俺が34歳の時、不思議な夢を見た。
オルステッドと俺の子孫達が奴を封印する夢と、俺が死ぬ時の夢。
俺は最後は多くの子孫達に看取られて死ぬらしい。幸せな夢だった。
一つだけ気がかりなことがその夢にあった。エリスは70歳で俺より先に死んでしまうらしい。
ルーシーの息子の名前はあの夢と同じローランドだった。ただの夢で片付けてはいけない気がするのだ。ヒトガミの見せた予知夢である可能性も考えるべきなのだろう。
エリスの70歳の誕生日は目前に迫っている。心残りがないよう、エリスとの間に最後の思い出を作りたい。
前世で長寿の祝いがあったな。還暦とか米寿とか、確かそんな感じのものだ。詳しい名称は覚えていないが、あったはずだ。それを名目にお祝いをしよう。
そう思い立ち、シルフィとロキシーに相談した。
前世では70歳になったら長寿の祝いをするということ、エリスはもう長くないかもしれないことを2人に話した。
エリスはまだ元気そうに見えると2人は訝しんでいたが、模擬戦をしていると衰えているのを感じると話したら、どうにか納得してもらえた。
俺達3人はエリスへの長寿祝いの宴をすべく準備を始めたのだった。
エリスの好物の食材を調達して、同じシャリーアに住んでいるアルスとリリにも連絡を取った。どうやら来てくれるらしい。
誕生日当日。
彼女が日課の街の見回りに行った隙に、食事を用意した。
準備はアルスとアイシャが手伝ってくれた。シルフィとロキシー、年老いた俺だけで準備するのは大変だったので助かった。
エリスが見回りから戻ってきた。俺が行って出迎える。家に帰ると早速良い匂いがすることに気付いた様子だ。
「いい匂いがするわね!今日は何を作っているのかしら」
「それは見てからのお楽しみということで」
「楽しみね!」
食堂の扉を開けると、そこには普段よりも豪勢な料理が並べられていた。食欲を誘うとても良い匂いがする。
顔ぶれも、シルフィとロキシーに加えてアルスとアイシャ、リリも居る。昔には及ばないがいつもより少し賑やかな食卓だった。
エリスは最初、状況を飲み込めなかったのかきょとんとした顔をしていた。
「70歳の誕生日おめでとう」
俺が声を掛けると皆もおめでとうとエリスへ声を掛ける。
お祝いをされていることに気付いたのか、彼女は嬉しそうな表情に変わった。それでもなぜお祝いをするのか疑問に感じたのか聞いてきた。
「どうしたのよ、誕生日のお祝いなんて15歳までしかしないわよね?」
「俺の前世では70歳になったら長寿の祝いをするんだ。前世ではこちらで言うところの人族しかいなかったから、俺とエリスは長寿の祝いをするのもいいかなって」
前世の実情とは違うが、エリスの思い出作りをする為の名目だ。
席に座るようエリスを促し、皆で乾杯すると宴を始めた。
楽しい時間だった。エリスも楽しんでくれていた。
アルスとアイシャが近況と二人の子供について話し、リリは新しく開発した魔道具について熱弁した。
旅をしていた時の思い出の料理として卵かけごはんをエリスにも食べてもらった。
もきゅもきゅと頬を膨らませて食べている様子は、当時とは見た目が大きく変わってしまった今でも、変わらなかった。シルフィは食べさせた俺の方を見て、苦笑しつつもエリスに解毒魔術を掛けてくれた。
エリスは料理を一通り平らげたが、お代わりはしなかった。
彼女も歳なのだということか。
ささやかな宴が終わり、アルスとアイシャは後片付けを手伝ってくれた。その後、自宅へ帰っていった。リリは道すがら送ってくれるそうだ。
◆ ◆ ◆
今日はエリスと一緒に寝ることにした。もう俺もエリスも歳だからエッチなことはしないけれど、じっくり話をしたかった。
エリスが布団の中に入ってきた。嗅ぎ慣れた彼女の匂いがする。顔を見ると、すっかりお婆さんだ。それを彼女へ言うと、
「それを言うなら、ルーデウスだってすっかりお爺さんよ」
そう言って笑った。変わらない獰猛さを秘めた笑みで。
それから、しばらくロアの家庭教師時代や魔大陸であった出来事の思い出について話した。何となく、すれ違ったことについて思い出して言った。
「それにしても、あの旅の後に別れた時はこんな未来は想像もしなかったよ」
「あの時は悪かったわ」
「昔にも言ったけど、謝らなくていい。悪いことばかりじゃなかったからさ」
「二度と黙っていなくならないと誓ったわ」
「そうだね。もう一つ誓ってくれると嬉しいことがあるんだけど、聞いてくれるかい?」
「何よ」
「この歳だしさ、お互いいつ死んでもおかしくないと思うんだ。だから、もしエリスが先に逝っても俺が来るまで待っていてほしいんだ」
「ルーデウスを置いて先に死んだりなんてしないわ」
「信じてるよ。でもさ、もしもの事は無いとは言い切れないし、俺が死んだ時に誰も居ないと寂しいんだ」
「……わかったわ」
「ありがとう、エリス」
エリスは先に逝かないと言ってくれたが、あの夢の通りになってしまう予感がしていた。
これまで照れ臭くてなかなか言えなかった言葉があった。俺は旅立つエリスの手向けになればと思い、告げた。
「愛してるよ、エリス」
「わかってるわ」
エリスの目には涙が溜まっていた。エリスが身体を寄せて来る。
「愛してるわ、ルーデウス」
真っ直ぐに俺の顔を見てそう告げると、キスをした。
それからほどなくして、俺たちは眠りに就いた。
◆ ◆ ◆
誕生日を過ぎてからもエリスは元気そうに見えた。あの不思議な夢も、所詮は夢に過ぎなかったのだと考え始めていた時のことだった。
オルステッドの事務所に出かけてから帰って来ると、いつもは真っ先に出迎えに来るエリスの姿が見えなかった。
嫌な予感がする。
シルフィが沈痛な表情でやってきた。
「エリスが……気が付いたら部屋で冷たくなってて、それで……」
「シルフィ、ありがとう。俺も見に行くよ」
覚悟していたはずだった。
信じたくなかった。
エリスの部屋の扉を開けて中に入ると、ベッドの上に動かなくなったエリスが居た。
それからしばらくどうしていたか、記憶が無い。
気が付くと夜になっていた。泣き過ぎて目の周りが痛い。エリスの姿はもうベッドにはない。アンデッドにする訳にはいかないから、火葬して墓に埋めたのだろう。
俺はエリスの部屋に行き、彼女のベッドに縋り付いて、また泣いた。
それから三日はそうしていたと思う。その間、シルフィとロキシーが傍についていてくれた。何も言わず、共に悲しみの気持ちを分かち合ってくれていた。
三日目の晩だろうか、ロキシーが俺に声を掛けた。
「ルディ、そうして泣いてばかりいてはエリスが安心できませんよ」
三日も経つと俺も泣き疲れて落ち着きつつあった。ロキシーの言葉を受け入れることができた。
「はい、先生」
俺はシルフィとロキシーの二人を見渡して言った。
「エリスは約束してくれたんです。先に逝っても俺を待っていてくれるって。だから、前に進まないと」
シルフィとロキシーも頷いてくれた。
「ありがとう、シルフィ、ロキシー。大丈夫だよ、もう乗り越えたから」
俺はこんな所で立ち止まる訳にはいかない。
エリスは亡くなった日も訓練をしていたそうだ。
最後まで本気で生きた彼女のように、俺も生きよう。
◆ ◆ ◆
エリスの葬儀をしてから数ヶ月が経った。
俺は彼女の墓の前に花束を置き、語りかけた。
「酷いな。二度と黙っていなくならないと言ってくれたのに」
水を魔術で作り、墓の掃除をしながら更に語った。
「待っていてくれ。何年後になるかわからないけど、今度はついて行くから」
墓の掃除を終えた。「また来ます」と言い家路に就く。
最後まで気高く、前に進み続けた彼女の姿を思い浮かべながら。