ピアノが弾けない少女たち   作:エビフライ定食980円

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第12話 京都国際マンガミュージアム

「見て見て、明菜っ!

 神絵師の腕ってやつじゃん、これ! 食べれば絵が上達するってSNSで噂されている伝説の――」

 

「腕を食べるとか、どこの蛮族ですか……。

 というか、これは石膏だから食べられないよ」

 

 京都国際マンガミュージアム、高校生料金での入館料は400円。どうやら廃校となった小学校を改装したらしいところは京都市学校歴史博物館と似ている。

 現在地は少女漫画系コミックの多い2階エリアの奥まった場所にあるギャラリーで、ここには無数の石膏で出来たペン持ちの手型がその手のモデルとなった漫画家のイラスト&サインの色紙とともに並べられている。

 

 ……まあ、『神絵師』という呼称が誇張なき人物ばかりだと思う。漫画家兼イラストレーターみたいな人のものもあり、読んだことはないけれども漫画にそれほど詳しくない私でも知っている昭和の時代の超有名タイトルの作者から、ゲームイラストで見たことがある人、はたまた海外の漫画作品の作者まで選り取り見取りだ。

 ひなのさんの言うような『神絵師の腕を喰らう蛮族』がもし実在するのであれば、ここはまさしく理想郷と言ってもいいだろう。

 

 しかし博物館展示物を許可なく食べたら普通に犯罪だと思う、という至極当然だがしょうもない考えを頭に浮かべていたらひなのさんが話しかけてきた。

 

「――このミュージアムには30万冊程度の漫画があるみたいだけれども、そのうち5万冊が自由に読めるんだって」

 

「そうなんだ。5万冊と言うと……うちの学園の図書室の蔵書数と同じくらいだった気がする」

 

「そう言われると、逆に大したことなく感じちゃうよ、明菜。

 あ、でも全部漫画だって考えれば凄いことか。つまり、とっても大きい漫画喫茶ってことだもんね!」

 

 『ミュージアム』と名前がついた博物館のことを、漫画喫茶扱いして良いのだろうか。でもひなのさんの言う通り漫画喫茶と考えれば、超破格だ。だって入館料400円でデイタイムの1日フリーパック相当になるわけだし。蔵書数だけではなく、コストパフォーマンスの面でも優れすぎている。

 

 石膏手型の置かれていたギャラリーから離れる。恐らくは元々は学校の廊下だったであろう場所には壁一面が本棚となっている。しかもこの2階部分は主に少女漫画だけを集めているというのだから驚きだ。

 

 しかし廊下では本を取ることなく、そのままひなのさんに連れられてメインギャラリーの方までやってきた。

 そこには展示物とともに、壁側にはやはり本棚が――しかも、その高さ数メートルはあろうかという本棚には大正時代から年代別に出版された漫画本が並べられていた。

 

「出版年順に並べられた本棚って初めて見た気がする」

 

「おー、明菜がそう言ってくれるとなんか達成感があるね!

 ……でも、ここの本当にスゴいところは、それだけじゃなかったり?」

 

「ひなのさん、テンション高いね……。――それで?」

 

「実はここにあるマンガの本は、敷地内なら『どこでも自由』に読めるんだ。

 椅子やソファー、立ち読みは勿論のこと、床に寝そべっても、中庭で読んでも良いんだって」

 

 

 それは……何というか、本当に凄い話だ。そして、ここにきて私はひなのさんの意図に気付く。

 

「ってことは、ひなのさんがやりたいことってもしかして――」

 

 京都国際マンガミュージアムという――廃校となった小学校をベースにした建物。

 そして、今日彼女が制服を指定してきた理由。

 

 それらが繋がる。

 

「そ。だから明菜も適当にマンガを見繕って、さ。

 普通、絶対できない『学校でマンガを読む』感じの写真撮ってみよ?」

 

 

 そう言って、ひなのさんが荷物から取り出したのは、三脚付きの自撮り棒であった。

 

 

 *

 

「明菜、明菜! めっちゃ、良くない? ここ!」

 

 撮影スポット……もとい、漫画読書スポットを探す私たちが見つけたのは――階段であった。

 木目と白磁の調和した20世紀初頭を思わせる古めかしくも重厚なデザインと、階段一段一段のきしむ音。

 

「ウチの学園の旧校舎よりもレトロな感じの階段だね、これ……」

 

「でもでもっ! ザ・学校って感じの階段でもあるから、良い感じじゃない?」

 

 

 ということで、どこでも読んで良いということだけれども、一応階段という完全に移動に用いる場所なので、隅っこの方に寄せて座ってみようと思ったが、直前でちょっとしたことに気付く。

 

「……ひなのさん。もしかしたら私……階段に座った経験、実は無いかもしれない」

 

「えっ、ホント? 私は多分絶対あるとは思うけど、一々覚えてないや……。

 あ、じゃあさ、こういうのどう? なんかの創作で見たんだけど……」

 

 そう言って、ひなのさんは自身の持ってきていたハンカチを階段に広げる。あー……、ハンカチに座るやつ。これはこれで、逆にやったことないかも、私。

 ただ、そうなるとひなのさんだけ普通に座らせてしまうのもアレなので、私のハンカチをひなのさんのスペース用として広げてみた。肝心のひなのさん本人は、U字の階段と現在全然人気(ひとけ)が無いタイミングを利用して三脚を使ってスマホのタイマー機能を駆使して写真を撮る魂胆らしい。

 

「下からのアングルよりは上からの方が良いよね……たぶん。

 じゃあ撮るから、明菜もマンガ開いて! 20秒後タイマーね!」

 

「は、はあ……」

 

 ひなのさんからシチュエーションを求められ、ドラマというかコントめいたものを感じながらもそれに応じることにした私は、途中まで読んでいたページを開いて、取り敢えず普通に読書をしてみる。

 

 

 それからカシャリ、とひなのさんのスマートフォンの撮影音が鳴ったので、実際に撮れた写真を確認してみる。

 

「何というか……、漫画の異物感がすごいんだけど……」

 

「校則違反しているようにしか見えないねえ。これをSNSにアップしたら炎上しそー」

 

「……いや、やらないでよね、ひなのさん」

 

 ハンカチに座ったのはある意味正解だったかもしれない。絵的に行儀良さアピールっぽく演出されていて、学校に漫画を持ち込む不良風味が幾分緩和されている。

 

「でもさー、学校っぽい階段でマンガを読む経験なんて……あんまし無いでしょ?

 普通の高校ならまだワンチャンあるかもだけど、特に私たちの学園じゃ不可能じゃん」

 

 

 まあ……ある種の新鮮な体験であることには違いないけれども。

 ただ、階段読書の大きな問題が1つだけ。それは、下に人が居ると相手の視線が気になる上に、漫画を読んでいる自身の視界に入って気になってしまうということ。

 

 そのため、私たち2人は1巻読み終わると、別の場所に移動することにしたのである。写真に写っている分には悪く無いんだけどね。

 

 

 

 *

 

 いくつか本棚を見繕って分かったのは、全巻揃えることよりも作品種類に比重を置いているためか、冊数もさることながら古い作品のマイナージャンルなども網羅しているらしい。

 ひなのさんは、女学園系の少女小説の大家と言うべき作品のコミカライズ版を持ってきて、私は小学生の頃アニメがやっていたちょっと古めだけれども人気のある少女漫画を見繕う。あ、私の手に取ったやつはちゃんと全巻置いてありました。

 

「――明菜、折角だし中庭行かない? ちょうど曇ってきてて日差しも弱まっているから暑すぎないと思うよ?」

 

 ひなのさんは、窓から外を眺めて言う。確かに、中庭で読書をしている人もちらほらと居た。

 階段で読書をする経験より、外で読書をする方がまだ特殊例の中では一般的だろう。ドラマや映像作品などでも外で本を読むシーンってあったりする。けれども、思い返してみればこちらも私は経験した記憶が無かった。

 

 本は屋内で座って読む習慣がついていたから、ここまで読書をする場所に考えを巡らせたこと自体が初めてかもしれない。

 

「やっぱりひなのさん、って。

 本当に私が考えもしないことを考えているよね」

 

「……ん、そうかな? 明菜もヘンだけどね」

 

 そうこうしている内に、中庭に到着する。芝生の部分はそこそこ広めで場所には全く困らない感じだ。L字型の校舎……もといミュージアムの前面が中庭となっていて、元々はここがちょうど校庭であったことを窺わせる作りだ。都市型の小学校、だったんだろうな。

 

 そんな中庭の建物壁沿いの一角を私たちは占拠する。するといきなりスマートフォンを取り出して調べ物をし出したひなのさんはブツブツと呟く。

 

 

「……ふむふむ、ここの人工芝はPT2050……。芝質的にはやろうと思えばサッカーとかフットサル用にも転用できるやつだよね」

 

「……なんで、ひなのさんは人工芝について調べてんの」

 

「元サッカー部だったから、芝を見たらちょっと気になるんだよねー」

 

 やっぱり、この不思議銀髪少女の感性は謎だ。

 

 

 

 *

 

 芝の製品がどうかはともかくとして、人工芝なので土がついたりする心配はない。それでも一応ハンカチは敷いたけれども、正直いらなかったかもしれない。

 

 しばらく読んでいたら、ひなのさんが漫画から顔を上げたかと思うと、私を見つめて難しい顔をしていた。

 

「……どうしたの、ひなのさん?」

 

「多分パロディとかも無限にあると思うんだけど……このタイを直すやつって、正直実生活でやらないよね?」

 

 確かに漫画等に詳しくない私でも聞いたことのあるフレーズだ。元となっているものではなく、ひなのさんの言うようなパロディの派生をどこかで耳にしたことがあるのだろう、きっと。

 

「……そりゃ普通やらないからこそ、名シーンなんじゃ? 知らないけどさ。

 それとも、ひなのさん。やってほしいの?」

 

 ちょっと挑発的な言葉を紡いでみれば、ひなのさんは当意即妙の返しをする。

 

「えっ、明菜やってくれるの!? なら、やってやってー!」

 

 もうちょっと困惑するポーズを期待していたのに、普通に喜んでしまったのは想定外である。でも、まあ啖呵を切った手前、ここで降りるのは違うと思うので、一度読んでいた本を置き、立ち上がってからひなのさんと向き合う。

 

 そして夏服にプラスでアイボリーのセーターを着ている銀髪少女の真紅のネクタイを手に持ってから――

 

 

「えっと……じゃあ、こほん。

 ひなのさん、タイが曲が――うん? ひなのさん、結構珍しいネクタイの結び方していますね。

 

 ……これって、セミ・ウィンザーノット……でしたっけ?」

 

 

 ――今までファッションアイテムとかには気を配っていた方だと自負していたけれども、流石に制服のネクタイの結び方まで意識が回っていなかったことに気付かされる。

 

 普通の結び目よりも、ワイドで存在感が出る結び方。

 ただ髪型の影響もあるかもしれないが、彼女は結構小顔に見えるので、ウィンザーノットまで行ってしまうとネクタイの主張が強くなりすぎることも相まっての選択だろう。

 

 

 ひなのさんは、私の問いかけにはにかむように笑ってちょっと舌を出す所作をしたのちに、こう答えた。

 

「……名前までは忘れちゃったけど、多分そんな感じだった気がする!

 でも……これに気付いたのはね。――明菜が初めてだよ?」

 

 

 ……まったく、この子はどこまでが計算ずくなのか分かったものではない。ニュアンス的に普段の学校生活でもずっとこの結び方をしていた、ってことかな。

 それに気付いて欲しくてネクタイにまつわる有名なフレーズを話題にあげたことは、計算で間違いないだろう。

 

 しかし、そのフレーズが登場する漫画を選択したことについては計算なのか、偶然なのか。

 あるいはもっと辿って、そもそも制服を着てくるように言ったことも、実は階段での出来事以外に今のシチュエーションを計算してのものなのだろうか。

 それとも、京都国際マンガミュージアムという目的地を選択したことが、ずっと気付いていない部分に気付いてもらおうという狙いの下での行動だった……?

 

 

 ひなのさんの末恐ろしさは今に始まったことでは無かったが、けれども私に言えることがあるとすれば。

 

「でも、やっぱりこれ。タイはタイでも、普通のネクタイでやるやり取りじゃないよ」

 

「……それはそうかも」

 

「――後さ。百歩譲ってネクタイを有りだと仮定しても。

 雰囲気的にブレザーが無いとちょっと格好がつかないというか……。夏服でやるシチュエーションではないよ、これ」

 

「……」

 

 

 ひなのさんはセーターを着ているとはいえ、それでもしっくりこない感じが強かったし、私の場合ネクタイピンを付けているせいで、動かしにくいし……。

 加えて言えば、今日は2人ともネクタイを着用していたものの、別に校則的には夏のネクタイ着用は義務でもないので、そもそも付けていないケースもあり得た。

 

 ……このやり取りは、意外と季節限定のシチュエーションなのである。

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