきなり私の元へ来て「俺だ。茶を飲みに来た」とか言いながら突撃してきたくせに爆睡している。
なんなんだこの人。……あ、人ではないか。
「ほら、起きなさい。私に用があったんだろう?」
「ん〜……あ''?」
「寝起きが最悪なのは変わらないのか。私にそんな態度を取れるのは君だけだよ」
「……ねてた。むかしの、夢だった」
「そう……。どこまで見たのかな?」
「お前の元を去った、そこまでだ」
あぁ、神々に直談判しに行ったアレか……。
いつでも頼っていいと私は言ったのに、結局再開したのは君の精神と体がボロボロになってからだったな。
……私の元を去ってから600年も経っていた。
私は長生きだから気長に待つつもりだったが、彼からしたら
「そうだ。天元、聞いてくれ。派生の術式が完成したんだ。縛りを多用したが悪くない出来だ」
「!かつて断念したというやつだろう?また始めたのか」
「あぁ、
再開したあの時は天災かと思うほどに雨と雷鳴が酷かった。
雷雨の音に紛れて歯車が回るような、ガコンと低く響く音もよく聞こえた。
そんな中、普通なら外に出ようとは思わない。だがその時の私は何故か惹き付けられるように傘を差して散策に出掛けた。
酷い天気の中だった。だがそれに負けないくらいに酷い有様で彼は白いナニカに背負われていた。
体中が傷だらけで(よく見ればあの傷は全て自傷跡だった)、長い黒髪も冷たい雨に濡れて、虚ろな金は輝きを失っていた。
「ろくでもない方法だろう。私は聞かないでおく」
「あぁ、その方がいい。聞いたら倒れるぞ」
生物に対して言うのもなんだが、あの時の彼は今にも壊れそうだった。
言葉の一つ一つを慎重に選びつつ彼の話を聞いたのを覚えている。
第一に、前提として神々は同類には甘い事が彼の口から語られた。そして彼が人を捨て、世界の支配者となるが認められたらしい。
特に月詠は神々からの情が深かったのだ。やはり神々も彼の今までは見るに耐えなかったのだろう。
逆罪の印を取り消す事は出来たらしい。しかし弟の地獄行きは変えられなかった。
まぁ、転生が許された時点で地獄行きの事実は目を瞑ったそうだが、その後が彼の精神を病ませた。
彼は逆罪の印を取り消すために影から弟を取り出した。
術者が外にいる場合は影中は時が止まる、とか便利すぎる影の特性のお陰で致命傷を負った弟は生きていたから、きっと弟は状況が理解できていなかっただろう。
『あの子を生かすために人を捨てた。なのに、あぁ……!』
あの嘆きを、私は一生忘れる事は無い。
逆罪を取り消した事で
そうしてやっと脳が追いついた弟は彼に言った。「私が最後の月夜見です。私が死なない限り兄様の血の縛りは解けない」と。
それからこう付け加える。
「私達は自らに縛りをつけました。死ぬ時は自殺以外とね。そうする事で解呪の成功率を上げたんです。……だから、自殺にならないようにわざと致命傷を受けたんですよ」と。
……影月は頭が良い。新たな事実に驚くも、その後に続く言葉を予想出来てしまった。
『……死に損なったから自分を殺せと、ッ俺に言ってきた。……絶望した!あの子を殺さない限り俺の存在は安定しない。けど、だけれどあの子を生かすために
彼は無意味を痛感し、逃れられない未来を見てしまった。
弟の覚悟に意を決した彼は、ゆったりと時間が流れる中で最期の言葉を聞き、
神の一存で天候が荒れ狂うのも納得だ。最も愛しい人を、殺したのだから。
きっと彼は涙が止まらなかっただろう。悲しい、苦しいという感情を理解しただろう。己の手を切り落としたかっただろう。弟と共に死にたかっただろう。
……この世にこれ以上悲しい兄弟はいないと思う。
それからの彼は生に自暴自棄になってしまったようだ。支配者として400年程を過ごし、
そうして長い時が過ぎ、やっと弟の遺言(ではないが)を叶えるために人に成ろうとした。そして後を追って死のうとした。
しかしここでまた彼を苦しめるのは種族や概念といった差だ。
『人に成りきれず、神として存在を縛られた……。昔とは比べ物にならない程にな!ハハッ……、支配者だった400年間で増えた信者と神々との交流。……血の縛りが可愛く見える』
人に成るべく進んだ彼、それに反対する
その
激痛に見舞われて暴れそうになると彼は自身の肉体を傷つけた。それで死ねるなら、弟を殺した手で自分の血肉を抉るなんぞ容易かった。
願いの声に発狂しそうな時はただ耐えた。過去の残影に心が壊れそうな時は代わりを創った。ただ弟のために。己が報いるために。
……その代わりが、白いナニカ。似ても似つかなく、これでもかと『もし私が呪術を扱えたら』を詰め込んだ
そう呼ぶのにふさわしく、その式神が持つ力は
『最低なのは理解してる。……でも、こうでもしないとッ、俺は堕ちてしまうから。……それだけは、避けねば』
矛盾が矛盾を引き起こしている状態だ。半人半神から神に成り、また半人半神……。
今では私が、その呪いを少し抑えているおかげでほぼ人のようなものだが、つい最近また神に出戻ったときた。こうしてみると複雑な糸が絡まりすぎている。
人としては既に堕ちていても、神としては堕ちまいと本人なりに耐えてたらしい。
旧支配者が堕ちたら世界が終わると、彼も分かっていたのだろう。そうなれば弟君が帰ったこの世界の輪廻の輪も崩れてしまう。
いつから耐えていたと聞けば200年前からと。だから私も、倫理に反した彼の行いは目を瞑っている。
諭す口は五月蝿いだろうが本気で彼を引き止めることはできなかった。……そう、私は彼に同情しているのだ。
「?そんなに見つめるな。気持ち悪い」
「……口が悪いな。人道的なことも少しは控えてくれないか。私の胃が痛い」
「ハッ、今更」
先程、私が彼の呪いを少し抑えていると言ったな。それで彼の体に伝わる苦痛を制御し、辛い記憶を1部封印したのだが、少し不具合が発生してな。
前者は上手くいったんだが、後者を実行した瞬間、神としての機能なのか自己修復が働きだして記憶が少し改竄されてしまったようでね……。
いやはや、予想外。彼の思考が狂気じみて来たのはそのせいでもあるのだが、言ったら言ったで彼が壊れてしまいそうでずっと言えずにいる。
「君が救われるならいいのだが……」
「それももうすぐだ。派生の術式も完成した。マセガキと次の俺の対策もな」
「……死ぬつもりかい?」
「そうだが、多分無理だろう。だから対策を練った」
そしてこれもついでに自白するが、記憶の封印場所が……その…、彼がよく使う呪具でな。
知らず知らずにそれに封印してしまったのだが、あの呪具【
いやはや、これまた予想外。倫理から大いに外れているのもそうだが、弟君の骨とはいえ亡骸に記憶を封じてしまった。罪悪感がとんでもない。
しかし記憶の改竄で
「あぁ、天元。あのマセガキの事だが、どうにかならないのか」
「どうにかとは?それとマセガキが誰か検討もつかないのだが」
「羂索だ。俺に話を持ちかけてきてな。何処から盗み聞きを働いたのか知らぬが、俺が死ぬなら肉体を使ってもいいかと尋ねてきた。代わりに来る未来では派生の継承者を見せてやると」
さて、過去の話はもう止そう。思い出すだけ胸が苦しくなるからね。
はぁ、と一息着きながら彼を見れば顔が少し歪んでいた。その口から零れるのは何かと不穏な言葉だ。羂索と影月の縛りのようにも思える。
「……君の弟の生まれ変わりということかな?君の過去を知るとは、あの子も情報通だな」
「ふん、不愉快極まりない。俺の体を使いたいと申し出るくらいだからなぁ、……いつか現世が地獄と化すぞ。気を付けろ」
あの子がそんな事をするとは思えないが、人が変わる事例はいくつも見てきた。
影月も警戒していることだし、私もあの子に注意しておくべきか?……いや、まだ判断するには早いかもしれない。しばらくは様子見だろう。
「もちろんその縛りは断ったんだろうな?」
「いや、承諾した」
「うん、そうだろうね。そんな割に合わない縛りは跳ね除けて当然……え?」
今、承諾したと言ったか?待て、彼は何を考えている。人同然に生活してはいるがそれは私が呪いを抑えているからだ。
つまり今でも上位存在であるのは変わらない。そんな肉体をあの子に使わせる?それこそ現世が地獄になるのではないのか。
「策を練ったと言ったろう。罠は十分に仕掛けたから焦るな。マセガキには一泡吹かせてやる」
「一応聞こう。何をした?」
「単純だ。俺の魂と力を十に分けて依代に入れる。それが呪具化して受肉した肉体を奴が使う。ほれ、簡単だろう?」
「君の本体を使わせない事は理解出来た。人が扱える代物じゃないから力を薄めるのだろう。だが私が聞きたいのは概要の話だ」
「はははっ!なに、俺の肉体を使うからには二度と出ていけないようにしたのさ。分けた力も、どれが当たるか分からない運仕様だ。自由と力を抑制したら流石に釣り合うだろう?」
頭が良いと言うより悪知恵が働くと言った方が正しい気がするよ。だが、もしもが起こった時に仕留め損ねることはないのだろう。
おいそれと逃げる事も出来なければ死を待つのみか……。そこまで考えた上でなら流石と褒めて拍手を送ろう。
「……ん?では分けた君の魂はどうなる?」
「お?よく気がついたな。そこら辺は考えてある」
予想しよう。いい事では無いのは確かだ。概ね己の転生体やらだな。
「魂が今のように神格化されているのなら、例え転生したとしても今と何ら変わりはないだろう。生き地獄だ。だから依代に今の魂を封印して、さらに上から依代自体を封印する」
「君の技術でそれは頑丈だな」
「1000年は持つだろうな。結論から言えば、魂が抜けた肉体は死を迎える。中身の無い肉体は神であったとしても朽ちるだけだ。めでたくして俺は仮の死を迎えるわけだな」
「……」
「ここからが先程の話に繋がる。俺は別世界の俺の魂を此方に呼び、その魂で転生して人になるつもりだ。そして転生したと同時期に封印した魂の解放が始まり、転生した俺に力として集う。受肉で依代が使われた場合も同様だ。転生体としては神の魂と人の魂を使い分けて好きに世界を物にできる。そして俺が俺を殺してくれたらいい」
甘味を嗜んで茶を啜る姿は優雅だが、話の内容が重すぎる。ほらな?やはりいい話ではなかった。
……絶句だ。彼の考えることは理解できない。
別世界の自分の魂を呼ぶ?そんなの神業だろう。……いや、まさか神に出戻った理由はそれも含まれるのか。
「今の穴だらけの記憶はマセガキに預けた。俺からマセガキに1つ縛りを結んでな。儀式で転生後の俺に返してもらうとする」
「……。(死を追求する存在で良かった。これが敵対であれば……)」
「あちら側の利益としては俺が仲間になる可能性が高い事だろう。軽い縛りだが転生体が俺の全力を使いこなせるようにした」
「……はぁ〜、もう終わりかな?これ以上何かしたとは言わせないよ」
「ふふっ、さてな。お前は俺の行く末を見ていればいい」
「それは求婚か?」
「ほざけ、お前と愛し合うつもりは無い」
軽口を叩けるのは私達の中が深まったからだと思うのだがな。薄汚い捨て猫がふんぞり返った家猫になったようだ。
……あんなに廃れていた彼がここまでマシになったのが感慨深い。赤子の頃の宿儺を拾って心が癒されたのもあるか。今の宿儺はまぁ、アレだが。
それはさておき彼がやろうとしている事を無視していいものか……。
今の世は猛者も沢山いるし、羂索の企みとやらも胸騒ぎがする。未来が心配だ。
そこまで考えて彼が席を立った。どうやら話したいことは終わったらしい。
死ぬつもりとも聞いたし、準備も終わったようだからこの訪問は別れ挨拶だろう。今世の彼と会えるのもこれで最後か。
「行くのかい」
「あぁ、死に場所は見つけてある。今、俺の中にある魂は最後の一欠片だ」
「……さっきの話だが、宿儺や羂索は知っているのか」
「マセガキは何も知らない。無様に俺の罠にハマってくれれば来世の俺が笑ってやろう」
「……。(性格が悪い……)」
「宿儺は派生術式を作る為の3つの縛りしか知らん。あとの縛りやちょっとした効果は俺だけが知っていればいい。お前も奴らには言うな」
「言わないさ。……君の来世に幸あれ」
「ハッ、神に向かってそれを言うか。……まぁ、恩に感謝する」
死による救い……、偽善者が言いそうな台詞だが今の彼に1番必要なものだろう。本当に、来世は君の幸せを願おう。
「じゃあな、天元」
軽く笑った彼はどこか優しげだった。きっとあれが本当の彼なんだろうと、冷えきった自分の茶を入れ直した。
……また会おう、影月。俗世では月詠としての君しか知られなくても、私だけは君を真名で呼ぼう。
君は知らないだろうが、私と君の弟君が交わした約束だからね。
Hey前世くん、弟を生かすために人を捨てたようですが、結果的に自分の手で殺してしまいましたね。
その後、人に成ろうとしたけど失敗して限界期に突入。血の縛りから解放されたと思ったら今度は有象無象の『欲』と同類に縛られちゃいましたか〜。
Q_散々っスね。どんな気持ちスっか〜?
A_……刺す。
《補足》
月詠の人生をまとめるとこう。月夜見家の傀儡状態が200年→支配者が400年→限界期が200年→来世に期待(イマココ!)