アイリスは廃嫡されたうえ幽閉生活を余儀なくされた。
心を壊して廃人となったアイリス、さらなる不幸は悪魔憑きを発症した。
体が腐り、四肢がいびつな球体となってうごめく。ついに発狂してしまったアイリスだった。
だが、そのアイリスの元に、あの男が来た。ジャガだった。
「やはり最初に出てくれたSSRキャラは見捨てられませんね…」
『陰の実力者になりたくて!』のアプリゲーム『マスターオブガーデン』のプレイヤーだった前世芋川一平。ちなみに無課金だった。
メインストーリー、七陰列伝、攻略はどんどん厳しくなる。そんな中、たまたま運良くガチャで出てくれたアイリス・ミドガルのSSR、しかも無償十連ガチャで奇跡の同一カード二枚抜きだった。登録のさいにもらえたローズのSSR以外にはアイリスしか持っていない。盗賊や魔物、教団の兵に果敢に挑んでいくアイリスの姿。大活躍してくれた。攻略に行き詰っていた一平にとって、まさに救いの女神だったのだ。
しかし目の前にいるのは心壊して廃人になったうえ、悪魔憑きまで発症して狂ってしまった哀れなアイリスだった。
「あー、あー、ううう、あー」
大小便を失禁し、よだれと鼻水も垂れ流し、支離滅裂な言葉しか発しない。アイリスを抱きしめたジャガ。
「いま助けてあげますからね」
悪魔憑きは初めて解呪する。しかし出来る自信はあった。シドは青紫の光だがジャガは赤とオレンジが交互というところか。
途中まで順調だった解呪だが、最後に厄介なものが見つかった。アイリスがシャドウに関わって以来負っていた心の傷だ。
(考えてみればアイリス王女の心の傷すべての発端はシド君、君だったのですよね。一人の女の子をここまで苦しめたのだから野糞の噂を広めたくらい、どうということはないでしょう)
魔力操作だけでは心の傷の部分を突破することは難しそうだ。何せ初めての解呪なのだから。ミリアの時は解呪ではなく気功と高度な医療知識による治療だった。
気功により心に癒しを体に活力を注いでいく。心の傷を突破した。気功の発動を止めて再び魔力で解呪を仕上げていく。
「よし、成功です」
「あ、あああ……」
「ご気分はどうでしょうか、アイリス王女」
「元に戻っている…。心と体が軽い…。ああ、なんてお礼を言えば!」
「私はジャガ、イモ男爵家の次男です」
「改めて私はアイリス…。と、何か召し物はありますか。いつの間にか、こんな痩躯になってしまいましたが、やはり恥ずかしいので…」
「気が利きませんで…」
ようやく落ち着いたアイリス、ジャガは説明した。悪魔憑きの解呪において一番厄介だったのがアイリスの負った心の傷であり、それを突破したら解呪が出来たと。
「ありがとう、私の短慮で戦争を引き起こした罪は一生償わなければならないこと。以前はこれを思うたびに気が狂いそうになったのに、今はちゃんと自分の両の足で立って前を向かなければと思うのです。本当は心の傷は自分で克服すべきものなのでしょうが…私には難しかったでしょう」
「…アイリス王女、貴女が幽閉された以降のお話をしても」
「はい、お願いいたします」
オリアナとは和睦が成立し、ミドガル王国の次代国王はアレクシアと定められた。
戦後の混乱により民心は離れ、主なる貴族の忠誠心も下降している。
「ディアボロス教団の魔手がいまだ伸びているのですか…?」
アイリスはもうディアボロス教団の存在を疑ってはいない。ハブという男は教団の手の者だったと。
「教団の手が伸びていようと無かろうと現在のミドガル王国は砂上の楼閣と言えるでしょう。クラウス陛下は懸命に国政の立て直しを行っておりますが、あまり上手く行っていないようです」
「ジャガ殿でしたね…。貴方は私の悪魔憑きと心身を治した代償に何を求めますか」
自分にはやるべきことが出来た。だが恩人のジャガに何か求められるなら、それに報いる必要がある。
「そうですね。あるとするのなら」
「はい」
「貴女を僕の弟子にいたします」
そう言ってジャガは赤備えに変身した。思い出した。あの戦争の時、シャドウと互角以上に戦っていた深紅の武人。
「貴方が…!」
「この姿の時はレッドと名乗っています。これ使ってみますか?僕もシャドウガーデンが纏うスーツから学んだものです」
レッドはスライムスーツの一部を切り取ってアイリスに手渡した。
「スライム…。シャドウガーデンはこれを?」
「はい、鎧にも剣にも変えます」
「あ、あの、向こうを向いていて下さると…」
「ああ、失礼しました」
さすがはアイリス、すぐにスライムスーツ着用の魔力操作を掴んだ。今は痩躯だが元の健康な体を取り戻せば七陰に勝るとも劣らない美しい魔剣士が現れるだろう。
「これは素晴らしいわ。魔力の伝わり方がミスリルの比じゃないもの」
「健康な体を取り戻したあと、このスライムスーツを使った戦い方を伝授させていただきます。貴女がすべきことはディアボロス教団を倒して、そしてミドガル王国の復興と繁栄をもたらすことではないかと思います」
アイリス自身がやるべきことがあると思ったのは後者の方だ。そして…
「もしや、シャドウとシャドウガーデンはディアボロス教団を倒すことを目的としているのですか?」
「はい、それと聖教の闇を」
「我ながら救いようのない迷走をしていたと思います…。もっと早いうちにそれを知っていれば彼らと共闘するという選択肢も取れただろうに…」
「今からでも間に合いますよ」
「はい、そのためにも貴方の技を体得したいです」
「今日から貴女は“ブルー”を名乗るといいでしょう」
アイリスのスライムスーツが鮮やかな紺碧へと。金と白のラインが彩を添えた。
「分かりました。レッド」
この日、アイリスが幽閉されていた別荘から誰もいなくなった。
父のクラウス国王がアイリスの行方を捜すことは無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しばらく時が過ぎた。本来なら三年の教育課程を終えて卒業式を迎えていた日、ジャガは魔剣士学園の跡地に訪れていた。二度もテロ攻撃を受けた魔剣士学園、学園側に何一つ落ち度は無くても権威は失墜してしまい廃校となってしまった。シェリーが在籍した学術部校舎も含め、すべて取り壊され、跡地はミツゴシ商会が運営するコンサートホールと遊園地になっている。
「ジャガ、ジャガじゃないか」
「ああ、ヒョロ君、久しぶりですね」
ヒョロ、何と女性を連れていた。
「アンナ、紹介するよ。魔剣士学園でダチだったジャガ、オリアナ戦役にも一緒に出た戦友だ」
「まあ、それじゃヒョロさんを支えて退却したという」
「そう、こいつだよ。助かった。こいつとシドっていうダチがいなければ戦場に取り残されて死んでいたな」
「改めて、お礼を言います。私、ヒョロさんの婚約者のアンナです」
ヒョロも男爵家の次男だ。結婚適齢期になれば婚約者の一人や二人、両親が見つけてくるだろう。見た目豊満な体躯の女性だが、ヒョロはむしろ、そういう女性が好みだったようだ。
「ご丁寧に。僕はイモ男爵家のジャガ、貴女の婚約者殿の戦友です。よろしく」
「今日はミツゴシ商会で婚約者殿にアクセサリーでもプレゼントしようと思ってよ。ジャガはどうしてここに?」
「ああ…。本来なら今日、僕たちはここで魔剣士学園の卒業式を迎えていたはずなので…柄にもなく、ちょっと思い出にふけようかと」
「卒業式…。ああ、いつの間にか、もうそんなに時期か…。卒業できなくて残念だったが学園自体が無くなってしまってはなあ…」
魔剣士学園の面影はすでにない。ジャガとヒョロはかつて学んだ校舎があった場所を見つめた。
「そういや、シドはどうしているんだ?オリアナ戦役後に見かけなくてな」
「ヒョロ君と同じですよ。僕もオリアナ戦役以降は会っていません」
「そっか、まあ、あいつのことだ。元気にしているだろう。それじゃ」
「ええ」
ヒョロは婚約者アンナと手を繋いで歩き去っていった。もうギャンブルは止めたのだろうか。いかにも将来肝っ玉母さんになりそうな婚約者、ギャンブルなどやらせてくれないか、そう思いつつジャガは二人の背中を見つめていた。
ディアボロス教団は滅んだ。
シャドウガーデンに本拠地、そして教祖がいる場所を突き止められ、シャドウの“アトミック”で灰燼に帰したと。その場にはクレア・カゲノーとして甦った魔人ディアボロスも存在していたという。この世界の裏の歴史を長らく支配していたディアボロス教団、その終焉はあっけないものとなった。
今のヒョロの暮らしのように、一見世界は平和に見えた。
しかし、ディアボロス教団に取って代わったシャドウガーデンはミツゴシ商会の経済力も相まって着実に表と裏の社会双方で勢力を拡大している。石油、そして紙幣を皮切りに世界の経済を牛耳る組織に敵う勢力など存在しない。聖教とて、今では元聖女のウィクトーリアのご機嫌を取ることに懸命だ。
学園跡地を去るジャガ、それにすれ違う女性がいたが小声で
「レッド様、シャドウガーデンのアルファ様が会いたいと」
そのまま歩き去る。ジャガも同じく小声で『わかった』と返した。
ディアボロス教団を滅ぼすため、ジャガたちの組織『レッドクロス』もいくつか教団の大小の拠点を殲滅しており、悪魔憑きの少女を何名か助けて構成員にしている。
シャドウガーデンと共闘したことはなく教祖の命はシャドウが奪った。
だが、問題はここから。
シャドウが『ディアボロスの雫』を摂取したことが明らかになった。
不老不死になる――
これまで不完全で定期的に摂取しなくてはならなかった『ディアボロスの雫』はクレア・カゲノーとして甦った魔人ディアボロスの肉体を経て完全なものとなった。
ゼータとウィクトーリアの目論見通り、シャドウは不老不死となってしまったのだ。
「…踏み止まるのでは、そう考えた僕が馬鹿でした」
ジャガはそうつぶやき、王都内のレッドクロスのアジトへと。構成員が迎え
「アルファ様がお待ちです」
ジャガはレッドに変身、アジト内の応接室の前にホワイトとブルーが待機しており、一緒に入った。室内には神妙な面持ちのアルファ、そしてレッドが腰かけるソファーの後ろにホワイトとブルーが立つ。
「オリアナ戦役以来ですね」
「はい」
「改めて『レッドクロス』のリーダーを務めるレッドです」
「私はアルファ…。ただのアルファです」
「…………」
「すでに聞いていると思いますが…私はシャドウガーデンを抜けました」
「…はい、聞いております」
確かに構成員から、その報告は受けていた。
しかし、これは予想の範疇だった。ゼータとウィクトーリアの構想、いや、もはや野心と言ってもいいシャドウの神格化、シャドウガーデンがアルファ派とゼータ派に割れるのは分かり切っていた。
「アルファさん、僕はもうシャドウの正体がシド・カゲノー君と知っております」
「……!」
思わず立ち上がり、スライムソードを出してしまったアルファだがホワイトが一瞬で背後に回り短剣を首に、ブルーは心臓に短剣を突き付けていた。わずかでも動けば殺されてしまう。レッドの部下二人から伝わってくる殺気はすさまじいものだった。
「いい、ホワイト、ブルー、下がりなさい」
「「はっ」」
「アルファさん、よしましょう。もう貴女にシド君への義理は無いはずです。悪魔憑きを解呪してもらった恩義には十分報いました」
「…………」
「話を逸らせて申し訳ない…。お詫びに僕の正体もお見せしましょう」
「え?」
赤備えを解いたレッド、アルファは仰天した。
「えっ、えええっ!?」
「驚きましたか?僕がレッドです」
「あっ、貴方はシドの友達の…ジャガさん!?」
「はい」
シドの魔剣士学園時代のモブ仲間ジャガ、主人シドの交友関係にも目を光らせていたアルファは当然ジャガのことは知っている。田舎から出てきた冴えない男の子、そんな印象だろう。シドにとって全く無害の人だと。
「驚きました…。まさかレッドの正体が貴方だったとは…」
「今度は観客ではありません。舞台に上がらせていただきます」
同じく変身を解いたブルー、正体はアイリス、あの日アルファに観客扱いされたことが腹立たしかったのであろう。
「私も最初は信じられなかった…。シャドウの正体が妹の友達だったシド君だったとは…。ブシン祭の時に武神ベアトリクス様が『シドが強くなる』と言ったのは、そういうことかと。でも私がやるべきことは変わらない。必ず落とし前はつけさせてもらうわ」
そして
「ようやく礼が言えますね…。あの慈愛に溢れた剣、忘れていません」
「えっ…。貴女はオルバ子爵の…!」
「はい、娘のミリアです。不思議な組み合わせです。悪魔憑きの暴走で私は巨大化してアイリスに幾度も斬られました。それを止めて私を召してくれたアルファさん、この三人が揃っているのですから」
「僕は仲間外れですか…」
拗ねるジャガを見て、ミリア、アイリス、アルファは思わず吹きだしてしまった。
次回、最終回です。