「シャドウは…変わってしまいました。最初は彼がジョン・スミスと名乗った時と同じで私が彼の見ているものに気づかないだけかと思いました…。でも違う」
「深光教…でしたね。シド君を神とし、ゼータ殿が軍事を担い、ウィクトーリア殿が聖女に就き聖教に取って代わった宗教」
「…はい」
「ディアボロス教団が名前を変えただけ…。いやディアボロス教団より最悪と言えるかもしれません。ミツゴシの財力もですが、極端な話をすれば逆らう者はシド君の“アトミック”で終わりですから」
「ゼータとウィクトーリアに、不老不死を餌にいいように踊らされて…あんなシャドウ、見たくなかった…!」
「他の七陰の皆さんは?」
悲しそうに微笑み、首を振るアルファ
「私を含め、シャドウガーデンの女たちはシャドウを崇拝している者ばかりです。妙な話ですがディアボロス教団の存在が私たちシャドウガーデンをまとめていたのです」
「…………」
「確かに…人間であるシャドウが私たちエルフと同じくらいの年月を生きられたら、と思ったことはあります。でもこんな形じゃない…。こんな形じゃ…」
「不老不死…。そんなものが欲しいのか。案外俗物なのだな、シャドウは」
吐き捨てるようにアイリスが言った。
「魔剣士学園占拠事件の首魁、ルスラン副学園長と対した時にシド君はこう言ったそうです。『皆は生きるにつれ大事なものを増やしていく。僕は逆に捨てていき、最後にどうしても捨てられないものが残った』と」
「「…………?」」
何の話かと不思議そうにレッドを見つめるアイリスたち。言葉を続ける。
「彼にとって、どうしても捨てられないものは何か分からないし興味もありません。だけど捨てたものは分かる」
「それは?」
アルファが訊ねた。
「性欲です」
「「…………」」
少し顔が赤くなった三人の女たちだった。
「失礼ですがシャドウガーデンの女性たちの中でシド君と男女の仲になった者は?」
「おりません…。恥ずかしながら私も誘うような真似はしたことがあるのですが…全く無関心でした」
「人間より寿命が長いエルフと獣人が多いシャドウガーデン構成員、同じ時を生きられないのだから男女の仲になることを避けている…。というのなら、まだ理解は出来ますが彼は同じ人間のアレクシア王女やローズ女王より少なからず恋慕の情を寄せられているというのに、こちらもまた無関心です」
「つまり…シャドウは女性を必要としない…?」
ミリアの言葉に頷くレッド。
「その通りです。シド君は子孫を残すことが出来ません。子孫を残すという生きとし生ける者の本能すら捨てたのでしょうね。どうやったら捨てられるのか僕には見当もつきませんが…。行きついた先は不老不死…。子孫を残せないなら自分がそのまま永遠に生きればいいではないか、そう無意識に思った。こんなところではないでしょうか。不老不死になって何がしたいか、ではなく不老不死になることが目的だったと僕は想像しています」
「シャドウ…」
アルファは悲しそうに名を言った。シャドウはあの人智を越えた強さを得る代償として女性を必要としない男となり、挙句には不老不死を求めることに。
「アルファさん」
「…はい」
「シド君を討ちます」
「…………」
黙って目をつぶるアルファ、レッドは彼女がここに来た意図を察していた。
“シャドウを討ってくれ”
であろうと。だからレッドの方から言った。それを言うのはつらかろうと。
「見たでしょう。ミドガル王国王都を包んだ、あの魔力のドーム…。あの時は見せただけでしたが当然王都に放つことが出来た彼の『アトミック』です。個の力で国の都一つ吹っ飛ばせる力の持ち主が不老不死…。これはこの世界に生きる者として悪夢です。子や孫が彼の気まぐれ一つで蒸気と化すかもしれないのですから…」
「レッド殿…」
「ゼータ殿とウィクトーリア殿と異なり、シド君には世界を支配するなんて野心はないでしょう。だがゼータ殿、ウィクトーリア殿が言うことを聞かない国に対して何をするかは想像が出来ます。シド君のアトミックで終わりです」
「…………」
項垂れるアルファ、否定できないのだ。
「たとえ使わずとも、アトミックをチラつかせれば言うことを聞くしかない。これがゼータ殿の言う『支配』で、ウィクトーリア殿には『教え』です」
レッドは『放置はできない』そう言って立ち上がり、そして悲しそうにアルファを見て
「いや…むしろ彼を討つことが…一時でも友達となった僕に出来る最後の情けかも知れません」
「その場に立ち合わせていただけませんか」
「ええ、いいですよ」
「あの…レッド殿」
「はい」
「あなたはシャドウを倒したあと、どうするのですか?」
“アルファはディアボロス教団を倒したあとのことを考えていない”
そうゼータに言われたアルファ、とんでもない、考えていた。
ミツゴシ商会と銀行を筆頭に、石油というエネルギー産業とシャドウガーデンは表の顔でも巨大組織だ。古都アレクサンドリアには広大な農地が広がる。教団を倒したあとは、そのいずれかで働いて暮らしていく。縁があれば結婚して家庭を持てばいい、そうやって戦闘集団としてのシャドウガーデンは徐々に姿を消していくべきだと。
しかし、ゼータはこの構想を否とした。
『やはり貴女は甘い、貴女のやりようでは、また悪しき者がのさばり世界は過ちを繰り返すだけだ。だから我々は永遠の命を得た主を神として崇めて世界を支配する。もう二度と過ちが起こらないように!』
ディアボロス教団を倒したあとが肝心、そんなことはアルファも分かっていたが、ゼータと対立することになり、シャドウはゼータについてしまった。結果シャドウガーデンを去ることになったアルファ、だからこそレッドはどうする気なのかと訊ねずにはいられなかった。
「シド君を倒したあとですか。そうですね、僕の実家はミツゴシと取引をしているので、ガンマ殿にその継続を平身低頭お願いすること。それとアイリス元王女は衰退したミドガルの復興を目指すので、それを陰ながらフォローすること。僕の組織『レッドクロス』は解体、構成員の身の振り方もしっかりと面倒を見て…僕個人のその後はお嫁さんをもらうことくらいでしょうか」
「…………」
「余人を持って代えがたい、そういう人物は歴史上数多くおりますが、結局世の中は回っていきます。シド君が亡くなってもシャドウガーデンはミツゴシを中心に続き、戦闘集団としては徐々に衰退していくでしょう。アルファさんが思い浮かべていたディアボロス教団を倒したあとのシャドウガーデンは、こんな未来図だったのではないですか」
「…その通りです」
「…シド君は平穏無事が嫌なのでしょうね。それがどんなに尊いことかも知らず…。いや、分からないふりをしているのか…」
前世が自衛隊員である彼、悪の組織に立ち向かう機会は無かったが、多くの災害現場に臨場している。阪神淡路大震災、東日本大震災でも自衛隊員として多くの人命を助けてきたが、また救えなかった命も多い。いくら気功を有している彼でもどうしようもなかったこと。悔しかった。
だからこそ彼は平穏無事である世が、どれほど尊いか知っている。物語の世界なら一読者としてシャドウが今後どんな破天荒なことをしようが受け入れて、続きを楽しみにするだろう。
しかし彼はいま、そのシャドウが現実にいる世界にいる。見過ごすわけにはいかない。
「子や孫の代のため、いま彼を討たなければなりません。そしてゼータ殿が言う『過ちの起こらない世界』など存在しません。そんなこと…彼女自身がよく分かっているでしょうに…」
傍観者で在りたかったのに…。ジャガはスライムスーツを纏い、心の中でそう思っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
王都ミツゴシ商会、その最上階の豪邸にシャドウの玉座がある。
夜、レッドは三人の女性を連れて、王都の家々の屋根を走ってミツゴシ商会へと向かった。
共にあるのはミリアとアイリス、そしてアルファだ。四人は商会屋上へと到着した。
来訪が分かっていたかのように、ニューがレッドと女たちを出迎えた。
「お待ちしておりました。レッド殿」
「シャドウに会いたいのですが」
「はい、ただいま、シャドウ様に使いを出してございます」
「待たせていただけますか」
「承知しました。こちらへ」
シャドウ玉座の間に入るレッド一行、玉座の横にはガンマが立っていた。
玉座の前にはベータ、デルタ、イプシロン、ゼータ、イータ、そして新たに七陰に加わったウィクトーリアが。
レッド、ミリア、アイリス、アルファは静かに玉座へと歩む。事の発端となったゼータとウィクトーリアは静かにレッドを見つめている。
「ようこそ、レッド殿」
声が聴こえたと思えば、玉座にはシャドウが座っていた。ベータたちシャドウガーデンが跪く。
「シャドウ、話は聞いています。君はディアボロスの雫を飲んだそうですね」
「ああ、その通りだ」
「実の姉の血で作られたものと分かっていながら、ですか?」
「「…………!!」」
魔人ディアボロスがクレア・カゲノーを依り代としていることを知っている。
そしてシャドウはその弟であるということも。
戦闘態勢に入ろうとした七陰を制したシャドウ。
「答えて下さい。…シド君」
「ふっはははは」
「「シャドウ様!!」」
ここまで知られている以上、七陰としては生かして帰すわけにはいかない。
「お前たちの敵う相手ではない」
言ってみたかった台詞だった。
「『待て』はいやなのです!」
「デルタ!」
「ひゃっ、ひゃいっ!すみません、アルファ様!」
シャドウガーデンを離れたアルファだが、デルタは相変わらず逆らえないようだ。
「…さすがに最初は躊躇った。しかし不老不死の前では些細なことだ」
姉のクレアが魔人ディアボロスとなっても何とも思わないのか。不老不死になれるからという理由で、その絵図を描いて実行したゼータとウィクトーリアを許すのか。
姉の血により『雫』が作られると知れば不老不死になることを断念するのではと思った。そうであってほしいと。
物語のシャドウの性格を知るレッド、苦手意識を持とうとも彼は姉のクレアを愛していたではないか。クレアも弟のシドを愛した。
不老不死になることは、それほど彼を変えてしまうものなのか。
「不老不死になって何がしたいのです?」
おそらく本人も何をしたらいいのか分かっていないのではないか。先のレッドの仮説通りなのかは不明なるも、不老不死になること自体が目的だったというのは誤りではないのかもしれない。
「永遠に生きたい、それだけだ」
「ゼータ殿とウィクトーリア殿も『ディアボロスの雫』を飲んで、共にこの世界を支配し続けると?」
「そうなるかもしれない」
「愚かなシャドウ…!人智を越えた力に加えて不老不死になって狂ったか!それでは今までと何も変わらない!ディアボロス教団がシャドウガーデンに名前を変えるだけの話ではないか!」
「誰かと思えばアイリス王女か…。レッド殿にだいぶ鍛えられたようだ。ブシン祭の時とは比べ物にならないほどに強くなっている」
「シャドウ、私はオルバ子爵の娘ミリアだ」
「オルバ…?」
ああ、あの盗賊の、と思い出したシャドウ。
「道を違えざるを得なかった父を討ってくれたことは感謝している…。だからこそ…」
「だからこそ…?」
「お前が道を違えたのは我慢ならない。何のために父がお前に討たれたのか分からなくなる!」
「道を違えたつもりは無いが…。そう思うなら我を倒してみせるのだな。アルファ」
「…………」
「君なら理解してくれると思っていた…」
「それはこっちが言いたいことよ!シャドウ!」
どうして…。思うのはそればかり。レッドの言う『シャドウは女性を必要としない』ということは分かっていた。それでも淡い期待を持っていた。ディアボロス教団を倒したあとは彼と共に在ることを。同じ時は生きられないけれど老いた彼を支えて生きる。彼が亡くなったら墓を守っていく。そんな夢を抱いていた。だが、それは永遠に叶わないのだ。
「場所を変えませんかシド君、ここで戦えばミツゴシ商会の社屋ばかりか、君がアイリス王女と武神ベアトリクスと戦った時のように町のあちこちが破壊されてしまいます。だいぶ復興が進み、元の街並みに戻ってきたというのに、また壊したくはないのですよ」
「いいだろう」
「不老不死…。念のため訊ねますが首が吹っ飛んでも死なないのですか?」
「さてな、やれるものなら、やってみるがいい」
「残念ですよ、君とこんな形で戦わなければならないなんて」
「そうか?僕はこの展開をとても喜んでいるけどな。何故なら僕の前に立ちはだかるラスボスが…」
「…………」
「まさか、お前とはな…。ジャガ」
ご愛読ありがとうございました!とても楽しく書かせていただきました!