魔力は存在しない、だが気功は存在するのだぞ。
ある中年男が、某主人公最強漫画を見て心の中でつぶやいた。
彼の名前は芋川一平、自衛隊員だ。当年五十五歳になる。
彼には不思議な力があった。エスパーと云うわけではないが、若きころ『気功』の存在に気づき厳しい鍛錬を経て体得している。オーラ、チャクラと言い換えてもいいかもしれない。
しかし、それは親にも打ち明けず、妻子にも伝えていない。墓まで持っていくと決めた彼自身の秘密だ。
彼は最近、自分の若き頃と似ている主人公の漫画に出会った。
息子が買ってきた漫画でふと暇つぶしに読んでみたら、まるで若き頃の自分を見ていたのかと思うような主人公だった。
『陰の実力者になりたくて!』
正義のヒーロー、魔王でもなく、作中に在る陰の実力者に憧れる影野実、愚直なまでにそれを目指し過酷な修行を自らに課して、最後は魔力をどん欲に求め、修行中に見た白い光を魔力の源と勘違いして、その光を発していたトラックに突っ込んで死亡。
その後、異世界に転生して魔力を身に着けた彼は前世の修行の成果も相まって無敵のシャドウとなったと。
一平も同じだった。異なるのは彼が辿り着いたのは『魔力』ではなく『気功』だったこと。苦難のすえに彼は、それを身に着けた。トラックにはねられて死ぬことは無く昭和の終わりごろに自衛隊員となった。自衛隊救命士として活躍、阪神淡路大震災や東日本大震災の災害現場にも臨場し、海外の大災害にも出場している。その活動において彼の『気功』は大いに役立った。疲れを知らず、かつ俊敏にて怪力、気功によって身体強化が可能だったのだ。
しかし誰にも身につけた『気功』のことは話していない。前述の通り妻子にも伝えていない。墓まで持っていく秘密だ。定年退職まで、あと五年。生憎と昭和から平成、令和に至るまで待ち望んでいた彼の人生を彩る正義と悪の存在は現れず、陰の実力者になることは出来なかったが大災害から人を救う自衛官として彼は陰の実力者になれたのではなかろうか。
何より、彼はまだあきらめてはいなかった。自衛官として役職も就き、若手を指導する立場になった今も彼は自衛隊の過酷な訓練に臨み、非番休日には武芸とスポーツの鍛錬に励み、陰の実力者に相応しい知識も身に着けていく。
そんな自分に厳しい夫を妻は愛し、自衛官の妻として誇りを持ち、息子もまた父の背中を見て自衛官を志した。
まさか、あと五年もすれば還暦を迎え、赤いちゃんちゃんこを着る五十路男が、いまだ少年時代の夢『陰の実力者』になりたいと切望しているとは夢にも思わず。
「続きが気になるな、早く小説の六巻が出ないものか」
自分の若いころと酷似している主人公の物語『陰の実力者になりたくて!』がすっかり気に入り、アニメとコミック、原作小説とWeb版も読んだ。同作品を題材としたアプリゲームもプレイ中、ちなみに無課金だ。
現在、原作小説は五巻まで出ている。ゼータとウィクトーリアがシャドウガーデンを裏切り、永遠の命を求めるシャドウが望む通り不老不死にして神へと。そして、それを実行し始めた。もう元には戻れないと。
そんなところで五巻は終了、作者は鬼かと思った。
「俺はいま五十五歳…。頼むから存命中に完結してくれよ。未完のままだったら死んでも死にきれない」
だが、その願いは叶わなかった。彼は自宅にて就寝中に心不全を起こして他界した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「門限より尊厳を選ぶと!?」
ああ、やっと言うことが出来たと彼は思った。万感の思いだった。
その後は同じモブ仲間のヒョロと一緒にシドの元から走り去った。
何故か作中と同じく涙が出た。本物の涙が。
「ふう」
魔剣士学園の寮に帰り、カバンを置いてベッドで仰向けになった。
「ええと、このあとは確か、シド君の野糞を在ること無いこと言いふらし、ミツゴシで手に入れたチョコを図書室で女の子に渡してストーカー呼ばわりされて、ブシン祭選抜大会に出られない程度の負傷をすればいいのですね。ふふ、実に楽しみです」
ジャガ・イモ、イモ男爵家の次男坊、魔剣士学園の一年生、彼が本編の主人公である。
彼の実家イモ男爵家、ミドガル王国内でもジャガイモとサツマイモの特産地で知られている。海に面している肥沃な土地だ。
三歳年上の兄サツマがいる。兄はとても優秀で男爵家を継ぐに相応しい。
しかし別にイモ男爵家は長男教でもなく、あまり優秀でない次男にも愛情は注ぎ、ジャガは何不自由なくスクスクと成長していった。
表面上は。
「シド君…。君が考案したスライムスーツは本当に素晴らしいですね…。そのアイデア、ありがたく真似させていただきますね」
ジャガは十歳になった。彼が纏うスライムスーツは深紅、シャドウが漆黒なのだから赤備えにすることに。スーツ、マント、兜、仮面には深紅の中に白と金のラインが入り、戦隊ヒーローのレッドのよう。気に入っている。
このころ、カゲノー男爵家領内に盗賊が暗躍していたと同様に、ここイモ男爵家の領内にもアジトを構える盗賊団はいた。
「シド君の気持ちが分かりますね…。将来のためにお金は貯めておかねばなりません。僕も同じです」
夜陰に紛れて、目立つことこの上ない赤備えで盗賊のアジト近くの森に到着。身を潜ませている。
「今ごろシド君も『ヒャッハーッ!』と言う歓喜の雄たけびと共に盗賊団を襲い、アルファを助けているころでしょうか」
盗賊相手に人殺しという童貞を捨てて半年が過ぎたジャガ、今回の盗賊団を片付ければイモ男爵家の領内も落ち着くだろう。シドと違うのは悪魔憑きを連れた盗賊や奴隷商と一度も遭遇していないこと。おそらくは主人公であるシド側に発見されて解呪される者が大半なのだろう。そうでなければ六百以上の構成員など確保できない。
「しかし…まさかこんな運命が待っているとは思いませんでした…」
盗賊のアジトを伺いながら、ジャガは思った。
彼もまたシドと同じ転生者だ。前世の名前は芋川一平、令和の世、五十五歳で亡くなった自衛隊員である。就寝中、突如の胸の痛みで起きた。泣き叫ぶ妻の声、慌てて救急車を呼ぶ息子の声が聴こえるなか息を引き取った。その後はどうなったか分からない。もう火葬は済んだのだろうか。
しかし芋川一平は死んでいなかった。異世界に転生、ジャガと名付けられた。
その名前にまさかと思うが、イモ男爵家の次男、かつ生まれた国はミドガル王国、隣国はオリアナ王国と聞き、確定だと思った。よりによって生前愛読していた『陰の実力者になりたくて!』の世界だった。しかも主人公シドのモブ仲間ジャガとして。
前世、妻は最後に悲しませてしまったが彼には、もうどうすることも出来ない。
五十五歳という短命だったが自衛隊員として堂々と生きてきたつもりだ。息子も一人前となったことだし未練はない。妻は自分の死から早く立ち直り、新たな人生を生きてほしい、そう願うことしか出来ない。
それに、この世界なら少年時代から夢見てきた『陰の実力者』になれるかもしれない。
この世界に魔力はあるが『気功』は存在しない。ジャガは『魔力』と『気功』と言う二つのエネルギーを有する人間だ。大きなアドバンテージになるだろうがジャガは、この世界における『陰の実力者』はシドがなるべきであって自分はなってはいけないと考え直した。
とにかく、シドを始め、シャドウガーデンの動きを傍観して、自分は原作通りのジャガに徹底してなりきるべきだと。自分がしゃしゃり出て物語に変化が生じるのは絶対に避けたかった。五巻の続きが気になる。どうしても自分の目で見届けたい。
十五歳の王都行きまで、こうしてシドと同じく盗賊を狩ってイモ男爵家の領内に平和をもたらし、将来の自分のため金を貯めることにした。次男なのだから家は継げないし、父母もジャガの名演が功を奏して、その器ではないと判断しているだろう。
自分の坊主頭をひと撫でしたあと、ジャガは赤備えに変身、スライムランスを両手の中に出して盗賊アジトに突撃した。魔剣士になるので表向きは剣士であるが、彼が得物に選んだのは『槍』だった。前世の武芸の修行で一番自分に合っていると思っていた。
「ィイヤッホー!」
数分後…。
「ふう、全員殺りましたね…。何とも手応えがないことです」
盗賊のアジトは洞窟、元は廃坑か何かだったのかもしれない。そこを根城としていた。
頭目を始め、すべての盗賊を討った。アジト内をジャガが検索していると隠れていた盗賊が破れかぶれでジャガに襲い掛かったが、難なく返り討ちにしている。
「ふふ、結構貯めこんでいるじゃありませんか…。僕の将来のため使わせてもらいますよ」
陰の実力者はシドに任せるとして、ジャガは将来何になるかは具体的に決めていない。
しかし、とにかく金はあって邪魔にならないもの。
「本当にただの盗賊のようですね。ディアボロス教団にとってはイモ男爵家など、どうでもいいかもしれません。巨悪に狙われることも無い…。貧乏も時に利を生むものです」
もしかして、シドとアルファのような出会いがあるかも…と思っていたが、このアジトに悪魔憑きはいなかった。
聖教の教会はイモ男爵家の領都にも在る。
しかし聖地リンドブルムと異なり領都の教会はまともに機能している。もはや野心などありはしないという、くたびれた爺さん神父と婆さんシスターがいるだけだ。奴隷商もそんな教会に悪魔憑きは連れてこない。
『裏の顔があるのでは』と一度ジャガは教会に忍び込んだことがあるが、見事に何一つ怪しいものは見つからなかった。ディアボロスの『デ』の字も在りはしなかった。勘ぐった自分がアホらしくなるほどに。
ともあれ、シドと魔剣士学園で会う前に一度は悪魔憑きの解呪を経験しておきたいと思っているが、いまだそれは叶っていない。ジャガは解呪できる自信があった。魔力操作はもちろん、気功の使い手である彼、そちらでも対応が出来るのではないかと考えていたのだ。
「しかし、悪魔憑きに出会ったとしても解呪後に何て言えばいいのでしょうか…。シド君みたいにディアボロス教団のことを語る…いや、無理ですね。あのシーンのアルファがむしろおかしいと思います。普通信じないでしょう」
十分な戦利品をリュックに詰めて、盗賊のアジトを出たジャガは
「オーラ・バズーカ!」
両手から気功の大砲を撃って洞窟内を破壊、入り口を完全に塞いだ。また悪用されないようにだ。
「ふふ、我ながら素晴らしい威力です。さて、帰りましょう」
さて、話はジャガがシドに『門限よりも尊厳を選ぶと!?』と言ったあとに戻る。
翌日チョコ作戦を実行し
「キャアアア!この人ストーカーですっ!」
「ちっ、違いますっ!僕は貴女とお近づきになりたくて交友関係やらスリーサイズ、下着の好みなどをですね、ぷぎゃああ!」
図書室内でみじめに意中の女生徒に殴られるジャガ、用意した鮮血ジェルを口に含んで無様にのされる様は
(ふっふふふ、どうです、シド君…。このモブ道を究めし技…。僕に言わせればローズ会長との試合で何度も立ち上がる姿を見せる行為こそ、モブにあるまじき振る舞いだと思いますよ)
女生徒の仲間たちに蹴られて踏まれたジャガだった。
しかし彼の顔は何やら満足げだった。ちなみにチョコは奪われた。
シドがシェリーにチョコを渡したところを見たジャガ。
(今後の彼女を思うと気の毒ですね…)
惨めに体を引きずって図書室をあとにするジャガ、その後は取ってつけたような包帯を体に巻いて松葉杖を持てばクエスト完了だ。人情的にシェリーを助けてあげたい気持ちはあるものの、それでは物語は変わってしまう。一度だけ振り向きシェリーを見つめたジャガだった。
しかし予想外なことがシドとジャガに起きてしまった。原作ではコミカルに描かれていたシーン。ブシン祭選抜大会のエントリーをシドに無断で済ませてしまったヒョロとジャガ、ここでシドは目にも止まらない拳を二人の腹部に叩き込むのだが
「……!?」
(あ、しまった!)
なんとジャガはその拳を手のひらで受け止めてしまった。条件反射だったのか。
「ジャ、ジャガ…?」
「ひ、ひどいなぁ、シド君、僕は怪我人なんですよ」
「そ、そうだよな…。ごめん」
松葉杖を支えに歩き去っていくジャガの後姿を見つめてシドは…
(…あのパンチを止められた…?)
「何をやっているんでしょうか僕は…。今のは大きなミスですね。シド君がベアトリクスに剣を突き付けられた時のように情けない振る舞いをしなければならない局面だったのに」
反省しなくては…。そう思いつつ彼は松葉杖をつきつつ寮へと帰るのであった。
ジャガの『門限よりも尊厳を選ぶと!?』は作中でも名言に入ると思います。上手いこと言うもんだなぁ…と思いましたから。